キミと彩る   作:sumeragi

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相克

 5月26日

 

 グラウンドを軽快に動き回る戦術殻を銃口が追う。

 銃声の音が続き、四回鳴り響いた後に金属に弾かれるような甲高い音を立てて銃弾がグラウンドに落ちた。上下左右と不可思議に揺れ動いていた傀儡に一瞬の隙が出来る。

 

「ふっ!」

 

 ガイウスがなぎ払って一突き。空中に浮いた戦術核は体をくの字に折り曲げて後方に飛ぶ。徐々に降下して勢いを殺すと再び浮き上がる。

 戦術殻はその離れた場所に留まり体を少し縮めると、体を包むように周囲に赤い陣が浮かんだ。

 

「させるか!」

 

 右足に力を籠めて、砂埃を舞わせたリィンが一気に距離をつめて懐に入る。そしてすれ違い様に一閃を見舞った。左から右へ。一瞬にして斬りつけられた戦術核は詠唱を諦め、代わりに今度は先程よりも更に体を丸め、一気に両腕を広げると眩い電光を放つ。

 リィンは咄嗟に前方へ倒れこむようにして手をつき、その腕をバネのように使って距離をとるが、完璧には回避できなかった電流がリィンを掠めた。

 そのまま狙いをリィンに定めて戦術殻は迫る。

 

「……っ!」

「リィン! そのままで!」

 

 アリサの赤熱した矢がリィンのすぐ横を通過して戦術殻に直撃。その間にリィンは体勢を立て直す。

 

「ラウラさん!」

「ああ!」

 

 体の周りに魔法陣を展開させていたティアが、アークスの中央にセットされたマスタークオーツに続き、一つ、また一つとクオーツを指でなぞる。赤い魔法陣が消えるとラウラの体を黄色いオーラが包み、堅牢さを与えた。

 ラウラが戦術核に肉薄する。すんでのところで戦術核は両腕をクロスさせるようにしてラウラの大剣を受ける。キンと高い音に混ざり、ジジとノイズのような音がした。ギリギリと迫りあう膠着状態を打破する為か、傀儡の右腕から光の剣が伸びる。

 

「ぐっ……!」

 

 左腕をそのままに、一気に引き抜いた右腕に携えた光の剣による回転斬り。ラウラが後方にたたらを踏んで下がる。戦術核は再びあの青白い放電を起こそうとしていたが、それよりも早く槍の切っ先が戦術殻を捉えた。

 

「はああああ!」

 

 再び肉薄したラウラは跳躍するとその大剣を振り下ろし袈裟斬りにする。鉄砕刃。ラウラの重い一撃に戦術核は機能を停止させた。

 

「――止め!」

 

 サラの制止の声が響き、息を吐いて銃とアークスをしまう。

 特別実習で同じ班だったリィンとアリサに、ラウラとティア。また、先日の自由行動日にはアリサとラウラも加えて再び旧校舎を探索していたらしい。五人の連携に、サラは満足そうに及第点と評価を下した。

 

「では次! マキアス、ユーシス、エリオット! それにエマとフィーも、前に出なさい!」

 

 サラが残りのメンバーをまとめて呼ぶと五人が前に出る。先にテストを行なった班と人数は互角で、前衛が三人に後衛が二人の条件も同じ。個々の能力を考えれば決して苦戦する相手ではないのだが。

 

「くっ……とっとと終わらせるぞ!」

「貴様が指図をするな」

「なんだと!?」

 

 険悪なムードの中始まった二戦目。結果は惨憺足るもので、戦闘後も多少の余裕が残っていたリィン達に対し、ほぼ全員が地面に膝をついていた。立っているのはフィーだけだがそのフィーも小さく肩を上下させている。

 ガイウスの代わりにエリオットが入っただけの、前回の実習とほぼ同じメンバー。この戦闘だけで、どうしてB班が最低評価をとったのか理解することは容易だった。

 

「……分かってたけど、ちょっと酷すぎるわねぇ。ま、そっちの男子二名はせいぜい反省しなさい。この体たらくは君たちの責任よ」

 

 サラが呆れたように醜態を晒す原因となったマキアスとユーシスを戒める。何時に無く厳しいサラの評価。二人は悔しげにサラを睨むが彼女の言葉全てが事実で何も言うことは出来なかった。

 

 続けて今週末に迫った特別実習の発表が行なわれるが、班分けと実習地のみが記された紙面を見たマキアスが怒鳴り声を上げて話はすぐに中断されることとなる。

 

「――冗談じゃない! サラ教官は何か僕たちに恨みでもあるんですか!?」

 

 ぐしゃりとマキアスに握りつぶされた紙に書かれた実習先は、東部クロイツェン州の州都である公都バリアハートに、南部サザーラント州の州都である旧都セントアーク。バリアハートの人口はセントアークのほぼ倍であり、人口規模では少々劣るものの、どちらも帝国五大都市の一つ。実習地としては釣り合いがとれているのだが、当然そこに問題は無い。

