「貴族派きっての貴公子だって噂は耳にしたことがあったが……」
「……すごく出来た方みたいですね」
ルーファスの用意した宿泊先ホテル・エスメラルダに着き、車から降りた六人は礼と別れを告げてルーファスを乗せたリムジンが再び走り去るのを見送っている。これから父であるアルバレア公爵の名代で帝都へ向かうようだ。案内役に名代としての公務。その後も予定は多いのだろうが、最後まで忙しさは全く感じさせない麗しい人物だった。
リィンの父シュバルツァー男爵についてもただ知っているだけでなく、過去にあった交流を振り返りながら話していた。気さくで驕り高ぶることはなく、それでいてどこか茶目っ気のあるルーファスは同様にマキアスにも親を立てて話しかけた後、優雅に一笑。弟をよろしくと言われたマキアスは顔を若干引き攣らせながら前向きな返答をした。
「ユーシス、なんだか弟ぽかった」
「……フン。妙なところを見られたな」
フィーの言葉には全員が同意していた。浮かべる表情は正反対だったが、髪の色も目の色も、顔立ちもユーシスとルーファスは似ていた。からかわれ、焦ったり驚いた反応をしながらも、最後は慣れたようにため息をついて流す。ティアにとってはどこか馴染み深く、懐かしくもある関係だ。
「社交界の話題を二分していると言うのも頷けますね」
「もう一方って言うと……オリヴァルト皇子のことか」
「ふふ、お二人ともユーモアのある方みたいです」
帝都育ちのマキアスにはすぐに思い当たった。話題を振った張本人である、同じく帝都出身であるティアは平素よりも声を弾ませて答える。愉しげなティアにユーシスは呆れた顔で大きくため息をついた。
「おい。いい加減チェックインして実習の課題を始めるぞ」
「そ、そうですね。こんな高級そうな部屋、気後れしちゃいますけど」
「れっつごー」
*
「まったく……どいつもこいつも」
ホテルで用意されていた待遇は、ユーシスにはスイートルーム、他のメンバーについてもそれぞれ個室と実習で使うには過ぎたものだった。アルバレア公爵家子息にそのような部屋は使わせられないと渋りながらもユーシスの指示で男女に一部屋ずつ用意させる結果に落ち着き、ようやく部屋に荷物を置く。
全員がホテル入り口に集まったところで実習内容の確認だ。ルーファスから受け取った封筒を開く。中に入っていたのは前回同様に課題が記された書面。魔獣退治に物品調達と多方面にわたる課題がバランスよく用意されていた。
「ふん。それはこちらの台詞だ! やはり貴族なんて碌でもない連中ばかりじゃないか」
「ま、まあまあ。マキアスさんもユーシスさんも……一応、依頼については聞けましたし」
エマが宥め、マキアスとユーシスが辟易している原因は実習の任意課題の一つであるバスソルト調達の依頼だ。依頼人である貴族はレストラン《ソルシエラ》のテラス席で友人と談笑中。リィンが依頼について話を進めようとしても聞く耳を持たず。ルーファスから士官学院の実習用に仕事を回すよう頼まれただけで、然程急を要する依頼でもなかったようだ。
後ろに立っているユーシスに気付くなり慌てて始めた説明によりやっと詳細が判明する。東のオーロックス峡谷道に分布する岩塩《ピンクソルト》を探してほしいというものだった。
「まずは職人街に向かおう。依頼について聞かないとな」
「《ターナー宝飾店》ですね。穢れなき半貴石……どんな依頼なのでしょう」
ピンクソルトはオーロックス峡谷道の手配魔獣を討伐する際に採取することとなり、先に職人通りの宝飾店へ向かうため貴族の二人組に挨拶をしてその場を離れ歩いていた。
「ユーシス?」
先頭を歩いていたユーシスがレストランの入り口の前でふと足を止めるとリィンも続いて立ち止まった。
「……せっかく来たし、オーナーに挨拶でもしておこうかと思ってな」
「えっ?」
「……いいと思いますよ。私も調理部員としてこのレストランが気になっていたんです」
駅員やホテル支配人にはお世辞にも愛想が良いとはいえなかったユーシスが、自分から挨拶に顔を出そうとしたことにリィンたちの頭に疑問符が浮かぶ。しかし特に反対する理由もない。
店に入るとフィーが小さく口を開きながら、首を伸ばして店内を見回す。
「おっきなレストランだね」
