弓塚さつきの奮闘記   作:第三帝国

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メルブラ編、始めました。(冷やし中華的に)
月姫編同様完結を目指して頑張りたいと思います。


ACT.1「冬の噂」

 

 

私はシオン。

シオン・エルトナム・アトラシア。

私はずっと、私自身に疑問を抱いていた。

 

けど、それは何か。

思考を重ねに重ねても答えはでない。

答えが分からぬまま生きてきた。

 

だから3年前。

私はあの吸血鬼の討伐に参加した。

外に出れば得るものがあるはずだと思っていた。

 

けど、結果は出なかった。

半分が吸血鬼となった私は奴を追うためだけにこの3年を過ごした。

 

私はどこから来たのか。

私は何者か、私はどこへ行くのか。

 

考えて考えて考えても、分からない。

どこで私は間違えたのか、答えはずっと出ない。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

今年は奇妙な冬だ。

交通量1時間あたり平均5台。

鉄道機関利用者1日あたり100人前後。

気温は極めて低く、口から漏れる息は白く、冷たい。

身を包む衣装越しから突き刺さる寒気。

どこにも逃げ場はなく、体温は刻一刻と奪われていく感覚。

そして、気を抜くとどこまでの沈んで行きそうな感触。

――――まるで深海で溺れる魚のようだ、と誰かが言っていた。

「深海で溺れる魚、か。奇妙な例え、いやそうでもないか」

街を見渡す。

日中、それも休みの日だと言うのに人影はない。

道路を走る車は少なく、まるで廃墟のように街は静かであった。

空は曇り模様で降り注ぐ光りは少ない。

人気がない聳え立つビル郡は墓石か深海に沈んだ古代都市のようだ。

「なるほど、深海で溺れる魚。確かにそうだ」

そんな場所で確たる目的もなく、

ゆらりゆらりと歩く俺はたしかに魚そのものだ。

だが、それでも人々の生活は止まることはない。

墓石のようなビルの中では今日も人々は明日のために働いている。

ただ表を俺のように歩く人間が極端に少ない。

特に夜になれば人気は完全になくなり、闇夜と静寂が支配する。

こうなった原因は全てはあの『噂』であるのを俺は知っている。

曰く、殺人鬼は死神のような吸血鬼だった。

曰く、猟奇殺人鬼の被害者は残らず血を抜かれていた。

曰く、あの戦争が再開される

吸血鬼!

そう吸血鬼だ。

アルクェイドと出会い、

自身の過去と対面したあの吸血鬼を巡る戦い。

それはもう去年の話。

この手で確かに因縁を終わらせたはずだ。

第2、第3の吸血鬼など現れるはずがない。

にも関わらず、この噂は広がる一方で人々は語られる犠牲者の数に怯えている。

だが、俺。

いや、遠野の屋敷で関わる全員が知っている。

【吸血鬼の犠牲となった事実は存在しない】という事実を。

「本当に変だ」

この街の裏世界を管理している秋葉だけではない。

シエル先輩、アルクェイド、それにさつきも調べて出てきた結論だ。

 

それと、あの戦争が再開される。

という噂についてはシエル先輩が聞き覚えがあるらしいが俺には分からない。

さらに、さつきが無意識に呟いた「早すぎる」という呟きも気になって仕方がない。

それよりも、噂は収束することなく拡大するばかり、

火のない所に煙は出ない、というが今回は火はないにも関わらず煙が出る。

と言うべき状況で、ただの噂にしては違和感を覚えることが多い。

まるで人為的に、誰かが噂そのものを意図して広めるているような――――。

 

「それは、当然です。

 そうしなければ存在できない存在ですから」

 

「え?」

 

まるで自分の思考を読んで答えたかのような、

突然な言いぶりに思わず、声がする方角へ振り返る。

 

「――――――」

 

そこには紫色の髪を持つ少女がいた。

最近、遠野の屋敷に入り浸るシエル先輩にアルクェイドのように外国の少女だ。

 

日本人にはない彫が深く、高い鼻。

シエル先輩やアルクェイドのように西欧系の顔立ちでなく、

中近東の血を引いている様で、彼女達とはまた違った美人さんがそこにいた。

 

「――――――」

 

少女もまた此方を振り返り俺を見ている。

知性を宿す紫色の瞳がじっと俺を観察するように見ている。

いくら遠野の屋敷で男が俺1人で、女性には慣れているとはいえ、こうもじっと見られると落ち着かない。

 

「失礼…」

 

そんな俺の考えを汲み取ったように、

少女は何かを抜き取るような動作をした後に俺から離れていった。

 

「一体何なんだ……?」

 

まるでこちらの事情を知っているかのような口ぶり。

もしかすると、先輩やアルクェイドと同じ世界の関係者なのかもしれない。

 

