キミと彩る   作:sumeragi

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ルナリア自然公園

 

 4月25日

 

「ルナリア自然公園……誰もいませんね」

 

 西ケルディック街道を駆け抜けて辿り着いたのは管理人のいないルナリア自然公園。ケルディック北部に位置するヴェスティア大森林の一部区画を整備して作られた観光スポットだ。

 

 ここを訪れることとなったのは今朝に再び大市で起こった出来事――二つの屋台が壊され、商品が全て盗み出された事件がきっかけだ。昨日出店場所について揉めていた二人の商人がまた中心となったこの騒動、お互いに相手に気付かれないよう屋台を破壊し、売り物全てを運び去ったと言うあまりに不自然な推理が領邦軍から押し付けられ収束した。

 

 それで納得できるはずもなく。ティア達は独自に調査を始め、大市での聞き込みの結果領邦軍が怪しいと気付き、領邦軍の詰所へ足を運んだ。話を聞くと、エリオットの機転もあり事件の概要がつかめた。結果、事件の実行犯はここルナリア自然公園を拠点としていることが判明した。

 

 わざと出店場所をかち合わせほとぼりが冷めない内にさらに大きな事件を起こす。そしてどうにも立ち行かなくなったところで領邦軍の存在をアピールする。権限を悪用した方法だが疲弊したケルディック商人たちの心を折るには有効な手段だ。

 

 自然公園入り口の門に落ちていたブレスレットを握り締める。装飾品を扱って帝都商人の商品と同じデザイン。このブレスレットが自然公園に盗品が運び込まれた何よりの証拠になる。荷物を大市から運び出したのは深夜のこと。時間的にもまだこの自然公園から運び出してはいないだろう。盗品は確実にここにある。

 

「このご立派な錠前はどうしましょう」

「内側から掛けられているようだな」

 

 長く自然公園で使われていたものとは思えない真新しい錠前に触れる。

 商品そのものではなく"商品を盗む事"が目的だろう犯人達がまた潜伏しているかは確信を持てなかったが、これが内側から掛けられている事実はまだ内部に人がいることを示している。とすると、あまり大きな音を立てる方法は避けたい。

 すると錠前を眺めていたラウラが一度錠前の感触を確かめると門から離れ、大剣を構えた。

 

「で、出来るの……!?」

「私の剣ならば何とか――」

 

 アリサとエリオットが慌てている。ラウラは出来る、と言いかけたがそれをリィンが遮って前に出る。

 

「――俺がやろう。その大剣よりも静かにできるはずだ」

 

 真剣に見つめるリィンに、ラウラは何も言わずに引き下がった。

 

「ティアも下がってくれるか」

「はい」

 

 これは良い傾向なのだろう。剣の世界は分からないが、リィンがどこかスッキリした表情をしていることは見て分かる。

 先ほどまでラウラがいた場所で、今度はリィンが太刀を腰元の鞘に収めたまま一呼吸。

 

「――八葉一刀流 四の型《紅葉切り》――」

 

 小さく呟いた。

 次の瞬間、居合い切りの一閃。刀を振り抜かれた錠前から火花が散り、キンと高い金属音が鳴る。少し遅れて真っ二つにされた錠前だったものが役目を果たせずに地面に落ちた。

 

「時間もない。このまま犯人たちの追跡を始めよう」

 

 振り返ったリィンに頷き、返事を伝える。所持品とアークス、武器を確認した後、自然公園へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 公園内を一周できるように整備された歩道から逸れ、森の奥へと続く道を進むと生い茂った木々が日光を遮っていて昼でも暗い。平行ではない足場にはコケも豊富で時折木の根が盛り上がっている。樹海と呼ぶに相応しい場所だ。精霊信仰の名残である小さな石碑があちこちに立ち並んでいることもあり、独特の雰囲気を持っている。

 

「ま、また魔獣!?」

「エリオット! 下がるがよい!」

 

 カサリと地面を踏み小柄なパンダが笹を振りかぶりながら飛び出した。すかさずラウラが反応し攻撃を防ぎ、着地した魔獣をアリサが射止めた。

 

「なんでこんなに魔獣がいるのよ……」

「興奮しているのも気になりますね」

 

