領邦軍隊長はティア達を一瞥すると犯人グル-プに視線を向けた。ティア達を取り囲み動きを封じたまま、隊長の指示で後ろに控えていた数人の兵士が犯人たちのもとへ向かう。兵士の表情は見えないが、捕らえられている筈の犯人たちはニヤニヤと勝ち誇ったかのような笑みを浮かべている。
「なぜ我々まで取り囲むのかな」
「君たちも協力者という可能性がないわけではないのでね」
ラウラが当然の疑問を口にする。刺すような視線を受けながら、隊長もまた当然のように言ってのけた。
「大人しくしていればすぐに君たちの無実は証明されるだろう」
「それって、つまり……?」
「……あきれ果てたわね」
この件から手を引き、余計なことはしゃべるな。言外に含ませた意味を察したアリサは呆れを隠せない。口には出さないもののアリサ以外の全員も開いた口が塞がらずにいる。
クロイツェン州領内においては領邦軍は高い権限を持つ。それこそ、ティア達が窃盗の犯人であると言えば、その暴論がまかり通ってしまう程度には。
「フン。窃盗事件の重要参考人としてそいつ等を連行しろ」
「はい!」
「待ってください」
命じられた兵士たちに急かされ、犯人たちはゆっくりと立ち上がる。この場を立ち去ろうとする兵士たちをティアが止めた。取り囲む兵士たちがカチャリとティアに向かい銃を構え直す。その様子を確認した後、穏やかに隊長に問いかける。
「捜査もしていないはずの貴方がたが、なぜ犯人を特定し、潜伏場所を見つけたのか。納得できる理由をお聞かせいただけないでしょうか」
「弁えろと言っている。ここは公爵家が治めるクロイツェン州の領内だ。これ以上、学生ごときに引っ掻き回されるわけにはいかんのでな」
「では貴方がたは"学生ごとき"に遅れをとっていたことになってしまいますね」
この場に似つかわしくない楽しそうな表情を浮かべたティアに、隊長は小さく舌打ちをすると声に苛立ちを隠さなくなった。
「……小娘が。あまり口答えするようなら、貴様らをバリアハートまで連行するぞ」
「なっ!?」
暴挙に踏み切ろうとする領邦軍。一同は驚き、不安そうな眼を向ける。ぎろりとした隊長の視線に、ティアは楽しそうな表情を引っ込め凛とした眼差しで見つめながら口を開いた。
「公爵家は……領主は領民を守るためにその権力を与えられています。その領民を守る義務を放棄し、いつまで権利だけを主張するおつもりですか!」
静かな口調だが反論を許さない迫力があった。普段見せないティアの様子にアリサ達は驚き、領邦軍も気圧された。しかし、たかが小娘相手に呑まれるわけにはいかない。隊長は目尻を険しく吊り上げた。
捕らえろとでも言い出しそうな雰囲気に、リィン達の足がじりりと動いた瞬間。
「――そこまでです」
涼しげな、それでいて凛とした声が一帯に届いた。現れたのは灰色の軍服を纏った兵士四人を従えた水色の髪の女性。
「クレア大尉……」
軍人たちの正体は帝国正規軍の中でも最新鋭と謳われている鉄道憲兵隊だ。彼らの登場に驚き、両方軍はうろたえている。その焦りと驚きにティアの呟きはかき消された。
「この地は我ら領邦軍が治安維持を行う場所……貴公ら正規軍に介入される謂れはないぞ?」
貴族派の領邦軍に対し、鉄道憲兵隊は対立している革新派に属する。犬猿の仲とも言える憲兵隊の女性将校に、領邦軍の隊長は苦々しげに口を開いた。
向かい合う女性は冷静に、射抜くような視線で静かに話す。
「お言葉ですがケルディックは鉄道網の中継地点でもあります。そこで起きた事件については我々にも捜査権が発生する事はご存知ですよね?」
さらに女性は続けた。元締めや関係者の証言から判断するに、彼らが犯人である可能性はない、と。女性は一度振り返ると領邦軍に向けるものとは違う優しげな笑みを浮かべてティアに視線を送った。領邦軍隊長は唇を噛む。
「何か異議はおありでしょうか?」
最後に女性はそう問うが反論できるはずもなく、隊長は撤退命令を下した。それを聞いた窃盗犯たちは、話が違うと言い焦りだしたが領邦軍も庇い立てすることなくその場をあとにしようと駆け出す。
「……鉄血の
最後に残った隊長が女性将校の横を通り過ぎる際に忌々しげに呟いた。女性は言い返すこともなく、一度目を閉じると安心させるように柔和な笑みを浮かべティア達の下へ歩み寄った。
「さすがは鉄道憲兵隊ですね。もうここを見つけたなんて」
「元締めや町の方々から、皆さんがルナリア自然公園へ向かったことは伺えましたから」
