漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第3話「血の匂いに導かれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月夜の晩に、鮮血と悲鳴の多重奏が奏でられる。

 

 出現する地獄絵図。

 

 斬られた側は、断末魔の悲鳴すら残す事を許されず、地面へと倒れ伏した。

 

 倒れ伏した複数の死体。

 

 対して、立っている男は全くの無傷と言って良い。怪我どころか、息一つ乱していない。

 

 双方とも剣を交えた戦いは、しかしほとんど一方的な展開によって幕が下ろされてしまった。

 

「フフフ、愉快愉快」

 

 刃が首を斬り落とす感触を反芻するように、斬った男は滴る血に舌を這わせる。

 

 足元の死体は、その全てが首を切られ絶命している。

 

 鮮血は、とめどなく流れだし、地面を無限に染め上げようとしていた。

 

 転がっている者達は皆、着ている服から帝都警備隊である事が判る。

 

 だが、帝都の治安を守る警備隊ですら、この男には掠り傷一つ負わせる事ができなかったのだ。

 

「愉快愉快・・・・・・さて・・・・・・」

 

 口元に不気味な笑みを浮かべながら、男は腕に仕込んだ刃をしまい、再び歩き出す。

 

 その額には、目のような形をした装飾が、怪しく輝いていた。

 

「次の標的は、どれが良いかねえ?」

 

 怪しく告げる視線の先。

 

 そこには、壁に貼られた数枚の人相書きがあった。

 

 

 

 

 

 何でこんな事になったのか。

 

 キリトは頭を抱えたい気分だった。

 

「それじゃ、行ってくるね。言っとくけど、絶対に変な事しないでよね」

 

 釘をさすように言ったのはシノンである。

 

 彼女は今、紺のブレザーに短めのスカートと言う可憐な制服姿をして、目の前にある学校に入って行こうとしている。

 

 ネコ科の動物を連想させる顔と相まって、非情に可愛らしい学生姿だ。

 

 ここはシノンが通っている学校である。

 

 今日から彼女は、学業に復帰する事になる訳だが、そこになぜか、ノコノコと着いてきた野郎が一匹。

 

 刺し貫くようなシノンの視線を前にして、キリトは慌てたように手を振って否定する。

 

「べ、別に俺は何もしないって」

「・・・・・・・・・・・・どうだか」

 

 全く信用できないと言った感じにシノンはそう言ってキリトを一瞥すると、そのまま校門の中へと入って行く。

 

 少女の細い背中は、やがて行き交う生徒たちの波に隠れ見えなくなっていった。

 

 それを見送ると、キリトは頭をガリガリとかきむしる。

 

 周囲には、学生服姿の男女が、やはり校門に向かって歩いて行く。

 

 そんな中で、いつも通り漆黒のロングコートを羽織り、背中にはエリュシデータを背負っているキリトの姿は、明らかに「浮いて」いた。

 

 勿論、帝都には様々な人間が行き交っている。中には旅人も多く、危険種や野盗から身を守るために武装している人間も珍しくは無いのだが、流石に学校の正面で武装しているのは目立ちすぎる感があった。

 

「本当に、何でこんな事になってんだ?」

 

 誰に尋ねるでも無く、キリトは先ほど脳裏に浮かんだ疑問を口に出して繰り返した。

 

 キリトに与えられた新たなる任務。

 

 それは、学園に通うシノンの護衛である。

 

 そして、

 

 シノンが右手に持ったまま、彼女と共に学校に入って行ったケースの中には、彼女の帝具であるシェキナーが収められていた。

 

 

 

 

 

 話は数日前、異民族の刺客達にナイトレイドのアジトが襲撃された日にさかのぼる。

 

 殆どとっさ的な行動ながら、刺客の1人を倒したシノンは、緊張感から来るショックのせいか、暫くは気を失った状態だった。

 

 幸いな事に、シェーレに介抱されて暫くすると目を覚ましたが、戦いを終え、戻ってきた一同の前でシノンは言った。

 

