漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第4話「首斬りザンク」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校から出たシノンは、思わず脱力しそうになった。

 

 今すぐ地面に手を突いてうずくまりたいほどの衝動に駆られているが、実際にそれをやってしまったら目立つ事この上ないので、取りあえずやめておく事にする。

 

「・・・・・・・・・・・・あんた、何やってんのよ?」

「お、来たかシノン。お疲れ」

 

 などと、のほほんとした口調で言ったのは、シノンと同年代くらいの少年、キリトである。

 

 口には、どこで買って来たのか知らないが、怪しげな肉の串焼きが咥えられていた。

 

 周囲の学生たちは皆、明らかに浮いているキリトの様子を不審な眼差しで見詰めながら通り過ぎていく。

 

 正直、シノンも声を掛けるには勇気が必要だったのだが、まさか無視するわけにもいかなかったのが悲しい所である。

 

「シノンも食う?」

「いらない」

 

 差し出してきた串焼きを、素っ気なく断るシノン。

 

 いい加減、この男のペースに巻き込まれる心算は無かった。

 

「それで・・・・・・」

 

 少しでも建設的な事にシフトすべく、シノンは話題を変える。

 

「情報は集まったの? 何でも、プロの人と接触したんでしょ?」

 

 情報収集は、互いにナジェンダから言い渡された任務である。その為、シノンも学校内で可能な限りの情報を収集してきた。

 

 しかし、シノンその言葉を聞いた瞬間、

 

「シッ」

 

 素早く顔を近づけたキリトは、声を顰めながら言った。

 

「その件に関しては、歩きながらにしよう。あまり人目に付きたくない」

 

 その声に、思わずシノンは息を呑んだ。

 

 最前までのお茶らけた態度が影をひそめ、代わってまるで剃刀の刃のように鋭さを増した雰囲気が、少年からにじみ出ている。

 

 つまり、こちらが暗殺者としてのキリト本来の姿と言う訳だ。

 

 キリトに促されるまま、シノンは並んで歩きだす。

 

 下校する学生の流れに逆らわないように、2人は歩調を調整して歩きながら、互いに今日1日で得る事が出来た情報について話し合う。

 

「・・・・・・なるほど、その《首切りザンク》も、帝具使いなんだ」

「ああ。アルゴ・・・・・・俺が今日会っていた情報屋の話だと、相手の心を読む帝具らしい。確か、ナジェンダが前に見せてくれた文献にも、そんなのがあったな。あれは、えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながらキリトは、前に読んだ文献の内容を思い出そうとする。

 

 しかし、元々、自身の関心が薄い事に関しては、それほど熱心ではないと言う自覚がある。

 

 いくら考えても詳細については思い出せなかった。

 

「・・・・・・とにかく、アルゴが言うにはだな」

「ごまかしたわね」

「能力は大きく分けて5つの『見る』事に特化しているらしい」

 

 ジト目で放たれたシノンのツッコミを華麗にスルーしつつ、キリトは更に説明する。

 

 その説明を聞き終えてから、シノンは難しい顔のまま顎に手を当てた。

 

「未来視、洞視、幻視、遠視か・・・・・・遠視は取りあえず直接戦闘には関係無いにしても、他の4つは案外、厄介ね。特に未来視」

「こっちの考えが読まれるわけだからな。確かに厄介と言えば厄介かもだけど」

 

 深刻な顔をして考え込むシノンに対し、キリトは飄々とした感じに答える。

 

 その応対に不信感を感じたシノンは、顔を上げて振り返った。

 

「随分と余裕ね」

「ん、まあ、何とかなるだろ。ようは、対策だよ対策」

 

 そう言って微笑を浮かべるキリトに対し、嘆息するシノン。

 

「簡単に言うわね」

 

 キリトがどんな「対策」を講じるのかは知らないが、まだまだ駆け出しの殺し屋シノンとしては、強敵を前にして不安を抱かずにはいられなかった。

 

「それはそうと、シノンの方は何か無いのか? 学校で話、聞いてきたんだろ?」

「あ、うん、聞いてきたけど」

 

 尋ねるキリトに対し、シノンも自分が集めて来た情報を話し始めた。

 

「幸い、私の知り合いで犠牲になったって子はいなかった。けど・・・・・・」

「けど?」

 

 言い淀むシノンに対し、キリトは先を促す。

 

「学校内でも何人か、ここ数日、登校して来ていない人もいるらしいわ」

「どこかの弓使いさんも含めてな」

 

