キミと彩る   作:sumeragi

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近づく日常

 5月22日

 

 自由行動日を翌日に控えた週末の放課後。部活動に励む者や自由を満喫しようと寮に帰る者、買い物に勤しむ者が多いためか、図書館は普段よりも人が少ない。

 二階に上がる階段の踊り場を左に曲がるとベンチが間隔を空けて並べられている。二階に来る生徒の多くは右手の自習スペースへ向かう。好んでベンチを選ぶ生徒は、二月も経てば顔を覚えられるくらいの人数だ。

 ティアはその少数派に含まれる。人が少なく落ち着くため好んでいる部分はあるが、時々訪れる美しい黒猫に会うことも密かな楽しみである。

 

「あの人って確か四大名門の……」

「へえ。噂に聞いたとおり貴公子って感じね」

 

 ティアの座っているベンチのすぐ近く。声のした方向に視線を向ける。二人の女子生徒が踊り場と二階を繋ぐ階段のちょうど中間に立ち、階下を見下ろしていた。なるほど。どうやら彼が図書館に来ているようだ。

 

 今日は緑の制服を着た少女の二人組。先週は貴族生徒が三人来ていた。さらにその前は貴族生徒が二人だったか。噂される当人はどうか分からないが、周りで聞いているティアにまで馴染みの光景となってしまった。そう感じている学生は他にもいるに違いない。

 入学から二月ともなれば今の生活にも慣れてくるし、他クラスにも目を向ける余裕が生まれてくるものだ。最初は上級生が多かったのだが、だんだん一年生も増えてきたように感じる。もちろん、名前や学年を確認したわけでもなく、ティアが雰囲気から判断しているだけではあるのだが。

 

「一緒にいる男の子はお友達かしら?」

「大貴族の交友関係か……ちょっと気になるかも」

 

 いつもは一人で本を読み、ふらりと立ち去るユーシスが今日は誰かと席を共にしているようだ。すぐに浮かんだのはガイウス。クラスでも口数の少ないユーシスが最も話しているのは彼だ。その次がリィン。エリオットとは用がなければ話すこともなく、挨拶をする程度か。傍から見るとエリオットが萎縮しているように見えるが、先月の特別実習で意外と度胸があることを知っているため実のところよく分からない。四月はマキアスと口論していることが多かったが最近ではそれもない。図書館でユーシスを見かけたから入りづらいと言っていたマキアスに喫茶店を薦めてみたのがもう一ヶ月前のことだ。

 

「でもやっぱ近寄り難いよね、Ⅶ組」

「だって皆いいとこ育ちっぽいんだもん。銀髪の子は見てて癒されるのになあ」

「ミントから聞いたけどあの紅毛の……誰だっけ。あの子はかなり話しやすいって」

「あ、あとこないだコレットがあのリィンって人に手帳探してもらったって言ってなかったっけ」

「聞いた聞いた! それと――」

 

 階下にまでは聞こえていないだろうけれど、言いたい放題である。しかし、これは思わぬ収穫だ。

 男女合わせても十人という特殊性から、Ⅶ組は他クラスと合同で行なう授業が多い。男女別に分かれて行なう科目の場合は必ずと言える。

 リィンを筆頭にラウラやユーシス、異国民であるガイウスや主席入学のエマ、そして貴族と見るや手当たり次第に噛み付いていくマキアス。何かと目立っているⅦ組は合同授業の場で分かりやすいほど遠巻きにされていた。貴族クラス――特にⅠ組相手がやり辛い、とはアリサの談だ。同じラクロス部に入部したフロラルド家令嬢にやたら目の仇にされているそうである。

 

「あ! 寮に戻らないと!」

「わわっ、待ってよ~!」

 

 ぱたぱたと階段をかけて去っていく少女たちに司書が注意した。

 ぱたり。読み終わった本を閉じて本棚に返す。彼女たち同様、そろそろ寮に帰ったほうがいい時間だ。いつもは壁側を歩く階段を、今日は手すりに手を沿わせて歩いてみる。通りすがりに視界に入ったのは黒髪の後ろ姿だった。

 ユーシスと小声で話しているようだったが気配に聡いリィンはすぐに視線に気付いて振り返った。釣られてユーシスも顔を上に向けるがリィンと違って驚いた様子はない。静かに席に近づいていく。

 

「リィン君と図書館で会うのは初めてですね」

「委員長とフィーが放課後に勉強するって聞いて、俺もたまにはと思ってさ」

 

