キミと彩る   作:sumeragi

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交易町ケルディック

 4月24日

 

 三日前。実技テストが行われた水曜日に、サラ教官から特別実習が言い渡された。おそらく、この実習がオリビエの言っていた"例のアレ"なのだろう。

 説明も程々に実習先と班分けが伝えられる。ティアはリィン、アリサ、ラウラ、エリオットと同じA班で、実習地はケルディック。帝国東部のクロイツェン州にある交易で栄えた町だ。

 一方で、残りのメンバーはB班として紡績町パルムへ向かう。どちらの班にもバランスよくメンバーが分けられており、戦闘面での不安は少ない。発表された瞬間のマキアスとユーシスの顔は推して知るべし、だ。

 

 

 

 トリスタを出発し、列車に揺られること約一時間。目的地であるケルディックに到着したティア達は付き添いで来ているサラ教官を起こして列車から降りた。

 

「凄い……とても綺麗ですね」

「うっふっふ。ここで飲める地ビールは最高よ。君たちは学生だからまだ飲んじゃダメだけどね~」

 

 駅を出てまず目に入ったのは、帝都では見られない木造の建築や点在する風車が特徴的な田舎らしい牧歌的な景色。しかし町は大市目当てで様々な客が訪れており、商人達の活気ある声が響き、穏やかなだけではなく賑やかさもある。

 道中車窓から見えた大穀倉地帯では、実りを迎えた秋撒きライ麦が黄金色に輝き、目を奪われる光景が広がっていた。ライ麦を使った特産品の地ビールが最高だとサラ教官は勝ち誇ったように告げるが羨ましがる者は一人もいない。

 

「ビールはともかく……ライ麦なら、私はパンが気になりますね」

「言われてみれば。昼が楽しみになるな」

「実習じゃなくてただの旅行で来たかったわね」

 

 サラ教官の案内に従い、まずは宿屋――風見亭に向かう。宿の女将マゴットを紹介された後、次は用意されていた部屋へと連れられた。扉の開いた先には五人でも十分にくつろげそうな部屋に、向かって右側にはソファ。左側には、ベッドがそれぞれ手前に三台、奥に二台並べられていた。

 

「一部屋に……ベッドが五台……」

「ま、まさか男子と女子で同じ部屋ってことですか!?」

 

 わなわなと震えながらティアが呟くと、アリサが声を上げた。配慮ゆえかベッドはそれぞれ方向も変え、手前と奥側に分けられてはいるがかなり距離も近い。男女同室はサラ教官の指示のようで女将は申し訳なさそうにしている。

 固まっている二人に、リィンとエリオットがどうしたものかと気遣わしげな視線を送る。

 

「――二人とも。ここは我慢すべきだろう。そなた達も士官学院の生徒だ。それを忘れているのではないか?」

 

 厳しいようだがラウラの言っている事は正論。そもそも軍は男女区別なく寝食を共にする世界。部屋を同じくすることは、いずれは慣れる必要がある。早いか遅いかの問題だ。短く、小さく唸って、観念したと溜め息をつく。

 

「そうね、それにあの二人なら何かする筈もないわよね」

「そうです! あったとしてもそれは不慮の事故です」

「リィンとエリオットなら寝顔を見たりしないだろうし」

「寝起きの顔だってきっと見ないようにしてくれます!」

 

 顔を見合わせて両手の拳を握り、鼓舞し合う。実は楽しんでないか、と3人は言いたくなったがその後の展開は火を見るよりも明らかで、そっと胸の内にしまい込んだ。

 

「おーい、聞こえてるぞー」

「喜んでいいのかなぁ……?」

「ブレードならばまた喜んで受けるぞ」

 

 それは何か違う、とは言いだせず、リィンとエリオットもまた顔を見合わせため息をつく。

 ケルディック行きの列車内で時間つぶしに始めたカードゲーム『ブレード』に、ラウラは案外ハマってしまったようだ。真っすぐな彼女の性格ゆえに勝率は芳しくなかったのだが、何事にも負けまいとする意思にカンパイである。

 

 

 

 

 

 

「これが手配魔獣……つ、強そうだね」

「うむ。あの分厚い皮膚、斬るには少々手間取りそうだが……」

 

 男女同室問題が一段落ついたところで、女将は士官学院の紋が印刷された封筒を手渡して仕事に戻った。その封筒には特別実習における課題と注意点が記された紙が人数分入っていた。実習の課題は合計で三つ。その課題の内の一つが、現在ティア達が退治している魔獣の討伐だ。

