あろ、もうすぐ連載して1年がたとうとしていますので、今月中の完結を目指して頑張ります。
追伸
提督たちの憂鬱でも第三帝国としてちょく直顔を出してしますので、
そちらの活動で聞き覚えのある方も今後ともよろしくお願いします。
「ま、これでいっかな?」
自動販売機で購入した水を手にしてアルクェイドが寝ている所へ向かう。
公園は相変わらず踏みしめる足の音と虫の鳴き声しか聞こえず実に静かだ。
シエル先輩にアルクェイドさん共々吹き飛ばされた後、
ボクは悪態をつきながら起き上がったが、アルクェイドさんは挙動不審に視線を彷徨わせると急に背を向けて逃げ出した。
あまりに唐突であったからボクは呆然と見送ったが、アルクェイドさんは急に転んだかと思えばそのまま倒れて動かなくなってしまった。
そして、ボクが慌てて彼女をベンチに運んで何か飲み物を持ってくるべく現在に至る。
「それにしても…」
それにしても、知ってはいたけど直接アルクェイドさんの口から聞くと自分も辛かった。
※ ※ ※
「ここでいいかな?」
シエル先輩に2人揃って吹き飛ばされた後、
仲良く公園の埃に塗れ、悪態を口にしながら立ち上がり、
ふと、もう1人の方はどうなっているかと思いアルクェイドさんに視線を向けると、
彼女と視線が合った刹那、そっぽ向かれただけでなく何か言おうとしたがやはり言えないような態度を示し、
ボクの心配をよそに挙動不審に視線を彷徨わせると、急に立ち上がって逃げるように走り出した。
あまりに唐突だったので唖然としていたが、
急に転んだかと思えばそのまま倒れて動かなくなってしまい、
現在こうして彼女をどこか休める場所はないか探している。
そんなふうにアルクェイドさんを肩に掛けて、
どこか休める場所がないか探してところ丁度ベンチが眼の前にあった。
ゆっくりと彼女をベンチに下ろしてから、肝心の彼女がどんな様子か顔を覗きこむ。
「ん……」
大丈夫、反応がある所を見ると完全に意識を失っているわけではなさそうだ。
「…………」
しかし、こうしてじっくりと見ると、
改めてアルクェイド・ブリュンスタッドが完璧に造形された人間であるかが分る。
例えば髪。
よく、ラノベにしろ何にしろ金髪キャラが登場するが、現実では本場の人間でも意外とくすんだ色をしてたりする。
だけど、例えるなら金糸あるいは秋の麦穂のように実に綺麗な金髪をしている。
「おぉ…」
さらに髪に直接触れて見ると思った通り、絹のようにさらさらであった。
今では同じ女性の視点を持つから分かるのだがここまでさらさらな髪は始めて見た。
TSしたようやく分ったのだ、女性の髪の手入れはハッキリ言って面倒だ。
そしてこれはなぜ現実の女性は二次元のように髪を長くしないか、という長年の疑問にも答えた。
長い髪は放っておけば直ぐにボサボサになる上に、
髪が長いとさらに汗を掻いたり運動するさいには邪魔で邪魔でしかたがない。
冬場はパサつき、油断していると変な所に引っかかるで不便極まりない。
道理で世の中の女性が腰まで長い髪なんてしないわけだと、
納得しつつもボクは腰まで、とはいかないか「弓塚さつき」らしくそこそこ長めの髪にしている。
「…………ねえ、さっちん何してるの?」
「え、」
等と余計な事を考えていたら、
アルクェイドさんがうっすらと眼を開き、こっちを見ていた。
「………………」
「………………」
気まずい空気が流れる。
というか、アルクェイドさんどんどん不機嫌な顔になっている!?
「ええっと…少し待っていてください、何か水でも持ってきて」
「ねえ、さっちん聞いてくれる?」
踵を返して離れようとしたが、腕を掴まれ呼び止められる。
きっと怒っているだろうな、と予想していたがアルクェイドさんは悲しみに浸るように顔を俯かせていた。
おまけに、良く見れば掴んでいる手も震えていた。
「ねえ、さっちん。
初めて貴女と出会った時のことを覚えている?」
「えぇ、えっと…」
アルクェイドさんと出会ったのはほんの数日前のことだけど、
吸血鬼になったり関わったりで実に濃厚な日を過ごしたせいで、もう数週間前の記憶に思えるけど覚えている。
あれは確かお互いにぶつかってしまい、気絶した彼女を介抱して、軽く話したのが彼女との出会いだ。
「少し前にね、わたしは一度志貴に殺されたのよね。
それはもう容赦なく、身体を17分割にされちゃってさ」
指でナイフで刻まれたであろう場所をなぞり自嘲する。
「わたしね、
自分でももう吸血衝動を抑えるのが限界なのを知っていたから、
今回がロアを殺す最後の機会なんだって覚悟してここまで来たの」
顔を上げ、笑みを見せたがそれは未来に希望を抱けない弱弱しい笑みであった。
「でも、それが突然見知らぬ誰か、志貴に台無しにされた、
だから蘇った際、フラつく思考で真っ先に思いついたのは憎しみの感情で、」
一息つく、
「さっちんとぶつかった際、一瞬八つ当たりにバラバラにしてしまおうかな、と思ったの」
……。
……………。
…………………………お、おう。
あの時は偶然原作キャラと遭遇したのとネロ教授が近くにいるんじゃないかと心配し、
ロアに殺されるんじゃないかと心配したけど、まさかいきなりメインヒロインに殺されかけるとは、
……流石メインヒロインがラスボスの型月世界だぜ。
「もう、ごめんごめん。