 混ぜっ返すキリトを、シノンは鋭い視線を向けて黙らせる。

 

「ちょっと調べてみたんだけど、いなくなってるのはみんな、学校から少し離れたところに住んでる子が多かったわ」

「成程・・・・・・・・・・・・」

 

 シノンの説明を聞いて、キリトは考え込む。

 

 ナイトレイドもそうだが、殺し屋稼業は夜の活動が基本である。

 

 もし下校が遅れた生徒が、不幸にもザンクと出くわしたのだとしたら。

 

「・・・・・・ひどいな」

「キリト?」

 

 呟きを漏らしたキリトに対し、シノンは怪訝な面持ちで声を掛ける。が、キリトはそれには答えず思考を続ける。

 

 相手は、腐ったとは言え帝都警備隊すら手を焼く殺人鬼である。ただの学生では、出会ったらひとたまりも無かっただろう。

 

「それで、作戦はどうするの?」

「取りあえず今は・・・・・・」

 

 言いながら、キリトの視線は、通り沿いにある一軒の店舗へと向けられた。

 

 店の前が大きく開かれる形で開店している店内には、多くの本が整然と並べられているのが見える。

 

「貸本屋? ここに何が?」

 

 キリトに続いて部屋に入ると、色々な本のタイトルが並んでいるのが見えた。

 

 読書好きなシノンとしては、興味がそそられるところではあるが、

 

「おお、来たか、キリト。あ、シノンちゃんも一緒か」

 

 奥から顔を出した店員に視線を向けて、驚いた。

 

「ラバックさん?」

 

 ナイトレイドの1人、ラバックが店の前掛けを装着した状態で立っていた。

 

 どうしてここにラバックがいるのか? 

 

 意外な知り合いの意外な登場に困惑するシノンに対し、キリトはニヤリと笑う。

 

「ここは帝都にあるナイトレイドの拠点の一つだよ。表向きはラバの貸本屋って事にしてあるけど」

「こういう表の稼業を作っておけば色々と便利なんだよ。情報とか集まりやすいしさ」

 

 ナイトレイドのような少数精鋭の部隊は情報が命である。その為、複数の情報収集ルートが確保されている。ここも、その一つだった。

 

 こうしたアンテナ的な拠点を、ナイトレイドはいくつか帝都に持っている。キリトが昼間に接触していた情報屋のアルゴも、そうした手合いである。

 

「因みに、ここの看板商品は、密かに仕入れているレア物のエロ本だ」

「ちょ、キリト、テメェ!! なにバラしてんだよ!!」

「・・・・・・・・・・・・最低」

 

 野郎2人のデリカシー皆無なトークに、シノンは半眼で軽蔑の眼差しを向ける。

 

 女子の前で、何を言っているのか。少しは場の空気を考えてほしい物である。

 

「メンバーの半分は顔が知られているからね。情報収集は俺達がやらなくちゃいけないのさ」

「そう言えば、顔が知られているメンバーって誰なの?」

 

 ラバックの言葉を聞き、シノンはふと疑問に思った事を口にした。

 

 殺し屋をしているのだから、指名手配を受ける事自体は不思議な事ではないが、キリトやラバックがこうして、白昼堂々と帝都を歩いている訳だから、彼等が手配されていないのは間違いない。

 

 そんなシノンの肩をキリトが指先でトントンと叩くと、壁際に張られた数枚の紙を指し示す。

 

 そこに張られた4枚の紙には、人相書きと共にそれぞれの名前が書かれていた。

 

「これ・・・・・・ナジェンダさんに、シェーレさん? それにアカメね・・・・・・・・・・・・誰?」

 

 最後の1枚を見て、シノンは首をかしげた。

 

 鋭さを感じる眼光ながら、整った顔立ち。下ろし髪がよく似合う成人男性だ。

 

 だが、今のメンバーに心当たりは無い。もう殉職したのだろうか?

