二人の『ゼロ』   作:銀剣士

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アンリエッタ

「ようこそ、ベルベットルームへ。再びここを訪れたと言うことは、どうやら契約をなされたようだ」

 

ルイズは、目の前の老人に契約とは使い魔との主従契約の事かと訊いてみる。

 

「契約の象は何でも良いのです、それは貴方の転機に訪れるもの。貴方が仰った契約、それが貴方の転機だったのでしょう」

 

この部屋の事を訊ねてみた。

 

「ここはベルベットルーム、お客人となられた方の旅路を補佐する役割の部屋でございます」

 

お客人?旅路?

 

「左様、契約を結び、何らかの運命にある方々の事を……この度は貴方の事を指し、その行く道、歩む運命を旅路と申しております」

 

しかし、と、老人は続ける。

 

「実はもう一方、お客人が居りましてな……貴方が二度目の契約を交わした方も、現在ここのお客となっております」

 

サクヤも……ここの……

 

「どうやら目覚めのときが来ているようだ、こちらをお持ちなさい、この鍵があればこの部屋への扉を見、開く事が出来る」

 

「あの、お名前は?」

 

「おお、これは私としたことが。申し訳ない、私はイゴール……以後あなた方の旅路を補佐する者でございますーー」

 

 

 

 

ーー目を覚ますと、目の前に見慣れた紗久弥の顔……目の前と言うかどアップです。

 

(私……これって……もしかしなくても……)

 

唇から伝わる感覚、間違いない。

 

(私……サクヤとキスしたままだったのね……)

 

こんな状態であんな夢……っぽいものを見るとか器用すぎでしょ……等と思っていたら紗久弥と目が合う。

 

(初めての時の仕返ししてやるわ……!)

 

だが、そんな考えも紗久弥がいち早く『情熱的な』キスに移行した事で頓挫する。

 

(もう、またなの!?)

 

 

 

「今回は随分長いわねぇ」

 

夜も遅いヴェストリの広場には、カトレアとロングビル、カリーヌと紗久弥の放った『死の気配』を感じたキュルケとすがるタバサの姿があった。

 

「あらあらルイズったら大胆」

 

カトレアは何故か嬉しそうに。

 

「お、女同士でだなんて……ああ、でも……!」

 

苦悩するカリーヌ。

 

「お盛んな事で」

 

呆れた様に呟いたのはロングビル。

 

タバサはキュルケにしがみついたままである。

 

「まあ……ルイズ、ルイズ・フランソワーズ、貴方が女色の気の持ち主だったなんて……!こんな事ならもっと真剣に粉かけるべきだったかしら……ああ、でも、ウェールズ様は棄てがたかったし……」

 

そう言いながらハンカチを噛むのはアンリエッタ。

 

『!?』

 

カトレアでさえ、勢いよくそっちを見た、弾かれるように。

 

「皆様、今宵の月はとても綺麗ですね」

 

『ひ、姫殿下ァァァァァァ!?』

 

カリーヌはこの時の心境を後にこう語る。

 

『美しさはともかく奔放さまで似なくても』とーー

 

 

 

 

ーールイズは激しく困惑していた。

 

紗久弥とのキスを終えたら、アンリエッタが『次は私となさい!』と命令に等しいお願いをしてきたのだから。

 

「うう、何故姫殿下とまで……」

 

そう呟いたルイズにアンリエッタはしなだれて。

 

「ああっルイズ!私の愛しいおともだち!貴方までそんな形式ばった呼び方するなんて!……その雌豚を見下す目で見られると後に捗りますわ愛しいルイズ!」

 

「何が!?」

 

アンリエッタは頬を紅くして『ナニが』と答えてしまう。

 

「もうやだこの姫さま」

 

「ああ……懐かしくて懐かしくて……涙が出てきますわ……」

 

そう震える声で、ルイズにすがるように抱き付いた。

 

急に雰囲気の変わったアンリエッタに少し戸惑いながら、ルイズは紗久弥を見、唖然としたままのその表情を見て、何故か可笑しくなって微笑み。

 

「取り合えず部屋に戻りましょうか」

 

紗久弥の手を取ったーー

 

 

 

 

 

ーー学院内は先程の現象にパニックに陥っていた。

 

