キミと彩る   作:sumeragi

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特別オリエンテーリング 後編

 ダンジョンに入って数分間魔獣に出会わなかったのが嘘のようで、既に倒した魔獣の数は優に三十を超えるだろう。進んでは倒し、進んでは倒し。魔獣が少ないルートがあるので、先行した三人の誰かが通った道だろうと推測する。それでも湧いてくる魔獣はそれなりの数がいる。ダンジョン内の魔獣が弱いとは言え単独で進むのはあまり褒められたものではないだろう。

 

「誰か来ているな」

「一人……でしょうか」

 

 奥から誰かがこちらに向かって歩いてきている。ラウラとエマの言葉にティアとアリサも二人の間から前方を覗き見る。ダンジョン内は薄暗く、距離もある為顔までは判別出来ないが、確かに歩いている者がいる。

 

「君たちが来ているって事は、この方向であっていたんだな」

 

 話しかけながらも近付いてきて、ようやく顔が見えるようになった。金髪の少年といがみ合いながら真っ先にダンジョン内へ進んでいった眼鏡の少年だ。

 

「あってるって……あなた、もしかしてスタート地点に戻るつもりだったの?」

「そうじゃなくて……その、君たちに会えると思ってね」

 

 アリサの問いに、マキアスは考えるように答えた。

 スタート地点に戻るわけでもなく、わざわざ来た道を戻ってきたマキアス。なるほど、とラウラはうなずいた。

 

「頭は冷えたようだな?」

「おかげさまでね」

 

 ばつが悪そうな顔と、表情通りの声で返事をする。貴族が嫌いで熱くなりやすく、周りが見えていない。そんな最初の印象とは随分と雰囲気が変わったように感じる。顔に出やすいのは元々の性格だろうか。

 

「改めて――マキアス・レーグニッツだ」

 

 マキアスが名乗り、女子も順に自己紹介する。

 帝国に住む者ならば、"レーグニッツ"と聞いて帝都ヘイムダルの知事であり、帝都庁長官のカール・レーグニッツを浮かべない者はいない。おそらく、いや間違いなくマキアスが彼の息子なのだ。そう思って彼を見ると、なるほど。確かに似ている気もする。知事本人はその肩書きから連想する厳格さよりも、人好きのするお茶目な紳士と例えた方が近かったのだが、そこは年の功というものだろうか。

 

「その……含むところがあるわけじゃないんだが、身分を聞いても構わないか? 相手が貴族かどうかは念のため知っておきたくてね」

 

 一通りの自己紹介が終わったところで、マキアスが気まずそうに尋ねてきた。それを聞くと四人は顔を見合わせる。

 

「私は平民だけど」

「私もです」

 

 最初に答えたのは腕組みしたアリサだった。エマは学院にも奨学金で入学しているようなので、やはりと言った感じだ。

 

「私も貴族ではありません」

 

 ティアが静かな笑みを浮かべ答えると、黙ったまま訝しむようにしていたラウラがゆっくりと口を開いた。

 

「私の父はレグラムを治める子爵家の当主だが……何か問題でもあるか?」

「あぁっ、そうか! アルゼイドって……!」

 

 思い出したように小さく声をあげてマキアスがたじろぐ。アルゼイドの名ではなく、ラウラの強い眼差しに。

 

「なあ、マキアス。そなたの考え方はともかく、これまで女神に恥じるような生き方をしてきたつもりはないぞ? 私も――たぶん私の父もな」

 

 ラウラはマキアスの眼をまっすぐ見て嗜めるように、静かな、しかし力強い声で告げた。

 マキアスの人並み外れた貴族への嫌悪感は、彼しか知らない事情に基づいた、彼にとって譲れない思いなのかもしれない。とは言っても、譲れないものがあるのはラウラとて同じなのだろう。出会って間もないけれど、ラウラの凜とした立ち振る舞いにはそう感じさせられる。

 

「本当に、他意があったわけじゃないんだ。だが、気分を悪くさせてしまったな。君達も、重ねてすまない」

「別にいいわよ。気にしてしまう気持ちが全く分からないって訳でもないし」

 

 周辺諸国と違い、貴族制が根強く残っている帝国では、どうしても身分の差がれっきとして存在する。大貴族の治める地ともなると、尚更のこと。帝国内で暮らしていてその壁を感じない者は、生まれたばかりの赤子くらいだろう。

 

 アリサの言葉に、マキアスが少しほっとした表情を見せ、これからどうするかを話し合っていると、奥から後ろからリィン達が歩いてくるのが見えた。立ち止まっている間に追いつかれたらしい。

