キミと彩る   作:sumeragi

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序章 WHiTE
プロローグ


 少女は夢の中にいた。

 

 視界の端で揺れる煌びやかなドレスを纏う女性、スーツを隙なく着こなしている男性、あちこちに並べられたテーブルの上の豪勢な料理、美しい音楽を奏でるオーケストラ、それらを照らすシャンデリア。豪華絢爛を絵にするとこうなるのだろう、きっと。

 

 夢の中なのに。いや、夢の中だから。

 眩しいほどの明かりにくらくらする。

 言いようもない息苦しさを感じて、隣に居た兄のズボンを掴んだ。彼が肩を抱き優しく微笑みかけると、視界がクリアになっていく。

 

 クリアになった景色をもう一度見回すと、先ほどの自分と同じ、むしろ、自分よりも上手く呼吸が出来ないでいるような、そんな少年を見つけた。

 

 少女は兄から手を離し少年に歩み寄る。プラチナブロンドの髪にアイスブルーの瞳を持つ、気の弱そうな少年だ。

 

 少女が何かを伝えようと口を開くが、声が出ない。正確には、少女は確かに何かを言ったが、本人には聞こえていなかったのだ。少年は驚いたように目を開き、二、三度瞬きを繰り返すと、次に微笑んだ。

 自分にだけ届かなかった声。

 

 貴方は何を聞いたの? 私は何を言ったの?

 

――君はなんて答えたの?

 

 

 

 

 

 

「真っ白な鳥は、いつも赤を纏っていたけれど、本当は空のように青かった」

 

 隣でソファに深く腰掛けて座るオリビエが、歌うように言葉を紡いだ。

 

「それは何かの台詞ですか、兄様?」

「違うよ」

「じゃあ謎々?」

 

 メルティアス・ライゼ・アルノールは長い金の髪を揺らし首を傾げた。オリビエは少女と同じ色の瞳を柔らかく細めて微笑む。

 

「僕が今考えた詩だよ。愛する妹が僕の元を離れてしまい、悲しみで青く染まりそうな僕と言う白鳥の、ね」

「そんなくだらない事を考えている暇があるなら、当然各諸侯からの報告書にも目を通しているんだろうな」

 

 ノックと共に執務室に入ってきたミュラーが声をかけると、オリビエは口を尖らせてソファの背もたれに後ろ向きに寄りかかり、ミュラーに抗議する。

 

「全く、ミュラー君ってばつれないなあ。明後日にはここを発ってしまう妹との別れを惜しんで何が悪いというんだい」

「それは俺じゃなく、涙で濡れた枕をセドリック殿下に投げつけているアルフィン殿下に言ってきたらどうだ?」

 

 溜め息こそ出ていないが、顔にはやれやれと書いてある。

 天使のように可愛い帝国の至宝アルフィン皇女は、これまた姉同様、いやそれ以上にオリビエに似て表情もころころ変われば感情表現の方法も豊富だ。彼女に枕を投げつけてもらえる男子は、双子の弟セドリック皇太子を除いて他にいないだろう。

 

「世の男子が聞いたら羨ましがられそうな光景ではあるが……よくここまで来られたね?」

 

「はっはっは」オリビエは笑いながらアルフィンが枕を投げる元凶となったティアに問いかける。

 

「アルフィンとは、明日一日一緒に居るって事で見逃してもらいましたから」

「明日のティアはアルフィンが独り占めか……妬けちゃうねえ」

 

 妬ける、とはどちらに対してなのか。にやりと口角を吊り上げ楽しそうに告げるオリビエは、それを問うたら「両方に決まっているだろう」と楽しそうに答える姿が容易に想像できた。

 

 脱線した話を戻そうとミュラーが静かで無愛想な声を出した。「で、どうなんだ?」

 

「ハハ、終わったからこうして休んでいるんじゃないか」

「ならば次の仕事だ」

「ええぇーっ、ミュラー君の人でなしぃ」

 

 わざとらしく普段は言わない"君"なんて付けて、驚いてみせる。

 

「どうぞ、ミュラーさん」

 

 ずい、と怖い顔をしたミュラーの前にティーカップが差し出された。中には湯気を上げながら芳しい香りを漂わせる飴色の液体が入っている。

 