「私、ナイトレイドに入ります」

 

 真っ直ぐにナジェンダを見据えて放たれた少女の言葉。

 

 その言葉に、誰もが驚いた。

 

 まさか、この短時間の内に、少女の心境に変化が生じるとは思っても見なかったのだ。

 

「おい、シノン、なに考えてんだ」

 

 真っ先に引き留めるような事を言ったのはキリトである。

 

 他のメンバーはと言えば、事の成り行きを見守るように口を出そうとしない。幸か不幸か、このメンバーの中では、最もシノンと交流回数が多いのはキリトである。言いたい事は彼に言わせようと言う腹積もりらしい。

 

 新メンバーであるタツミも、2人のやり取りを見守っていた。

 

「意味判って言ってるのかよ? 俺達は殺し屋なんだぞ。その仲間になるって事は、お前も人殺しをするって事だぞ?」

 

 無論、キリトはシノンが刺客の1人を殺すところを見ている。

 

 彼女がシェキナーから放った光の矢は、確実に刺客の心臓を貫き絶命させている。

 

 シェキナーを十全に使いこなせるなら、シノンは充分に戦える力を持っている。恐らく、並みの兵士では帝具を持つシノンの足元にも及ばないだろう。

 

 だが、それと殺し屋になると言うのは話が別である。

 

 しかし、

 

「勿論、判ってるわよ」

 

 言い募るキリトに対し、シノンは迷う事無く答える。

 

 その瞳には、つい先程まで見られた逡巡のような物は一切見られない。どこまでも真っ直ぐな瞳でキリトを見据えていた。

 

「・・・・・・理由を、聞こうか?」

 

 尋ねたのはナジェンダである。

 

 ナジェンダ自身、ナイトレイドを率いる者として高い戦力を持つ存在はすぐにでも欲しい。

 

 しかしだからと言って、覚悟が無い人間を引き込む事はできない。

 

 ナジェンダとしては、シノンの気持ちが変わった理由を知りたいと思ったのだ。

 

 それに対し、シノンはチラッとタツミを見てから口を開いた。

 

「タツミ君を見て思ったんです。彼と私との差は何だろうって。タツミ君はちゃんと自分の意志を持って皆さんの仲間になるって決めました。けど、私はただ逃げただけ。友達からも、そして自分自身からも・・・・・・」

「シノンさん・・・・・・・・・・・・」

 

 声を掛けてきたタツミに頷きを返しながら、シノンは更に言う。

 

「帝都をこのままにしていたら、またタツミ君のような人たちを増やしてしまう事になる。だから、私は、その悲劇を少しでも食い止めたいと思いました」

 

 アリアと、そして今回の刺客達と対峙して、シノンが導き出した、それが答えだった。

 

 座して待つ者に答えは訪れない。

 

 真の答えを導き出せるのは、自ら行動を起こした者達だけだった。

 

「成程な」

 

 ナジェンダはフッと笑う。

 

 民を想い、民の為に立つ。それもまた、立派な動機になり得るだろう。何よりそう思う事こそが、自分達が目指す革命に最も必要な思いである。

 

「良いだろう、シノン。我々は君を歓迎する。ようこそ、ナイトレイドへ」

 

 誰もが新たな仲間を歓迎する。

 

 少数精鋭のナイトレイドにとって、即戦力、それも帝具使いともなれば、棚から牡丹餅とでもいうべき幸運展開である。

 

「ではシノン、それに・・・・・・・・・・・・」

 

 言ってからナジェンダは、視線を巡らしてキリトを見た。

 

「キリト。早速だが、お前達2人に任務を与える」

 

 にやりと笑うナジェンダ。

 

 対して、

 

「「・・・・・・・・・・・・はい?」」

 

 いきなり飛び出した、たいへん麗しい申し出に対し、キリトとシノンは揃って顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室に入ると、シノンは気心の知れた友人数人とあいさつを交わす。

