弓塚さつきの奮闘記   作:第三帝国

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なんとか今月中に投稿できました。
至らぬところがあればぜひ指摘してください。


ACT.2「見敵」

 

そして彼女は忽然と俺の目の前から消えた。

否、ここで消えるなど有り得ない――――後ろだ!!

「っあッ!」

横に飛ぶ。

直後、立っていた場所に彼女、シオンの蹴りが通過した。

速い!後ろを振り返っていたら、避けるのが間に合わなかっただろう。

アルクェイド、シエル先輩程ではないが、吸血鬼の力を発揮したさつき並だ。

「初撃は失敗、計算修正――――ここです!」

さらに次の一手。

シオンとの距離は両腕で戦うには離れている。

だが、彼女は確信を持って俺には見えない攻撃を行う。

腕を振るう。

考えるよりも先にナイフを振るい、何かを切った。

感情を表に出さなかったシオンが驚愕の表情を浮かべた。

それでも続けて何かを操作する動作。

丁度綾取りとか、糸を操るような動作をする。

今度は彼女が糸を操っているのを理解した上で、

これもまた考えるより先に腕を動かし、切って捨てる。

「…エーテライトを切断するなんて、何てデタラメ」

俺の行いを見たシオンは唖然とした表情を向けた。

「別に見えない攻撃をするから卑怯とか言わないけど、俺には効かないよ」

見えない糸程度、ネロにロアといった怪物たちと比べれば楽な相手だ。

あの2人のように魔の恐れや、恐怖はないのだから。

「ほう、ならばこちらはどうでしょうか?」

俺の挑発に紫色の眉を上に上げると同時に、

懐から黒い物体を…って、拳銃、うぉ、掠った!!?

「くそっ!銃刀法違反だぞ、君!!」

「ばれなければ犯罪ではありません!」

続けて発砲。

俺は乙字に駆けることで紙一重で避ける。

くそ、飛び道具、それも拳銃を持ち出すなんて卑怯だ!

「ちっ!」

「っ!?これを避けますか!?」

しかも、それだけではない。

拳銃で此方を牽制しつつ、シオンがエーテライト、

と呼称した糸が同時に俺に襲い掛かって来ており、対応の難易度が上昇している。

偶に模擬戦を付き合う、シエル先輩にアルクェイド、そしてさつきとは全然違うので戸惑うばかりだ。

しかし、それでも活路はある。

確かに彼女の戦い片はシエル先輩、アルクェイドといった面々とはだいぶ違う。

体の動かし方は純粋にパワーに頼りがちなさつきよりもむしろ上手である。

彼女、シオン・エルトナム・アトラシアはまるで数学の計算式のように正確で、

詰め将棋のように次の一手一手を打ち続けており、侮ってはならない相手であるに違いない。

しかし、俺からすればそれが逆に読みやすい。

本能だけで戦うアルクェイドの方が逆に次の行動か読めない。

 

「よっ!」

「視界外からのエーテライトを察知!?」

 

それだけではない。

シオンが操るエーテライトは確かに見えない。

だが、俺にはこれに対応できるだけの技術がある。

例え魔眼を使わなくても、これは切断できるし、動きは分かる。

 

問題があるとすれば音速で飛来する拳銃の弾だけだ。

シオンの腕の向き、視線から推測して避けているが弾は必ず真っ直ぐに飛ばない。

むしろ空気の湿度、気流、その他諸々の条件が重なり軌道は常にずれるものである。

 

ゆえに、避けたつもりでも当たる可能性は高いのである。

そして現状俺にとっての最大の脅威は魔術とは縁のないその拳銃のみ。

 

悪いけど、シオン。

君のその武器を破壊させてもらう―――!!

 

「どうした、俺の脚でも撃てば俺の自由を奪えるかも知れないぞ、シオン!」

 

まずシオンが拳銃を此方に向くように。

それも体の特定の場所を狙うように挑発する。

実戦経験豊富なシエル先輩には絶対通用しない手だが、彼女ならきっと。

 

「~~~いいでしょう!!そう貴方が言うのでしたらその足を潰しましょう」

 

掛かった!

彼女は俺の言葉に答えると同時に、

一番当たりやすい胴体ではなく足を狙うように拳銃を下に向ける。

 

次に撃たれる弾丸の軌道が簡単に予想できる。

彼女は弾倉を撃ちつくしても、俺の足を打ち抜くことで動きを止めようとするだろう。

 

そして、俺は今まで通り地面を駆けて避けるもの。

そう彼女は判断するだろう、だがここで少しばかりの小細工を見せるとしよう。

 

「その足を止めます――――遠野志貴!」

 

直後、連続して発砲。

放たれた弾丸は全て俺の足へ向かう。

このまま、真っ直ぐ駆けていれば忽ち足は撃ち抜かれるだろう。

かと言って、ジグザグに逃げるには遅い――――だから俺は空を跳ぶ事を選ぶ。

 

「おぉお!!」

 

足を地面に打ち付けるように力を込めて踏み抜く。

膝を曲げて、腰を下ろし足だけでなく全身の筋肉を総動員する。

今日1日の疲れと、この戦いでの肉体の酷使もあって体がうめき声を挙げる。

 

俺の肉体はあの日。

四季に殺されてからポンコツだ。

だが、俺に流れる七夜の血はそのハンデを覆す、たかが跳ぶ事など造作ない!