『死の気配』による恐慌状態と言っても過言ではない。

 

一部ではアンリエッタが姿を眩ませたとも騒ぎが起こり、より混迷を深める。

 

オスマンとコルベールは感じた『死の気配』について、ルイズが召喚の儀を行った際よりも強力であったと結論付けた。

 

「ミス・ロングビルへの襲撃が引き金であろう事は間違いあるまい」

 

「では……やはりあれはミス・コシハタが引き起こした現象であると?」

 

「うむ……じゃが……普段のあの娘からはあれほどにおぞましい力は感じられんのも確かじゃ」

 

「何か、切っ掛けがあるのでしょうか……」

 

「今しがたのに関しては、間違いなく感情の発露じゃろうが……ともかく今は姫殿下の事じゃ」

 

オスマンが深い溜め息を吐くと、コルベールもつられて溜め息を落とす。

 

「この騒ぎに乗じて部屋を抜け出すとは……」

 

「なんと言いますか……白百合のしの字もありませんなーー」

 

 

 

 

「ーーくしゅっ」

 

可愛いくしゃみはアンリエッタのもの。

 

「お風邪ですか?」

 

「いえ、きっと噂のせいですわ」

 

人気者は辛いですわと微笑むも。

 

「それで……ああ、そうそう、私ゲルマニアに嫁ぐことになり、婚約を先だって済ませてまいりました……とは伝えましたね」

 

理由としてはハルケギニア統一、聖地の奪還を掲げる『レコン・キスタ』侵攻に対してのトリステインの軍備増強。

 

王位未継承であるアンリエッタは、国力の劣るトリステインにとって、国の歴史の若く始祖四家から外れるゲルマニアにとって、格好の交渉材料なようだ。

 

だが。

 

「その婚約が破棄されるであろう材料が一つ、アルビオン皇子、ウェールズ様の元に一つあるのです」

 

それは誰が呑んだ息だろうか。

 

或いは、一人こめかみを押さえ呆れた様子のカリーヌのものか。

 

「それで……その材料とは?」

 

「手紙です、永遠の愛を始祖への誓いの言葉と共に綴った……」

 

カリーヌは、深い深い溜め息を吐き。

 

「何を……考えておられるのです……」

 

「そ、その……ルイズに送るつもりだったのですが……入れる封筒を間違えてしまったらしく……」

 

カリーヌは別の意味で深い深い、溜め息を吐いてしまう。

 

「なんと言えばいいのか……」

 

呆れて言葉が出ないとはこの事か……そう思わずにはいられない。

 

「と、とにかく、そんな手紙がレコン・キスタの恥知らずに渡ってしまっては、色々と不味いかと……」

 

そりゃそうだ。そう思わずにはいられない紗久弥である。

 

そして居住まいを正し、アンリエッタは真剣な眼差しでルイズを見つめ。

 

「ルイズ、ルイズ・フランソワーズ、私の愛しいおともだち……どうか、手紙を取り戻して下さい……分かっているのです、この願いが貴方にどれ程に危険をもたらすかは……でも、もう……貴方しか、信じられる者が居ないのです……」

 

紗久弥はルイズと視線が合うと、黙って一つ首肯し、それに同じく首肯で返す!

 

「その任このルイズ・フランソワーズが確かに承りました」

 

「なりません」

 

強く、そして静かに、凛と渡るカリーヌの否定の言葉。

 

「な……」

 

「何故……ではありません。危険すぎるからです」

 

それはアンリエッタも言っていた、それでも承けると決めた、なのに。

 

ルイズは、今の母なら許しをくれると思っていた、だが、実際は拒絶。

 

「それに、依頼を承ける文言が違います、そうですね……納得のいく文言で依頼を承ける事が出来たならば……百歩譲りましょう」

 

納得のいく文言……そうだ、承ける直前……私は……

 

「改めまして」

 

コホンと咳一つ。

 

「私、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと使い魔サクヤ・コシハタ、アルビオンへの手紙奪還任務、確かに承りました」

 

「その依頼、私めにもどうか!」

 

ルイズの言葉の直後、そう声高に部屋に飛び込んできたのは誰であろう、ギーシュ・ド・グラモン。

 

「あ、貴方は?」

 