 

 ほんの数日振りだと言うのに、何もかもがひどく懐かしい気がした。

 

『それもそうか・・・・・・・・・・・・』

 

 心の中で、そっと呟く。

 

 アリア一家の死とナイトレイドとの接触。刺客の襲撃。そして、自分自身がナイトレイドへの加入。

 

 そのどれもが、ほんの数日前の自分には想像すらできなかった世界の出来事である。

 

 後悔はしていない。積み重ねてきた状況は成り行きだったかもしれないが、今ここにある自分は、自分自身で選択した事に他ならない。

 

 だから、後悔はしていない。

 

 していないが、この先どうなるのか、と言う命題に対して不安無しとはいかないのも確かだった。

 

「それに・・・・・・・・・・・・」

 

 ふと、窓の外から後門の方を見下ろすと、黒いロングコートを着た人影が歩いて行くのが見える。

 

「ナジェンダさん、何であんな事を・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言った時だった。

 

「シノのん!!」

 

 声を掛けられて振り返ると、隣のクラスの女子生徒が、慌てた調子で駆け込んでくるのが見えた。

 

「アスナ、どうしたのよ?」

「どうしたじゃないよー シノのんこそ、ここ数日どうしてたのよ?」

 

 少女は流れるような長い髪を揺らしながらシノンの前まで来ると、ため息交じりに息を付いた。

 

 少女の名はアスナ。

 

 クラスこそ違えど、シノンにとっては良き友人の1人である。

 

 アスナは確かめるようにシノンの手を取り握り締める。

 

「アリアさんの家族が殺されたって聞いたし、そこにきて、あの娘と仲良かったシノのんまで学校に来なくなって、心配したんだからね」

「ごめんごめん。ちょっと、色々あってさ」

 

 幾ら仲のいい友達とは言え、まさか本当の事を言う訳にもいかないので、シノンはそう言ってごまかし苦笑する。

 

 性格的に物静かなせいかシノンは友達が多いとは言えない。ここまで自分の事を案じてくれる存在となると、アスナを含めても、ほんの一握りだった。

 

 幸いな事に、アスナもそれ以上の事は突っ込んで聞こうとはしなかった。

 

 それにしても、やはりと言うべきか、アリアの一家がナイトレイドによって惨殺された事は広くニュースになっているらしかった。

 

 シノンは内心で嘆息する。

 

 大方、ナイトレイドの事は散々に書かれている事だろう。何しろ、護衛も含めて一家全滅である。その凄惨さは、事情を知らない者が見れば戦慄する事請け負いである。

 

『もっとも・・・・・・・・・・・・』

 

 シノンの脳裏に、ナイトレイドの面々の顔が思い浮かべられる。

 

 あの連中が、いちいちそんな事を気にするとは露とも思えないのだが。

 

「アリアさん達を殺したのって、やっぱあれかなー、例のナイトレイド」

「ど、どうかな? よく判んない」

 

 まさか真相を話すわけにもいかないので、シノンは取りあえずそう言ってお茶を濁しておく。

 

 そんなシノンの様子に気付いた風も無く、アスナは話を続ける。

 

「けどさ、死んだ娘の事を悪く言いたくは無いけど、私、あの娘の事、あんまり良く思って無かったんだよね」

「え、どうして?」

 

 シノンはキョトンとして尋ねる。

 

 アスナは比較的快活な性格をしており、他人の事を悪く言う事は少ない。だからこそ、アスナは皆から慕われ、頼られる事が多いのだが。

 

 そんなアスナが、死んだアリアに対して悪感情を持っているとは思っても見なかった。

 

「何て言うかね、何か裏で考えているって言うか、上っ面だけ装っているって言うか、とにかく見ていて、あまり良い感じがしなかったのは確かだね」

「そ、そう」

 

 返事をしながらシノンは、内心で驚いていた。まさか、アリアの本性をおぼろげながらも見ぬいている人間いたとは。

 