そんなに恐がらなくていいのよ…って、話を戻すわ。
でも、気絶して眼が覚めた後にわたしはふと思ったの、そういえばわたしを殺した人間って何なのだろう、と」
聞いている側として言っているセリフはかなり物騒だが、
アルクェイドさんはそれが初めての恋であったと語る、恋する乙女のように眼をうっとりとさせていた。
「どんな人間か会ってみたくなってきた、わたしを文字通り一度殺した人間を。
一体どんな人間だろう、どんな手段でわたしを殺したんだろうって考え出したらドキドキが止まらなくて、
自分なりにどんな人間か色々想像してみたり、早くその人間に会いたくて明日がこないかずっとずっと願ったりもした」
思えば、と続ける。
「思えば、あの時からわたしは志貴に夢中で、
好きになったんだと思う。けど同時に志貴を吸血の対象として見ていたかもしれない」
そう言うと何かに耐えるようにボクの腕を固く握りしめる。
そして、僅かに感じる違和感、ふと視線を自分の腕に変えるとポツリ、ポツリと水滴が垂れ落ちていた。
「わ、わたし、志貴と一緒にいたい…志貴の隣にいるだけでいい……。
叶うなら志貴ともっともっと話をしたい、もっと志貴と一緒に見たことのない場所へ行きたい、
でも、もうわたしはあの代行者の言うとおり時間がないの、わたしは、もっともっと志貴と一緒にいたいのに」
「…ア、アルクェイドさん」
嗚咽と共に彼女は泣いていた。
トン、と頭をボクの胸に預けて、自分の先のない未来を嘆く。
ボクはかける言葉も思い浮かばず、ただそっと彼女の背中に手を当ててあやす様に抱きしめることしかできなかった。
物語の主人公のように人を惹きつける言葉なんて思い浮かばなかったし、
ニコぽ、撫でぽスキルなんて都合のいい能力なんてなかったのでただそっとアルクェイドさんを抱きしめた。
それに、アルクェイドさんの問題は人ごとではない。
今や吸血鬼となってしまった自分もいつかは無差別に人の血をすする魔物となってしまうかもしれないのだから。
それが、来年か、百年先かはわからないがきっとこの世界におけるボクの人生の末路はそうなるだろう。
どれくらい時間が経過したかはわからない。
ただ、ボクの服を涙で随分と濡らした後にアルクェイドさんがようやく顔を上げた。
「ごめんね、さっちん。服を濡らしちゃってさ。
でも後、わたしなんだか疲れちゃった。何か飲み物がほしいかな」
しかし、彼女の表情は弱弱しいものであった。
自分がもし本当の意味で物語の主人公なら、彼女を振い立たせることができたかもしれない。
けど、どんなに考えてもアルクェイドさんにかけるべき言葉が思い浮かばず、
この苦悩が見破られないように笑顔の仮面を被り常識的な応対をしただけであった。
「ええ、いいですよ。
水ですか、お茶ですか?それともジュースですか?」
「水かな、
それに甘いモノとか味が付いた物や、
今は赤い色をしたものが見たくないかな」
「分りました」
そうしてボクはそっと彼女の元から離れると、自動販売機の所へと向かった。
やや、歩いた後にふと振り返りアルクェイドさんを見ると、彼女は本当に疲れていたようで眼を瞑り静かに寝ていた。
いや、疲れていたというよりは正しくは真祖の能力が消耗し、限界にきているからであろう。
「限界、か」
月姫のアルクェイドルートのTrueNDは彼女が教室で志貴に別れを告げる所で終わった。
グッドエンドではどうであったかは、今の自分には思いだせない。
というよりもこの状況下ではもはや参考にならなかもしれない。
果たして弓塚さつきという異分子、
いやボクという異分子が居る中でどんな最後を迎えるかまったく予想がつかない。
出来ることは、ただ眼の前の障害を乗り越えてより善い未来を自らの手で獲得するしかない。
どんなに悔やんでも過去には戻れないが進むことはできる。
己が信じる道に従い、ただ我武者羅に進むことでしかボクと彼女の福音に満ちた未来は開けない。
例えこの世界がボクにとって空想の世界でもここは紛れもない現実の世界。
険しい現実と言う名の道を乗り越えてこそ、幸福な未来が訪れる。
※ ※ ※
風の流れが変わった、
いや、より正確にいえば暗闇の公園の中、眼前に誰かがいた。
まさかロア?
その疑問で回想に浸ることから一発で抜けて出すと、
爪を伸ばして抵抗する構えをとった。
しばし、沈黙と嫌な緊張感が続く。
そして先に動いたのは、未だ姿がハッキリ見えない相手のほうであった。
サク、サクと音を立てて公園の砂を靴で蹴りつつゆっくり、悠然と自分に向かって歩いてくる。
吸血鬼の眼は、近づく人物の輪郭と特徴を捉えつつあり、
直接は会ったことはないが、『知っている』人物でかつ、その意外な人物にボクは驚きを隠せずにいた。
「こんばんわ、弓塚さつきさん」
腰まで届く黒く、長い髪。
さらに、蒼い瞳に凛とした佇まいは精巧な日本人形を思い起こさせるが、彼女は生きた人間だ。
今時珍しいロングスカートに、皺の一つもないパリッとした高そうなシャツに襟元をきっちりとリボンで締めており、
本人が出す空気も相まって、やはり今時見かけない本物の高貴な出のお嬢様の雰囲気を出していた。
そして、彼女の名は――――。
「初めまして、私は遠野秋葉と申します、いつも兄がお世話になっています」
この夜、志貴の妹こと遠野秋葉が乱入してきた。