キミと彩る   作:sumeragi

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相性は良くて悪い

 オーロックス砦への報告を終え、バリアハートへ帰る道すがら。砦で見たものを整理する。

 領邦軍に配備されたRF社製の最新鋭の主力重戦車《18(アハツェン)》に、砲撃にも耐えられるように改修され、いずれは対空防御も大幅に強化する予定の要塞。当然、クロイツェン州での増税とこの軍備増強は無関係ではない。

 

  クロイツェン州はカルバード共和国に最も近い土地であり、現在歩いているオーロックス峡谷にはかつてカルバードへ続いた廃道がある。しかし、あくまで領邦軍は治安維持部隊。これだけの戦力、地方の軍が持つには十分過ぎるほどだ。その意味するところは革新派と貴族派の対立の激化。

 

 砦へ配備された《18》は、正規軍の二十を越える機甲師団にそれぞれ百台以上が配備されている。大陸最大規模の戦力と言っても過言ではないその正規軍も、約七割がオズボーン宰相によって掌握されている。実質、その戦力は革新派の戦力そのものというわけだ。

 

「(それに、あの銀色の傀儡……)」

 

 砦から出てバリアハートへ戻る道を歩いていると砦の方角から飛んできた謎の飛行物体を思い出す。こんな時期の砦への侵入者。そしてその飛行物体に乗っていたのは"子供"ときた。今ここで考えても仕方のないことと分かっていても、どうしても気にしてしまう。

 そして今ティアが最も気にしていることは、刺すような二つの視線だった。

 

「……情熱的に見つめられるのは吝かではありませんが……視線で穴が開いちゃいそうです」

「じ、じろじろ見てしまったこちらの非は認めるが誤解を招くような言い方は止めてくれないか!?」

 

 隣を歩くマキアスをからかい混じりに指摘すると、期待通りの反応が返ってくる。

 

「誤解……? じゃあ、マキアス君は遊びで私をからかったんですか……」

「マキアスさん……」

「マキアスさいてー」

「なんでこんな時だけ乗ってくるんだよ!? 違う、誤解だ! ……僕は何の弁解をしてるんだ!?!」

 

 ティアが妙に上手い演技で顔を悲しげに曇らせると、前後から女子の援護が飛んできた。おそらくフィーは意味をよく分かっていないが。

 リィンは後ろで、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりの表情で乾いた笑いを浮かべていた。

 

「まったく……茶化さないでくれよ。僕は本当に申し訳なく思っているんだ」

「すみません、つい」

 

 兄の親友に、その弟に、隣の(マキアス)。どういう仕組みなのか、むっと眉間に皺をよせられると少し意地悪をしてみたくなるのだ。

 

「マキアス君が私に謝ることなんてありませんよ? ほら。見ての通り、怪我だってしていませんし」

 

 ティアが軽く肩を竦めて見せる。

 軽傷とは言っても短時間で治るものには見えなかったリィンの傷もすっかり血も止まり、傷口は塞がっていた。エマが使った傷薬の効果なのか。その話をするとエマがあからさまに話題を変えようとしたので深く追求することはなかった。

 

「ふふ。本当に申し訳なく思っているのなら、実習中に必ずユーシス君とのリンクを見せてほしいです」

「うっ……」

 

 実技テストでは連携不足でサラに惨敗し、先程の魔獣戦ではリンクブレイク。戦闘後頭に血が上って掴み合っているところをまだ生きていた魔獣に襲われてリィンが負傷した。はっきり言っていいとこなしである。リィンにも、ティアにも八つ当たりじみた物言いをしたのに、気遣われて言い返すことも出来なかった。

 

「今日の実習はここまでですね」

 

 日も暮れだした時間に漸くバリアハートに到着。西門を潜ると昼よりも人気が若干少なくなった駅前通りに出た。ホテルに戻り、実習内容は夕食時にまとめることにしようと話しながら歩いているとユーシスが上空を見渡していた。釣られてティアが上空を見上げると、遠くから子供の声が近づいてくる。

 

「あーっ! ユーシスさまだー! おかえりなさーい!」

「わあっ、ほんとだ! ユーシス様、じっしゅうはもう終わりですか?」

 

 駆け寄ってきたのは小さな男の子と少年よりも少し年上の女の子。たしか、駅前通りの北クロイツェン街道方面の出口近くのベンチに座っていた子供たちで、名前は――

 