 リィンとアリサだけはぎこちないまま、お互いの無事を確認しあう。

 

「マキアスも合流したみたいだし、いっそこのまま全員で行動しない?」

「えっ」

 

 気を利かせたエリオットの提案に、真っ先に反応したのはアリサだった。思うより先に声が出た、そんな顔をしている。

 

「マキアス君がリィン君達のチームに合流する……というのはどうでしょうか」

 

 どちらも4人のチームになるし、残りの二人を探す為にも、このまま二手に分かれていたほうが都合が良い。

 それらしい理由を挙げ、ティアは苦笑しながらリィンを見た。視線に気付いたリィンは、少し困ったように小さくうなずく。

 

「ああ、俺は構わないよ」

「俺もだ」

「人数が増えると心強いね」

「君達……ありがとう」

 

 リィン達男子陣が快く受け入れ、不安そうだったマキアスも安心したようだ。

 これからの方針が決まった以上、これ以上この場所に留まる必要はない。リィン達と別れ、ティア達は再びダンジョン攻略に踏み出した。

 

 少し歩き、角を曲がってリィン達の姿が見えなくなったとき。顔は下を向いたまま、小声でアリサがお礼を言った。

 

「……ありがと、ティア」

「私は何もしていませんよ」

 

 ティアは隣のアリサをちらりと見やると、また前を向いた。

 余計なことをしたかもしれない。そう思ったが、アリサの言葉を聞き安堵してしまうのだから、単純なものだ。

 

「でも、ずっとこのままではいられませんよ。リィン君もわざとではないでしょうし」

「た、助けようとしてくれた事くらい、私だって分かってるわよ。……謝らなくちゃとも思ってるけど……まだ顔を合わせるのは恥ずかしくて」

 

 言葉尻が小さくなっていく。通路は相変わらず薄暗いが、視界の端に写るアリサの耳が赤く見えた。

 

 

 

 

 

 

 迷路のようなダンジョンを進み続け、一際広い部屋が見えてきた。階段上の扉からは光が漏れている。ここがダンジョンの終点で間違いは無さそうだ。

 

「やっと終わったわね」

 

 少し疲れた様子を見せながらも、誇らしげにアリサが言いながら部屋へ入る。

 

「フン、遅かったな」

 

 階段近くの壁にもたれていた金髪の少年――ユーシス・アルバレアが声をかけた。

 少し離れたところには探していた少女が座っていた。すでに二人はゴールしていたのだから、途中で会わなかったわけだ。

 

「なんでここにいるのよ。早く上に行けばいいじゃない」

「扉は鍵がかかっていた。大方、全員が揃うまで開けるつもりはないんだろう」

 

 むっとしたアリサにではなく、階段の上の扉にユーシスは視線を向けた。あくびをしている銀髪の少女――フィー・クラウゼルが興味なさげに言う。

 

「そう言えば、サラが"全員でゴールに来るように"って言ってた……かも」

「初耳だな」

「私も今初めて言った」

 

 ラウラに対し、フィーはけろりと言ってのける。

 

「それなら、リィンさん達が来るのを待ちましょうか」

「そうだな。鍵を壊すわけにもいくまい」

 

 エマとラウラが言い、ティアも部屋を見渡す。

 部屋の造りはこれまでと同じく石造り。目立つものといえば、大型の魔獣――ドラゴンを模した石像くらいだ。

 

「趣味の悪い石像ね」

 

 その場から動かず、石造を見たアリサは率直な感想を漏らす。

 

 シンとした広間。気まずい沈黙が支配する空間で、視線を感じた。

 

「どうかしましたか?」

 

 視線の主は、離れた場所で壁にもたれたままのユーシスだ。

 

「いや……」

「ああ、マキアス君なら、リィン君達と合流しましたから心配しなくても大丈夫ですよ」

「何を勘違いしているのかは知らんが、俺はあの民草のことなど気にしていない」

 

 少々大げさな仕草で、ティアは両手を合わせた。

 呆れたのか怒ったのか。フイと顔を背けたユーシスの心中を察する事はできない。

 

「図太いって言うか天然って言うか……」

 

 アリサの小さな呟きが静かな空間に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

「皆いるってことは、ここが終点で良さそうだな?」

 

 声をかけながら広間に入ってきたのはリィンだ。後ろにはエリオット、ガイウス、マキアスもいる。

 

「これで全員か」

「サラ教官はどこかから見ているのでしょうか」

 

