漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第9話「絶対正義の名の下に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、呼子の笛の音を聞いたキリトは、可能な限りの全速力で夜の帝都を走っていた。

 

 嫌な予感がする。

 

 何か、座して待てば大切な物を失う、そんな予感。

 

 かつて、覚えのある感情に突き動かされ、キリトは更に足を速める。

 

 時間的に考えて、他のチームも仕事を終えて合流地点に向かっている筈。

 

 そのタイミングで鳴り響いて、不吉な笛の音。

 

 二つの要素を連動して考えられない程、キリトは愚かではない。

 

 誰かが敵に発見されて、交戦中である事が考えられる。

 

 勿論、皆、手練の殺し屋達である。新人のタツミにしても、アカメやブラートに日々鍛えられているおかげで、既に充分な実力を備えつつある。簡単にやられるとは思えないのだが。

 

 念のため、シノンを先に離脱させて正解だった。

 

 帝都での生活もある彼女を、警備隊に顔バレさせるわけにはいかない。今後の事も考えれば、ここはキリトが1人で切り抜けるべき局面だった。

 

「無事でいてくれ、みんな」

 

 焦りと共に呟くキリト。

 

 大丈夫なはず。

 

 いくら自分にそう言い聞かせても、湧き上がる不安を拭い去る事が、どうしてもできなかった。

 

 やがて、視界の中に木々に囲まれたエリアが入り込んでくる。合流ポイントの公園は、あの向こう側だ。

 

 だがキリトは既に、公園の方角から伝わってくる強烈な殺気に気付いていた。

 

 更に、耳には金属がぶつかり合う音も響いてきている。

 

 眉を顰めるキリト。

 

 悪い予感が当たってしまった。誰かが発見されて、交戦中なのだ。

 

 さらに速度を速めようとしたキリト。

 

 その時だった。

 

「ッ!?」

 

 突如、視界の隅で光が煌めいたのを、キリトは見逃さなかった。

 

 とっさに身を翻す。

 

 一瞬後、

 

 キリトが立っていた地面に、数本のナイフが突き刺さる。

 

 とっさに、後方宙返りをしながら更に回避を試みるキリト。

 

 それを追うように、ナイフは更に降り注ぐ。

 

 的確に、

 

 そして明確な殺意を持って降り注ぐナイフ。

 

 やがて、10メートル近く後退したところでナイフの攻勢は止まる。

 

 同時に、キリトは靴底の鋲で石畳に火花を散らしながら、自身の体に制動を掛ける。

 

 だが、

 

 キリトは油断する事無く、背中のエリュシデータに手を伸ばす。

 

 今の攻撃は、間違いなくキリトを殺そうとする動きがあった。

 

 いったい何者なのか?

 

 己の内で答えを模索するキリト。

 

 やがて、

 

 闇の中から滲み出るように、1人の男が歩み出てきた。

 

 すっぽりと覆われたフードにより、顔は良く見えない。

 

 しかし、

 

 その全身から発せられる殺気は、キリトをして最大限の警戒をさせるに余りある代物だった。

 

「よう、ナイトレイド。そんなに慌てていないで、俺と遊んで行かないか?」

 

 その人物は、まるで数年来の友人のような気さくさでキリトに話しかけてきた。

 

 対して、キリトは油断なく剣に手を掛けながら、いつでも抜けるように身構える。

 

「誰だ? 帝都警備隊の奴か?」

 

 この場合、最も警戒すべきは警備隊である。呼子の音を聞きつけて、警備隊が駆けつけ、キリトに先制攻撃を仕掛けたとすれば納得がいく。

 

 しかし、質問するキリトに対し、

 

「クックックッククック」

 

 フード男は、くぐもった笑い声で応じた。

 

「なかなかジョークが上手いな、ナイトレイド。ただ、クイズのアンサーとしては落第だ」

 

 挑発するような男の言葉に、キリトは焦りと共に眉をしかめた。

 

 こうしている間にも、木々の向こうで鳴り響く剣撃音は激しくなる。

 

 この向こうでは、仲間の誰かが戦っている。

 

 だが、目の前で惜しげも無く殺気を振り撒く男を無視して、そちらへ向かう事はできなかった。

 

 間違いなく、背中を向けた瞬間に襲い掛かってくるのは目に見えている。

 

「答えは、お前の御同業だよ」

 