「ラビィ、アネットか…………ああ、今日はこれから休むところだ」

 

 ユーシスは子供たちの名前を呟くと目線を合わせるために膝をつく。ドリアード・ティアを探すため北クロイツェン街道へ向かったときにも見た姿だ。

 

「そろそろ日も暮れる。早く帰ったほうがいいぞ」

「はい。これから帰って夕飯の支度をするんです。お父さんもお母さんも仕事で疲れてるだろうからわたしが用意しないと……」

「もうすぐおとーさんたちが帰ってくるー!」

 

 口調は相変わらずだがユーシスは声だけじゃなく、表情や雰囲気までもが柔らかい。子供たちが今日も二人で留守番をしたと得意げに胸を張ると、ユーシスは頭をひと撫で。

 

「ちゃんと留守番の役目を果たしているじゃないか。偉いぞ、お前達」

「わーい、やったー!」

「えへへ……ありがとうございます!」

 

 ユーシスに頭を撫でられ子供たちは嬉しそうに笑う。ラビィはあどけなく。アネットは少し恥ずかしそうに体を揺らし、はにかんだように。

 ユーシスの手が離れると名残惜しそうに少女は手で髪を梳いた。

 

「えと、わたしたち、そろそろ失礼しますね」

「ああ、気をつけて帰るようにな。大通りで飛び出したりせぬことだ」

「はーい! じゃあねー、ユーシスさまー!」

 

 子供たちは大きく手を振りながら小走りで離れていく。ユーシスも小さく手を振ることで応えていた。角を曲がって子供たちが完全に見えなくなると、ユーシスは手を下ろし安堵のため息を吐く。

 

「……あの奇妙な物体は街には来なかったようだな」

「もしこちらに来ていたら騒ぎになっているか……」

「ああ……遠くに飛び去ったんだろう」

 

 依頼の品であるピンクソルトを貴族の青年達に渡し終えたら一日目の課題は全て終了。遅くならないうちに戻ろうと話しホテルへ向かう。

 ホテルに着いた時、丁度エントランス前に車が横付けに停車し、クラクションを鳴らした。振り返ってその車を認識したユーシスの表情が固まる。

 

「……父上……」

 

 後部座席の窓が開きだすとユーシスは車に駆け寄った。開いた窓から見えるのは横顔だけ。それでも座っている人物がアルバレア公爵その人だと判断するには十分だった。

 

「……挨拶が送れて申し訳ありません。学院の実習ではありますが、ユーシス戻りまして――」

「挨拶は無用だ。ルーファスにも言ったが好きに滞在するがいい。ただ、アルバレア家の名前には泥を塗らぬこと……それだけは弁えておくがいい」

「……っ……はい。学友がおりますのでせめて紹介だけでも……」

「必要あるまい」

 

 親子とは思えないほどの寒々しい会話は一方的に切られ、アルバレア公爵は車の窓を閉めると走り去っていく。一度もティア達に顔を向けずに。一度もユーシスと目を合わせないままで。

 

「……なにあれ」

「ふぃ、フィーちゃん……」

 

 フィーの率直過ぎる物言いにエマが困惑しているとマキアスが初めて直接見るアルバレア公爵の情報を整理しているようだった。ユーシスはその言葉に目を伏せて続ける。

 

「今のがアルバレア公……四大名門の一角にして絶大な権勢を誇る大貴族か」

「そして信じられないことに俺の父でもあるらしい」

「…………」

「詮ないことを言ったな。……腹が減ったことだし、いったん部屋に戻ったら食事にでも繰り出すか」

 

 淡々と、柔らかさも何も感じさせない声でユーシスは語り、ホテルへ入っていく。

 宿泊場所が城館と言われてユーシスが戸惑った理由を全員が察した。最も安心できる居場所であるべき自宅が、居心地が悪いとはどれだけ苦しいことなのだろう。他家の事情に、ましてや親子関係に口を挟むべきではないと分かっていても、組んだ手に自然と力が入った。

 

 

 ホテルで一息ついたティア達は再び《ソルシエラ》を訪れ、料理に舌鼓を打つ。テラス席で五月の心地よい夜風を肌に受けながら一日目を振り返ると、レポートの内容はかなりの量になりそうだ。半貴石の調達も、手配魔獣の件も確かに完了はしたが、完璧とは言い難い。実習そのもの以外に、表面化した問題は多かった。