 案外、自分よりもアスナの方が、殺し屋とかそっち方面に向いているかもしれなかった。

 

「まあ、とにかくシノのんも気を付けてよ。ナイトレイドの他にも、ほら、何だっけ・・・・・・そうそう『首切りザンク』なんてのも出回ってるからね」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 アスナの言葉を聞いて、シノンは一瞬黙り込む。

 

 思いもかけず、その単語が飛び出してきたのだ。

 

「ねえ、アスナ」

「ん、何?」

 

 振り返るアスナに、シノンは言った。

 

「その話、もう少し詳しく聞かせてくれる?」

 

 

 

 

 

「ここ数か月、被害は増加しているヨ。王都守備隊が把握しているだけでも二桁、もっとも、これは氷山の一角サ。オレっち独自の調査によれば、実際の被害は三桁に届くだろうナ」

「そんなにか・・・・・・・・・・・・」

 

 報告を受けたキリトは、深刻な表情で頷きを返した。

 

 シノンと別れた後、キリトは馴染の情報屋と会っていた。

 

 フードを頭からすっぽりとかぶり、独特のイントネーションを持った喋り方をする女性の名はアルゴ。

 

 外見から来る予想年齢からすると想像はつかないが、これでも「帝都一」と言われる情報屋である。その情報の確度と、どんな重要情報でも確実に掴んでくる仕事ぶり、そして、なぜか左右両頬に書かれている3本のペイントから「鼠」の愛称で呼ばれている。

 

「首切りザンク、か。いったいどんな奴なんだ? 元は監獄に勤めてたって話は聞いてるけど?」

 

 首切りザンク。

 

 それが、キリトとシノンがナジェンダから受けた命令である。

 

 今の帝都において、市民の恐怖の対象となっている存在が二つ。

 

 一つはナイトレイド。そして、もう一つが《首切りザンク》である。

 

 ただ、ナイトレイドが富裕層や閣僚(正確には、その中でも外道と判断された者)のみを狙っているのに対し、首切りザンクは、ほとんど無差別に人を狙って殺しまわっているらしい。

 

 その《首切りザンク》の情報を得る事が目的だった。アルゴとの接触も、その一環だった。

 

 元々は帝国最大の監獄で、首切り役人をしていたと言う情報はナイトレイドの方でも掴んでいた。

 

「調べた限りじゃ、当時の勤務態度は誰よりも真面目だったらしいヨ。無遅刻無欠勤、殆ど失敗らしい失敗もしなかったとか。上司や同僚からも頼られていたらしいネ」

「レオーネにも見習ってほしいくらいだな」

「ただ、最近は『仕事』の方が多すぎたらしくてネ。毎日のように罪人の首を切っている内に、色々と壊れちまったって話ダ。他人の首を切るのが、好きで好きでたまらなくなってしまったって訳ダ」

「これも、今の悪政の影響か」

 

 吐き捨てるようにキリトは言う。

 

 現大臣オネストは自分が気に食わない者、逆らった者を誰彼かまわず罪人に仕立て上げ、牢獄送りにしている。その影響で、「処刑される人間がいない」という日が無いくらいである。

 

 大臣の齎す悪政の影響がこんな所にも出て居る訳だ。いわば、ザンクに斬られた人々は、大臣の間接的な犠牲者と言える。

 

「で、所長を殺し、保管されていた帝具を持って脱走。それ以来、めでたく《首切りザンク》が誕生した訳ダ」

「帝具?」

 

 聞き捨てならない単語が出たところで、キリトは身を乗り出した。

 

「どんな帝具なんだ? 能力は?」

 

 勢い込んで尋ねるキリト。

 

 対して、

 

 アルゴは意味深な笑みを浮かべつつ、右手を差し出す。要するに、欲しい情報があるなら払う物を払え、という意味だ。

 