 でも、とリィンは気恥ずかしそうな顔をした。すっと閉じられた本の表紙を見て思わずくすりと笑みが零れた。帝国各地に点在する伝承を扱った本で、興味深い内容な上読み物としてもよくできていた。察するに今月のオススメ本コーナーに置かれていたのを見つけたのだ。

 授業を真面目に受けているリィンのこと。直前になって焦ることもないだろう。時折エリオット達と授業後に復習している姿も見かける。先月も今月も何かと人の為に活動しているリィンの思いがけない一面だ。

 

「ユーシスは結構通ってるみたいだな」

「ただの暇つぶしだ」

 

 先ほどから同じページを開いたままの文庫本に視線を落とし、ユーシスのつんとした声が返る。リィンもユーシスのその話し方に多少は慣れてきたのか、そうかと流していた。

 

「そうだ。リィン君とユーシス君は、今日の晩御飯はどうなさるおつもりですか?」

 

 よかったら一緒にどうか。そう誘われたユーシスは顔を上げて苦い顔をした。

 寮生活の基本スタンスとして、寮職員のいない第三学生寮では毎日の食事は学生食堂またはトリスタ内の飲食店を利用するか、そして自炊でまかなうことの二パターンに分かれる。一部男子に対し比較的良好な関係を築いているⅦ組女子は、エマやティアが用意した料理を食べる事が多い。ふらりとどこかに行くことの多いフィーも、毎朝エマに起こされる為朝食は必ず全員と取るようになりつつある。学食やカフェを利用しているのか滅多に食堂に顔を出さないユーシスやマキアスの食生活はあずかり知らぬところだ。

 

「女子五人と俺が一緒に食事している光景が想像できるか」

 

 仏頂面のユーシスの言葉。ティアとリィンを一瞬の沈黙が襲う。ぺらりとめくれたページが、呆れてため息をついたようだった。

 

「なかなか面白そうですね」

「面白い面白くないの話ではない」

 

 すかさず眉を顰めたユーシスが否定した。

 

「俺はエリオットとガイウスとカフェに行くつもりなんだ。……ユーシスとマキアスには断られてしまったけど」

「必要以上に馴れ合うつもりはないと言っただろう。それに……」

 

 ふと途中で言葉を切ったユーシスは「いや、なんでもない」と手元に視線を落とした。これで話は終わりのようだ。

 高圧的な物言いをすることが多く、表情も無愛想だがただ突き放そうとしているだけではないのだ。悪意には悪意を持って返すといったところか。つまるところユーシスは意外と周りをよく見ている。それを本人に指摘すると不機嫌になりそうだが。

 

「すみません。食堂、私たちが占領してて使いづらいですよね」

「いや。いつもお世話になってしまって申し訳ないくらいだよ」

 

 これ以上突っ込むことをやめたティアがリィンに向き直る。つい話し込んでしまったがだんだん司書の目が厳しくなってきた。話を振ったのはティア本人なので自業自得ではあるのだが。

 それでは、と立ち去ろうとする流れになるはずだった。見誤っていたのはリィンの天然さだ。

 

「ティアや委員長はきっといい奥さんになるな」

 

 さらりと言ってのけたこの男、天然でも天然ジゴロの才能を持っていそうだ。先程よりも長い沈黙が流れる。リィンが首を傾げた。ユーシスは深く息を吐いて再び顔を上げた。

 

「リィン君って誰にでもそんなこと言ってるんですか……?」

「えっ?」

「そのうち夜道で背中を狙われても知らんぞ」

「なんでっ!?」

 

 言い回しが思わせぶりなのだと伝えてもリィンはあまり分かっていなさそうで何とも曖昧な返事だった。例のオリエンテーリングといいリィンには驚かされることが多い。耐え切れなかった笑いが少しだけ口元に浮かんでしまって、リィンがまたばつの悪そうな顔になってしまった。

 

 半目で見送る司書に軽く会釈をして図書館を出て帰路につくと、ちょうど学生会館から出てきたエマとフィーに会った。

 

「ティアさんも今からお帰りですか?」

「ええ。お二人は勉強会……でしたか。お疲れ様です」

「ん。エマの教え方上手いしよゆーだった」

「参考書のおかげですよ」

 

 そう言うエマの手には『よく判る中等数学』と書かれた新品の参考書があった。フィーとの勉強の為に購入したのだと言う。フィーはあくびを漏らしたが反対にエマの顔は満足そうで充実した時間だったことが伝わってくる。

 

「フィーちゃんとっても頑張ってるんですよ」

「そうみたいですね。今度何か差し入れさせてもらいます」

「やったね」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 フィーが胸の前でピースサインをつくる。対するエマは慎ましい笑みを浮かべた。こうして見ると親子のような組み合わせだ。姉妹の方が近いのだが、エマのおっとりとした雰囲気が母性を感じさせるのである。教室でも慎ましやかな彼女ではあるが、胸は慎ましさとは真逆の圧倒的な存在感だ。