「この手の飲食店としてはまだ庶民的な方だがな。……俺もよく利用している」
「へえ、ユーシスの行きつけなんだな」
店内はフィーの言葉通りに広々とした空間が広がっている。落ち着いた赤褐色の絨毯と青碧色の壁は煌びやかなシャンデリアに照らされ、二階からは心地よいピアノの音色が響いてくる。
「(笑った……?)」
ユーシスの表情が一瞬和らいだ。ただ行きつけの店に来たからといってユーシスがこんな安心した風になるとは思えない。それも本当に一瞬のことで、気のせいだったのかもしれないが。
「大貴族の君に庶民的だのを語られても説得力に欠けるがな」
「ならお前だけ外で待っているがいい」
「ぐっ……」
反論を試みるマキアスを無視してユーシスはカウンターに立っている中年のオーナーシェフに話しかける。
「おや……これはユーシス様。お久しゅうございますな」
「士官学院の課題で戻ることになったんだ。急だが訪ねさせてもらった」
「うまく学院生活をこなしていらっしゃるようで何よりです」
今までアルバレア公爵家次男を見ていた者たちとは違う、ユーシスを大事そうに見つめる視線。目尻の皺を濃くした本当に嬉しそうな微笑み。ユーシスにとって居心地のいい場所であることは間違いないようだ。
「……いいお友達がおできになったようですね」
「友達じゃない。ただのクラスメイトだ」
ユーシスはオーナーと一言二言言葉を交えた後、友達と例えられたことに不服そうにしていたが今まで見せてきた不機嫌さはなく、ただマキアスが気まずそうにしていた。それを見たフィーがからかおうとしていたがエマに止められている。
「時間を取らせたな」
「構わないさ」
丁寧に名乗ってくれたハモンドオーナーに挨拶をしてティア達はソルシエラを後にした。今度こそ宝飾店に向かうぞ、と不貞腐れているマキアスにいつもの覇気を感じられないのは頼りない八の字になっている眉のせいだろうか。前を歩くリィンと話しているユーシスの横顔は穏やかなままだった。
*
バリアハート市南部に位置する職人通りは緩やかな傾斜をなしており、宿酒場に仕立て屋、オーブメント工房等様々な店が立ち並んでいる。市内中央部は華やかな婦人たちが多く、優雅な雰囲気が漂っていた。また、先のソルシエラをはじめとして大きな建物が点々と立っていたがここは少し雰囲気が違う。
小さな建物の密集した通りを下り、件のターナー宝飾店を見つける。
「つまり、近々結婚するそちらの旅行者――ベントさんが結婚指輪に使う石を調達するという内容で間違いないでしょうか」
「はい。しかし、《
リィンが依頼内容を確認すると依頼主である《ターナー宝飾店》店主の息子ブルックは申し訳なさそうな顔で頷く。
目的の石は七耀石や宝石ではなく、価値は一段劣るものの、美しさでは決して引けを取らない半貴石の内の一つドリアード・ティア。その正体は外気に触れて時間が経つと石のように固まる樹液。いわゆる琥珀だ。幸いにも北のクロイツェン街道にはその樹液を採取できる木が豊富に生えているが、珍しいものに変わりはない。
「少々骨が折れそうだな」
「いや――そんなことはない」
ユーシスが呟くと、直後に背後から否定の声が飛んでくる。
「君たちがこれから探そうとしている無垢なる
振り返った先に立っていたのは、所々に髪と同じ青色の飾りや模様を施した白を基調とした衣服に身を包んだ男性。髪をかきあげながらそう言う男性は自分の名を告げる。
「フフ、申し遅れたが……私の名はブルブラン男爵。およそ芸術と名のつく物であれば、美術品だろうと調度や工芸品だろうとどんな物にでも愛と情熱を傾ける好事家さ」
「……」
聞き覚えのある名前にティアの顔が微かに強張る。
好事家であるのは自他共に認めていることらしい。とっつきにくい、喋り方が微妙にうざい、内容もくどいと散々なことを思われながらもブルブラン男爵は演技がかった口調で話を続ける。
「土地勘がなく細かい場所まで説明できそうにないのが申し訳ないが……それはそれか。なぜなら、光というものは、自らの手で見つけ出してこそ輝きを放つものだろうからね」
「は、はぁ……」
ダメ押しとばかりの一言。マキアスにユーシス、フィーは完全に白い目で見ているしエマとリィンも若干引き気味である。辛うじて初対面の方に対して失礼ですよと注意しているが早く話を終わらせたいと考えていた。