 

「こんな班分けは認められない。再検討をしてもらおうか」

 

 セントアークへ向かうB班のメンバーはアリサ、ラウラとガイウス、エリオットの四人。対してバリアハートへ向かうA班のメンバーは残りの六人。メンバーを確認したユーシスが静かに撥ね付けた。

 

「あたし的にはこれがベストなのよね。特にユーシスは故郷ってことで、A班からは外せないし」

「だったら僕を外せばいいでしょう! セントアークも気が進まないが誰かさんの故郷より遥かにマシだ! 《翡翠の公都》……貴族主義に凝り固まった練習の巣窟という話じゃないですか!」

「確かにそう言えるかもね。――だからこそ、マキアス。君もA班に入れてるんじゃない」

 

 サラの意味深な発言に不敵な眼差し。マキアスがその真意を探っていると、続けて別の切り口から攻めたのはユーシスだった。

 

「……だが、この班分けはどう考えても不公平だ。お望みどおりにこいつを移動させればいいだろう」

「あら、先月の実習は同じ人数なのに評価はAとEだったじゃない。人数は関係ないと思うけど」

 

 先月の極端な成績に加え、先ほどの実技テストでそれは証明されてしまっている。ユーシスは言葉に詰まった。

 

「ま、あたしは軍人じゃないし、命令が絶対だなんて言わない。ただ、Ⅶ組の担任として君たちを適切に導く使命がある。それに異議があるなら、いいわ」

 

 サラの雰囲気が変わる。異様な空気を纏い、底知れぬ威圧感を漂わせ、マキアスとユーシスを挑発する。

 

「――二人がかりでもいいから力ずくで言うことを聞かせてみる?」

 

 サラが自らの得物を取り出して構えた。彼女の髪色と同じ赤紫色の導力銃と剣は禍々しく凶悪な色を放つ。その凶悪さにアリサが顔を顰める。

 その隙の無さにたじろいだものの、マキアスとユーシスは互いに目配せをした後、二人揃って前に出た。

 

「そこまで言われたら、男の子なら引き下がれないか。そういうのは嫌いじゃないわ――。リィン!あなたもついでに入りなさい!」

「は、はい!」

 

 後ろで見守っていたリィンにも参加を促す。その顔からは驚きが読み取れるが、いつもと違うサラの雰囲気に反射的に頷いてしまった。とばっちりである。

 サラに立ち向かうユーシスとマキアス、それとなぜか巻き込まれたリィンにサラは回復薬を投げる。素直に受け取ったのはリィンだけで、苦々しげに受け取るが不要だと使うことを拒んだ二人にサラは「使いなさい」と一言だけ咎めるように告げた。

 これから始まるのは試合ではなく戦い。しかし、無差別に行なわれるものではなく、お互いに合意して始まるものだ。渋々承諾した二人を見て、サラは肩をすくめた。

 

「それじゃあ《実技テスト》の補習と行きましょうか……」

 

 他のメンバーが固唾を呑んで見守る中、リィン達は開始の合図を待つ。サラが目を瞑り、全力でかかってきなさいと煽り不敵に笑った。

 

「トールズ士官学院・戦術教官、サラ・バレスタイン――参る!」

 

 サラの合図と共に二人は駆け出した。リィンはその少し後ろで二人の様子を見ながらサラに迫る。

 

「はっ!」

 

 駆けるユーシスが繰り出すのは高速の三段突き。左手を腰に添えた独特の構えから放たれるのは受け継がれてきた伝統武術だ。相手よりも先に、素早い一撃を叩き込む。

 サラはバックステップを踏んで避ける。予想していたユーシスはその勢いのままに体を右へ捻り、一回転。右足を踏み込み横に一閃。

 

「なっ……!?」

 

 レンズ越しにサラとユーシスの姿を捉えていたマキアスが動揺の声を発する。突然サラが視界から消えたのだ。

 

「ユーシス! 上だ!」

 

 同じくサラの姿を見失っていたユーシスは反射的に視線を上に向けてサラを探す。気付いたときにはもう遅かった。紫色の雷光がユーシスに落ちる。

 着地したサラの足元ではユーシスが片膝をついていた。

 

「くそっ!」

 

 崩れたユーシスを視界の端に捉え、放たれる弾丸は器用に角度をつけて構えられた剣に弾かれる。

 サラがぐっと足に力を籠めた。実技テストでリィンが舞い上げたときよりも更に激しく砂埃が舞う。一気に距離をつめるサラに銃口がぶれる。そこから撃たれた銃弾は掠りもしない。

 

「せいっ!」

「……っ!?」

 

 迫るサラの一撃を、銃を両手で持ち、横に構えることでなんとか防ぐ。しかし両腕で堪えているはずのマキアスの腕が痺れた。完全に押し負けている。ぐらりと前方に傾いた体で攻撃を避けることはできず。導力銃を持った片腕で背中を押され、マキアスが地面に倒れこむ。