 

「今回のレポートはちょっと気が楽かもしれません」

 

 エマがにこにこと言うと、ユーシスとマキアスは途端に気まずげに目線を逸らした。先月の実習で、パルム市を訪れたB班が一緒に食事をしているところを想像できないと予想したのは正解だったようだ。

 "胃薬を飲まずに済む"、"一緒に行動できそう"等気になるワードを時々漏らすエマに、本当にどんな実習だったのかとティアとリィンは知りたいような、知りたくないような複雑な心地だった。

 

 食事を終えてホテルに戻ると隣接した部屋の扉の前で男女に分かれる。荷物を整理し、入浴前にレポートを書き終えようとレポート用紙と筆記用具を出した時、コンコンコン、と部屋の扉がノックされた。

 

「リィンさん達でしょうか?」

 

 立ち上がったエマの後をゆっくりと追い、ドアスコープを覗くと爽やかな見た目の青年が立っていた。

 

「ルームサービスでございます」

「……」

「えっ……? そんなもの頼んでいませんよね」

 

 エマが焦るのもその筈。青年バトラーが手に持っているのは薔薇の花束なのだ。そのようなルームサービスが存在することは知っているが、当然利用する気もなければその暇もなかった。

 ドアの前でしゃがみ、小声で相談。何とも怪しい光景だが室内なので問題はないだろう。

 

「私が出ます。多分間違えただけでしょう」

 

 ドアを後ろ手に閉めて出てきたティアを見ると青年は愛想よく微笑んでグランローズの花束を差し出す。花束だけじゃない、むせ返るような薔薇の香りが印象的なバトラーだ。

 

「こちらがお客様宛てに届いております」

「……失礼ですが、どこか別の方の部屋とお間違えではないでしょうか」

「いえ。トールズ士官学院Ⅶ組の方に、と言伝を預かっております」

「そうですか。……ご丁寧にありがとうございます」

 

 ティアが差し出された花束を受け取ると、青年は恭しく頭を下げる。

 

「では、私はこれで失礼させていだきます」

 

 青年が立ち去るとティアはガチャリと少し大きめな音を立ててドアを開く。そこにはエマだけでなくフィーも座り込んでいた。

 

「どうも間違いじゃないみたいですね。私、差出人に心当たりがあるので少し出てきます。エマさんとフィーちゃんは先にレポートを書いていてください」

「えっ、ちょっ、ティアさん?!」

 

 早口に捲くし立てるとティアはあくまで上品に、早歩きで立ち去る。

 それと入れ違いになるようにユーシスが部屋から出てきた。物音が気になったのだろう。隣の部屋でレポートを書いていると思ったらドアは開いたままで、エマがぽかんとしている状況。さすがのユーシスも唖然としていた。

 

「……部屋の前で何をしているんだ」

「ユーシスさん……実は――」

 

 エマがかいつまんで経緯を説明するとユーシスが顔を顰める。直接対応したティアだけでなく、室内で聞いていたフィーとエマですら残り香に気付いた。

 

「……確かに嗜みで香水をつける従業員は多い。だが、そんな濃い物を使っている筈がないだろう」

 

 ホテル・エスメラルダは貴族御用達のホテル。当然接客相手のほとんどが貴族なのだ。対応だけでなく相応の身だしなみも求められる。こういった場に不慣れなエマとフィーはその不自然さを即座に確信に結び付けられなかったが、ユーシスにとっては怪しさしかない。

 

「ユーシス、こっち」

「フィー? ……分かるのか?」

「ふ、二人とも……!」

 

 フィーがティアの去った方を指差しながら部屋を出る。ユーシスの質問にはこくりと頷くだけで答えると、二人は駆け出す。その場には、もう、とため息を漏らすエマだけが取り残されていた。

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、ホテルエントランス。

 夜の翡翠の公都は、昼間とは違った雰囲気を纏っていた。ホテル正面にあるレストランのテラス席には今も座っている人がいるが、昼間と比べるとどこも人気が少ない。その静かさが、夜闇の中月に照らされた翡翠の建物をより美しく見せている。

 

 夜風がティアの髪を揺らす。対峙するのは、羽根のついた仮面を装着しマントを風になびかせた青年。その素顔は仮面に隠されているが、口許は緩やかな弧を描いている。

 