 言いながら、両手に大振りなナイフを構えるフード男。

 

 右手には肉切り包丁のような巨大なナイフを持ち、左手にはそれよりもやや小型ながら、先端の鋭いナイフを握っている。

 

 明らかな交戦の意志。もはや、疑いようは無い。

 

 キリトは身構えながら、エリュシデータを抜き放つ。

 

 ほぼ同時に、フード男は地を蹴って斬り掛かってきた。

 

「さあ、ロクデナシ同士、面白おかしく殺し合おうぜ!!」

「邪魔だッ どけ!!」

 

 言い放ったキリトは、エリュシデータの能力を解放。一気に突破しにかかる。

 

 アシストを得たキリトの剣閃は、あっとうてきな速度でもって、袈裟懸けにフード男に斬り掛かる。

 

 その一撃が、フード男の左手のナイフを容赦なく弾き飛ばす。

 

 舌打ちが、聞こえた気がした。

 

 後退するフード男。

 

 一気に勝負を決する。

 

 その思いから、更に前へ出て剣を振り翳すキリト。

 

 横なぎの一閃が、フード男を斬り裂く。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 ガキンッ

 

 金属的な異音と共に、エリュシデータの刃は、男の大型ナイフに受け止められた。

 

「なッ!?」

 

 男はフードの下でニヤリと笑みを浮かべる。

 

 対して目を剥くキリト。

 

 まさか、能力を使った自分の剣を、こうもあっさり受け止めるられるとは。

 

「そのナイフ、まさか帝具かッ!?」

「玩具の専売権が、自分達だけにあると思うなよ、ナイトレイド!!」

 

 今度はこっちの番だ、とばかりにフード男が仕掛ける。

 

 手にした肉切り包丁のようなナイフは、複雑な軌道を描きながらキリトへと迫る。

 

「ッ!?」

 

 そのあまりの速さに、思わず絶句するキリト。

 

 しかし、それでも体はどうにか動き、ナイフの刃を剣で弾く。

 

 だが、

 

「そらッ まだまだ行くぞッ どこまで耐えられる!?」

 

 更なる攻撃を繰り出すフード男。

 

 その攻撃速度、そして威力は、能力アシストを使ったキリトに引けを取らない。

 

「クソッ!!」

 

 一瞬、攻撃を弾きながら、距離を取ろうとするキリト。

 

 だが、フード男は構わず距離を詰めてくる。

 

 焦るキリト。

 

 こんな事をしている場合では無い。

 

 一刻も早く、公園に行って戦っている仲間を掩護しないといけないと言うのに。

 

 しかし、

 

 焦る想いが、雑な攻めを誘発する。

 

 甘く繰り出されたキリトの剣閃を見て、男はフードの下で笑みを刻んだ。

 

 次の瞬間、その場にしゃがみ込む事によってキリトの剣を回避するフード男。

 

「なッ!?」

 

 一瞬、標的を見失ったキリトは、思わず声を上げる。

 

 次の瞬間、視界が反転し、背中から地面に叩き付けられた。

 

 一瞬見せたキリトの隙を突き、男は無防備なキリトの足を蹴り払ったのだ。

 

「グッ!?」

 

 思わず、息を詰まらせる。

 

 その視界の中で、

 

 フード男は、大型ナイフを振り上げた。

 

「おいおい、もう終わりか? つまんねえ奴」

 

 吐き捨てると同時に、

 

 振り下ろされた肉切り包丁が、キリトへと襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 マインとシェーレは、想定外の事態に陥っていた。

 

 勿論、このような稼業にいる為、想定外の事態が起こる事は充分に考え得る事である。2人にしても、そうした事態にいつでも対応できるように、訓練は充分に積んである。

 

 だが、今回の事は完全に予想の範疇を越えていた。

 

 敵は2人。

 

 1人は警備隊の女性で、手にしたトンファーと銃を組み合わせた旋棍銃化(トンファガン)で、激しい銃撃を繰り出してくる。

 

 そして、もう片方は人間ではない。

 

 クマのように巨大な体躯を持つ、犬のような外見の生物は、それ自体が一つの帝具である。

 

 帝具使いの警備隊員と言う、ある意味で最悪の敵を前に、手練の殺し屋2人は、思いもかけない苦戦を強いられていた。

 

「そらそらッ どうした!! 闇に紛れるしか能の無い卑怯者の悪は、正義に手も足も出せないのか!?」

 