 エマがきょろきょろと周りを見回し始める様子を不思議に思うリィン達に、扉が開かないことを説明する。リィン、エリオット、ガイウスは、全員が外に出ず広間に残っていたことに納得したようだったが、マキアスは訝しげな表情を浮かべた。「そんな奴の言う事を信用できるか」と目が語っている。

 

「僕が確かめる!」

「えぇっ!? マ、マキアスってば!」

 

 マキアスが歩き出し、石造を通り過ぎた瞬間、地響きのような鳴き声が聞こえてきた。

 

「な、何だ!?」

「っマキアス!!」

 

 驚くマキアスにリィンが叫び、石像から距離をとる。

 石像の色がみるみる黒く色身を帯びていき、翼が動き始めた。台座から飛び降り、ズシン、と地面を揺らしながら様子を窺うように歩く。

 

「あれは石の守護者(ガーゴイル)……!?」

「暗黒時代の魔導の産物か……伝承の中だけの存在では無かったようだな」

 

 ユーシス、ラウラが驚いたまま、魔獣の正体を推測する。

 アークスの中央にセットされたマスタークオーツに触れる。ティアの体を帯のような青い光が包んだ。

 

「「アクアブリード!」」

 

 水の塊が二つ、魔獣に向かって放たれた。一つはティア、もう一つはエリオットのものだ。ティアの放った水の塊は羽を打ち抜き、片翼に穴が開く。エリオットは顔面に直撃させており、魔獣が一瞬動きを止めた。

 

「いくぞ!!」

「砕け散れっ!!」

 

 連続で与えられる斬撃。物理攻撃は鋼鉄に覆われたような皮膚に阻まれ、ほとんどダメージが通らない。しかし、数の利はある。前衛が魔獣の動きを止めているおかげで駆動を妨害されることなくアーツを発動出来ている為、徐々にではあるが、魔獣も消耗しているはずだった。

 

「(この違和感は何……?)」

「はああああっ!!」

 

 動きの鈍くなった魔獣の関節部、装甲の薄い両肩に、リィン、ガイウスが同時に強い一撃を与えた。

 魔獣は鈍い唸り声を上げ、地面に突っ伏す。

 

「やったの!?」

「いや……」

 

 後ろから誰に、ともなくかけられたアリサの声を、リィンが否定する。手応えはあったはずなのに、魔獣は再び体を起こそうとしていた。そして、血を流している傷跡が塞がっていく様子が目に映る。

 

「傷が再生してる……!?」

「そ、そんな……」

 

 信じたくない事実に、冷や汗が流れる。そんな十人をよそに、魔獣は再びけたたましい鳴き声を上げると、体が光に包まれた。

 光が消えて現れたのは、大きな翼を持ち、頭には赤い角が二本生えている魔獣。悪魔と言った方が近そうな外見だ。何もなかったかのように両翼を羽ばたかせ、その身を宙に浮かせている。

 

「くそっ、何なんだこいつは……!」

「嘆いているくらいなら腕を動かせ!」

 

 こんな時でも喧嘩腰のマキアスとユーシスだが、今も尚ダメージを与え続けている。自分の置かれた現状を嘆きたくなるのも仕方ない。ダメージを与えた端から再生していく魔獣。疲労だけが蓄積していきそうな状況で、希望を与えたのは、意外なことにエマだった。

 

「再生能力は無限ではありません!」

 

 大人しそうな外見からは想像が付かない凛とした叫び。

 

「そうだな……これだけの人数だ。勝機さえ掴めれば……!」

「――耳塞いで目を閉じて」

 

 言うが早いか、フィーが何かを魔獣に向かって投げた。何事か理解する暇もなく、言われるままに目と耳を覆うと、光と音が襲ってくる。

 突然の事に驚くが、魔獣は更に混乱しているらしく、叫びを上げながら激しく首を振る。

 

「ブレイクショット!」

 

 無防備な首に強烈な一撃を受け、一際大きな短く鳴くと、翼の動きが遅くなり、魔獣がうつむくように地に降り立った。

 

「今だ!!」

 

 そう叫んだのは誰だったか。今こそリィンの言っていた勝機。それは全員の思いだ、そんな確信を持ち、暖かな光を感じながら、ティアは駆動を開始した。

 

「(次に彼は魔獣の右から攻める)」

 

 次にとるべき自分の行動は。そこまで考えて、次にどう動くつもりか、と言う意志まで分かっていたことに驚く。

 実際、ティアがそうすると思っていた通りに目の前のユーシスは動いた。振り上げて切り裂くために振り下ろされた魔獣の右腕をかわし、生じた隙にユーシスは素早い多段突きを繰り出す。