「えっと、情報を頂けるのはありがたいですが……どうして、それをわざわざ俺たちに?」
「単なるミラでは買えない価値を求めようと言う心意気……。この度の話にはこのブルブラン、多大なる感銘を受けた。――というわけで親切心が働いただけのことだが……それ以上の理由が必要かね?」
「い、いえ……」
分かるような、分からないような。酔っているかの言葉にリィンもそれ以上の言葉を返せなかった。
必要な情報は揃ったし、時間も勿体ない。このブルブラン男爵の話の真偽は街道に行ってみれば分かることだ。笑顔の中に、若干の苦い色を混じらせたティアが明るく話を切り上げる。
「せっかく情報をいただいたことですし、そろそろ探索に向かいましょうか」
「そうだな。それではお二人とも。今から出かけてくるので待っていてください」
マキアスがティアに続き、依頼者二人に挨拶をする。当然のように、男爵もリィン達の帰りを待つつもりのようだ。
「フフ、ごきげんよう」
店員ブルックに、旅行者ベント、そして微笑むブルブラン男爵に見送られながらティア達は宝飾店を後にした。
「お前は俺と向こうを探すぞ」
「ええと……その、ユーシス君?」
ドリアード・ティアを探すために訪れた北クロイツェン街道でティアは珍しく答えに窮したように曖昧に返事をする。
「異論はないな?」
街道を六人で固まって探すよりも分かれて探した方がいいだろうという意見には全員が賛成。魔獣には警戒し、二人一組で行動することになった。エマとリィン、マキアスとフィーがペアを組み、残るティアの相手はユーシスだ。
マキアスとユーシスが組めばいい、とは多分二人以外の全員が思っていたことで、深い意味はないんです。でも息がぴったりな断固拒否する声が聞けてちょっと満足でした。そんな事を脳裏に浮かべながら、にこり。ティアは短く返事をする。
「はい」
「……行くぞ」
ティアが歩き出すのを待って、不貞腐れた顔のユーシスも探索を開始した。
街道沿いの木を注意深く調べながら、地図で見ると楕円状になっている地を歩く。横道が多く、そちらも確認する。
「それで……兄上と一緒に何を企んでいる?」
「企むだなんて人聞きが悪いですよ」
わき道に入ると行き止まりだった。引き返そうとするとユーシスが口を開く。
「やっぱり気付いちゃいますか」
「兄上は聡い方だ。あれだけ話していて気付かないわけがないからな」
「ああ……」
納得したようにティアが頷いた。すかさずユーシスが否定する。否定よりも、ぷんぷんしていると言う方が近いかもしれない。
「その"お兄さんのこと大好きですね"とでも言いたそうな顔を止めろ」
おっと。なんて言いそうなわざとらしさでティアは手で口を押さえる。
「安心してください。ルーファス卿とは兄の繋がりで少しお話する機会があっただけで、私が彼と個人的に親交があるとか、ましてや好い仲だというわけではありませんから。私の好みはもっと垂れ目な方ですしね」
「…………そこまで聞いてはいないが」
「ふふ、失礼しました」
思わずユーシスがきょとんとなる、やたらと念入りな否定だった。
それでもユーシスはまだ何か考えている様子で。ティアは気付かない振りをしながら背後の視線を無視して、街道から離れた木を確認していた。
「さっき――」
「おいユーシス・アルバレア! まさかサボっているんじゃないだろうな!?」
バリアハートは街も街道も丘陵地帯。当然、このクロイツェン街道も平坦な道と言うには起伏が多い。上方から降ってきたマキアスの声に、ユーシスはげんなりとした顔でその場を立ち去った。
「"やかましいお犬様が来たな"って顔をしていますね」
「様など勿体ない。駄犬で上等だ」
隣を歩くティアがひょいとユーシスの顔を覗きこむ。後方からはマキアスがフィーを探す声が聞こえてくる。探しものを増やしてどうする、とはユーシスのぼやきである。
探し回ること約一時間。北クロイツェン街道の中央部にある一本の木から目的のドリアード・ティアを無事に見つけ出した。
閃Ⅲ未クリア勢なので本当にスローペースで進めています。
そろそろユーシス様にもガイウスにも会いたいと思っているのですが…。
もう発売から一ヶ月以上経っているのですね。驚きました。