キミと彩る   作:sumeragi

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翡翠の公都バリアハート

 5月29日

 

 二回目の特別実習初日の朝。最終の準備確認を終えて実習地へ出発する為集まったトリスタ駅では険悪な空気が漂っていた。駅のベンチに座っているユーシスと時刻表の前に立って時間を確認しているマキアス。同じ駅舎内にいても絶対お互いを視界に入れまいとする意気込みが伝わってくる。ホームに行くまでずっとそのまま待つつもりなのだろうか。

 よくも厭きずにいがみ合えるものだと呆れているのはアリサ。我関せずといった態度を貫いてきたフィーも煩わしさを隠そうとしなくなった。気付いているのかいないのか、露骨に不機嫌な態度を見せる男子二人にエマは苦笑している。

 

「リィン君、リィン君」

 

 リィンがマキアスとユーシスの様子をじっと見つめていると、ティアが小さく声をかけた。あまりハッキリとは話せないことなのだろうと、聞き漏らさない為にリィンは顔一つほど小さいティアに合わせて少し身を屈めた。一瞬固まったティアの表情の理由はリィンには分からないだろう。

 仕切り直しとばかりにこほん、と一つ咳払いする。

 

「リィン君の思いを素直に伝えれば、きっと届くと思います。……諭すよりも、発破をかける方が彼らには合っているかもしれませんね」

 

 心配はしていないかのような、和やかな表情で。最後は少し冗談めかして。

 前回A班として好成績を収め、実技テストでは外部からユーシスとマキアスの拙さを監察し、共にサラへと立ち向かい惨敗した悔しさを共有しているリィン。そんなリィンだからこそ届く言葉もあるのだろう。最も、リィン本人にはあまり自覚はなさそうではあるが。

 

「なんで俺にそんなことを……?」

「だって、そうするつもりだったのでしょう?」

「それはそうだけど……」

 

 元々は小さなズレだったのだ。身分について曖昧に答えたのはリィンが最善の策と考えたから。決してマキアスを騙そうとしていたわけでもなく、リィン自身の中に蟠りが残っていたためだ。悪意じゃないことはマキアスもきっと分かっている。だからこそ、怒りの他に戸惑いが混じってくる。

 だが、そのズレを生んでしまったのなら、それを埋める努力をしなくてはいけない。それは多分、リィンの役目だ。いや、リィンにしか出来ないとティアは考えている。

 

「(――私では痛み分けにしか出来ないから)」

 

 その先を引き出せない。不自然に黙り込んだティアにリィンが小さく首を傾げる。ティアはふるりと首を横に振った。

 

「いえ。いつまでも避け続けていたって、自分以外に解決できる人はいません。ただ、誰かの手助けくらいはあってもいいじゃないですか」

「ふふ、その通りだな」

「ガイウス君?」

 

 今まで黙っていたガイウスが話に混ざってきた事を意外に思いながら背後を振り返る。

 

「俺には無理だったがリィンなら……いや、リィンとティアなら何か出来ると思う」

 

 含みを持たせる言葉だった。ガイウスからも託され、リィンは戸惑いを見せたが深く頷く。一方で、ティアは何故ガイウスがそのように言い直したのか探っていたが残念ながらタイムアップ。B班の乗る列車が到着したアナウンスを聞きながら、微笑むガイウスに小さく首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 六人は向かい合わせの座席に三人ずつ陣取り、一方には窓側から順にティア、エマ、フィーが。もう一方にはリィンを間に挟んでユーシスとマキアスが座っていた。リィンは異議を申し立てたが、フィーは断固として拒否し、エマも申し訳ない態度を取りつつも絶対に受け入れようとせず。ティアは完全に悪乗りである。

 息苦しい沈黙を破るためにエマが実習地の復習を提案し、ユーシスもそれを了承したのだが。

 

「フン、自分の実家のことを冷静に評価できているじゃないか?」

「事実は事実だからな。それとも、貴様が平民目線のさぞ批判的で気の利いた説明をしてくれるのか?」

「くっ……僕がイデオロギーに歪んだ物の見方をしてると言うのか?」

 

 彼らが口論になるのはすでに二回目だ。一回目は列車を待ちホームにいる間に起こった。マキアスがリィンに素っ気無い態度をとっていると、ユーシスが火に油を注いだのだ。それは列車に乗り込み、ティア達の他にも乗客が乗り込んだことで何も言えなくなり収まった。そして二回目が今。実習地であるバリアハートについて復習しているとユーシスがマキアスを挑発し、マキアスが喧嘩を買ってしまった。不完全燃焼となってしまっていたためか、今度は周りの乗客も気にせずに声を荒げている。

 その喧嘩を遮ったのは珍しくもリィンだった。彼らしからぬキツい言葉を突きつけてユーシスとマキアスを冷静に嗜める。

 

「――なるほどな。道理で散々な成績だったわけだ」

「な、なんだと……!?」

「……………………」

 

 マキアスの怒りとユーシスの苛立ち、エマの驚きにティアとフィーの興味深そうな視線を浴びながら、リィンは続ける。

 

「あんな経緯で選ばれた俺達は、立場も違えば考え方も違う。だから仲良くしろとまでは言わないさ。それでも数日間、俺たちは紛れもなく"仲間"だ」

「冗談じゃない!誰がこんなヤツと――」

「"友人"じゃない、同じ時間と目的を共有する"仲間"だ。だから、ユーシスもマキアスも協力してくれないか。俺はこの実習でB班に負けるつもりはない」

 