 獰猛そうなうめき声を頼りに、東ケルディック街道の外れにある高台で巨大なトカゲのような魔獣を見つけた。手配書のとおり、鋭い牙状の歯が生えており、太く長い尻尾から繰り出されるむち打ちは殺傷力が高そうだ。

 エリオットは魔導杖を握り締め、そっと木の陰から顔を出して魔獣を盗み見る。これまで街道にいた魔獣は後方支援など必要ないくらいにあっさりラウラとリィンが片付けていたが、手配魔獣相手となるとそうはいかない。

 

「今まで楽させてもらった分、しっかりサポートするわね」

「動きは鈍そうですし、狙いやすいですね」

 

 致命傷まではいかずとも、一撃まともに食らうとかなりのダメージになることは必至。回復や補助に足止めと、すべき事は多い。

 

「ここはリィンと私で一気に片を付けるべきではないか?」

 

 リィンの素早い太刀筋なら魔獣を撹乱させることができる。その隙を遠距離から攻撃し、弱ったところをラウラが一気に切り伏せればいい。ラウラはそう反論するが、リィンが高台を見ながら説明する。

 

「闇雲にあの尻尾を振り回される崖が崩れるかもしれないし、あの魔獣が畑に落ちて民家を襲いに行くと怖い。ここは強力なアーツで確実に仕留めるべきだと思う」

「……分かった」

 

 納得いかないところもあるが、仕方ない。そう言いたげな面持ちではあったが、ラウラは了承した。

 

「エリオットは解析が終わり次第指示を出してくれ」

「うん!」

 

 リィンとエリオット、アリサとティアがそれぞれリンクを繋いで、木の陰から姿を現し、手配魔獣に挑んでいく。動く人影に気付いた魔獣がのそりとした動きで振り返ったところに、すかさず頭を狙い撃つ。

 

「かったいわね……!」

 

 貫通することなく硬い鱗に弓矢は弾かれたが、魔獣の注意は完全に引きつけた。崖からまっすぐにこちらへと向かってくる足元、その指先に正確に銃弾と弓矢が撃ちこまれると煩わしさから一気に振り払おうと背を向け大きく尻尾を振りかぶる。

 

「はあ!」

 

 ザシュッ。ラウラが大きくジャンプして、尻尾が地面にかすった瞬間に大剣で尻尾を地面に縫いつけた。

 ぐあああと大きく咆哮を上げる魔獣の背後で、尻尾の餌食にならぬように距離をとり、忍びよっていたエリオットが叫ぶ。

 

「解析完了! こいつ、水に弱いみたい! フロストエッジいくよ!」

「はい!」

 

 言うが早いか、エリオットは駆動を開始した。尻尾を引き抜こうと勢いをつけタックルする魔獣をかわし、リィンが素早く首筋を斬りつけた。そして、ピシっという音をたてて冷気が魔獣を包み、エリオットとティアの手元から淡い水色の光が発せられ、氷の刃となって魔獣に襲い掛かる。

 

「あ、凍った……」

 

 苦痛と怒り混じりの咆哮を上げながら、手配魔獣の顔と尻尾だけを残した全身氷付け像が完成した。

 

「東ケルディック街道の魔獣退治……これで一通り実習課題は終わったか」

 

 リィンが手配魔獣を仕留めた太刀を静かに鞘に収めた。一度深呼吸をすると背後から視線を感じたが、振り返るとすぐに逸らされる。声をかけても「なんでもない」と返され、それ以上続けることもなかった。

 

「少ないと思ったけど、一通りこなすと結構時間かかったね」

 

 エリオットが伸びをしながら言う。

 必須実習課題だった魔獣退治と街道灯の交換。一日ごとにまとめたレポートを、後日担当教官に提出するという特記事項も、極めて特別な内容でもない。特別実習と銘打ったにしては、拍子抜けしても仕方のない課題だ。しかし、必須課題の二つに、薬の材料調達と全ての課題を完遂する為にはケルディック中を歩き回る必要があり、ハードな課題には違いなかったのだが。

 

「お手伝いさんっていうか何でも屋というか……」

 

 まるで遊撃士のような課題だった。町へ帰りながら実習内容を改めて振り返る。士官学院生という立場の為か声をかけられる機会は多くはなかったが、課題を通じて現地ならではの情報を得られたことは貴重な経験だ。

 

「どうして必須と任意に課題を分けたのでしょうね」

「ん~……明確な評価の基準にするためとか?」

「依頼人……は関係ないわよね」

「緊急性の高低はどうだろう」

 

 ふと呟かれた言葉は、脈絡のない言葉のようだったがエリオット、アリサ、ラウラはそれぞれ思ったままの意見を口に出す。どの課題も決して不必要だったり、この実習のためだけに誂えたものではなかった。

