時空列敵には本編の先。
アーネンエルベなので細かいことは気にしたら負けです。
無論ここで終わらず時間があればちまちま投稿してゆくつもりです。
午前9:03
「いらっしゃいませー」
「おや、士郎君じゃないか?」
遠野志貴にとってすっかりアルクェイドとの待ち合わせ場所になった、
喫茶店「アーネンエルベ」のカウンターから出迎えたのは衛宮士郎であった。
彼とはここで色々縁があって知り合ったが、その時は同じ客としてである。
お互いデートプランが重なり、仲良く修羅場を見ることになったのも忘れられない……。
「しかし、士郎君がここでバイトしているなんてね」
「ええ、まあ。家は大飯ぐらいがたくさんいますから」
苦笑まじりの回答に遠野志貴は思わず金髪碧眼の騎士王の顔を思い浮かばさせた。
あそこまで清々しい食いしん坊キャラは彼女以外ありえない。
「ところで、今日は態々早朝から来ましたけどデートですか?」
「ああ、まあな。
今日はここで一日アルクェイドとダラダラ過ごそうと思ってね、
とりあえずモーニング、飲み物は紅茶をお願いできるかな、士郎君」
「任せてください、遠坂に散々鍛えられましたから」
「お、言ったな。期待しているよ」
自信満々に衛宮士郎は答えると厨房へ走っていった。
「しかし、士郎君。相変わらずエプロンが似合うなぁ……」
長袖のシャツに単色のエプロンを羽織っただけであったが、
琥珀さんの割烹着と同じく違和感を感じさせない姿とオーラを放っていた。
もしかすると正義の味方よりもよっぽど天職な気がするのは俺だけだろうか?
そう遠野志貴は思いをはせ、ゆっくりモーニングがくるのを待った。
※ ※ ※
「とりあえずモーニング、
それにその他の準備はできている。
けどなあ、カレン。おまえは知らないと思うけど、
こういうのは調理免許とか資格が必要だったりするんだぞ」
厨房ではモーニング用のパンが焼きあがり、サラダの野菜にはたっぷりドレッシングがかけられ、
その他事前準備が必要なカレーやデミグラスハンバーガーの準備も店にあったレシピ通り完成していた。
食欲をそそる香りが充満し、文句の付けようもない状態であったが。
彼、衛宮士郎は大きな、それも巨悪な問題に対面していた。
「あら、人殺しの分際でよく吼えるわね駄犬。
それとも何かしら?私が警察に突き出すよりも自首してハラキリする覚悟ができたと?」
背後からパイプオルガンのBGMでも流れてきそうな知人の銀髪シスター、
カレン・オルテンシアが淡々と衛宮士郎を犯罪者として処分しようとしていた。
「なんでさ!!!というか自首してなぜに切腹しなきゃいけないのさ!?
というか、言ったよな。厨房に入ったら巻き込まれただけで俺は無実だと!!」
だが、カレンの黄金の瞳はまるで屠殺場の豚でも見るかのような、
実に冷ややかで、口元は曲がり、汗をかきながら必死に弁解する衛宮士郎を嘲笑していた。
どうして俺はいつもこんなのばっかりなんだ、と内心で嘆きつつ手は調理器具の片づけをしている所を見ると。
やはりこの少年の末は正義の味方ではなくブラウニーに相応しいかもしれない。
「衛宮士郎、残念です。
私が目撃したのは自称正義の味方が哀れな一般市民をその手で殺人を犯す現場だけです。
ああ、哀れな店長さんどうしましょう。店員として、この落とし前…どうしてくれましょうか?」
「待て待て待て!?!?
なんか割烹着を改造した女の子から攻撃を受けたから防衛して。
たまたまはじいた流れ弾が当たっただけで俺は何もしてないぞ、カレン!!!!」
カレンがポケットから携帯電話を取り出したことで動揺が深まる。
身振り手振りであれこれ言い訳を述べようとしている姿は隙だらけ、
そしてこれの瞬間こそが腹黒シスターにとってそれは待ちにまった機会であった。
「いまです、マジカルアンバー」
「はぁい、呼ばれてきちゃいましたー」
「げぇ!!割烹着の悪魔!!!」
ジャーン、ジャーンと銅鑼の音声と共に、
突然あらわれた元凶に驚きを隠さない衛宮士郎。
「イェイ、時代は今まさに魔法少女。
リリカル☆マジカル、奇跡も魔法(物理)もあるんだよ!