 

 と、思っていると、

 

「ああ、そいつはブラートだ。帝国軍時代の顔だってさ」

「ハッ!?」

 

 キリトの説明に、思わずシノンは度肝を抜かれる思いだった。

 

 ブラートと言えば、あの凄まじく目を引くリーゼントをした、筋骨隆々の大男である。

 

 確かに、目元が似ていると言われればその通りかもしれないが、あまりにもイメージが合わなかった。

 

 この手配書と現在の姿を、連想しろと言う方が無理である。

 

「ナイトレイドに入ってイメチェンしたんだと」

「いったい、何がどうなれば、『これ』が『あれ』になるのよ・・・・・・」

 

 壁に手を突いて、がっくりとうなだれるシノン。

 

 まあ、気持ちは痛いほどわかるが。

 

 

 

 

 

 ~一方その頃、アジトでは~

 

 

 

 

 

 

「ブエックション!!」

 

 タツミに稽古をつけていたブラートが、盛大なくしゃみをぶちかましていた。

 

「あ、兄貴、風邪か?」

「フッ まさか」

 

 心配するタツミに、ブラートは不敵に笑って見せる。

 

「俺の中で燃える熱い魂が、風邪如きに負けるはずがないだろう」

「兄貴ッ・・・・・・・・・・・・」

 

 熱い男気を見せるブラートに、タツミは目を輝かせて見つめる。

 

 そんなタツミの顎を指でツッと持ち上げ、ブラートは顔を近づける。

 

「この熱い魂、お前にも教えてやるぞタツミ。手取り足取り、な」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 絶句するタツミ。

 

 対してブラートは、頬を僅かに染めて、いたいけな少年の顔を見詰め続ける。

 

 ナイトレイド最強の男ブラート。

 

 通称《100人斬り》のブラート。

 

 彼には深刻な「ホモ疑惑」の容疑がかけられていた。

 

 もっとも真相については、本人が否定も肯定もしない為、深い闇の中に閉ざされているのだが。

 

 

 

 

 

「ナジェンダさんとブラートは帝国軍時代に顔が知られているからね。シェーレさんは、ナイトレイドに入る前は、帝都でフリーの殺し屋をやっていたから、その時の情報が帝国軍の方に流れてしまったんだよ」

「ふうん」

 

 ラバックの説明を聞きながら、シノンは手配書の中では最年少の少女に目を向けて尋ねた。

 

「じゃあ、アカメは? 任務中に、誰かに顔を見られたとか?」

「いや」

 

 シノンの質問に対し、キリトは首を振った。

 

「あいつも、元は帝国の関係者だよ。それも、精鋭の暗殺部隊出身さ」

 

 その言葉に、シノンは息を呑んだ。

 

 何となく、会った時から普通ではない気はしていた。

 

 一線を画する、とでも言うべきだろうか? どこか他のメンバーとは違う雰囲気があるとは思っていたのだが、まさか帝国の暗殺部隊出身だったとは。

 

 シノンと同年代の少女は、しかしどうやら、思っている以上に深い闇の中からやって来たらしい。

 

「まあ、とにかく中入れよ。仕入れた情報の交換と行こうぜ」

 

 促すラバックに続いて、キリトとシノンも中へと入って行く。

 

 だが、

 

 ふと、キリトは足を止めて、背後の通りを見やる。

 

 間もなく、日が暮れて闇の帳が訪れる。

 

 魑魅魍魎が、牙を剥いて動き出す時間帯だ。

 

 今日もまた、殺人鬼が帝都に現れるとしたら、

 

「・・・・・・何としても、早く止めないとな」

 

 呟きは、街の空気に溶けて消えていく。

 

「ちょっとキリト、何やってんのよ。早く来なさいってば」

「ああ、判ってる。今行くよ」

 

 シノンに呼ばれ、キリトは店の奥へと足を向ける。

 

 後には、逢魔が刻が齎す、不気味な雰囲気だけが、静寂と共に残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クックックッ 愉快愉快」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の闇が、帝都を満たしていく。

 

 やはりと言うべきか、「首斬りザンク」の恐怖が帝都の中で蔓延し、出歩く人影は殆ど無い。

 

 並んで歩くキリトとシノンの足音だけが、静寂の中に響き渡っていた。

 

「まったく・・・・・・」

 

 シノンは呆れた調子で、横に視線を流しながら呟く。

 

「わたしの部屋、もうすぐそこだし、護衛なんて良いって言ってるでしょ」

「いや、でもほら、不埒な野郎が現れるかもしれないだろ」

「現在進行形で私の横にね」

 

 キリトの言葉をバッサリと一蹴しつつ、シノンは歩を進める。

 

 数日振りの我が家への帰宅となるのだが、まさかそこまでついて来る気ではないだろう。

 

 いや、無いと信じたいところである。

 

「ねえ、キリト」

 

