1
街道から外れ、うち捨てられた廃墟。
地元の人間ですら、全く近付く事の無いその場所だが、最近になって移り住んだ者がいると言う事は、全くと言って良い程知られていなかった。
それもそのはず。住み着いた「住人」の正体を考えれば、もし万が一、問題の屋敷にちょっとでも近付こうものなら、即座に命を奪われる事は目に見えていた。
まるで幽霊の如く、姿を隠しながら動き、人の命を狩り取る彼等は、正に死神と言うべきであろう。
定期的に拠点を変える彼等の動きは、腐敗して目を曇らせた帝国軍は全くと言って良い程、掴む事が出来ていない。結果的に、その跳梁を許す形になっていた。
思い思いの恰好で居並ぶ面々に苦笑を送りながら、フードをかぶった男は一同の前に立つ。
殺人犯罪組織「ラフィン・コフィン」
彼等は、人々から恐怖と憎悪を込めて、記憶されるべき存在だった。
「第2ラウンドだ」
フードの奥の視線で仲間達を見回しながら、リーダーのPohは低い声で言った。
「帝都に張り付けてあった見張りから報告が入った。イェーガーズが帝都周辺の掃除を終え、いよいよナイトレイド討伐にシフトするらしい。エスデスを含めた全員が、出撃準備を整えつつあるそうだ」
リーダーの言葉に、居並ぶメンバー達は感心したように声を出す。中には、軽く杭笛を拭いている者もいた。
「それでヘッド、俺等はどうするんですか? まさか、指咥えて見物ってわけじゃないっすよね?」
ジョニー・ブラックの発言に、幾人かのメンバーが同調するように頷きを示すのが見えた。
その様は、まるで獲物を目の前にして猛る狼の群れのようだ。
いよいよ始まるナイトレイドとイェーガーズの全面激突。
そんな「おいしい」イベントを前にしにして、生殺しのような見物を強いられるのは、居並ぶ誰もが御免蒙りたいところだった。
そんな一同の期待の視線を受けながら、Pohは口元に笑みを浮かべる。
「ナイトレイドもイェーガーズも、俺達の存在なんぞ眼中にないだろうよ。だが、そこが狙い目だ。連中に目を付けられていな俺達は、まさしく自由に動き回れるって訳だ。獲物はより取り見取りだぜ」
リーダーの言葉に、メンバー達は含み笑いを漏らす。
つまり、戦いのイニシアチブを握っているのは、ナイトレイドでもイェーガーズでも無く、自分達ラフィン・コフィンだと言う事だ。
しかも、敵が自分達の活動を警戒していないとすれば、先制攻撃の余地は充分に考えられた。
「こんな面白い状況なんだ。見逃す馬鹿は、俺達の中にはいないだろ?」
まるで挑発するようなPohの言葉。
しかし、その声は、確実にメンバー達の脳へと沁み込んで行く。
相手は帝国最強と最凶。
獲物の価値として、これ程の極上はめったにお目には掛かれないだろう。
だからこそ、やる。
人生はギャンブルであり、そこに大物を狙える余地があるならば、やらない手はない。
勿論、人を殺める事も恐れない自分達「強者」が負けるなどとは、露とも思っている者はいなかった。
2
イェーガーズ動く。
その報告は革命軍斥候部隊の手によって、街道に潜伏中のナイトレイドにも届けられた。
帰巣本能のあるマーグファルコンを用いて届けられた伝書には、エスデスを含むメンバー全員が帝都を出て出撃。街道へ向かったと言う。
明らかに、ナイトレイドを標的にした行動だった。
「まずは、第1段階終了といったところか」
報告文を眺めながら、ナジェンダが呟いた。
キョロクへ行く前に、まずは目障りなイェーガーズを叩き、戦力を削ぐ。その為の作戦が動き出したと言う事だ。
全ては、ここからだ。
ナジェンダは思い描いた作戦案を、もう一度、自身の頭の中で再生する。
イェーガーズは皆、一騎当千のつわもの達しかもトップのエスデスは帝国最強。1対1で勝てる者は存在しない。正面からまともに激突すれば、ナイトレイドの敗北は必至である。
だからこそ、罠に掛ける。
現役時代であっても、ナジェンダは武力においてエスデスには敵わない。それは、失われた右腕と右目が如実に証明している。
しかし、こと知略においては、ナジェンダは自分の方がエスデスに勝っていると思っている。
「さあ来い、エスデス・・・・・・私はここにいるぞ」
ナジェンダは静かな闘志と共に、自身へと迫っているであろう宿敵に語りかけた。
そんな彼女の耳に、楽しげな笑い声が届いていた。
良い眺めだった。
水着姿で戯れる女性と言うのは、それを眺めるだけで心が洗われるようだ。
それが、男達の偽らざる本音である。
「いや~ こんな所で女性陣の水着が見られるなんて、嬉しいね~」
「まったくだ」
ラバックのだらけきった発言に、傍らのキリトは同調するように頷きを返す。
その視線の先では、水着姿のシノン、リーファ、レオーネ、チェルシーの姿がある。
先述した通り、皆、華やかな水着姿を陽光の元に晒し、瑞々しい素肌で水と戯れていた。
レオーネはオレンジ色のストライプが入ったビキニ。たわわに実った胸と、鍛え上げられた四肢が、完成されたスタイルを作り出している。
それに追随するプロポーションを見せ付けているのは意外な事に、緑色のビキニを纏ったリーファである。この中では最年少となる妖精少女だが、発育に関しては群を抜いており、水の中で跳ねる度、緑色の水着に包まれた大きな胸は、視線を引き付けて止まなかった。