さしものアンリエッタも勢いよく飛び込み、滑るように跪くギーシュの勢いに圧されているようで、戸惑いながらも辛うじて名前を問える。

 

「はっ、ギーシュ・ド・グラモンと申します」

 

「グラモン……まあ、ではあのグラモン元帥の?」

 

「四男に御座います、姫殿下」

 

そこまで言ったとき、ギーシュは背後から言い様のない『重圧』を感じ、ゆっくりと首を動かすと。

 

何故か合掌する紗久弥と、ルイズの髪色に似た髪色の妙齢の女性、つまりカリーヌの姿。

 

「ここは女子寮ですよ、ミスタ・グラモン」

 

突き刺す様に睨み付けるカリーヌに、ギーシュは冷や汗や、何だかよくわからないモノが吹き出してくる。

 

このままでは僕はこの視線で死ぬかもしれない、そうとさえ思う。だが、ギーシュは気合いと根性でアンリエッタに向き直り、どうか!と命令を待つ。冷や汗や何だかよくわからないモノが吹き出すのが強くなっている気がしなくもない。

 

「わ、解りました、どうかルイズと彼女をお守りください」

 

「はっ!このギーシュ・ド・グラモン命変えても使命果たして参ります!」

 

言い切った、そう安堵した瞬間。

 

「では今すぐ退室なさい、出来なければ窓から放り出します」

 

興奮は一気に恐怖に変わり、ギーシュは足を縺れさせながらルイズの部屋を飛び出していった。

 

「お、お母様……」

 

「ルイズ、言っておきますが、私はまだ貴方がアルビオンに行くことは賛成できません。あくまでもサクヤが傍に着くからこそ、認めるに過ぎません」

 

ルイズはその言葉に小さく頷き、紗久弥と目を合わせて頷き合い、カリーヌに宣誓する。

 

「お約束しますお母様、私ルイズは必ずやこの紗久弥と共に帰って参ります」

 

カリーヌは強くルイズを抱き締めて。

 

「帰って来なければ赦しませんよ、ルイズ……」

 

耳元でそう呟いた。

 

 

 

アンリエッタはルイズに羊皮紙を貰い、ペンを走らせる。

 

内容は明かされはしなかったが、手紙をしたためている間の横顔はひどく寂しそうであった。

 

「これを見せれば応じてくださるはずです」

 

蝋で封をし、花押を押してそれを一つの指輪と共に渡す。

 

「姫さま……これって」

 

「当家に伝わる水のルビーです、手紙を無くしたとしても最悪その指輪があれば目的は果たされるでしょう」

 

「……お預かり致します」

 

手紙と共に指輪を受け取り、一旦懐に納めたルイズの手をアンリエッタは包むように握り、胸元に持っていく。

 

「姫さま?」

 

「ルイズ……ああ、ルイズ、私の愛しいおともだち……こんなにも勇ましくなったのはやっぱり彼女のお陰?」

 

視線の先には紗久弥の姿。

 

召喚から二週間近く、勇ましくなったかどうかは解らないけれど、学院に於いて自分を取り巻く環境は確かに変わったとルイズは思う。

 

先ず表だって『ゼロ』と呼ばれなくなった事、次にやたらと男子に紗久弥の事を訊かれるようになり、それを見たキュルケが『モテモテじゃないの』とからかう事が増えた。

 

確かに紗久弥はモテる。

 

主を差し置いてモテる。

 

ついでに頭も良い、この前の授業で教師が冗談半分に紗久弥にも小テストを受けさせるとルイズを越えて満点だった。その時、何故か音符が見えた気がしたとルイズは語る。

 

甲斐甲斐しくルイズの世話をする姿は楽しそうで、何故か美しい。それが男子の琴線にどっすり刺さるのだとギーシュに熱弁された。

 

作る料理も知らないものがあるが全て美味しいので、最近ではルイズ希望で、ルイズの分は紗久弥が作っている。たまにはしばみが使われているのでタバサの食い付きが半端ない。

 

ヴィリエが紗久弥との再戦をルイズに申し出てくる。負けた後、何故か恍惚な表情を浮かべて気絶するのが怖い。

 

(……思えば、最近は泣いて笑って怒って喜んで……)

 

一年の頃とは見えてる世界が違う、そんな気さえする。

 