 人の手の入っていないヴェスティア大森林や滅多に人が入らない最奥でもない道に魔獣が徘徊している。ケルディック街道にいた魔獣よりも遥かに興奮しているのは魔獣どころか動物も同じことだ。管理する者がいなくなった為か、それとも縄張りを追い出されたのか。もしくは、その両方か。派手な音を立てないように魔獣を下し進むのは慎重さが要求される。

 

「(何よりも、足場が悪い……)」

 

 ずるっと足が抜ける感覚を覚え、とっさに何かを掴もうと手が空を彷徨う。

 

「大丈夫か?」

「ありがとうございます。ラウラさん」

 

 よろついたティアの手をラウラが即座に掴み引き寄せた。公園に来てからだんだんラウラの表情も厳しさを増している。ラウラの故郷レグラムもまたクロイツェン州に属している。見過ごせないのだ。

 

「普段よりも足の裏全体を地面に着けるよう意識したらいい」

「足の裏を……?」

「へえ、慣れてるみたいだね」

 

 前を歩くリィンが顔だけで振り向いた。木に手をつき、足を指差す。感心したように言うエリオットにリィンは曖昧に笑った。

 その様子を見ながらその場でトントンと静かに足で地面を叩いていたティアにラウラが声をかける。上の空だと思われたようだ。ラウラ自身も複雑な思いでいっぱいだろうに。申し訳なさでティアは苦笑しつつ答えた。

 

「考え事か?」

「……窃盗犯を見つけた後のことを」

「見つけた後って……犯人の拘束に、盗難品の回収でしょ。大市の人たちにも謝罪させて。あとは――」

「あ!!」

 

 アリサが指を折りながら数えていると、エリオットが大声を出して口を塞いだ。

 

「そ、そうだよ! ここの治安維持部隊は領邦軍! 実行犯とグルなら、僕達が捕まえたってすぐ釈放されちゃうんじゃ……」

「その可能性もあると思います」

 

 ティアが頷く。このルナリア自然公園はクロイツェン州の公共施設であり、元管理人はクロイツェン州の役人によって解雇された。領主であるアルバレア公爵家がこの状況を生み出したことは明らかだ。断定はしないものの、ケルディックで起こっている問題の殆どを領邦軍が裏で画策していることは元締めも察している。

 陳情を取り下げさせる為にこれだけのことをしたのだ。万が一犯人たちが暴かれたとしても、隠蔽する為にまた何か企んでいる可能性はゼロではない。

 

「(そこまで愚かではないと信じたいけど)」

 

 いらぬ心配ならば良いのだが。眉間に皺を寄せて、最奥の見えない森の道を見つめる。例え正規軍に引き渡せたとしても保釈は時間の問題だろうが――そう考えて一度瞳を閉じる。「それでも」とラウラの声がした。

 

「我らが窃盗犯を拘束することは変わらないだろう」

 

 凪いだ水面のようなラウラの琥珀色の瞳を見つめる。気高く、凛とした彼女はどこまでも真っすぐで美しい。

 

 元締めの、ケルディックの人たちの顔が頭をよぎる。今の行動は決して無駄なことではない。尻込みする必要も、その暇もないのだ。

 

 

 

 

 

 

「ん……?」

「エリオット、どうかしたのか?」

 

 自然公園の奥で窃盗犯たちと盗品が詰められた木箱を発見し、見事無力化したティア達。突然現れた学生達に応戦するものの窃盗犯たちの練度は低く、制圧には時間はかからなかった。

 往生際悪く、口を割ろうとしない犯人たちを連行しようとしたその時。エリオットが立ち止まった。

 

「笛みたいな音が聞こえた気がして……っ!?」

 

 自然公園に咆哮が鳴り響いた。体に電撃が流れたかのような衝撃に身の毛がよだつ。咆哮に続き聞こえ出した地響き。周囲はうるさいくらいなのに、唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

 

「な、なんだよ今のは!?」

「近づいきてるのか?!」

 

 ティア達が驚いているように、窃盗犯達も驚倒している。リィンが音の発生している方向に意識を向ける。ズン、ズンと地面を揺らし、耳をつんざくような一際大きな雄叫びを上げながら木々を押しのけて音の発生源は現れた。

 

「ガアァアーーーッッ!!」

「な……なんて大きさなの!?」

 