 セリュー・ユビキタスは、口元に下卑た笑みを浮かべながら銃撃を続ける。

 

 そこには昼間、明朗快活な態度でタツミに道案内した、清廉な印象の警備隊員の姿は無い。

 

 己の存在価値を無上とし、自分の意に沿わぬ者達の言葉は一切気に掛ける事無く断絶する外道の姿があった。

 

「お前達のような極悪人が、パパとママを殺したっ お前達は隊長も殺した!!」

 

 更に銃撃を強めるセリュー。

 

 それに対し、シェーレはマインを背に庇いながら、エクスタスの刃でセリューの銃撃を防ぐ。

 

「だから、お前達、悪の権化は、この私が絶対正義の名の下に裁いてやる!!」

 

 言い放つと同時に、傍らのヘカトンケイルに目をやる。

 

「コロ、捕食!!」

 

 銃撃だけでは埒が明かないと悟ったのだろう。帝具による接近戦に切り替えて来た。

 

 命令を受けたヘカトンケイルは、その巨大な口を開いてシェーレへ襲い掛かる。

 

 その口の中に、びっしりと生えた牙は、凶悪その物と言って良い。

 

 だが、

 

 それに対して、シェーレは一切表情を変える事無く、エクスタスを構えた。

 

 すれ違う一瞬、

 

 巨大鋏の刃が、ヘカトンケイルの口元をざっくりと斬り裂いた。

 

「・・・・・・すみません」

 

 冷徹な瞳で、相手に致命傷を与えたシェーレ。

 

 だが、

 

「シェーレ、後ろ!!」

 

 マインの警告に振り返ると、

 

 既にヘカトンケイルの傷は半ばまで塞がり、再びシェーレに襲い掛かろうとしていた。

 

 生物型帝具に共通する特徴は、その想像を超えた回復力にある。核を砕かない限り、たとえ致命傷級の傷であったとしても即座に回復してしまうのだ。

 

 立ち尽くすシェーレに襲い掛かるヘカトンケイル。

 

 だが、背後からマインが放った銃撃が、ヘカトンケイルの半身を吹き飛ばし動きを止める。

 

 バランスを崩すヘカトンケイル。

 

 シェーレはその間に、後退して体勢を立て直した。

 

「文献にもあったでしょ。あいつは核を砕かない限り倒せないわ。心臓が無いんじゃ、アカメの村雨も効果無いでしょうし」

「厄介ですね」

 

 アカメの帝具《一斬必殺 村雨》は、ほんの僅かでも標的を斬れば、呪毒によって相手の心臓を止める事ができる。

 

 だが逆を言えば、相手に心臓が無ければ意味が無い。ただの切れ味の良い刀に成り下がる。

 

「こうなったらシェーレ、アレで行くわよ」

「判りました」

 

 マインの提案に、阿吽の呼吸を整えたシェーレは即座に頷きを返す。

 

 対帝具使い用戦闘にシフトする2人。

 

 対して、

 

 2人が何かを仕掛けようとしているのを察したのだろう。セリューも先手を打つべく動く。

 

「コロ、腕!!」

 

 命令を飛ばすと、ヘカトンケイルの腕が筋肉質に変化し、それまでの倍以上の長さへと延びる。

 

 同時に、ヘカトンケイルは巨大な腕を振り翳して殴り掛かってきた。

 

 凄まじい速度で繰り出される拳の嵐。

 

 対抗するようにエクスタスを繰り出して防御するシェーレ。

 

 しかし、

 

「クッ 重い!?」

 

 想像以上に強力な攻撃を前に、レアメタル製のエクスタスはよく耐えているが、シェーレ自身の細腕が衝撃で悲鳴を上げ始める。

 

 マインを背に庇いながら戦っている為、シェーレは身動きが取れなくなる。

 

 それを見透かしたセリューは、一気に状況を決しようと動く。

 

 ポケットから呼子を取り出して、一気に吹き鳴らしたのだ。

 

 ピィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!