「やれやれ、しっかりしてるよ」

「ナーちゃんは払いが良いから好きヨ。良いお得意様サ」

 

 キリトが差し出した硬貨入りの懐を受け取ると、アルゴは声を顰めるようにして話し始めた。

 

 因みに猫の名前のようにも思える「ナーちゃん」と言うのは、ナジェンダの事である。言われている本人も、意外と気に入っているらしかった。

 

「帝具の名は、《五視万能スペクテッド》。能力は、『見る』事ヨ」

「見る?」

「そう。5つの見る能力を備えているのサ。相手に幻を見せる『幻視』、遠くの物を見通す『遠視』、相手の心を読む『洞視』、未来を読む『未来視』とアル。まあ、よくある超能力芸の強化版みたいな物サ」

 

 アルゴの説明を聞いて、キリトは考え込む。

 

 ザンク自身の能力は不明だが、帝具の威力はかなり厄介だ。心を読まれると言う事は、戦っている際、こちらの考えも読まれる事を意味している。

 

 直接的な戦闘を得意とするキリトでは、よほど注意して戦わないと苦戦は免れないだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 キリトはある事に思い至り、指を折って数えてから顔を上げた。

 

「ちょっと待て、『五視万能』なんだろ。さっきの説明じゃ4つしかなかったぞ?」

「そこなんだヨ。オレっちも今、探りを入れている所なんだけどネ。もう1つは、まだ判ってないんダ」

 

 アルゴの説明に、キリトは口元に手を当てて考え込む。

 

 帝具の力が厄介な上に、残り1つの能力が不明。

 

 もし戦う事になった場合は、そこを見極める事が重要となるだろう。もっとも、それで不利を埋められるかどうかは不明だが。

 

「とにかく、並みの人間じゃ歯が立たない事は既に実証済みダ。帝都警備隊が何回も挑んでいるけど、全部返り討ちにあっているからネ」

「対抗できるとすれば、同じ帝具を持っている、俺達(ナイトレイド)って訳か」

 

 元より、外道を狩るのがナイトレイドの役目。ならば、躊躇う理由は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国北方には、長らく帝国と敵対関係にある異民族の国がある。

 

 近年、この北方異民族との緊張状態はこれまでに無いくらいに高まっており、特に北方異民族は、自国の要塞都市を拠点にして、帝国への侵攻を強める構えを見せている。

 

 その北方異民族軍を率いるのは、異民族の王子であり「北の勇者」の異名で呼ばれるヌマ・セイカである。

 

 文武双方に優れ、槍を持てば百戦百勝。また絶大な戦略家としても知られており、これまで幾度となく帝国の地方軍を撃破、北方異民族の版図を歴史上最大規模まで、拡大する事に成功していた。

 

 そんな中、

 

 降りしきる吹雪の中を潜るように、1人の旅人が帝国領へ足を向けようとしていた。

 

 白い外套に頭頂から足先までをすっぽり覆い、その姿を見る事はできない。

 

 ただ、視界全てを覆い尽くすような白い嵐の中を、只管に南を目指して歩いている。

 

 その時、

 

「待てッ」

 

 不遜な声と共に、手に武器を持った男達が数名、旅人の行く手を遮る形で現れた。

 

 全身を防寒着で覆い、顔にはレンズと呼吸器付きのマスクを装備している。吹雪の中でも問題無く戦うための装備である。

 

 彼等は北方異民族軍の兵士達だった。最前線であるこの場所で網を張り、通りかかる人間を見張っていたのだろう。

 

「貴様、何者だ? どこへ行く?」

 

 問いかけると同時に、武器を構える兵士達。

 

 現在、帝国軍が精鋭部隊を派遣したと言う情報が彼等の元へと入っている為、緊張の度合いが増しているのだ。

 

 対して、

 

 旅人はフードに隠された顔を僅かに上げて答える。

 

「南・・・・・・帝国へ」

 

 声の感じから男、それもかなり若い事が予想されるが、それ以上の事は判らない。

 