「きっと、サクヤのお陰ですわーー」

 

 

 

 

ーーアンリエッタが紗久弥を護衛に部屋に戻った後、オスマン達が再びルイズの部屋を訪れた。

 

「さて、夜分にすまんのミス・ヴァリエールや」

 

「いえ、お約束ですから」

 

アルビオンへ行くために向かう、ラ・ロシェールへは馬で急げば一日半もあれば良い。と言うことで、先だっての約束事である紗久弥の力の根源、ペルソナを披露してもらう事となった。のだが……

 

「何であんたらもいるのよ、キュルケにタバサ」

 

『興味ある』と、綺麗にハモってくれたら、追い返す気も起きなくなったルイズは、溜め息を吐き口外しないでと、頼む他無く。

 

しかし、タバサからお返しにラ・ロシェール迄は送るつもりと、返ってきた。

 

「良いの?」

 

「ん、サクヤにはいつもごちそうになってる、だから」

 

恩はどんな形であれ売って損はない、そう思うルイズ達。

 

「じゃあ……始まるよ」

 

時計は午前0時となり、世界は今日も影に落ちるーー

 

 

 

 

ーー緑色の影に覆われた街道に棺と死体が転がっている。

 

中には動く人影もあるが、その人影も蠢く『影』に襲われてしまう。

 

額にルーンを刻む女性は、気が狂いそうになるのを必死に耐える為か、ある人物の名を呟き続けたーー

 

 

 

 

「ーーしかし不気味ですなぁ……」

 

ヴェストリの広場、そこにある女神の像は血の涙を流し、噴水に貯まる水も血の色をしている。

 

さしものコルベールとは言え、不気味なものは不気味なのだろう。

 

タバサは好奇心と探求心で辛うじてキュルケにしがみついて着いてきている。

 

「怖いなら……まあ、いいけど」

 

キュルケも諦めて苦笑しつつタバサの頭を撫でている。

 

「それじゃあ喚ぶね?」

 

皆から少し離れて紗久弥はそう言って、人差し指をこめかみに添え。

 

「ペルソナ!」

 

そう言いながら人差し指でこめかみを弾くと共に、蒼白い光の円が紗久弥を囲み、全裸に羽衣、二枚三対の純白の羽を持つ角の生えた男を召喚した。

 

その威容に息を呑むルイズ達。

 

「メシアライザー」

 

そして、全員を光の球が包み込み。

 

オスマンは膝の痛みが治った!

 

キュルケは肩こりが治った!

 

タバサは健康だった!

 

ルイズも健康だった!

 

カトレアは肩こりが治った!

 

カリーヌは腰痛が治った!

 

コルベールは健康だった!

 

紗久弥はやっぱり効果が変質……或いは向上していると確信した。

 

ならば、世の頭皮より毛髪の逃避した男性諸君に奇跡をもたらせるかも、そう思い紗久弥はペルソナをチェンジ。

 

「スカアハ!サマリカーム!」

 

対象はコルベールの毛根。

 

「お、おお!?こ、これは!!」

 

その時、奇跡は起こった。

 

逃避した緑なす毛髪が、再びコルベールの頭皮に帰ってきたのだ。

 

「し、信じられない……」

 

「イタタタタ!?ミス・ツェルプストー何をするんです!?」

 

抜けない、かつらではない、本物だ……キュルケは呆然としている。

 

「も、申し訳ありませんミスタ・コルベール」

 

慌てて手を離すキュルケに、コルベールは。

 

「何、今の痛みも『髪がある』からこその痛みですからな、気にしておりませんぞ」

 

と、笑顔で答え、その笑顔にキュルケは胸の奥にトクンと、脈打つ『微熱』を覚えていた。

 

和気藹々とした空気の中、タバサだけは別の空気を纏い紗久弥へと近付き、杖を紗久弥に差し出す。

 

「タバサ?」

 

差し出した杖を紗久弥の足元に置き、タバサは跪く。

 

「今のは、どんな病や毒にも効果がある?あるのならばどうしても治して貰いたい人が居る。治してくれるのならば……私は貴方に全てを捧げる、この通り」

 

そう言って、タバサは紗久弥に頭を垂れる。




何だか残念なアンアン

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