 立ち塞がったのは巨大なヒヒ――グルノージャ。その姿にアリサが声を上げる。

 太く頑丈そうな長い腕。荒い呼吸。この自然公園で出会ったどの魔獣よりも殺気立っている。ティア達を獲物と見定めたかのような眼は血走り、どこか焦点が合っていないようにも感じられる。

 傍らには自然公園内で見かけたものと同種の魔獣を数体従えていた。

 

「この自然公園のヌシといったところか……! どうする、リィン!?」

 

 ラウラの問いに、リィンは腰を抜かしている窃盗犯達を見やる。逃げようにも窃盗犯たちは動けない。いや、逃げようと背を向けたら最後。あの巨獣は自分たちを狩るまで追い続けるだろう。窃盗犯たちを囮にすれば確実に助かるが、その方法はリィンには選べない。答えは決まった。

 

「彼らを放り出すわけにもいかない! 撃退するぞ!!」

 

「承知!」

「分かったわ……!」

「了解しました!」

「女神様……どうかご加護を……!」

 

 リィンが太刀を抜くと他のメンバーも武器を再び手に取る。ラウラがリィンと共にグルノージャと魔獣たちに立ち向かう。ティアは犯人たちを守るために後ろへ回り、アリサとエリオットがサポートする形だ。

 リィンとラウラが、アリサとエリオットがそれぞれリンクの光に繋がれる。

 

 ラウラとリィンが駆け出した。それぞれ左右に回り武器を振りかぶり斬りかかる。しかしそれは巨大な腕に防がれた。グルノージャが腕を大きく振ると二人は一度後方へ飛び武器を構え直す。

 

「燃え尽きなさい!」

 

 アリサが放つ火を纏った弓矢はグルノージャを捉えているが硬い皮膚に遮られ、その身に小さな火の粉を舞わせて地面に落ちた。ダメージを与えることは出来なかった。しかし、火の粉に気を取られて出来た隙にリィンが再び斬りかかる。タイミングをずらしてラウラも。

 グルノージャは煩わしげに巨体を振り、リィン達を振り払おうとする。振り回した腕が二人を捉えた。直撃は避けたが勢いに押され吹き飛ばされる。

 

「っ!!」

「くっ……!」

 

 重い一撃。体勢を立て直そうとするが体が少しよろめく。その間にもグルノージャは迫る。周囲の魔獣を足止めするためのアーツを発動し終えたエリオットが魔導杖を掲げた。

 

「皆……元気を出して!」

 

 杖を地面につき立てる。全員が優しい光に包まれた。

 

「ありがとう!」

「そなたに感謝を!」

 

 言いながらリィンとラウラは動き出し、グルノージャをかわす。

 

 その様子を見ながら、ティアは数発の牽制弾の後、左手に持った戦術オーブメントを開いた。回復のアーツはもうアリサが駆動中。ならば自分はどうするか。

 

「くそっ……なんで俺たちがこんな目に」

 

 忌々しげに呟く犯人の一人の声を聞き逃さなかった。聞き逃せなかった、が正しいのかもしれない。軽い気持ちで誘いを受け、大市の人たちを苦しめておいて被害者ぶるのか。

 

「アークス駆動」

「ひっ!!?」

 

 静かに告げる。ティアの体を円状の術式が包んだ。小さく悲鳴をあげた窃盗犯には目もくれぬまま戦術オーブメントの中心にあるマスタークオーツに指で触れる。

 

「ハイドロカノン!」

 

 強烈な水が大砲のように発射され、犯人たちの頭上を越える。そのまま背後から襲い掛かろうとしていた魔獣を吹き飛ばした。

 

「……お怪我はありませんか」

「あ、ああ」

「助かったぜ」

 

 無事を確認し、意識を前方で戦うリィン達に戻す。休む暇もない連撃により、じわじわとグルノージャは弱ってきている。あと一押しがあれば。援護しながら隙を探す。

 

「フォルトゥナ!」

「いくわよ! ――ヒートウェイブ!」

 

 エリオットとアリサがアーツを発動させた。グルノージャが足元から発生した巨大な火に全身を包まれる。焼かれ、斬られてきた強固な皮膚は漸く耐え切れなくなってきたようだ。苦しげに叫び、火を消そうと暴れている。