「レディの部屋に直接だなんて、紳士と言うには随分と不躾なのではありませんか」

「おや、これは失敬。しかし、姫君には堅苦しい招待状よりも情熱的な薔薇の方がお好みかと思ったのだが……どうやらお気に召してはいただけなかったようだ。いや、こうして相見えられているという事は、お眼鏡にはかなっていたのかな」

 

 相対する男の名は怪盗紳士ブルブラン。昼間に出会ったブルブラン男爵とは仮の姿。二年前、帝国の南に存在するリベール王国で後に《リベールの異変》と呼ばれる謎の導力停止現象を引き起こした秘密結社の一員怪盗紳士ブルブランであり、神出鬼没の怪盗Bでもある。

 

「……どうしても……聞きたいことがあったので。まさか、そちらから近づいてくるとは思ってもいませんでしたが」

「我が好敵手に最もよく似た妹と聞いていたのでね。しかし、ケルディックでも見ていたが……もう少し肩の力を抜いた方がいいのではないかね?」

 

 まるでその場を見ていたかのような口ぶりでブルブランは語る。前回の実習から見られていたことを知り、背筋を冷たいものが走る。

 やれやれと肩を竦める男を前に、ティアは自身の持っている情報と眼の前の男の情報を照らし合わせる。結社という存在も、この男も。何を目的としているのか掴みづらい。しかし、ティアがここで問いたいのはそんなことではないのだ。ひと呼吸おくと、ティアはブルブランに問いかける。

 

「貴方はここへ何をしに来たのですか? また何かを盗みに? それとも……何かの下見?」

 

 ここにいる理由が大陸で暗躍する結社執行者の怪盗紳士ブルブランだろうが、先月のクロスベル創立記念祭では市庁舎から彫刻を盗み出した怪盗Bだろうが、どちらでも変わらない。帝国に、Ⅶ組の彼らに――(オリヴァルト)に立ち塞がるというのなら、全力で止める。

 

「ふむ、ではこちらも問おう。それは誰の問いかな? 帝国の姫君か……それとも、学院の雛鳥としての君か」

「っ…………」

 

 数瞬ティアが返答に迷っている間にもブルブランはつらつらと美について持論を語りだす。その言葉にティアが無言を返事としていると、突然演技がかった動きを止めた。

 

「先に質問に答えようか。ここにいるのは単純にプライベートでね。いつの時代も、身分というつまらない物によって人は支配される。……それこそ、恋すら謳歌できないくらいにね。その逆境の中で輝く希望を私は見てみたいのだよ」

 

 天上の調べを讃えるように、物語に心を震わせるようにブルブランは上機嫌だ。対するティアは普段とは真逆の硬い表情。踏み込む事を許さないように凛とした、けれどどこか脆さを秘めていた。

 ブルブランは一歩、二歩と歩み寄ると、次はそちらの番だと示すように手の平をティアに差し出す。

 

「私は……この帝国で随分と好き勝手してくれている"恋多き詐欺師"を見咎める立場……とだけ」

「ほう?」

 

 初めてブルブランが愉快そうに唇の端を吊り上げる。

 

「ふふ、その呼ばれ方も心が躍るが……残念ながら、私の心はすでに盗まれてしまっている。禁断の恋はしばらくお預けかな」

「願ってもないですね」

「そうつれないことを言うものではない。が、私はこれで失礼するとしよう。――予想よりも遅い到着だが、もう時間切れのようだしね」

「え?」

「――ティアから離れて」

 

 ブルブランから視線を外さないまま、後ろから聞こえてきたのは淡々としたフィーの声。どうしてここに、なんて聞かなくても分かる。分かるが、理解したくないのがティアの本音だった。

 今ここで戦って敵う相手ではない。だからこそ、ティアは警戒は解かないが銃を抜かないし、それを分かっているブルブランも武器を手にしていない。見かけはただ話しているだけのブルブランにいきなり斬りかかったりはしないだろうが――一瞬、最悪の想像をしてしまった考えを振り払う。

 振り返ると、フィーの他にはユーシスもいた。フィーは双剣銃を、ユーシスは騎士剣を構えている。ブルブランが動いたら即座に攻撃に入るつもりだろう。ブルブランに視線を戻すと、彼は愉快そうにくつくつと笑っていた。

 