さすがウロブチッチー、まさに外道の必ず殺すと書いて必殺!!母の日スティンガー!!!」
マジカルアンバーは誰もついてゆけないノリで、
何処からか取り出したスティンガーを(そもそも収納する場所はどこだか?)
哀れな標的に定め、一切の躊躇もなく発射した。
「な、なんでさ――――!!!!」
お約束の言葉の後に厨房に響く轟音と煙。
普通ならば外の人間に気付かれて当たり前な程の影響を及ぼすであろうが。
ここは何が起こっても不思議でないアーネンエルベ、ゆえに外の人間には気づかれないほど防音設備が行き届いている厨房などあって不思議でない。
さらに言えば衝撃で用意してあった料理の数々が汚れたり散乱することもない、というご都合主義もまかり通っており、
「いててて、おいおい。
いくらこのオレを起こすためとはいえ、少しやりすぎなんじゃないか?
つーか、なんだ。なんでこのオレが今更この正義厨から現れることが出来るんだ?」
煙が晴れた先から現れたのは衛宮士郎ではなく全身に刺青を入れた少年。
より正確に記すと、彼の殻をかぶった悪魔、アヴェンジャーであった。
そして悪魔は砕けた口調でわざわざ自分を起こした理由をカレンに問うた。
「やはり駄犬は駄犬ね。
ここがあらゆるご都合主義が蔓延し、
奇跡がバーゲンセールされる場所であることを理解していないようね。
貴方を呼び起こすことなど、ここではコーラを飲んだらゲップが出るくらい確実よ。
それに私たちのエンターテイメントのために、この程度の労力を惜しむわけにはいかないわ」
「そうですよねー。わたしも秋葉様をからかう事に手は抜けませんし」
「エンターテイメントのためだけにオレを起こしたのかよ!!相変わらずアンタは無茶苦茶だな!!?」
愉悦に満ちた笑顔で即答したシスターとマジカルアンバーの言に突っ込みを入れるアヴェンジャー。
せめてもっともっともらしい理由で呼んでほしかったと悪魔は内心で落ち込んだ。
「というわけで、貴方にはアーネンエルベの店員をしてもらいます」
「私からもお願いしますね、アヴェンジャーさん」
「おい、待て。待て待て待て。
話の展開が見えないしそれならこの主夫に任せておけばいいだろうが」
そもそもそれなら衛宮士郎に任せておくべき、
とアヴェンジャーは2人に疑問を投げかけるが、
「言ったでしょ、エンターテイメントのためだと。
ただの衛宮士郎が店員をしていても面白くないですし、
貴方を皮切りに型月キャラは今日1日カオスと混乱、ご都合主義に色モノの安売りセールを始める予定ですから。
そして彼らの弱みを握ることで私の冬木支配もまった一歩前進するでしょうし、私の趣味もまた…ふふふ、楽しみです」
「わたしも秋葉様の弱みや、
皆さんをおちょくって楽しみたいですしね~。
あと、リアルタイム的に今日は4月1日。何でもありの日ですからはっちゃけちゃいますよ~」
「…………うわぁ」
おっかしいなぁ。
ホロウではこれほど饒舌じゃなかったし、
もっと聖者のイメージが前面に打ち出されていたはずなのに。
などと、アヴェンジャーはすでに遥か彼方の思い出となってしまった。
在りし日のカレン・オルテンシアとのギャップに感傷に浸る。
「言っておきますが、拒否権はありませんよ」
守りたくなるような笑顔でカレンは命令を発する。
だが、その内容は脅迫の域に達する最低の言葉であったが。
「…それでもあえて一応聞くけど、もし拒絶したら?」
「その時は、フェイトゼロ以降増えた腐人方に貴方を主題とした薄くて高くてホモォな本を…」
「貴方にしたがいます。マム!」
ペンと紙を手に不穏極まりない単語をスラスラとのたまうカレンに、
男としての尊厳を死守することを優先したアヴェンジャーは反抗を放棄した。
そう、誰にだって、色モノはあってもおかしくないが尊厳を捨てるレベルには彼といえども負けを認める他はないのだ。
「期待してますよ、アヴェンジャー」
「了解した、地獄に落ちろ」
計画通り、とばかりに満面の笑みを浮かべるカレン。
対して悪魔はこれから起こるであろう悲劇と喜劇に絶望に似た感情を抱いた。
※ ※ ※
「おっそいなぁ、士郎君」
15分ぐらいだろうか?