 

「我が一撃……とくと見よ! ――奥義・洸刃乱舞!!」

「グア゛ア゛アァ"アァーーー!?!」

 

 光を纏った大剣を大きく振りかぶり、グルノージャを何度も斬りつけるラウラ。最後の回転切りを真正面から受けてのけぞる。ぐらり、巨大な体が傾くが腕をついて倒れるのをこらえた。瀕死の状態でまだ立ち上がろうとしている。

 

「オ゛オオ゛ォ゛ッ!?」

 

 その巨躯が突然動きを止めた。体を締め上げられているのだ。

 

「リィン君っ!」

「リィン!!」

 

 高圧空間の正体。ダークマターを発動したティアがラウラ達の後ろで集中しているリィンを見る。リィンとリンクを結んでいるラウラは何かを確信しているようにリィンの名を叫んだ。

 

「焔よ……我が剣に集え!」

 

 開眼と同時にリィンは凄まじいスピードでグルノージャとの距離をつめる。

 焔を纏った太刀を構え、巨体の懐に入った。

 太刀を両手に持ち、渾身の一撃を放つ。

 

「――斬ッ!!!」

 

 右肩から左脇腹へと容赦なく斬りつけられたグルノージャは最後に大きな断末魔の悲鳴をあげてゆっくり崩れ落ちていく。

 身を焦がし、うつ伏せのままぴくりとも動かなくなった。窃盗犯達は信じられないと小さく呟いている。

 

「やった……の?」

「……みたいですね」

「どうなることかと思ったよ……」

 

 アリサとエリオットは緊張の糸が切れたように座り込み、肩の力を抜いた。その表情は安心感から出る笑顔だ。ティアは胸に手を当て、大きく息を吐いた。あとはリィンとラウラだが。ちらりと視線を向ける。

 

「はぁっ……はぁ……」

 

 まだ真剣な表情のままのリィンは呼吸を整えると太刀を収めラウラの前に立った。

 

「ラウラ。昨夜はすまなかった」

「……そなた自身の問題ゆえ、私に謝る必要はないと言ったはずだが?」

 

 大剣を収めながらラウラがリィンを見やる。リィンは首を振って否定する。

 

「いや、そうじゃない。謝ったのは、"剣の道"を軽んじる言葉を言ったことだ」

 

 ラウラは黙ったままリィンの言葉を待つ。

 『ただの初伝止まり』なんて。老師にも、八葉一刀流にも、"剣の道"そのものに対しても失礼な言葉だった。それを軽んじたことだけは謝らせてほしい。

 リィンはそう告げるとまっすぐにラウラの瞳を見つめる。

 

 ラウラは答えた。

 どんな人間も身分や立場に関係なく、誇り高くあれると信じている。自分自身を軽んじた事こそ恥じるべきだ。

 凛と言い放つと、リィンに問う。

 

「……そなた、"剣の道"は好きか?」

「好きとか嫌いとかじゃなくて、あるのが当たり前で……自分の一部みたいなものだ」

 

 言葉にするのは難しいけれど。リィンは自分の気持ちをそのまま告げた。その言葉を聞くと、ラウラは私も同じだと笑顔を見せた。

 

「いい稽古相手が見つかったと……そう思っていいのかな?」

「光栄だ」

 

 リィンも微笑む。脅威を退けただけではない安堵の息がリィンとラウラを包んだ。

 後ろではエリオットとアリサ、ティアが顔を見合わせて胸を撫で下ろしている。

 

「この勝利――俺たちA班全員の"成果"だ」

 

 リィンの言葉を聞き、全員が顔を見合わせた。思わず笑みがこぼれる達成感。

 しかし、その余韻に浸る暇もなく、歓迎できない客が姿を見せた。ピーッと笛の音を鳴り響かせ駆けて来る。

 

 座り込んでいたエリオットとアリサが立ち上がり、リィンとラウラの後方に控えた。

 リィンとラウラは武器を構えはしないがすぐに抜けるよう柄に手を添える。その表情は硬い。

 

「……無粋な方たちですね」

 

 領邦軍隊長の合図で兵士は走り出し、ティア達を(・・・・・)取り囲んだ。

 

 


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