 リィンに似合わない勝ち負けを意識した露骨な発言と、ユーシスもマキアスも妥協できるように譲歩するリィンらしいフォロー。そこまで言わせて尚拒絶することはできず、遂にマキアスから"休戦"という言葉を引き出すことに成功した。

 

「フン、そのくらいの茶番に耐える忍耐力なら発揮してやろう」

「ぼ、僕の方こそ……!」

「休戦してるんだよな……?」

 

 あくまで高圧的な態度は崩さないユーシスと対抗するマキアス。一緒に行動できそうだと安心するエマとフィーに、一体どのくらい酷い実習だったのかとティアとリィンは苦笑した。

 そこからは和気藹々とまではいかずとも、話を振れば会話に応じる程度のコミュニケーション力を発揮しているユーシスとマキアスを眺めながら列車に揺られること四時間半。バリアハートまでは残り三十分を切った。

 

「あれがバリアハート……」

 

 ティアが思わず見惚れたのは、大穀倉地帯を抜けて現れた翡翠の街の景色。窓に片手をつき遠くの街の名を小さく呟く。正面に座っているユーシスが同じく窓を眺めながら口を開いた。

 

「だが、綺麗なだけじゃない。そこの男も言っていたが、バリアハートは"貴族の街"だ。お前も、いつもの貴族批判は大通りなどでは控えておけ。領邦軍の巡回兵あたりにしょっ引かれたくなければな」

「言われなくたってそのくらいのことは弁えている!」

 

 リィンを挟んで繰り返される応酬。うてば響くやり取りに実は相性がいいんじゃないかとだれとはなしに思ってしまう。言えば息の合った反論が聞けそうで、いつか言ってみようとティアは企んでいた。

 

 

 

 

 

 

「ユーシス様! お帰りなさいませ!」

 

 バリアハート駅に到着したティア達を待ち構えていたのは四人の駅員だった。列車から降りるや否や全員が駆け寄ってくる。媚びるような笑みを浮かべる駅員たちをユーシスは鋭く睨みつけ強い口調で咎めるが駅員は気にした様子もなく、アルバレア公爵家次男への対応を止めない。

 

「今回は士官学院の実習で戻ってきただけだ。過度な出迎えは不要と連絡が行っているはずだが?」

「いやいや! そうは言われましても」

「公爵家のご威光を考えればこれでも足りないくらいで」

 

 へらへら。にこにこと愛想笑いを貼り付けたまま、ユーシス達の荷物を預かろうとする駅員たちにユーシスが眉をしかめて露骨に不快な表情を浮かべる。大きくため息をつき、もう一度撥ねつけようとしたがそれよりも早く彼らを制したのはユーシスと同じ空色の瞳を持つ、翠色の豪奢な服に身を包んだ貴公子だった。

 

「な……」

 

 何故ここに、とでも続いたのだろうか。ユーシスは珍しく狼狽を顔に漂わせて駅員たちが空けた道を優雅に歩く青年――ルーファス・アルバレアを見つめていた。

 

「親愛なる弟よ。三ヶ月ぶりくらいかな? いささか早すぎる再会だがよく戻ってきたと言っておこう」

「……はい。兄上も壮健そうで何よりです」

「そしてそちらが《Ⅶ組》の諸君というわけか。レーグニッツ知事とシュバルツァー卿のことはよく存じ上げているよ」

 

 Ⅶ組について知っているだけでなく、名乗ってもいないマキアスとリィンのことまで把握済みである。ユーシスを筆頭に、少々混乱気味のリィン達の視線を浴びながら、ルーファスは気品に満ち溢れた笑顔のまま口を止めず。

 

「そちらの可憐な諸君は……初めまして、かな」

「ええ。お初にお目にかかります。ティア・レンハイムです」

「え、エマ・ミルスティンです。その、お気遣いいただき恐縮です」

「フィー・クラウゼル」

 

 その時ユーシスの眉がぴくりと動いたが、柔らかな笑みを浮かべてユーシスをからかうルーファスに流されてしまう。滅多に見れないどころか想像すらつかなかったユーシスのたじろぐ姿にマキアスは目を丸くしている。

 

「さて、立ち話もなんだ。このまま諸君の宿泊場所まで案内させてもらおうか」

 

 各人各様の反応を受けながら、終始笑顔のルーファスは駅の外に停めてあるリムジンまで案内すると言い動き出す。先頭を歩くルーファスの後を付いて行きながら、ユーシスは胡乱げな視線をティアに向ける。ティアは困ったように眉を下げながらも悪戯っぽく笑い、人差し指をたて口にあてた。

 そしてすぐに手を下ろすとそのまま前を向き、ユーシスから視線を逸らした。そして眼の前に現れた壮大な光景に目を柔らかく細める。

 

「……綺麗なものは綺麗ですよ」

「ふふ、お気に召していただけたようで何よりだ」

 

 駅構内から出ると、列車の窓から見た景色とは比べ物にならなかった。白塗りの壁面と深緑色の屋根に統一された建物。美しく舗装された石畳。遠くからでもよく見えた幾つも並ぶ尖塔は空を射抜くように聳え立っている。

 

「改めて――ようこそ、翡翠の公都《バリアハート》へ」

 

 かつて皇帝が居城を構えていた街は、翡翠の都と讃えられるに相応しい、美しく歴史的な街並みが広がっていた。

 

 




エマだけじゃなくユーシスにも胃薬を渡したいと思う今日この頃。
バリアハート実習、スタートです。

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