キミと彩る   作:sumeragi

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爪痕

 

「あれは……領邦軍みたいですね」

 

 目的の半貴石を見つけてバリアハートへ引き返す途中、剣とペガサスをシンボルとしたアルバレア公爵家の紋章が描かれた戦闘車両に遭遇した。

 

「ケルディック方面の部隊だろう。バリアハートの本体に戻るところに出くわしたようだ」

「なるほど……さっきの車両は始めて見たな」

「ラインフォルトの新型装甲機動車みたい。戦車には火力で劣るぶん、機動力で勝る最新の戦闘車両」

「フン、かなりミラがかかっていそうだな」

 

 フィーがけろりと説明を始めるが十五歳の少女の口からさらっと出てきて良い内容ではない。

 巡回の為に最新の装甲車を三台。未だケルディックへ常駐している鉄道憲兵隊へ睨みを利かせる狙いもあるのだろう。

 

「時間も勿体ない。俺たちも街に戻るぞ」

「ああ、そうだな」

 

 七耀石にも勝るとも劣らない輝きを放つドリアード・ティア。透かしてみると向こう側の景色が透けて見えるほどの透明感のある半貴石を大事に持ち、旅行者ベントの喜ぶ顔を思い描きながらバリアハートへ戻っていたのだが。宝飾店を再び訪れて待ち受けていたものは、笑顔ではなく悲しげに曇った表情だった。

 

「その……約束の品をいただけますか」

「はい。では……お渡しします」

 

 沈鬱な店員ブルックにリィンは疑問を頭に浮かべたまま、ドリアード・ティアを手渡す。大事に手に取ったブルックは、その石を何かに耐えるように見つめて目を伏せる。

 すると、店内からは高慢そうな怒鳴り声が飛んできた。

 

「おい店員、何をしている! 品が手に入ったのなら、さっさとよこさんか!」

「えっ……ど、どういうことですか?」

 

 店内で宝石を物色していた男が苛立ったように急かす。エマの戸惑った声に気まずそうに視線を逸らし、ブルックは受け取ったばかりのドリアード・ティアを男に差し出した。

 そして、男は石を手に取り、まじまじと眺めた後――文字通り、口の中に放り込んだ。

 

「えっ……!」

「なんてことを……!?」

 

 ガリガリと噛み砕き、ゴキュルと下品な音をたてて水で流し込む。呆気にとられる中、最初に声を上げたのは、やはりというかマキアスだった。

 

「き、貴様……! 今自分が何を……!!」

「――マキアス!」

 

 リィンが止めるがもう遅い。士官学院でならまだしも、この貴族の街で不用意な発言は控えるべきだと自覚していたのに。マキアスは感情に駆られてしまったことを後悔するように拳を強く握り締めた。

 

「今このワシに向かって"貴様"と言ったか?」

「そ、それは……」

「マキアス君、下がって」

 

 マキアスの拳にそっと手を添え、宥めるように視線を合わせる。小さくマキアスに声をかけてティアは前に出た。マキアスにはいつもの笑顔を見せて、貴族の男には見え透いた愛想笑いを浮かべた。それが愛想笑いだと気付く相手でもなかった。

 

「東方では滋養強壮の漢方薬として使われることがあるそうですね。一部では、若返りの効果もあるとか……。伯爵閣下の博識には恐れ入ります」

「ふむ? そちらのお嬢さんはよく勉強しているみたいじゃないか」

「ふふ、伯爵閣下ほどではないでしょうけれど」

 

 伯爵は得意げに顎を撫でる。人好きのする顔である自覚はあった。謙虚に見せ、そう振舞う方法も気付けば理解していた。天真爛漫な妹や弟と違い、器用さで補っている部分もあるが。あとは矛先を変えればいい。

 

「ですが――貴方は一度、ご自分の胸に手を当てて何をしたか考えるべきです」

「……ふん、やはりいくら賢くとも平民か。これしきのことで事を起こすワシではないが、くれぐれも言動には慎むことだ。ワシがその気になれば、平民風情の首の一つや二つ――」