 

 夜の闇を斬り裂いて鳴り渡る警笛の音。

 

 程無く、他の警備隊員達も音を聞きつけて駆け付けて来る事だろう。そうなれば、マイン達に勝ち目はない。

 

 だが、

 

 圧倒的に不利な状況下にあって、

 

 マインは不敵に笑って見せた。

 

「嵐のような攻撃、仲間も呼ばれた・・・・・・・・・・・・」

 

 静かな口調と共に、手にしたパンプキンを持ち上げる。

 

「これは正に、ピンチ!!」

 

 照準は、尚もシェーレに対して激しい攻撃を繰り返しているヘカトンケイルに定められる。

 

「だからこそ、行ッけェェェェェェ!!」

 

 引き絞られるトリガー。

 

 銃口からは、強烈な閃光が迸る。

 

 その様に、セリューは思わず目を剥いた。

 

「威力が、上がった!?」

 

 その凄まじいエネルギー量は、巨大危険種であっても一撃で消滅できそうなほどである。

 

 パンプキンは精神エネルギーを弾丸として撃ち出す銃である。その為、使用者が怒りやピンチを感じた時ほど、強大な威力を発揮する事になる。

 

 パンプキンの一撃がヘカトンケイルを直撃。その上半身に強烈なダメージを与える。

 

 しかし、

 

「クッ」

 

 舌打ちするマイン。

 

 パンプキンの直撃をまともに受けたヘカトンケイルだったが、既に回復を始めていたのだ。

 

 流石に、軽傷時に比べれば回復速度は劣るが、既に半壊した体は半ば以上が再生している。

 

 その様子を見て、せせら笑うセリュー。

 

「馬鹿めッ 帝具の耐久力を舐めるな!!」

 

 やはり、生物型は侮れない。

 

 しかし、その事は元よりマイン達も承知している。

 

 目的はヘカトンケイルの足を止め、一瞬の隙を作り出す事。

 

 その間に、シェーレがエクスタスを振り翳して、セリューとの距離を詰める。

 

「帝具は道具。どんなに強力でも、使い手を仕留めればすぐに止まります!!」

「クッ 初めから私狙いか!?」

 

 迫るエクスタスの刃に対し、旋棍銃化(トンファガン)を構えて防御姿勢を取るセリュー。

 

 だが次の瞬間、エクスタスの刃が突然、強烈な光を発した。

 

「金属の発光!? こんな技が!?」

 

 絶句するセリュー。

 

 いくつかの帝具は、通常能力の他に「奥の手」と呼ばれる必殺技がある。

 

 エクスタスの奥の手は、刃の部分を強烈に発光させて、相手の目を晦ませる事にある。

 

 一見すると地味だが、相手の視界を奪う事は戦闘時、特にエクスタスの特性を最大限に活かせる接近戦では絶大なアドバンテージを得られるのだ。

 

 満を持してセリューに斬り掛かるシェーレ。

 

 一転して窮地に立たされたセリューは、トンファガンを振り翳して対抗するが、徐々に押され始めていた。

 

 

 

 

 

 振り下ろされる刃。

 

 その軌跡を真っ直ぐに見据え、

 

 キリトは空いた左手を握り、カウンター気味に繰り出した。

 

 交錯する一瞬、

 

「グゥッ!?」

 

 次の瞬間、

 

 呻き声を上げたのは、フード男の方だった。

 

 エリュシデータの剣術の元となった剣豪は、体術に置いても無双の強さを誇ったと言う。それ故、エリュシデータの使用者は、体術の能力も使用可能となるのだ。

 

 「奥の手」とはまた違う意味で、キリトの隠し技の一つである。

 

 そのまま、拳撃を喰らった胸を押さえ、後退するフード男。

 

「COOLだな。そんな手まで持っているのかよ」

「引き出しが多いのは自慢なんでね」

 

 軽口を返しながら、キリトは体勢を立て直す。

 

 相手が帝具使いだと判った以上、もう油断はできない。どんな能力を繰り出してくるのか予想できないなら、迂闊な攻めは命取りに繋がるだろう。

 

 そっと、耳を澄ます。

 

 公園内から、剣撃の音はまだ聞こえていた。

 

 だが、既に呼子が鳴ってから時間が経過している。警備隊の援軍が来るまで、そう時間は無いものと判断するしかない。

 

 一気に勝負をかける。

 

 そう考えたキリトが、エリュシデータを上段に構えた時だった。

 

「・・・・・・こんなもんか」

 

 フード男は呟くように言うと、大型ナイフを指先で起用にくるくると回し、フードの下にある鞘へと納めた。

 

「何をッ」

「言っただろ。今日は終わりだ。聞こえないのか?」

 

 言われて、キリトも気付く。

 