 だが、旅人の答えが、兵士達の緊張の度合いを引き上げた。

 

「帝国だとッ 怪しい奴、顔を見せろ!!」

 

 言いながら、フードを剥ぎ取ろうと、先頭の兵士が手を伸ばす。

 

 だが、

 

 そこで旅人が動いた。

 

 鋭く腕を振り上げ、伸ばされた兵士の手を払う。

 

「貴様ッ」

「抵抗するか!!」

 

 旅人の態度を敵対行動と取ったのだろう。兵士達は一斉に武器を向けてくる。

 

 北方異民族は過酷な環境で生き残るために、高い戦闘技術を身に着けている。そんな彼等が一斉に掛かれば、得体のしれない旅人1人、捕えるくらい訳ない話である。

 

 だが次の瞬間、

 

 吹雪を斬り裂くような、銀の閃光が奔った。

 

 次の瞬間、先頭の兵士が首を切られ、鮮血を舞わせながら雪原へと倒れ伏す。

 

 仲間の死に動揺が走る中、旅人は更に動く。

 

 外套の下から姿を現した刃。

 

 僅かな反りがある優美な刀剣は、アカメの村雨の原型にもなった東方島国に伝わる伝統的な武器、刀である。

 

 鋭い一閃によって1人を袈裟懸けに斬り、更にもう1人の心臓に刃を突き立てる。

 

 この間、僅か数秒。

 

 雪原の上に、兵士達の屍が積み重ねられていく。

 

 旅人は刃を返すと、更に2人の兵士を斬って捨てた。

 

「だ、駄目だッ 退け!!」

 

 相手が自分達の手には負えないと判断したのだろう。残った兵士達は次々と踵を返して撤退していく。

 

 残ったのは、息絶えた兵士の屍と、息一つ乱した様子が無い旅人だけだった。

 

 刃の血を振るい、鞘へと納める旅人。

 

 その時だった。

 

 パチ パチ パチ パチ パチ パチ

 

 吹雪の中から、何かが弾けるような音が聞こえてきた。

 

 とっさに振り返る旅人。

 

 そこで見たのは、1人の女性だった。

 

 長い髪、スラリとした手足が齎す長身は、まるで一流モデルのような外見である。眼つきは鋭く、怜悧な美貌の持ち主である。

 

 異様な事に、その女性はこの吹雪の中、一切の防寒具を付けずに歩いている。

 

 だが、

 

「見事だ」

 

 称賛の声が贈られる中、

 

 旅人は警戒したように、フードの奥から女を睨みつける。

 

 それは、女の全身から発せられる気配が、あまりにも剣呑な物であったからに他ならない。

 

 まるで獣、

 

 否、そんなレベルの話ではない。

 

 まるで危険種と呼ばれる凶悪生物の中でも、最悪の部類に当たる、特級と言われる存在と出くわした時のような、とんでもない殺気を感じる。

 

 彼女の背後には3人の男達が控えているが、その男達ですら、目の前の女には敵わない。

 

 恐らく、今しがた相手をした兵士では、たとえ1万で掛かったとしても、この女1人には敵わないのではないだろうか?

 

 そんな旅人の警戒を見透かしたように、女はフッと口元に笑みを浮かべた。

 

「そう怯えるな。何も取って食おうと言う訳じゃない」

 

 そう言うと、手を差し出す。

 

「どうだ、私の陣へ来ないか? 言っておくが、私はそいつらとは敵、帝国軍の者だ。お前が帝国へ行きたいと言うのなら、色々と便宜を図ってやることもできるぞ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 それは、申し出としてはありがたい物がある。

 

 何より、

 

 目の前の人物相手に戦って、自分が無事でいられると言う保証も無い。ここは、素直に従っておいた方が頭の良い選択と言える。

 

 迷った末に、旅人は頷きを返すのだった。

 

 

 

 

 

第3話「血の匂いに導かれ」      終わり

 


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