 

直後、俺の体は浮遊感と共に飛翔した。

高さは地面から2階程度だろう、ビルの壁を蹴りつつ駆ける。

 

シオンは予想外の事態だったのだろう。

細長い瞳を大きく開き、驚愕の眼で俺を見ている。

慌てて照準を俺に向けて再度発砲しようと引き金を引くが、弾は出ない。

 

なぜなら先程の俺の挑発に乗って、弾倉の全てを空にしたのだから。

彼女は外套の中から新たな弾倉を取り出し、再装填を図るが間に合わない。

 

なぜなら、それより先に俺が地面に降り立ち、

今の戦闘で出来たコンクリートの破片を無事拾えたのだから。

 

「しっ!」

 

投擲。

手のひらに収まる程度のコンクリートの破片は、

吸い込まれるようにシオンが持つ拳銃へ直撃、粉々に粉砕された。

 

「な―――ー」

 

絶句するシオン。

彼女の視線は俺ではなく、

粉砕された拳銃を握っていた手に向いている。

 

飛び道具はシオンが言うエーテライトのみ。

そして、今彼女は別のものに意識を向けている。

 

ならば選択肢は1つ、一気に距離を詰める!

 

息を吸う。

重心を前に傾け、

足の指先から手の先まで力を蓄える。

 

そして、息を吐く。

貯めた力を解放しシオンの元へ駆けた。

 

「くぅ!!?」

 

今度はエーテライトを破壊すべくナイフを突き出すが、紙一重で避けられる。

後方へ下がり、大勢を立て直そうとシオンはするが、俺は密着するように彼女に着いていく。

 

「体術の性能が計算と予想より早い…。

 エーテライトは間に合わないっ……体術で挑みます。

 高速思考再計算、リミッター解除、魔力を身体強化に!」

 

俺が振るうナイフから逃げられない。

そう確信したシオンは退避をやめて、真正面からの対決に挑んだ。

 

…って、危ない!

 

「っっ!!」

 

なんら変哲もない突き。

が、こちらの予想を上回る鋭さだ。

頬を掠めただけでも、ビリビリと刺激が走っている。

 

「はぁっ!」

 

さらに、拳を突き出した流れを利用して、

足を一歩前に踏み出し、続けてシオンから回し蹴りが飛来する。

 

咄嗟に受け止めた刹那。

ミシリ、と骨が呻き声を挙げた。

まともに受けていれば、骨が砕ける!

 

そう、考えるより先に体が判断し、

後方へ跳んで蹴りのインパクトが最大値に至る前に逃げた。

 

「くっ――――はぁ!?」

 

だが、それでも腕に痛みは残った。

幸いまだナイフを手にすることは出来るが、

肉体の疲労は増すばかりで吐く息は荒く、今すぐにでも休んでしまいたい程だ。

 

幾ら俺の体がポンコツとはいえ、

何時もならこの程度の戦闘でバテる肉体ではないと自負している。

だが、今日は1日歩き回った上での戦闘だから、疲れがもう出てしまっている。

 

翻って彼女、シオンはまだ体力に余裕が残っているように見える。

いや、寧ろ回復しているように見える上に、先程までより威力も動きも向上したように見える。

 

俺はこのカラクリをしっている。

なぜならこれは、さつきが学び、使っている物。

 

「魔術か」

 

「その通りです、遠野志貴。

 確かに貴方のその技は常人の範疇から外れたものだ。

 だが、我々魔術を学ぶ人間、魔術師もまた常人の範疇から外れたものですから」

 

俺の呟きにシオンが肯定した。

魔術師、それは魔術師成りたてのさつきの言葉を借りるならば、

「この世の真理に届かぬと知りつつも、子孫へ延々と呪いのごとく伝承し続ける人種」だ。

 

魔術師の目的はこの世の真理、根源へ至ること。

根源へ至るための研究に研究を重ねるのが彼らの存在意義である。

 

しかし、奇妙な話だ。

たしかにアルクェイドの言葉を借りると「研究のためならば手段を選ばない外道の集団」である

例えば死霊魔術はその性質上、大量の死体が必要で紛争や虐殺が起こるたびに死体を嬉々と収集していたらしい。

また、魔術の研究のためならば、自分の親族あるいは他人を犠牲にするのを厭わない、ということだ。

 

が、外道に走りすぎた魔術師を殺害する側の人間であるシエル先輩が言うに、

ここ三咲町は自分のような魔術師を刈る人間に、吸血鬼でも親玉のアルクェイド。

と、危険極まりない人物が居るせいで好んでこの街にやって来る人間はいないと、断言していた。

 

「なあ、君。えっと、シオンでいいかな?」

 

「時間稼ぎですか?残念ながら代行者、

 それに真祖の姫が来るより前に貴方を打倒する未来の方が先になる」

 

「あ、いや。そうじゃなくて、

 どうして態々ここに来たのかなって?