 ふと、何かを思い出したように、シノンは静かに口を開いた。

 

「どうかしたか?」

 

 足を止めて振り返るキリト。

 

 僅かな街頭の明かりが照らし出す横顔は、見れば見る程に線が細く、とても、戦闘に向いているようには見えない。

 

「あんたは、どうして殺し屋なんてやっているの?」

 

 それは、シノンがずっと気になっていた事だった。

 

 キリトが強いのは、皆から聞いて知っているし、実際、あのアリアの家において対峙した時、シノンの攻撃を全て防いだ事からも察する事ができる。

 

 だが、普段のキリトは、どう見ても普通の少年にしか見えない。

 

 勿論、パッと見て殺し屋には見えないと言う意味では、マインやラバックなど、他のメンバーも似たような物なのだが、シノンの中では、それがどうしても気になっていた。

 

「・・・・・・・・・・・・聞いてどうするんだ?」

 

 ややあって、キリトは低い声で尋ねた。

 

「別に・・・・・・ただ何となく、気になったから」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 押し黙るキリト。

 

 沈黙が齎す気まずい雰囲気に、シノンも、それ以上口を開く事ができず、キリトを見詰めている。

 

 ややあって、

 

「俺は・・・・・・・・・・・・」

 

 キリトが口を開いた。

 

 その瞬間だった。

 

「えッ!?」

 

 声を上げるシノン。

 

 気付いた瞬間には、少女の体はキリトの腕の中に抱きかかえられていた。

 

「ちょッ キリト、いきなり・・・・・・・・・・・・」

 

 抗議しようとするシノン。

 

 その声を無視して、

 

 キリトは背中からエリュシデータを抜き放った。

 

 次の瞬間、

 

 ギャリンッ

 

 闇の中で金属がこすれ合う音と共に、盛大な火花が飛び散った。

 

「クッ!?」

 

 キリトはとっさにシノンを抱えて後退。

 

 相手から距離を置きつつ、剣を構える。

 

 対して、

 

 闇の中からゆらりと影を揺らしながら、

 

 そいつは姿を現した。

 

「クククッ 今のをかわすか。愉快愉快」

 

 大柄な体付きに両腕に仕込んだ剣。そして額には、奇妙な目玉のような装飾が取り付けられている。

 

 キリトは油断なく剣を構えながら、シノンを背に庇うようにして立つ。

 

「お前が、《首切りザンク》か」

「そう言うそっちも、タダの民間人じゃなさそうだな・・・・・・ああ、そうか」

 

 にやりと笑いながら、ザンクは告げる。

 

「お前達が、噂のナイトレイドか。顔に見覚えが無いって事は、手配書に書かれていない奴等だな」

「ッ!?」

 

 ザンクの言葉に、思わずキリトは息を呑む。

 

 確かに、自分はまだ顔バレしていない。だからこそ、こうして帝都を堂々と出歩く事もできる。まして、新入りのシノンは尚更だ。

 

 だが、ザンクは一目で自分達の正体を言い当てた。

 

 それはつまり、

 

「なるほど。それが、その帝具の能力って訳か」

「ピンポーン。正解のご褒美に干し首やろうか?」

 

 ザンクの軽口には付き合わず、キリトは背後のシノンを見やる。

 

「シノン、君は俺の後ろへ。隙を見て、その弓で掩護してくれ」

「でもキリト、あいつ・・・・・・」

 

 シノンはケースからシェキナーを出しながら、緊張の眼差しでザンクを見据える。

 

 シノンが言いたい事を察し、キリトも頷きを返した。

 

「ああ、判ってる。かなりの強敵だよ」

 

 ただ帝具に頼っているだけではない。先程の一撃は、的確にシノンの首を狙ってきた。キリトの反応が、あと1秒遅かったら、今ごろは確実にシノンの命は無かった事だろう。

 

 どうやら、剣の腕も相当な手練であるらしかった。

 

「作戦会議は終わったかな? うまく連携しないと、俺にすぐ斬られちまうぞ」

 

 ザンクの言葉に、キリトは内心で舌打ちを漏らす。

 

 僅かな考えでも読まれてしまうとは。

 

「・・・・・・頼んだぞ」

 

 弓を構えるシノンを背後に見やりながら、キリトは漆黒の剣を片手に前へと出た。

 

 対して、ザンクもまた両手に仕込んだ剣を掲げるようにして構える。

 

「さあ、行くぞッ」

 

 叫ぶと同時に、ザンクは地を蹴った。

 

 迫る凶刃。

 

 それに対し、キリトも仕掛ける。

 

 やや下段気味に構えていたエリュシデータを、鋭く斬り上げ。ザンクを迎え撃つ。

 

 闇色の刃が、夜の夜の街を斬り裂いて奔る。

 

 そのままザンクを捉えるか?