「追ってみるか…」

 

恐らく彼女はこの噂の原因を知っている。

ならば、彼女に直接聞いてみるのが一番だ。

 

歩く向きを彼女の方角へ変える。

足音を殺し、距離を保ちつつ追跡を始める。

さほど離れていなかったので、目標である彼女には直ぐに追いついた。

 

そのまま追跡を開始する。

 

…………。

……………………。

………………………………。

…………………………………………。

 

彼女に出会ったのは昼前。

あれからずっと後をついていたけど、もう太陽は沈んだ。

1日歩きっぱなしで、あまり丈夫でない体は既にガタガタである。

 

秋葉が定めた門限は既に越えており、

この後どうやって言いつくろうか実に悩みどころである。

前なんて不用意にアルクェイドの家で泊まったなんて言ってしまったから……地獄を見たな。

 

米神に青筋を浮かべて、物理的に首を締め上げる秋葉。

秋葉を止めるべく乱入するアルクェイド、シエル先輩から始まる何時もの乱闘騒ぎ。

破壊される屋敷、そして逃走を図っても巻き込まれる俺の様式はもうすっかり定番と化している。

 

さつきは俺の事を「モテモテだな、志貴」と冷やかしていたけど、

アルクェイドだけは兎も角シエル先輩や秋葉を俺は口説いた覚えはないぞ?

 

っと、今はこちらが大事だ。

そして、彼女といえば、何もせず。

街を散策するように歩いているだけであった。

立ち寄った場所も、怪しい場所はあっても目的地が分からない。

 

今立ち寄っている場所は「神殿(シュライン)」と呼ばれるビルだ。

現在建設中で何に使われるか知らないが、神殿とはやりすぎな命名だと思う。

ここら一体は元々公園であったが、整地されてしまいすっかり昔の面影が見当たらない。

 

そして目的である彼女は相変わらず、周囲を散策しているだけだ。

時折立ち止まり、何かを口にしているけど離れているから何を呟いているのか分からない。

 

が、今日1日の行動を見て分かったのは、

彼女は間違いなく今この街で流れる噂について調べている人物であることだ。

彼女が歩いたルートは俺たちが吸血鬼の噂に関して調べて回ったルートと重なる。

だが、これはあくまで憶測、推測の域を出ておらず確定した証拠ではない。

 

このまま彼女を引き続き追跡し、彼女の本拠地を調べるのもありだが。

それでは埒が空かない、いい加減直接彼女に尋ねる時が来たのかもしれない。

 

俺は懐に入れたナイフを手にして一歩前へ踏み出した。

 

「……っ!!」

 

刹那、心臓が俄かに鼓動を強める。

全身を悪寒が駆け回り、手足に電流が走る。

緊張に心が支配され、肺が圧迫され気持ちが悪い。

 

さらに一歩前へ踏み出す。

 

「……ぐっ」

 

心臓はよりテンポを早く鼓動し、悪寒が強まる。

俺はこの感覚を知っている、そうこれは明らかに『人間離れした何か』と出会った時と同じだ。

初めはアルクェイド、次にロア、そしてさつき……そう、吸血鬼、吸血鬼だ!吸血鬼と出会った感覚と似ている。

 

まさか、彼女は三咲町で噂されている吸血鬼そのものなのか――――!?

 

「こんばんわ、初めまして。

 と、言うべきでしょうか遠野志貴」

 

正面から声、声の先には月夜の灯りを背景に立つ彼女がいた。

 

「あ、ああ。どうも」

 

何故か悪寒は消えていた。

しかし、彼女に見つかってしまった以上誤魔化さねばならない。

こんな場所で男が女を尾行していたなんて外聞が悪すぎ、あ、待て。

 

どうして、俺の名前を彼女は知っている?

 

「私を尾行しているのは初めから知っていました」

 

ああ、しまった。

どうやら、これは。

 

「貴方達が探しているものと、

 私が探しているものは同じでありますが、

 目的は違う、何よりも私にとって貴方はイレギュラー。

 このタタリにおいて、貴方の存在は全ての計算式を乱す存在ですから」

 

ナイフを出し、構える。

どうやら俺は彼女に一杯食わされたみたいだ。

彼女も拳銃を取り出し、次のアクションをすべく構えている。

 

「ゆえに私、シオン・エルトナム・アトラシアはここで貴方の自由を奪うことをここに宣言します!!」

 

高らかに己の名を告げると、

彼女、シオン・エルトナム・アトラシアは猛然と俺に襲い掛かった。

 

「ッ~くそ!」

 

自分の迂闊さを呪いたい!

だが、今はそうした考えや言葉は不要、戦うだけ。

 

呪うのは後にしよう。

そして、彼女に問い詰めるとしよう。

 

 

 


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