 しかし、今は考えている余裕はあまりない。

 竜がのけぞったところにガイウスが力強い突きで追い討ちをかける。ティアは駆動を終え、無防備な魔物にアーツを繰り出す。

 

「任せるが良い!!」

 

 最後には、ラウラが魔獣の首を文字通り吹き飛ばした。

 先に首が、次に切り離された胴体が色を失っていき、元の石像のように固まると、光となって消えていった。

 

「(聞いてはいたけど、これは予想以上かも)」

 

 アークスを見つめながらティアは考える。

 今度こそオリエンテーリングの終わりだろうと安堵し、武器をしまい、最後の謎の光について話し出す。自分だけでなく、全員を包み込んだ光。他者の動きが読める――いや()える感覚。

 

「もしかしたら、さっきのような力が――」

「そう。アークスの真価ってワケね」

 

 リィンの言葉を遮るように、サラが拍手しながら階段を降りてくる。

 

「いや~、やっぱり最後は友情とチームワークの勝利よね。お姉さん感動しちゃった」

 

 うんうん、と満足そうに頷くサラ教官は、オリエンテーリングの終わりを宣言すると全員を見渡す。喜べばいいのに、と言われても、色々ありすぎてそうはいかない。

 

「――単刀直入に問おう。特科クラス《Ⅶ組》……一体、何を目的としている?」

 

 確信を突くユーシスの疑問に、サラは当然のように答える。

 

「君達が選ばれた理由は色々あるんだけど……一番分かりやすい理由はそのアークスにあるわ」

 

 戦術オーブメントとして多彩な機能を秘めているが、先ほど体験した現象――《戦術リンク》にその真価はある。

 どのような状況下でも互いの行動を把握でき、最大限に連携できる精鋭部隊。"革命"を起こすであろうその機能は、現時点では適性に差がある為、新入生の中でも特に高い適性を示した十人が選ばれたとのこと。

 

 その後、サラはⅦ組参加は辞退出来ると伝えた。Ⅶ組は本来のクラスよりもハードなカリキュラムになる。それを覚悟した上で、Ⅶ組に参加するかどうか決めるようにサラは促す。

 

「リィン・シュバルツァー、参加させてもらいます――」

 

 最初にリィンが参加の意思を示した。リィンに続いてラウラ、ガイウス、エマ、エリオット、アリサも参加を決め、サラに決定を委ねようとしたフィーも自分の意思で参加を決めた。そして、ユーシスとマキアスも。

 

「残るはあなた一人……どうするのかしら?」

「ティア・レンハイム……もちろん参加します」

 

 そう言って、一歩踏み出す。これが最初の一歩だ。

 全員の参加が決まると、サラは満足そうに笑う。

 

「ふふ、十名全員参加ってことね! それでは、この場をもって特科クラス《Ⅶ組》の発足を宣言するわ。この一年、ビシバシしごいてあげるから楽しみにしておきなさい!」

 

 

 

 

 

 

「これも女神の巡り合わせというものでしょう」

「ほう……?」

「ひょっとしたら、彼らこそが"光"となるかもしれません。動乱の足音が聞こえる帝国において、対立を乗り越えられる唯一の光に――」

 

 ヴァンダイク学院長と共に生徒たちを見下ろし、オリヴァルト皇子はそう告げる。まだ何色にも染まっていない彼らがこれからどう成長していくのか。

 出自に身分、それぞれの価値観は違う。その違いは、彼らの壁となり立ち塞がることもあるだろう。

 しかし、苦楽を共にし、共に壁を乗り越えた先で得るものは、きっと何物にも代え難く彼ら自身を強くしてくれる。

 

「妹君にも、そうなることを期待されているのでしょうかな?」

「それは勿論ですが……あの子には、学院生活を心から楽しんでもらいたい」

 

 オリヴァルトはティアを見つめながら、ヴァンダイクに聞かせるでもなく呟いた。ヴァンダイクは自身が入学式に言った言葉を思い出す。

 

『若者よ――世の礎たれ。"世"という言葉をどう捉えるのか。何をもって"礎"たる資格を持つのか。これからの二年間で自分なりに考え、切磋琢磨する手がかりにして欲しい。』

 

 短くて長い学院生活が始まった。




忘れられた頃に戻ってくるsumeragiです。

ゲームを見てしまうとどうしてもその通り進めようとしてしまうので記憶を頼りに改変しながら進めようとして、後で確認の為プレイ動画をみると扉なんてなかったことに気付いてしまいました(笑)
オリエンテーリングはこれにて終了ですが、あと一話を挟んで序章も終わりとなります。

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