 先程までは公園内の剣撃音で気づかなかったが、多くの足音が近付いて来るのが判る。

 

 それも、その音は徐々に大きくなっている。

 

 間違いない。帝都警備隊だ。呼子の音を聞いて駆けつけて来たのだ。

 

「クソッ」

 

 舌打ちするキリト。

 

 この男に時間を掛け過ぎた。このままでは仮に助けに入っても、仲間を掩護して、脱出する時間を稼げない。

 

 最悪、脱出もままならずに警備隊に包囲されてしまうかもしれない。

 

 そんなキリトの葛藤をあざ笑うかのように、フード男は踵を返して跳躍する。

 

「bye ナイトレイド。お互い、命があったらまた会おうぜ!!」

 

 捨て台詞と共に、フード男は一瞬にして闇へと消えていく。

 

 その様子を、キリトは舌打ちしながら見送るしかなかった。

 

 だが、これ以上、あの男に構っている暇は無い。

 

 キリトはエリュシデータを鞘に納めると、急いで駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シェーレとマインは、セリューを追い詰めようとしていた。

 

 エクスタスを持つシェーレは、接近戦においては高い戦闘力を誇る。

 

 戦闘力と言う意味ではセリューも決して劣ってはいないが、それでもシェーレには一歩譲る物があった。

 

 頼みのヘカトンケイルは、マインに完全に足止めされている。

 

 ピンチ状態を脱した為か、パンプキンの威力は先ほどに比べて低下しているが、それでも足止めくらいは充分に可能。

 

 加えてマインは、ヘカトンケイルの核の位置を割り込める段階まで追い詰めている。

 

 後、一手か二手で詰み。

 

 その想いを乗せて、シェーレはエクスタスの刃を挟み込むように振るう。

 

 交錯する鋏。

 

 その一撃は、

 

 しかし、とっさに後退したセリューの両腕を斬り裂くにとどまる。

 

 激痛による絶叫と共に、肘から先の両腕を失うセリュー。

 

 しかし、その様子にシェーレは思わず呻く。

 

「両腕を犠牲にして逃れた!?」

 

 敵とは言え、見事な判断力である。

 

 だが、両腕を失った以上、次は無い。

 

 今度こそ、と刃を突き込むシェーレ。

 

 次の瞬間、

 

「正義は、必ず勝ァつ!!」

 

 下卑た笑みとと共に、言い放つセリュー。

 

 その斬られて両腕の傷跡から、筋肉を押しのける形で、銃口が姿を現した。

 

「人体改造!?」

 

 驚愕するシェーレ。

 

 確かに、戦争や事故で体の一部を失った人間が、機械的な義手や義足で補い、生活に支障が無いレベルにまで回復する例はよくある。

 

 しかし、セリューのこれは、もはやそんなレベルの物ではない。

 

 生身の、それも健康な体を改造し、その中に武器を埋め込むなど、正気の沙汰ではない。

 

 やる方はやる方で悪魔の技術だが、それを受け入れる側も普通ではありえない。

 

 狂気の上に狂気が重なって尚、質量において物足りないと言わざるを得ないだろう。

 

 銃声と共に、銃弾が放たれる。

 

 次の瞬間、

 

 驚いたのはセリューの方だった。

 

 ほぼゼロの距離から放たれたにもかかわらず、

 

 シェーレは銃弾をエクスタスの刃で防いで見せたのだ。

 

 すかさず刃を返すと、シェーレは更なる追撃を防ぐべく、シェーレの腕に埋め込まれた銃口を斬り捨てる。

 

「クソッ」

 

 全ての攻撃をシェーレに封殺され、焦りを見せるセリュー。

 

 こうなったら最早、なりふりを構っている場合では無い。

 

「コロ、狂化(おくのて)!!」

 

 エクスタスに奥の手があったように、ヘカトンケイルにも奥の手はある。

 

 ただ、使えば数か月、ヘカトンケイルがオーバーヒートしてしまう為、できれば使いたくなかっただけなのだ。

 

 セリューの命令を受け、ヘカトンケイルは更なる変化を見せる。

 

 より凶暴に、そしてより筋肉質に変化する肉体。

 

 次の瞬間、

 

 その巨大な口より、咆哮が放たれる。

 

 大気中を一気に侵食する獣の雄たけび。

 

「ウァァァァァァ!?」

「グッ!?」

 