 

 そう思った次の瞬間、

 

 ザンクはとっさに体をのけぞらせ、キリトの剣を回避した。

 

「ッ!?」

「クククッ 愉快愉快」

 

 息を呑むキリトに対し、ザンクは口元に余裕の笑みを刻む。

 

 反撃に繰り出される刃を、キリトは後退しつつ回避。更に追撃を掛けようとするザンクに対し、切っ先を突きつける事で牽制する。

 

 だが、

 

「そう来るのは、見えていたよ」

 

 淀みの無い動きを見せてキリトの行動を見切ると、ザンクは回り込むようにしてキリトの懐へと飛び込んでくる。

 

「チッ!!」

 

 苛立たしげに舌打ちするキリト。

 

 同時にエリュシデータを横なぎに振るってザンクを迎え撃つ。

 

「甘い甘い」

 

 しかしザンクは、キリトの斬撃を左の剣で防御。同時に右手の剣を繰り出して斬り掛かってくる。

 

 正規の剣術を習っていた事があるのか、動きは速く意外に正確に急所を突いて来る。

 

 迫る、殺人鬼の刃。

 

 だが、キリトも負けていない。

 

 素早くエリュシデータを返すと、ザンクの攻撃を受け止める。

 

「そらそら、まだまだ終わらないぞ」

 

 更なる連続攻撃を仕掛けてくるザンク。

 

 それに対して、キリトも更に速度を上げて対応する。

 

 しかし、

 

「『まずい、押されてる』か?」

「クッ!?」

 

 考えている事を読まれ、キリトはいら立ちを募らせる。

 

 その間にも繰り出される刃を回避、あるいは防御しつつ反撃の一手を模索する。

 

「『どうやって、こいつの動きを封じよう』か? それは難しいんじゃないのかね?」

「そうかい、なら・・・・・・・・・・・・」

 

 キリトは繰り出されたザンクの剣を弾くと同時に、膝をたわめて跳躍に備える。

 

「試してみるさッ」

 

 跳躍と同時に、視線は僅かに背後を見やる。

 

「やれッ シノン!!」

 

 合図と同時に、

 

 キリトの背後から出現したシノンが、シェキナーの弦を引き絞る。

 

 同時に、シノンの手元には光の矢が出現した。

 

 これがキリトの作戦だった。

 

 自身の背でシノンが隠れる位置までザンクを誘導。同時に自身が飛び退く事で一瞬の隙を作り出し、そこへシノンが攻撃する。

 

 どのみち事前情報で、ザンクが心を読めることは判っている。ならば、キリトが前衛として囮になり、後衛のシノンが仕留めるのが最適パターンであると判断したのだ。

 

 一瞬前までキリトに集中していたザンクは、このパターン変化に対応するのは難しい筈。

 

 シノンが解き放つ。

 

 飛翔する光矢。

 

 その閃光の如き一撃は、真っ直ぐにザンクを目指す。

 

 対して、

 

 キリトの動きに気を取られ、ザンクは一瞬、この攻撃への対応が遅れた。

 

「ぐおッ!?」

 

 それでも、無理やり体をねじる事で、辛うじて光矢を回避。

 

 シノンの攻撃は、僅かにザンクの頬を掠める形で飛び去って行った。

 

「外した!?」

 

 驚愕するシノン。

 

 狙い自体は悪くなかったのだが、ザンクはシノンが矢を放つよりも一瞬早く、スペクテッドの能力でシノンの照準を先読みし、狙った場所を特定して回避して見せたのだ。

 

 シノンの攻撃は、僅かにザンクの頬を抉るだけに留まった。

 

 しかし、

 

「よくも・・・・・・やってくれたなァ!!」

 

 叫ぶザンク。

 

 予期せぬ攻撃を受けた事で、それまでの余裕が剥がれたのか、形相を歪めてシノンへ斬り掛かって行く。

 

「ッ!?」

 

 対して、シノンはとっさに第2射を放とうとするが、その時には既に、ザンクは至近にまで迫っていた。

 

「死ねェ!!」

 