ティアが女性に視線を合わせにっこりと笑うと女性将校もまた同じように笑った。一拍間をおき、優しい声で女性は名乗る。
「お疲れ様でした。帝国軍・鉄道憲兵隊所属、クレア・リーヴェルト大尉です。トールズ士官学院の方々ですね? 調書を取りたいので、少々お付き合い願えませんか?」
クレア大尉の言葉にリィンが応える様子を眺める。ここからケルディックへ戻るには、鉄道憲兵隊に配備されている軽車両で送ってくれるようだ。さすがにここまでは乗り付けられなかったため、途中に止めてあると言い、その案内に続こうとする。
グイ、と腕を引かれた。自身の腕から辿り始め、その正体に辿り着く。不満そうな顔をしたアリサだった。
「もう! ティアのバカ!」
「ばっ……?!」
振り返るなりバカと言われ、言った本人のアリサは一歩大きく詰め寄る。予想外の声にティアは一歩後ずさる。驚きで目を開けたティアの目に映るアリサは怒っているがやはり可愛いな、とどこか上の空で考えていた。
「本当に怖かったんだからね!」
「アリサさん……。すみません、皆さんを巻き込んでしまうところでしたね」
彼女が何に対し声を荒げているのかを察し、申し訳なさで顔を伏せる。
「ア、アリサふぁん?」
「そうじゃなくって」
それも一瞬のことで、ティアはアリサに両頬をつままれて顔を上げた。再び瞳に映ったその顔は怒っているというよりも――
「心配したのだぞ、ティア」
頭に手を置き、トントンと軽く叩かれた。宥めるような表情を浮かべたラウラだ。
頬をつねる手が肩に添えられる。アリサはつり上がっていた眉をゆっくりと下げると、懇願にも似た表情を浮かべた。
「……一人で無茶しないで」
「……はい」
二人の心配を感じ取り、もう一度謝る。アリサの表情が柔らかくなり最後に肩をポンと叩くと彼女はティアの前を歩き出す。
「行きましょ」
「うん。リィン達も待っているぞ」
「そうですね」
なかなか追いついてこない女子三人を気にしてリィンとエリオットは少し進んだところで立ち止まっていた。アリサが駆けだす。続いてラウラとティアも。
リィンとエリオットの後ろではクレア大尉が美しく微笑んでいた。
*
「調書へのご協力ありがとうございました」
ケルディックへ戻ったティア達は、クレア大尉にこれまでの経緯を説明し、詳細に記録をとられた。商人たちや元締めへの報告も済ませて解放される頃には既に空は茜色に染まっていた。
おそらく今回の事件が
「今後また困ったことがあれば、我々を呼んでくださいね。お力になれることも多いと思います」
クレア大尉は最後に腕から指の先までまっすぐに伸びた美しい敬礼をすると颯爽と立ち去っていった。
「クレア大尉……すごく良い人そうだったね」
「そうだな」
頬をほころばせ、姿の見えなくなったクレア大尉への感想を口にするエリオットとリィン。アリサがもの言いたげな目で男子二人を見ている。男って……。そんな感じの表情だ。
まあまあと宥めながら駅に設置された時計を確認する。長針はトリスタ行きの列車が発車する五分前を指していた。
「お前さんたちも近いんじゃからまた大市に遊びに来るといい」
「はい、必ずまた来ます」
「お世話になりました!」
五人は一礼し、元締めに見送られながら列車へ乗り込む。漸く緊迫した状況から解放され、人心地つく。学院に戻ればすぐにレポート作成に取り掛からなくてはならなくなる。トリスタに着くまで約一時間。A班の五人は束の間の休息と団欒を過ごしていた。
こうして初めての特別実習は幕を閉じたが、すぐにまた新たな波乱が幕を開くこととなる。
*
夜のしじまに包まれたケルディックに視線を走らせる者が二人。一人は眼鏡をかけ笛を持った壮年の男。もう一人は、黒いマントと仮面で顔を隠した者。体格から察するに男か。マスクでくぐもった声のまま仮面の男は眼鏡の男に話しかける。
「あのタイミングで《
「想定内のことだよ。ただ、あの娘は……君の報告通りということか」
眼鏡の男は不適に笑う。
「今後の計画の障害となり得る《鉄道憲兵隊》と《情報局》の連携パターンが見えただけでも大きな成果と言えるだろう。計画に支障はない」
自信に満ちたその言葉を聞くと仮面の男はその場を去っていく。
「全ては"あの男"に無慈悲なる鉄槌を下す為に――」
「全ては"あの男"の野望を完膚なきまでに打ち砕かん為に――」
深い憎悪を含んだ声で、二人の男はそれぞれ不穏な空気をこのケルディックに残した。
序章、第1章とダイジェスト進行気味になってしまいましたが一旦終了です。