 その強烈な音波攻撃を前に、マインとシェーレは、思わず耳を押さえて立ち止まる。

 

 その一瞬、

 

 その、僅かな一瞬の隙を、突かれた。

 

 そして、この僅か一瞬の時間を、マインはこの先、長く後悔する事となる。

 

 伸ばされた巨大な腕が、マインの華奢な体を握り込む。

 

「しまッ・・・・・・」

 

 マインが事態に気付いた時には、既に手遅れだった。

 

 掴みあげられ、身体を圧迫される。

 

「握りつぶせェェェェェェ!!」

 

 形勢逆転。

 

 勝利を確信したセリューは、凶悪な笑みを浮かべて言い放つ。

 

 次の瞬間、

 

 マインの両腕は、生木を折るような嫌な音と共にへし折られた。

 

「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 全身を苛む激痛に、思わず悲鳴を上げるマイン。

 

 ヘカトンケイルは、更に腕に力を籠め、マインの体を握りつぶそうとする。

 

 このままでは、数分と待たずにマインの体は肉塊と化して粉砕される事だろう。

 

 だが次の瞬間、

 

 銀の閃光が縦に奔り、マインを掴んでいたヘカトンケイルの腕が斬り飛ばされた。

 

 ヘカトンケイルの咆哮による自失状態から立ち直ったシェーレが、マインのピンチに駆け戻り、とっさに助ける事が出来たのだ。

 

「シェーレ!!」

「間に合いました」

 

 ホッと、笑顔で息を吐くシェーレ。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1発の銃弾が、シェーレの体を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 思わず、穴の開いた自分の体を見下ろすシェーレ。

 

 振り返る視線の先、

 

 そこには、

 

 下卑た笑みを浮かべるセリューの姿がある。

 

 その口からは、まるで蛇の舌のように、黒々とした銃口が突き出ている。

 

 腕だけではない。セリューは、口の中にまで銃口を仕込んでいたのだ。

 

「正   義   執   行!!」

 

 次の瞬間、

 

 襲い掛かったヘカトンケイルが、

 

 大口を開けて飛び掛かり、

 

 シェーレの体を食いちぎった。

 

 腰から上を、一気に消失するシェーレ。

 

 マインが見ている目の前で、シェーレは身体から鮮血を吹きだす。

 

「シェェェェェェェェェェェェレェェェェェェェェェェェェ!!」

 

 絶叫するマイン。

 

 対して、セリューは怖気の立つような薄ら笑いを浮かべて、シェーレが食われていく様子を眺めている。

 

 そこには、威厳も尊厳も無い。

 

 ただ、外道が織りなす、おぞましい光景があるだけだった。

 

 その様に、怒りを募らせるマイン。

 

 パンプキンを持ち上げる。

 

 折られた両腕が激痛を放つが、そんな事は関係無かった。

 

 シェーレの敵を討つ。

 

 それさえできれば、自分がどうなろうと知った事ではない。

 

 その時、

 

「いたぞッ あそこだ!!」

「交戦してるぞ!!」

「もっと応援を呼べッ 全員で取り囲むんだ!!」

 

 バラバラと、大勢の足音が聞こえてくる。

 

 どうやら遅ればせながら、帝都警備隊の増援が到着したらしい。

 

 その様を、マインは涙でぬれた目で見据える。

 

 万事休す。

 

 これで、自分も助からない。

 

 ならばせめて、シェーレの仇だけでも・・・・・・

 

 そう思って振り返ろうとした。

 

 その時、

 

 突如、ヘカトンケイルの口元から、強烈な光が発せられた。

 

 その光が、セリューの、そして駆け付けた警備隊員達の目を晦ませる。

 

 そして、

 

 マインは見た。

 

 ヘカトンケイルの口元。

 

 そこで、

 

 身体の半分を食いちぎられ、今なお、巨大な口で咀嚼されながらも、エクスタスの奥の手を使用しているシェーレの姿を。

 

「マイン、今の内に・・・・・・・・・・・・」

 

 シェーレは既に、自分が助からない事が判っている。

 

 判っていて、相棒を逃がす為に、命を燃やし尽くしているのだ。

 

 その時、

 

「グアッ!?」

「な、何だ!?」

 

 包囲網を形成しようとしていた警備隊の後方で、異変が生じる。

 

 光に紛れて人垣が突き崩され、陣形に乱れが生じる。

 