 振りかざされる刃。

 

 だが、その刃がシノンを捉える前に、

 

 舞い降りた漆黒の影が、立ちはだかった。

 

 交錯する刃の光。

 

 次の瞬間、

 

 シノンの視界に鮮血が舞った。

 

 同時に、呻き声が漏れる。

 

 だが、斬られたのはシノンではない。

 

「キリト!?」

 

 自身の前でよろけるキリトを、シノンはとっさに支える。

 

 その左腕からは、僅かに血が滲んでいるのが見えた。

 

「キリト、それ」

「大丈夫、掠り傷だ」

 

 キリトはそう言って強がるが、先制の一撃を貰ってしまった事に変わりは無かった。

 

「ごめん。私が失敗したから・・・・・・」

「いや、謝るのは俺の方だ。見通しが甘過ぎた。あいつの実力は、俺が思っていた以上だったよ」

 

 右手に持った剣を構えながら、キリトはザンクを睨みつける。

 

 一方、

 

「愉快愉快」

 

 キリトに一撃を加えた事で、冷静さを取り戻したらしいザンクは、再び口元に笑みを浮かべている。

 

「さて、このまま刻んでやってもいいのだが・・・・・・」

 

 ザンクの視線が、キリトを睨む。

 

「ここらで諦める事を勧めるぞ」

「・・・・・・・・・・・・何?」

 

 ザンクの物言いに対し、キリトは訝るように眉をしかめながら問い返した。

 

 対して、ザンクは口元に残忍な笑みを刻むと、大仰に手を広げながら言う。

 

「今までの戦いでお互いの実力差が判っただろう」

「・・・・・・・・・・・・」

「お前じゃ、俺には絶対に勝てない」

 

 確かに。

 

 これまでの戦いは終始、キリトがザンクに押される形で推移している。

 

 スピード、パワーはほぼ互角。剣術に関しては我流のキリトに対し、型に嵌ったザンクが、互いの長所を潰し合うような形で繰り出している為、相対的に大差は無い。

 

 そうなるとやはり、勝敗を決定づけるのは帝具の差だろう。

 

 スペクテッドの能力によって、キリトの動きを先読みしたザンクが一枚上手を言っている形である。

 

「・・・・・・・・・・・・そうだな」

「キリト?」

 

 ややあって、呟くように言ったキリトに対し、シノンは不安そうに声を掛ける。

 

 まるで自身の負けを認めるような発言をするキリトに、不安を覚えたのだ。

 

 笑みを強めるザンク。

 

 だが、

 

 顔を上げたキリトの口元にもまた、不敵な笑みが刻まれていた。

 

「やっぱり、帝具使い相手に、手札を隠したまま勝とうってのが、虫のよすぎる話だったか」

「・・・・・・・・・・・・何?」

 

 今度は、ザンクが訝る番だった。キリトの、まるで自分がまだ本気を出していないかのような発言に引っ掛かったのだ。

 

 対して、キリトは右手で構えたエリュシデータを数度、空を切るように振り翳すと、肩に担ぐようにして構えを取る。

 

「と言う訳で、こっからは本気モードで行かせてもらうぜ」

「・・・・・・戯言、と言う訳でもなさそうだな」

 

 洞視によってキリトの心理を読み取ったザンクは、警戒するように構えを取る。

 

 対して、キリトは肩に担いだエリュシデータを振り翳し、

 

 一気に駆けた。

 

「何ッ!?」

 

 その動きに、ザンクは思わず息を呑んだ。

 

 速い。

 

 それまでとはけた違いの速さだ。

 

 鋭い踏み込みから繰り出された振り下ろしが、真っ向からザンクへ迫る。

 

「ウオォォォ!?」

 

 とっさに、右手の剣を振り上げて、キリトの斬撃を弾くザンク。

 

 だが、

 

 キリトは弾かれた剣を攻撃ポジションに保持、再びの踏み込みによって、ザンクに追撃の剣を繰り出す。

 

「ぬおッ!?」

 

 後退して、キリトの剣を回避しようとするザンク。

 

 しかし、とっさの事で回避が追いつかず、胸を僅かに斬り裂かれる。

 

「お、のれッ!!」

 

 自身が傷付けられた事によって、頭に血が上ったザンクは、両手の剣を掲げて連続攻撃を仕掛ける。

 

 四方八方からキリトへと殺到するザンクの剣。

 

 しかし、

 

 今度はキリトの方が早い。

 

 繰り出される全ての斬撃に対し、漆黒の剣は的確な防御によって迎撃する事に成功する。

 

「なぜだッ なぜ・・・・・・こんな、急にッ!?」

 

 キリトの攻撃を必死に回避しながら、ザンクは戸惑いに声を上げた。

 

 先程までは、確かに自分の方が勝っていた。だと言うのに、今は完全に逆転され、追い込まれようとしている。

 

 一体何が、どうなっているのか?