「やれやれ、言動を慎むべきなのはそちらの方ではないか……?」

「ああ?」

 

 横から挟まれた声に伯爵は明らかに声に怒りを含ませて反応するが、声の主を捉えた途端に驚いて後ずさる。ユーシスに咎められた伯爵はおどおどと、今回の件は正式な契約であり、ちゃんと対価としてミラを支払っていると話し出す。

 

「……話は分かった。さっさと行くがいい」

「ご配慮痛み入ります。では、この場は失礼させていただきます」

 

 ユーシスを相手取るのは分が悪いと踏んだのか伯爵はそそくさと宝飾店から出て行った。

 静かになった宝飾店で浮かない顔のマキアスが頭を下げる。

 

「……お騒がせしてすみませんでした」

「相変わらず頭に血の上りやすいことだ」

「……くっ…………!」

 

 相変わらずの二人である。ユーシスの追い討ちに苦々しげに睨むが返す言葉もない。

 

「ティア君も……すまない、助かった」

「いえ。……その、マキアス君には、あまり気分の良いやり方ではなかったでしょうし」

「あの場を収めるには良い選択だったことくらい、僕だって理解はしているさ。……まあ、一言多かった気はするけど」

「お前がそれを言うのか」

「君もいちいち余計なんだよ!」

 

 ユーシスとマキアスの漫才のようなやり取りを流しつつ、リィンが先程の話についてベントに確かめる。伯爵の話の通り、契約は正統なものだった。ただ、と続けられたのは、伯爵クラスの貴族に物申すことは出来ない帝国の実態。

 

「帝都なんかでは、徐々に事情は変わってきているみたいだけど……。オズボーン宰相の息が届きにくい地方の州では、これが実情なのさ」

「…………」

 

 それは紛れもない本音なのだろう。これが現実なのだ。やり方はどうあれ、旧態依然とした帝国の体制に風穴を開けるべく活動し、それが皇帝の信頼を得て、帝都住人をはじめとした一般民衆からの指示を集めていること。そしてその影響は四大名門の統治している地にはまだ広がっていないことも。全てが事実だ。

 肩を落としたベントは、伯爵から受け取ったミラを頭金にして地元で指輪を用意すると話し、店を出て行った。

 

「折角見届けさせてもらったというのに、まるでくだらない喜劇だったな」

「そんな言い方……」

 

 男爵の皮肉る言い方をリィンが咎めた。やれやれと肩をすくませたブルブラン男爵はゆっくりと歩み寄る。ふわりと漂う薔薇の香りがやけに不快だ。

 

「木霊の涙はつまらない幕引きだったが……ふふ、君たちには期待しているよ」

 

 好き勝手しゃべった後、男爵はまたすぐに会えるだろうと言って立ち去る。

 冗長な話し方で、何が言いたいのか分からない遠回しな表現ばかりだったが、おそらく励ましていたのだろうと予想する。

 

 依頼は結局、本来の目的である『ドリアード・ティアを見つけること』は果たしていたため、達成扱いとなる。後味の悪さと少しの気まずさを残して、ティア達は残りの課題を片付けるために宝飾店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 宝飾店を出たティア達はピンクソルトを探しながらオーロックス峡谷道を歩いていた。峡谷とは言っても古いながら補強された舗道は歩きやすいが、本道を外れると整備されていない道が続いている。奥に進むと少し開けた場所に出て、そこには禍々しく鋭利で大きな爪を持った魔獣が徘徊していた。赤茶色の甲羅に両手の爪は手配書とも一致する。

 

「……おい」

「ああ、判っている。アークスの戦術リンク……いい加減成功させないとな」

 

 バリアハートでの実習が始まって以来、宣言通り派手な喧嘩はしないが魔獣との戦闘では一向にリンクを組もうとはしなかったマキアスとユーシス。その二人がようやく歩み寄ろうとしているのは、少なからず危機感と実技テストでの屈辱を覚えているからか。

 強敵を前にした緊張感だけではなく表情を硬くしているが、良い兆候だ。リィンとエマは不安交じりでもほっとしたように頬を緩ませたが、ティアは対称的に顔を心配げに歪ませ、フィーはただ静かに見つめていた。