 俯きがちに考え込んでいたリィンは合点がいったように顔を上げた。続きを促す視線を送られて、リィンは続ける。

 

「依頼の取捨選択に、俺たちがそれを期間内にこなせるかどうか――その見極めも含めて『特別実習』ってことじゃないかと思ってさ。どれも安請け合いしていいものじゃない。必須の課題は教官が確実に出来ると判断したものだろう。……これが俺の意見だ」

「ふむ。先週の自由行動日のそなたは、随分と有意義な時間を過ごしたようだな」

 

 ラウラは感心しているようだがどこかその目には探るような色が浮かんでいた。が、リィンを見るラウラを見るティアの奇妙なトライアングルはすぐに崩れることとなる。

 自由行動日に学校内どころかほぼトリスタ中を駆け回っているリィンは目を引いた。頼まれていた仕事以外にも、一人でクラブ活動の片付けをしているアリサや、用務員である老紳士の手伝い等、彼が仕事に呼ばれるのか、それとも彼が仕事を呼ぶのか。これからもその姿を度々見ることになるだろう。

 

「どうかな?」リィンがティアを見た。「答えを出すのは私ではありませんよ」ティアはにっこりと微笑む。その表情はアリサやエリオットと同種の満足そうな表情だ。

 

 革新派の台頭により変化しつつあるが未だエレボニア帝国には大国ゆえの保守的な面が強く残っている。突出した個を認めようとしない。その帝国において、学生に考えを委ねるカリキュラムは、確かに"特別"と称するに相応しいかもしれない。

 

 また、実際に足を運ぶまではケルディックについても、トリスタについても本で読んだ知識しか知らなかったが依頼を一通りこなすうちに自然と土地全体を歩き回り、話を聞く機会も多かった。各地を回り、文献情報だけでなく、自分なりに情報の収集・分析をすることが出来るというのは、この広い帝国では得がたい経験だ。

 宿屋に着くと案内は終わったとばかりに昼間から飲んだくれていた担任の姿を思うと、本当にそうだろうか?と素直に感謝できなくなりそうで、ヴァンダイク学院長に心の中で感謝を告げた。

 

 

 

 

 

 

「今日の課題は片付けたしもう少し周辺を見てから宿に戻ろうか」

 

 依頼を出した農家に報告を終えると、ケルディックへ着く頃にはもう日が暮れるだろうという時間。見回りながら戻っていると夕食丁度良い時間になるだろう。昼に食べた特産のライ麦パンはやはり絶品だった為、実習での来訪ではあるが夕食にも期待してしまう。

 宿に着いた瞬間ビールを飲み始めたサラ教官は昼に戻ったときもまだ飲み続けていたが、そろそろ潰れてはいないだろうか。この一ヶ月足らずで、サラ教官がⅦ組生徒と彼女が暮らす第三学生寮の自室や一階のソファで飲んだくれている姿が既に五回確認されている。心配だ。

 

「大市が見たいな~」

「バリアハート産の宝石や毛皮は見ておきたいわね」

「観光ではないぞ……」

 

 苦笑するラウラだが実は彼女は大市のみっしぃぬいぐるみが気になっている。順風満帆に実習一日目を終えられそうだとティアとリィンは前を歩く三人の会話を聞きながら笑った。

 

「今食べ物屋台を見るのは少し危険ですね」

「お腹空いてるときに屋台とか見るとつい買っちゃうんだよね。それでよく姉さんに怒られたなあ」

 

 振り返ったエリオットが照れたように笑う。彼らしいエピソードだ。ユミル、ルーレ、レグラム、育ちの三人は屋台とは縁がなくそういうものなのかと感心している。もっとも、ケルディックの屋台は帝都と違い、食品よりも食材がメインなので余計に空腹感が増すかもしれない。

 

「エリオットくんは確か、帝都出身でしたか。広場の屋台はどこも美味しいからつい覗いてしまいますよね」

「そうそう。ティアも帝都出身だっけ? 僕はアルト通りなんだ」

「ええ。そうだ、アルト通りといえば音楽喫茶がありましたね」

 

 音楽が趣味だという話から恐らく常連であろう店の名前を出してみる。予想通りエリオットの馴染みの店のようだ。そうして話しながら歩いているとケルディックに戻ってきた。

 教官はどうなったろうと報告と確認の為風見亭へ戻ろうとしたが、大市で揉めている声がするので足を運ぶこととなった。過去の自分よ、残念ながら順風満帆にとはいかないようだ。ある種予想通りではあるが心の中で一人ごちた。

 

 




 あえて言葉にするとこういうことだったのかな、と。あくまで私の解釈です。

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