 

 対して、キリトは冷静に剣を繰り出しながら、ザンクを追い詰めていく。

 

 相手が帝具使いなら、こちらも帝具を使わなければ勝機は無い。

 

 帝具「黒翼魔剣エリュシデータ」

 

 キリトの持つ帝具は、ただの剣ではない。

 

 

 

 

 

 その昔、始皇帝が友と認め、絶大な信頼を寄せた1人の剣豪がいた。

 

 彼は始皇帝が帝具を造るに当たり、一つの提案を申し出た。

 

 東方に、人の持つ技術を記憶する術を持った鍛冶屋が存在している。その者を招聘し、自らの剣技の全てを帝具と言う形にして残したい、と。

 

 自らを恃み、友として認めてくれた始皇帝に対し、剣豪が行った最大限の恩返しであった。

 

 そうして出来上がったのが、エリュシデータである。

 

 この剣の能力は、剣豪が使用した剣術の全てを、使用者が模倣できる点にある。

 

 勿論、完全に使いこなすには、相応の熟練が必要になるのだが。

 

 

 

 

 

 跳躍と同時に、袈裟懸けに繰り出した剣がザンクに襲い掛かる。

 

 その攻撃を辛うじて自身の剣で防ぎながらも、ザンクの焦りはピークに達しようとしていた。

 

 見えてはいる。

 

 スペクテッドの未来視は完璧に機能し、キリトの動きを完全に先読みできている。

 

 しかし、

 

 見えて居て尚、反応が追いつかない。

 

 つまり、キリトの戦闘能力は、完全にザンクのそれを上回っていると言う事だ。

 

「クソォッ!!」

 

 繰り出されたキリトの剣を、辛うじて防御しながら後退するザンク。

 

 このままじゃ済まさない。

 

 このままじゃやられない。

 

「やられて、たまるかァ!!」

 

 次の瞬間、、

 

 今にもザンクに斬り掛かろうとしていたキリトは、その直前で動きをピタリと止めてしまった。

 

「キリト!!」

 

 シノンが呼びかけるも、反応は無い。

 

 まるで信じられない、と言った面持ちでザンクを見詰め続けるキリト。

 

「そんな・・・・・・嘘・・・・・・だろ・・・・・・」

 

 その瞳には、ありえない者が映っていた。

 

 短い髪を肩のあたりで切りそろえ、寂しげに笑う少女。

 

 突出して美しいと言う訳ではないが、道端に儚く咲く花のような印象がある。

 

「サチ・・・・・・・・・・・・」

 

 呆然とたたずみ、剣を降ろすキリト。

 

 その様子を見て、ザンクはニヤリと笑う。

 

「愉快愉快」

 

 ようやく余裕を取り戻し、ザンクはゆっくりとキリトへ近付いて行く。

 

 それに対し、シノンは慌ててシェキナーを構える。

 

 しかし、シノンの攻撃がザンクに通用しないのは先ほどの戦いで証明されている。シノンにできるのは、せいぜい足止め程度だろう。

 

「あんた、キリトに何したのよ!?」

 

 明らかに普通ではないキリトの様子を見ながら、シノンは叫ぶ。

 

 対して、ザンクは余裕ぶった調子で言った。

 

「スペクテッドの能力の一つ、幻視。こいつは今、自分の中にいる最愛の者を幻で見ているのさ。1度に1人にしか使えないのが難点だが、その効果は絶大。決して逃れる事はできない」

 

 キリトは完全に戦意を喪失した体で、立ち尽くしている。

 

 目はうつろで、何が起こっているのかすら判っていない様子だ。

 

「キリトッ キリトッ!!」

「無駄だ無駄だ。この効果は外からは絶対に解けないッ 愛する者の幻影を見ながら死ねェ!!」

 

 剣を振り翳すザンク。

 

 その怪しい輝きがキリトの頭上へと迫り、

 

 次の瞬間、

 

 ガキンッ

 