 

「完全に遊ばれてる」

 

 フィーがぼそりと呟いた。とても本気を出しているようには見えない。それはサラをよく知っているフィーの目から見ても明らかだったのだろう。

 その場に立っているのはサラとアーツを駆動しているリィンのみ。

 

「さぁ。かかってらっしゃい」

 

 サラは余裕の笑みを浮かべている。そこに生まれている隙はあまりにわざとらしく、リィンの頭の中では警鐘が鳴っていた。

 

「来ないならこっちから行くわよ!」

「っソウルブラー!」

 

 リィンの周囲を包む魔法陣が消えると前方に高密度に凝縮されたエネルギー弾が生まれる。まっすぐ正確にサラへ向かっていくが、サラはひらりと体を捻ることでかわす。

 

「これはオマケよ!」

 

 サラの導力銃から赤紫色を放つ凝縮された光の塊が撃ち出される。至近距離から現れたエネルギー弾同士は相殺し合い、眩い光を放ち消えた。

 

「――四の型……紅葉切り!」

 

 アーツを放った直後に駆け出していたリィンが光の中から飛び出し、サラの姿を目ではなく気配で捉えて一閃を喰らわせようと剣技を繰り出したがそれも虚しく。剣を振りぬいた先にサラの姿はなかった。

 

「はい、おしまい」

「……参りました」

 

 うふ、と笑うサラの導力銃はリィンの後頭部に押し付けられている。嫌な感触にリィンは背筋にひやりとした汗をかき、降参の意を示すと漸く圧迫感から解放される。

 こうして呆気なく補習は終了した。勝ち誇ったようにご機嫌なサラは武器をしまいながらティアとエリオットに声をかける。

 

「ティア、エリオット。回復してあげてくれる?」

「ええ」

「は、はい!」

 

 自他共に認めるⅦ組の回復役の二人だ。

 ユーシスもマキアスも片膝をつき、さっきよりもさらに不快感を示していたが意外なほどあっさりと受け入れた。連携不足で無用な苦戦を招き、身勝手な行動をした挙句の惨敗。頭では理解しているのだろう。

 

「フフン、あたしの勝ちね。A班・B班共に週末は頑張ってきなさい。お土産、期待してるから」

 

 ハートマークでも付いていそうな愉しげな口調でサラは授業の終了を告げて立ち去っていく。

 解散を告げられたものの、先ほどの余韻からなかなか動き出せずにいた。最初に動いたのはアリサで、突然参戦を命じられたリィンに労いの言葉を掛けている。それが合図になったかのように少しずつ動き出し、ガイウスがエリオットに歩み寄り、マキアスの腕を引っ張り起こした。気まずそうに礼を言っているのが背後で聞こえる。エマは実技テストの疲れからか早く寮に帰りたいと苦笑交じりに言って、フィーがそれに同意。ラウラが労わるようにふふと笑った。

 

「お疲れ様でした」

 

 駆動を終えたアークスを閉じて声をかける。膝に付いた砂を払いながらユーシスが立ち上がる。

 

「フン。さぞ呆れていたことだろうな」

「……ユーシス君は、それを肯定してほしいんですか? それとも否定?」

「…………」

「すみません。ちょっと意地悪しました」

 

 いつもの仏頂面で、少し目を細めたユーシスにティアは苦笑を返した。

 

「呆れてなんかいませんよ。ただ……随分と砂まみれになってしまったなとは思いましたが」

 

 にっこりと笑顔と口調だけは慎ましく放たれた痛烈な一言。ユーシスは避けるようにすっと視線を逸らした。

 体力も万全な状態で、三人がかりで挑んだのに一撃すら与えられなかった。今日一日だけで二度も地面に膝をついた。かつてない屈辱に包まれていることだろう。

 

「先月抱いた不甲斐なさに、今日感じた悔しさ。それはきっとユーシス君の糧となります。忘れてはいけないけど、恥じてばかりいることもないと思いますよ」

 

 小指から手首にかけて、小指球にできていたかすり傷。綺麗になくなったことを確認してティアも立ち上がる。気付かれていた自覚があるのかユーシスは突き放すような言葉は口に出せなかった。

 

「……少ししゃべりすぎましたかね」

 

 この後授業は無いがHRがある。動かない二人を気にしつつもグラウンドを後にしようとするアリサ達。行きましょうかと声をかけてティアとユーシスも歩き出す。

 

「……一応、礼は言っておく」

「どういたしまして。どうせなら、マキアス君にも伝えていただけると――」

「それは断じて断る」

 

 拗ねたようなユーシスにティアは控えめな笑い声を漏らすと、そのまま静かに歩いていた。

 




遷都……もといセントアークでの実習も考えたのですがこちらの方がおいしいかなと思い無難にA班にしてしまいました。
次回からバリアハート実習編となります。


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