 

「後ろは任せてください。全力でサポートします」

「ああ、宜しく。委員長は解析が終わり次第ティアのフォローを頼めるか?」

「お任せください」

「じゃあ、私はリィンとかな」

 

 エマが情報解析をしている間にティアが態勢を整える為の補助。フィーとリィンが素早く攻め込み撹乱し、ユーシスとマキアスが続く。それぞれの武器を握る手に力がこもる。

 

 魔獣はティア達の姿を認識した途端、その大きな口を歪ませ足を止めた。フィーが前に出る。その後ろにはリィンが控えていた。姿勢を低くしたフィーは振りかぶられた魔獣の爪を軽々と避けて斬り込む。間髪入れずにリィンの斬撃が魔獣を襲った。

 

「はあっ!」

 

 ユーシスの掛け声で圧縮された空気の塊が魔獣に撃ち出される。風はかまいたちのように魔獣を切り裂く。

 

「いくよ」

 

 フィーが閃光手榴弾を投擲。アーツの駆動はそのままに、腕で瞼を覆った。

 魔獣の叫びも空間もまとめて覆いつくすかのような光だ。怯んだ魔獣にマキアスがスラッグ弾を撃ち込んだ。轟音が響く。普通の魔獣であれば吹き飛んでしまうであろう威力の弾丸も、この装甲の魔獣相手では少しよろめくだけで。しかし、風によって微かに刻まれたひびは広がっていた。

 

「頼もしいですね――フォルテ!」

「解析しました! 水が弱点です!」

 

 リィンが焔のような赤い光に包まれる。ティアはすぐにもう一度詠唱を始めた。今度は補助ではなく中位の攻撃魔法。アークス中央の蒼耀石に触れアークスを――力の流れを読み解く。

 

「おい! ここはアーツで攻めるべきだろう!?」

「なに……? 貴様こそ早く撃たんか! その銃は飾りか!?」

 

 薄く開いた視界で捉えたのは魔獣に肉薄したユーシスが魔獣を切り払う姿。相反する意見を主張し合っている。

 ユーシスの剣戟を受けた魔獣が反撃にその凶暴な爪を振り下ろした時――連携は崩れた。

 

「くっ!?」

「……ちっ!」

 

 振り下ろされた爪が大地を抉る。同時に、ユーシスとマキアスを結んでいた光の線が消えた。

 何が起こったか分からない。いや、頭では理解しているけれど受け入れられていない。お互いを繋いでいた光がなくなり、ユーシスとマキアスは視線を交差させる。その隙を守っていたのは、今尚攻め続けるリィンとフィー。

 

「っティアさん、思い切り!」

「ええっ!」

 

 二人のリンクブレイクを察知したエマが焦ったように叫ぶ。ティアの体を包んでいた術式が消える。

 

「ハイドロカノン!」

 

 強大な水流が大砲のように魔獣に迫る。強烈な水圧に魔獣の甲羅がピキピキとひび割れていく。

 

「行くよ、リィン」

「ああ!」

 

 エマによる補助アーツを受けたフィーがリィンと連携。ぼろぼろになった装甲を砕き、銃声の音を響かせた。

 フィーの倍はあろうかという魔獣がぐらりと傾き、地に伏す。

 

「……ふぅ」

 

 倒れ動かなくなった魔獣を確認し胸に手を当てる。討伐は特に怪我をすることもなく完了。上々の出来と言えるだろう。

 しかし、ほっと息を吐く暇もなく、不穏な空気は続いていた。

 

「……どういうつもりだ、ユーシス・アルバレア……! どうしてあんなタイミングで戦術リンクが途絶える!?」

「こちらの台詞だ……マキアス・レーグニッツ……! 戦術リンクの断絶、明らかに貴様の側からだろうが」

 

 ユーシスとマキアスは互いの胸倉を掴み合い至近距離で睨み合う。お互いの制服に濃く刻まれた皺が、二人の苛立ちを物語っていた。

 