 キリトが振り上げた剣が、ザンクの攻撃を受け止めていた。

 

「何ィっ!?」

 

 必殺と思っていた攻撃を受け止められ、驚愕しつつ後退するザンク。

 

 対して、ゆっくりと顔を上げるキリト。

 

 その瞳は鋭く細められ、ザンクを睨みつける。

 

「なぜだ・・・・・・・・・・・・」

 

 呻き声を漏らすザンク。

 

「なぜだッ お前には、愛する者が見えていた筈だッ それなのになぜ!?」

 

 対して、キリトは低い口調で返す。

 

「・・・・・・あいつは、もう死んだ。それは、俺が一番よくわかっている。なら、他の物は全部、偽物って訳だ」

 

 キリトはそう言うと、エリュシデータの切っ先をザンクに向けつつ、弓を引き絞るように引くと、逆に左手を大きく前へと突き出す。

 

「人の心の中に、土足で踏み込んでんじゃねェよ」

 

 ぞっとするほど低い声で放たれたキリトの言葉。

 

 その様に、傍らのシノンは、思わず身震いしたほどだった。

 

 次の瞬間、キリトは地を蹴った。

 

「は、速いッ!?」

 

 呻くザンク。

 

 先程までとは次元の違う速さだ。

 

 一瞬で間合いを詰めてきたキリトに対し、ザンクはとっさに両手の剣を交差させて防御しようとする。

 

 対して、

 

「ヴォーパルストライク・・・・・・」

 

 低く呟くキリト。

 

 次の瞬間、真っ直ぐに突きだされる漆黒の刃。

 

 その一撃は、ザンクの剣2本を一瞬で打ち砕き、そのまま殺人鬼の胸部へと叩き込まれた。

 

「ば、馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 信じられない、と言った面持ちで呟くザンク。

 

 傷口から大量の鮮血が舞い、激痛は一瞬にして殺人鬼の意識を奪い去る。

 

 やがて、ドウッと言う大きな音を立て、ザンクの体は地面へ倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

 戦いの様子を、遥かに離れた場所で見詰める、視線がある事に、キリトたちは気付いていなかった。

 

「あらら、ザンクのダンナ、やられちゃったよ。だから、あれほど一緒にやろうって言ったのにな」

「仕方が、ない・・・・・・こちらの、要請を、無視したのは、奴だ」

 

 軽い調子で肩をすくめる小男に対し、頭からすっぽりとマントを被った男は、掠れたような途切れ途切れの声で応じる。

 

 彼方で行われたキリト達とザンクの戦いを見ていた2人は、ともに揃って肩を竦める。

 

 彼等の組織は再三にわたってザンクと接触し共闘を持ちかけていた。

 

 しかし、当のザンクはそれを拒否し、あくまで単独での凶行に拘り続けた。

 

 その帰結が、今日の戦いの結果だった。

 

 ザンクは倒され、《首切りザンク》の凶行も、今日を境に終わってしまった。

 

「行くぞ・・・・・・もう、ここに、用は無い」

「だなー 戻ってボスに報告しようぜ。あーあ、それにしても、良い線行っていると思ったんだけどな、ザンクのダンナ。もっと楽しませてほしかったぜ」

 

 言いながら踵を返す2人。

 

 やがて、

 

 その姿は忽然と消え去り、後にはただ、不気味な風だけが闇に溶けるように流れていた。

 

 

 

 

 

 倒れたザンクの額から、目玉型の装飾を取ると、キリトはふっと息を付いた。

 

「帝具スペクテッド、ゲット」

 

 小さく呟き、コートのポケットに押し込める。

 

 と、

 

「ねえ、キリト」

 

 シェキナーを収めたケースを手に持ち、近付いてきたシノンが尋ねた。

 

「あんた、あの時何が見えていたの?」

 

 ザンクが幻視を使った時、キリトには確かに最愛の人の姿が見えた居た筈だ。

 

 だが、キリトはザンクの術中には嵌らなかった。

 

 いったい、何が見えていたのか?

 

「・・・・・・・・・・・・仲間だよ。昔の」

 

 ややあって、キリトはポツリと言った。

 

「けど、もういない。それだけだ」

 

 それだけ言うと、キリトはシノンに背を向けて歩き出す。

 

 まるで、それ以上の回答を拒むような背中を、シノンはいつまでも見つめ続けるのだった。

 

 

 

 

 

第4話「首斬りザンク」      終わり

 


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