 そういえば、とエマが話を切り出した。下がりかけていた目線を戻す。

 

「途中からマキアスさんもいらっしゃってたんですよ」

「マキアス君が……」

 

 へえ、とティアが驚きと興味深さの混じった声を漏らすと、エマはうふふと瞳を細めて笑った。

 

「マキアスは教えるの下手すぎだったけどね」

「ふぃ、フィーちゃん……」

 

 こらこらと嗜めながら苦笑するエマ。基礎学力の違いから苦戦したようだ。

 

「今まで委員長なんて大役を任されたことがなくて……。マキアスさんには色々サポートしてもらっています」

「え、ほんと?」

「本当です! ……そのほとんどがサラ教官の雑用ですが」

 

 マキアスは責任感も強く、クラスでもエリオットとは比較的よく話している。一人で行動することが特別実習を境に増えたマキアスではあるが、世話焼きの頼りになる副委員長がおそらく彼の本質なのだ。あと少しだけ押しに弱い。

 

「だから、ティアさんのことも嫌いなわけではないと思います。多分接し方に戸惑っているんじゃないでしょうか」

「……バレてましたか」

 

 エマは文芸部員で、部室はチェス部の真前。その日を境にぎこちなくなったマキアスの態度も把握していたようだ。

 悪戯っ子のような笑みでエマに見つめられると、不思議とそんな気になってくる。

 

「あら。お帰りなさい」

「ただいま、アリサさん。早かったんですね」

「今日は活動日じゃなかったから。新しいハーブティーを買ってきたの。後で飲みましょ」

 

 話しながら歩いていると学生寮に着いていた。寮に入るとアリサが出迎えてくれる。少しご機嫌なご様子だ。これは多分明日の旧校舎探索に参加することになったのだと察する。

 今日の食事当番はティアとアリサ。エマは最初手伝うと申し出ていたが、少しはゆっくりと背中を押すとフィーと共に三階へ上がっていった。

 

 

 

 

 

「手伝いばかりでなく、アリサさんも料理してみてはいかがですか。いつも皿洗いを任せてしまいますし」

 

 収納棚からフライパンを取り出そうとしたアリサが途中で動きを止めた。あーとかうーとか唸っている。最初期の頃の苦い記憶が巡っているのだろうか。こしょうを振ろうとしたら蓋ごと中身をぶちまけたことか、もしくはコンロが爆発したことか。あれは火事が起こらなくてよかったが、どんなミラクルが起きたのか今でも気になる謎だ。アリサの淹れるアロマティーは絶品だったのに。

 

「い、今まで任せっきりだったからまだ勝手が分からないのよ」

「ああ、料理人にですか?」

「いえ、うちはメイドが――」

 

 ティアがあまりにさらりと返してしまったためかアリサも自然と返事をしかけた。すぐにハッとした表情で押し黙る。アリサとしては、ルーレ市出身の平民という設定上、使用人がいることは避けたいのだ。ティアはティアで察しがついているのであまり意味のないことだが。

 

「ち、違うの。姉よ姉。うん、そうだったわ」

「でも今メイドって……」

「メイド服を着てるの!」

「ご趣味で?」

「ご趣味で!」

 

 アリサの姉のような女性はメイド服を着るのが趣味らしい。

 

「でも、そうよね……。調理実習だって助けてもらってばかりってわけにはいかないし」

 

 小さく呟いて拳を握っている姿を目にすると、ふつふつとある衝動が込み上げるのを感じた。

 

「アリサさんはきっといいお嫁さんになりますね」

「な、き、急に何言ってるのよ! もう!!」

 

 やはり言われる側よりも言う側の方が楽しい。くすくす笑っていたらアリサがもう!とぷりぷり怒ってしまった。

 

 




本編でリィンの誕生月が明らかになったのでふとⅦ組メンバーの生まれ季節を考えていました。

春 アリサ、エリオット
夏 マキアス、ラウラ
秋 フィー、ミリアム
冬 ユーシス、エマ、クロウ

みたいなイメージです。クロウが冬か夏かが迷うところ。

番外編のかたちで時系列を無視したお話も書いてみたいですね。
Ⅶ組の子たちは誕生日祝ってくれそう。
和気藹々としているところに「強制監査だ!」とか言いながら乱入したいです(笑)


早く特別実習に行けよ!と思いましたが次は自由行動日のお話です。

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