 俺が言うのも何だけど、先輩とかアルクェイドの事が怖くないのかなって」

 

「…………………」

 

なぜなら、幾ら魔術師でも命は惜しく、

態々危険を冒すような真似はしないとのことだ。

 

にも関わらずシオン。

シオン・エルトナム・アトラシアはその危険を承知の上でここ三咲町に来たのだ。

己の研究成果が散在し、最悪子孫にその成果を残さぬまま死ぬ可能性が遥かに高いにも関わらずに、だ。

 

そしてシオンはしばしの沈黙の後、淡々と口を開いた。

 

「……どの道、私に残された時間は短い。

 ここで逃せば、次に奴が現れるのはさらに数年後。

 その時には、私が私であると正気を留めている可能性は極めて低い」

 

「正気を留めている可能性が低い?」

 

残された時間が少ない、

加えて正気を留めている可能性が低い。

なんて、俺の予想を超える不穏な言葉を聞けてしまった。

 

そしてシオンの口ぶりからすると噂の吸血鬼とは因縁のある相手。

一体噂の吸血鬼とはどんな関係なのか、何が原因で彼女をそこまで急き立てるのか、俺はその理由を知りたい。

 

「じゃあ、だったら――――」

 

だったら、ここで戦う意味はない。

俺は吸血鬼を見つけ出して倒すだけ。

シオンも同じく吸血鬼を打倒することが目的と見える。

 

だから俺はナイフを仕舞い、手を差し伸べ――――。

 

「そうね、貴女はそのためにアトラス院から出た。

 でも、無駄よ、今度こそ私は第六法を完成させてみせるのだから」

 

第三者の声が聞こえた。

シオン、そして俺はその声が聞こえた方向を振り向く。

 

月の光を背後に長い銀髪の女性が佇んでいた。

肌は雪のようどこまでも白く、人間というよりもまるで人形のような容姿。

 

おまけに、瞳はアルクェイドと同じく鮮やかな朱色。

羽織っている白い外套もあって雪の精霊、という言葉が浮かぶほどの美女がそこにいた。

 

けど、俺の体に流れる血が、そんな美女を前にして警告を発している。

気づけばナイフを構え、眼鏡を外せるように手が顔の前に出ていた。

 

「馬鹿な、私の前に貴方が出るのは早すぎる!

 計算外にも程がある、それにその姿は一体どういうことだ!!」

 

「あら、どうやら私の子孫は今だ未熟者のようね。

 現実は常に変動する乱数のようなものであるのは常識。

 ゆえに、我らアトラスの者達はそれも踏まえた上で未来の計測を行うものよ」

 

感情を露にするシオンに対して、女はクスクスと笑みを零す。

が、内心と外見が一致していないような気がして不気味な印象がしてしまう。

 

「戯言を、ぐぅ――がぁあ!!?」

「シオン!?」

 

突然、胸を押さえ苦しむシオン。

さっきまで戦っていたのを忘れ彼女の元へ駆け寄る。

 

「シオン、しっかりしろ!シオン!」

「あ―――――」

 

地に膝を着け何かに耐えるように、

しゃがむシオンの肩を掴み、無理やり起き上がらせる。

 

ひどい顔だった。

汗は絶え間なく流れ、呼吸は荒い。

眼の焦点が合わず、揺らいでいる。

整った顔は今にでも恐怖で押しつぶされそうに怯えていた。

 

「馬鹿ね、私を前にして正気で居られるとでも?」

 

銀髪の女性はそんなシオンの姿を見て嘲笑する。

 

「素直に受け入れれば楽になるのよ、シオン」

 

そう言って、銀髪の女性は歓迎するように両腕を広げた。

それがシオンのためでないのは考えなくて分る。

だから俺は立ち上がり、ナイフを女性に向けた。

 

「何、かしら?私の邪魔をするつもり?」

「はっ、邪魔をする?そんなわけないだろ、吸血鬼?」

 

首を傾げる女性。

いや、もうシオンの様子から目の前の女性が吸血鬼であるのは確定だ。

 

ならば、俺がすることなんて変わらない。

むしろ今日1日を費やした原点へようやく戻れたと表現できる。

 

「シオンにくだらない事をしようとしているお前を――――解体し尽くすだけだ」

 

「へえ、人間にしてはすごい殺気。

 知ってはいたけど、凄いものね貴方。

 いいわ、虚数は実数から常に省く不要な要素。

 ここで貴方を排除して、あの戦争の再現を始めましょう―――!!」

 

そう嗤う吸血鬼を前に俺は言葉を綴る前に駆けた。

 

 

 


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