「最後に一つ――美とは何かとだけ問いたい」

「それは…………貴方が私好みの紳士として現れたときにお答えしましょうか」

「やれやれ、随分と嫌われてしまったようだ」

 

 手を出す気はないとアピールするように両手を軽く上げながら、ブルブランはゆっくりと背中を向けてティアから離れていく。前髪をかき上げながら、一歩、二歩。そこでくるりとターンすると、腰を折り、深々とお辞儀をした。

 

「それでは、引き続き麗しの翡翠の都を堪能させてもらおうか。鋼の匂いがするのはご愛嬌だが……宝石が砕け散るときの煌きも悪くはない」

 

 ティアの後ろに立っているユーシスにも目を向け、過剰な軍備拡張を進めていることへの皮肉を告げる。的確だがあまりに不謹慎な言葉にティアが顔を顰めると、ブルブランはまた薄く笑う。

 ブルブランの周囲を風が覆い、薔薇が舞った。

 

「挫折の美か成長の美か……どちらに転ぶか楽しみにしているよ」

 

 その言葉を最後に、ブルブランの姿は消えて、最初から誰もいなかったかのようにその場には何も残っていなかった。

 元々ここで捕らえるつもりも、捕らえられるとも思ってはいなかったが、脱力感が否めない。背後から歩み寄る足音を聞きながら、動揺を吐き出すように大きく息をついた。

 

「今の男……ブルブラン男爵は一体何者なんだ」

「……『美の解放活動』を掲げて大陸各地で暗躍している怪盗B……らしいです」

「奴が……」

 

 ユーシスの声音に少し驚きが混じる。フィーは驚いた様子もなく、ふうんと言って黙った。ティアは普段の表情を浮かべて振り返る。

 

「フィーちゃんも最初から疑っていたみたいですね」

「ん。あの人、すごく冷たい目をしてたから。……用意してたトラップも、遊びみたいなものだったけどかなり性質が悪い」

「と、トラップ?」

 

 それが分かるのも、フィーの並外れた身体能力や手配魔獣相手への即座の対応を"慣れている"と称したことと関係があるのだろう。そんなものまで用意して足止めしていたのか。用意周到さや余裕ぶる態度全てが見逃しているという主張に感じて頭が痛くなる。

 

「……どうしてユーシス君たちがここに……って質問は、しない方がいいですよね」

「分かっているならどうしてこんな真似をした。……あの怪しい男について、宝石店の時点で気付いていたのだろう」

「半信半疑だったのは本当ですよ」

 

 困ったように微笑むと、ユーシスはそれがまた気に入らないのだと言うように渋い顔になる。

 

「この実習が始まってから、ずっと気になっていたことがある」

「はい」

「リィンも、お前も……何の躊躇もなく誰かを庇おうとするきらいがある。正直、俺にはただの人助けには思えない。自覚はあるのだろう?」

「…………まさか、ユーシス君にそんなことを言われるなんて。……少し驚いています」

 

 何が待っているか分からない。巻き込むという発想も、考えも無かった。零した声は天井に吸い込まれ、広々とした玄関ホールには静寂だけが広がっている。

 

「すみません。それと、ありがとうございます。……ユーシス君がさりげ無くフォローしてくれていること、ちゃんと知っていますよ」

「……フン。何のことかさっぱりだが……あいつ達にも言っておくといい」

「はい、もちろん」

「ユーシス照れてる?」

「そんなわけがあるか」

 

 意外なユーシスの言葉に驚きながらも礼を言うと、ユーシスはまた何かを探るように瞳を細めた後、顔を背けた。らしくないことを言ったと感じたのはティアだけでなく、フィーもだったようで。ユーシス自身も自覚があったのか即座にフィーの疑問を否定した。

 

「リィン君達、きっと喜びますよ。今のユーシス君を見たら」

「"リィン君達"……か」

 

 確信ではない。確証もない。何より、それ以上踏み込む理由がない。そして、ティアにも踏み込ませる気はなかった。

 

 

「そうだ、ユーシス君。この薔薇はいかがですか? Ⅶ組宛てのものみたいなので、良ければ」

「…………いらん」

 

 





ティアも実は結構な問題児という話でした。
この後エマとリィンには心配されマキアスにはぷんぷんされたと思います。


バリアハート編では、ラビィ、アネットも個人的に外せないシーンでした。
変態紳士と同じ回にしてしまったことだけが申し訳ないです。


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