 多くの隊員が倒れる中、漆黒の影が飛び込んできた。

 

「マイン、こっちだ!!」

「キリト!?」

 

 フード男によって足止めされていたキリトが、ようやく追い付いてきたのだ。

 

 しかし、事態は完全に遅く、既にシェーレの命は尽きようとしていた。

 

 一瞬、

 

 キリトの視線が、シェーレに向く。

 

 助けたい。

 

 その渇望が、心の奥底から湧き上がる。

 

 判っている。ここで戦う事には、全く意味は無い。

 

 ここに集まっている警備隊員はほんの一握り。時間が経てば、更に集まって来るだろう。

 

 そうなると、たとえキリトと言えども切り抜ける事は不可能となる。

 

 今ここで戦えば、キリトは死ぬ。そして、マインも死ぬ。

 

 帝具は更に2つ奪われ、残ったナイトレイドは以後、苦戦を強いられる事になるだろう。

 

 逃げるなら今この瞬間、シェーレが命がけで作ってくれた一瞬のチャンスに乗じるしかない。

 

 その時、更なる変化が起こった。

 

「ぐあッ!?」

「な、何だ!?」

 

 突如、飛来した光矢が警備隊員達を射抜き、その場に撃ち倒す。

 

 致命傷を受けた隊員はいないが、皆、腕や肩、足を射抜かれてその場にうずくまっている。

 

「シノン、あいつ・・・・・・」

 

 的確な掩護射撃をしてくれた少女に対し、呆れと感謝の混じった言葉を呟く。

 

 先に離脱しろと言ったのに。

 

 恐らくシノンも、警備の動きが気になって引き返してきたのだろう。

 

 シェーレの奥の手と、シノンの援護射撃のおかげで警備隊は混乱の極致にある。

 

 マインを連れて脱出するなら、今だった。

 

「キリト・・・・・・・・・・・・」

 

 優しく、

 

 いつも通り優しく、シェーレが微笑む。

 

 その笑顔に、

 

 キリトは背中を押されるように踵を返した。

 

 無言のシェーレの言葉の中に、キリトは万言を費やしても足りない想いをくみ取った。

 

『マインを・・・・・・タツミを・・・・・・シノンを・・・・・・ナイトレイドのみんなを、お願いします』

 

 シェーレの笑顔は、そう語っている。

 

 マインを抱えるようにして走るキリト。

 

 その姿を見詰め、

 

「ありがとうございます。キリト・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言って、目を閉じる。

 

 

 

 

 

 脳裏に浮かぶ、最後の光景。

 

 

 

 

 

 それは、ナイトレイドの皆と共に生きた、数年間の思い出。

 

 

 

 

 

 楽しかった。

 

 

 

 

 

 本当に、楽しかった。

 

 

 

 

 

 ナイトレイド・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 私の居場所・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 皆さん・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 どうか、無事で・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が晴れた時、駆け付けた警備隊員が見た物は、シェーレの残った体を咀嚼するヘカトンケイルと、その巨体に寄り添うようにして座り込む、両腕を失ったセリューの姿だった。

 

「あは・・・・・・あはは・・・・・・あはははははは・・・・・・やったぁ・・・・・・」

 

 そのセリューの顔には、あどけない笑顔が浮かべられる。

 

「悪らしく、仲間を見捨てて戦えば私と良い勝負だったのに・・・・・・中途半端な奴」

 

 純真無垢な口調で、戦ったシェーレを貶めるセリュー。

 

 その満面な笑顔を振りまきながら、高らかに告げる。

 

「パパ! 私、凶賊を一人、倒したよ。正義の光が世界を照らしたよ!!」

 

 無邪気に笑い続けるセリュー。

 

 とても、たった今、人間一人を食い殺したおぞましい場面の直後だとは思えない。

 

 その狂った光景を前に、他の警備隊員達も、声を掛ける事ができず、ただ呆然と立ち尽くしている。

 

 笑い続けるセリュー。

 

 その足元に転がったエクスタスの存在だけが、シェーレの存在を証明する、唯一の証であるかのように、月光の元に輝き続けていた。

 

 

 

 

 

第9話「絶対正義の名の下に」      終わり

 




鋏を十字になるように広げ、斜めにしてみると「X(エックス)」。縦にしてみると「(タス)」。
合わせて「エクスタス」かな?
なかなか、よく考えられていますw

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