いくら待っても厨房から衛宮士郎は現れない。
遠野志貴は視線を厨房のドアから外し、ため息をつく。
そして、ふと気づく。
――――このパターン、見たことあるような?
「………たしかめるか?」
立ち上がり、厨房に足を向ける。
既にポケットのナイフは何時でも使えるようにしている。
場合によってはこの『眼』も使う必要があるかもしれない。
そう志貴は考え、さらに眼鏡も何時でも外せるように少しだけずらす。
ゆっくりと、慎重に。
そしてあらゆる事態に対応できるように覚悟を決めて厨房へ足を運んだが。
「マスター、今日は普通の珈琲。
それとチーズケーキを……って、いない。それにそこのお前は――――」
ドアの鈴を鳴らして着物の女性が入店した。
志貴は何も知らない一般人が入店したと思い振り返り驚愕を覚えた。
肩あたりで切り揃えた黒い髪、中性的で眼や鼻などの顔のパーツが整いすぎた凛々しい顔立ち。
今時珍しい和服で完全に身を固めており、そこに革の赤いジャケットを羽織っていれば完璧であったが。
どうしたわけか、今日は羽織っていない。
志貴の記憶ではあの蒸し暑い夏、2度目のタタリでは彼女、両儀式はそのジャケットを羽織っていた。
同じ『眼』を持つ者同士自己嫌悪と同属嫌悪でお互い殺すつもりで戦ったが。
弓塚さつき、そして彼女の後を追ってきたらしい黒桐幹也と名乗る男性が必死にお互いの感情を冷ましたおかげで事なきを得た。
以来両儀式と出会っておらず、志貴にとってそれはもはや過去の記憶であったが、少なくても過去の記憶でも両儀式の腹部は膨らんでいなかった。
「え、えええっ!!こ、子供!?な、なんで!!?」
というか、まさか一度殺しあった女性が妊娠している姿に遠野志貴はただただ驚愕した。
「ん?ああ、これは……その。
まぁ、そういうことだ…………」
志貴の驚きに両儀式は恥ずかしげに答えた。
誰とは口では言わないが、恐らく黒桐幹也であろうことは志貴も想像できた。
「えっと、その。おめでとうございます」
「お、おう。どうも」
志貴は曲りなりとも殺しあった人物と再会し内心混乱状態であった。
が、次に志貴の口から出た言葉はごく普通の祝いの言葉である。
正直な所、色々ありすぎて何を言えばいいか分からなかったためである。
両儀式も自分と同属で嫌悪する相手と遭遇してどう反応すればいいか分からなかった。
前程殺す気もないこともあり、ゆえに、両儀式は志貴の祝辞をぎこちなく受け取った。
「あの……」
「……なんだ?」
「あ、な、何でもありません」
「そうか」
「………………」
「………………」
お互い会話の糸口が見つからずに微妙な空気が流れる。
そもそも、お互いは一度本気で殺しあった仲であり、これで会話をしろと言われて出来るほうがおかしい。
居心地の悪さを2人は覚え、どうしたものかと途方に暮れていた時にこの空気を破る乱入者が登場した。
「おいおい、あんまり騒がないでくれないか?
早朝とはいえ、曲りなりとも商売をやっている身からすると堪らないからな」
「ああ、すまない士郎君……あれ?」
志貴が衛宮士郎に謝罪を述べるつもりで声の方角に顔を向けたが、一瞬戸惑う。
なぜなら声の人物は黒い肌、というよりも顔面全体に施された何らかの模様を描いた刺青姿という異様であった。
口調も違う、だがにも関わらず背丈や服装は直前まで会話をしていた衛宮士郎そのものであった。
が、同時に志貴は自分の体がまるでロアやネロと出会った時のような興奮を感じている事実に驚く。
しかも、気づいたら手はポケットにあるナイフを握っていた。
「……今度は悪魔か。あのアーパー吸血鬼といい、いつからアーネンエルベは魔窟になったんだ?」
両儀式が呆れと嫌悪を滲ませた言葉を呟く。
慌ててナイフから手を離した志貴は彼女の言葉に納得した。
目の前にいるのは自身に流れる血が拒む魔そのものであったからだ。
「おうおう、ここはそんな常識が通用する所じゃないからな」
両儀式の嫌そうな言葉に悪魔を嬉々と反応を示す。
そして衛宮士郎の身を借りて現界した悪魔はニヤリと、オリジナルなら絶対浮かべない笑みを浮かべた。