「一度は協力すると言っておきながら、腹の底では平民を馬鹿にする……。結局それが貴族の考え方なんだろう!」

「阿呆が……! その決め付けと視野の狭さこそが全ての原因だとなぜ気付かない……!」

「よせ、二人とも!」

 

 二人の怒りは最高潮。空気は最悪だ。リィンの制止にも耳を貸そうとしない。

 最初に噛み付いてくるマキアスに対し、普段のユーシスはわざわざ火に油を注ぐもののそれなりに余裕は見せていた。そのユーシスも今は熱くなっている。

 

「うるさい! 君たちには関係ないだろう!?」

「この際、どちらが上か徹底的に思い知らせてやろう!」

「危ないっ!!」

 

 拳を振り上げた二人をリィンが体当たりをして突き飛ばした。何事かと振り返り目にしたのは、肩を抑えて膝をつくリィン。その背後には倒したはずの魔獣に止めを刺しているフィーだった。装甲のひび割れた隙間に双剣銃を差込み接射され、今度こそ完全に息絶えた。

 

「リィンさん! は、早く応急手当を……!」

「エマさんは傷の手当てをお願いします。私は……治癒術を」

 

 リィンは肩から背中にかけてざっくりと裂かれていた。何とかブレザーを脱がせるとシャツには血が染みている。ティアがベルトポーチからガーゼを取り出しエマに手渡す。止血の為にガーゼを当てるとリィンが小さく息を漏らした。

 

「すみません、少し痛むかもしれません」

「大丈夫だ。ありがとう……委員長、ティア、フィー」

「リィン……すまない、僕は」

「もう、どうしてマキアスさんが一番辛そうな顔をしてるんですか」

「……っ」

 

 エマは注意深く傷に薬を塗り込んでいく。ユーシスとマキアスは気まずそうに体を起こしリィンの傍に歩み寄る。先程とは真逆の情けない表情だ。エマは安心させるように温和な笑みを浮かべているがその言葉は優しいようで厳しい。どちらが悪いではなく、どちらも悪いのだ。

 

「――いきます」

 

 ティアのアークスが淡い光を放つ。光は白波のようにリィンを包むと傷口を塞いだ。

 

「"関係ない"なんて……そんな寂しいこと言わないでください。リィン君も、エマさんも、フィーちゃんも。もちろんユーシス君にマキアス君も。例え今だけのつもりでも仲間だって、ちゃんと言ったじゃないですか」

「……」

 

 願わくば、それが今だけでなく今後も続くように。治療が終わりリィンは再度礼を述べてゆっくりと立ち上がる。

 

「とにかく、二人に怪我がなくて良かったよ」

「……君は……」

「…………」

「でも、あんまり肩を動かさない方がいいかな」

「そうですね。まだ完全に治ったわけではないので」

「ええ。リィンさんはしばらくバックアップに回ってください」

 

 自分の怪我よりも二人を優先するリィンの姿はユーシスにもマキアスにもちくりと刺さった。しばらくリィンを安静にさせるように話がまとまり、エマを見張り役にしてオーロックス砦へ報告に向かう。

 オーロックス砦は峡谷をあと少し越えた先。夕方までに街に戻るなら急ぐ必要がある。さあさあと急かされてマキアスとユーシスは気まずそうに歩き出す。後ろでは包帯の具合を確かめると言ってエマがリィンを引き止めていた。

 

 リィンは何の躊躇もなく二人を庇った。それはもし狙われていたのがティアでも、エマでも、フィーだったとしても変わらないだろう。"人のための行動"と言えば響きはいいが、自己犠牲を省みないどこか歪で傲慢な在り方。彼が何を抱えているのかは分からないが、これ以上誰も傷ついてほしくないと――傷つけたくないと思うことも、傲慢なのかもしれない。

 





ノリノリで書いちゃいましたがマキアスがすごく……叱られています。
今二人を見返していると本当に「どっちも悪いんだよ」と言いたくなりました。
マキアスが突っかかるから、という部分もあるでしょうが…。
もっと上手く書ければいいのですが、難しいですね。

これからの成長に期待です。

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