 顔立ちが似ているわけではない。しかし、この毒気を抜かれるような笑顔を始め、浮かべる表情がそっくりなのだ。

 

「その封筒の紋……学院からですか?」

「ああ。中身までは知らないがな」

「きっと例のアレだろうねえ」

 

 例のアレとは何だ。そもそもアレって何だ。

 答えているようで事実少しも情報が増えていないが、推測するに新しく出来た特科クラス《Ⅶ組》のことだろう。

 

 オリビエが主導して今年度より設立されたティアが入る予定の試験段階のクラスで、特別なカリキュラムもある。らしい。"らしい"とは曖昧な断定である。ティアはⅦ組の存在、その大まかな目的は知っていても、"例のアレ"とやらについては詳しく知らない。

 

 一度だけ、"例のアレ"について訊ねた事がある。兄の返答は単純明快、「最初から全て知っていてもつまらないだろう」だった。

 

「……本当に行くのか」

 

 ミュラーは更に渋い顔をして、声に心配を滲ませて問う。何度も繰り返した問答。すでに止める意思はない。最後の確認だった。

 

「皇族は代々トールズに入学する慣わしでしょう」

「それは男に限った話だ」

「だからこそティアも身分を隠して入学するんじゃないか」

 

 ティアの銃とアーツの腕前に関してはミュラーも十分すぎるほど知っている。自分の身くらいは守る事ができるだろう。

 

「唯一問題があるとすれば、制服くらいですよ」

「僕は気に入っているんだけどねえ」

 

 ティアが兄から手渡された真新しい真紅の制服を思い出して苦笑すると、オリビエは残念そうに溜め息を零した。

 通常ならばトールズ士官学院は、貴族と平民で身分によってクラスが分けられ、制服の色も緑と白で区別される。そのどちらでもない真紅。それこそが、新しく出来たⅦ組のシンボルカラーとなるのだが、今話題に上がっているのはその色ではなく、別の部分である。

 

「あれは兄様の趣味だったんですか?」

「おっと、バレてしまったか」

「適当な事ばかり言うんじゃない」

 

 口に手を当てて驚くティアと、けらけらと笑いながら肯定するオリビエ。慣れた者が聞けば、こめかみに怒りマークを浮かべたミュラーの姿が見るまでもなく連想される光景だ。

 

「さーってと、ミュラーの頭に角が生える前に休憩終わりにしようかな」

「お前が黙っていれば俺もわざわざ怒鳴らなくて済むんだがな」

 

 ソファ同様に座り心地の良さそうな執務用の椅子に移動するオリビエと、三人分のティーカップを片付け始めるミュラーに習い、ティアも立ち上がった。

 

「そろそろアルフィンがセドリックに謝っている頃でしょうから、私も混ざってきます」

 

 可愛い妹達を思い、愛しげな笑みを浮かべティアは部屋を出て行く。

 オリビエはひらひらと手を振って見送っていた。

 

「ねえミュラー、知っているかい?」

「言われてもいないことを、知っているはずがないだろう」

 

 ティアの出て行って扉を見つめたままのオリビエへ視線を移すと、「そりゃそうだ」と彼は眉を寄せて緩く笑った。

 

「同じ色の羽を持つ鳥はいても、同じ羽を持つ鳥はいないんだってさ」

 




初めての方は初めまして、前作から読んでくださっている方はこんばんは、sumeragiです。

リメイクについて思っていた以上にたくさんのご意見を頂けて、自分でも驚いています。
皆様本当にありがとうございました!


新たな第一話は心機一転しようと前作とは違った展開、雰囲気を心がけていましたが、二話目以降はそんなこともなく細かい流れやシーンが違うだけで雰囲気も大して変わっていません。
私はあの可愛い制服が殿下セレクションだなんてこれっぽっちも思っていませんよ!(真顔)

そしてちゃっかり変わっているティアの本名。
候補は6個ありまして、途中から方向性を見失って紆余曲折あり最終的にメルティアスになりました。
色々考えても前作のアルティアナを超えるくらい響きが気に入る名前が出ませんでした…無念。
アルフィンの情報公開された時に、セットでアルアルや!とか思っていたのが懐かしいです(笑)

拙い文章ですがよろしくお願いします。

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