水色のパンツタイプビキニに身を包んでいるのはチェルシーである。こちらは、胸の大きさでは上記2人には敵わないものの、それでもモデルのようなスラリとした体形をしており、無駄を省いた1個の美を、その身で体現している。
シノンは動きやすそうな黒のスポーティタイプビキニを着用しており、少女らしい細い肢体が、俊敏そうな印象を見せている。もともと釣り目勝ちの表情と相まって、ネコ科の肉食動物を連想させる。
皆、それぞれに魅力あふれる姿である。
と、
「デレデレするなよ、2人とも。これも作戦の内なんだからな」
そんなラバックとキリトに、タツミが真面目な口調で苦言を呈する。
今回の作戦は、可能な限り人目に付くように行動し、イェーガーズの目を引き付ける事にある。そうする事で、帝都から離れた場所で襲撃を行うのだ。
だが、
「は!? お前バカなの!? ホモなの!?」
「ち、チゲェよ!!」
「さすが、モテる男は言う事が違うな、タツミ」
「キリト、お前も違うって!!」
ラバックとキリトの発言に、躍起になって否定するタツミ。
とは言え、あの帝国最強のエスデスから、熱烈なラブコールを送られているタツミである。何をどう言ったところで、それは弁明にならなかった。
そこへ、水から上がって来たレオーネとチェルシーが近付いて来る。
「ターツミ、アタシとチェルシー、どっちの水着が好みかな?」
「おー、それは聞いてみたいね、是非」
悪乗りするように、チェルシーもレオーネの言葉に便乗してくる。
迫る2人の美女に、タジタジなタツミ。
片や女性もうらやむほどのスタイルを持つレオーネと、片やモデル並みの美女であるチェルシー。
そんな2人が麗しい水着姿で迫ってきているのだ。その気が無くても、羨ましい光景である事は間違いない。
「お、俺は・・・・・・その・・・・・・」
それに対し、純情少年であるタツミは、顔を真っ赤にして押し黙ってしまう。
やがて、タツミは逃げるように首を巡らせる。
「いやー、さすがスーさん。引き締まった体してるぜ!!」
「ムッ」
露骨に逃げるタツミに対し、チェルシーとレオーネは、やれやれとばかりに苦笑する。
一方、突然話を振られ、目をキラーンと輝かせるスサノオ。確かに、筋肉質ながら決して膨らみ過ぎず、適度な引き締まりを見せるスサノオの体は、ある種の肉体美とも言える様相を見せている。
そんな中、ラバックは悔しそうに涙を流している。
「なぜタツミに聞く!? 俺に聞いてくれれば『どっちも好きに決まっているだろ』って叫びながら、その胸に飛び込んで国歌斉唱してやるのに!!」
「お前がそう言う男だからだろ」
「当然の事ね」
男の叫びを発するラバックに、肩を竦めるレオーネとチェルシー。
女好きであり、決して嫌われている訳ではないのだが、そのキャラクターのせいで、いつまでも「三枚目」「仲間」「お笑いキャラ」というポジションから脱却できないラバック。
がっつきすぎるのも、考え物と言う事である。
一方、
水から上がったシノンとリーファは、キリトの方へと近付いてきた。
「お兄ちゃんも、見てないで一緒に遊ぼうよ」
「お、おい、リーファ」
腕を引っ張る妹に、キリトは思わずたたらを踏む。
その視線の先には、どうしても引き付けられてしまう、大きな膨らみがある。
すると今度は、反対側の手をシノンが取る。
「ほらほら、遠慮するような柄でもないでしょ」
そう言って、笑顔でキリトの手を引っ張るシノン。
2人の水着美女に手を引かれて、喜ばない男は少数派だろう。まして、両方とも水準以上の美少女と来れば尚更である。
「よし、じゃあ、少し遊ぶか」
顔を赤らめながらも、まんざらではない様子のキリト。
ラバックが嫉妬塗れの視線を送って来るが、そこは丁重に無視しておいた。
と、その時、
「あれ~ 泳いでるよ。これなら、あたしも水着くらい持って来ればよかったかな」
岸から掛けられた呆れ気味の声に、振り向く一同。
そこには、大きなザックを背負った少女が、こちらを向いて立っていた。
フワフワした印象のあるペールピンクの髪を短く切り、顔にあるそばかすが印象的な少女である。
「誰?」
首をかしげるタツミ。年の頃は、彼よりも少し上くらいだが、見覚えの無い少女である。
対して、驚いて声を上げたのはリーファだった。
「リズさんッ どうしてここに!?」
「やっほー、リーファじゃん。なに、ナイトレイドに引き抜かれたって聞いたけど、元気そうだね」
リズと呼ばれた少女は、そう言って気さくにリーファに手を振ってくる。
「リーファ、知り合いなの?」
「革命軍の後方支援部隊に所属しているリズベットさんです。私も、あっちにいた頃、何度かお世話になってました」
尋ねるシノンに、リーファがそう答える。
一同が視線を向ける中、リズベットは少し崩れた感じで敬礼を向ける。
「ナジェンダさんの要請で革命軍から来ましたリズベットです。通常の武器から帝具まで、メンテナンスなら任せてください」
リズベットは溌剌とした声でそう告げると、一同に笑い掛けた。
2
ナイトレイド達が作戦を兼ねた休養に興じている頃、
帝都を発したイェーガーズは、ロマリー街道入口の街に達し、そこで休憩を兼ねた作戦会議を行っていた。
ここに至るまで、ナイトレイド側の動向は、逐一報告を受けている。
それを踏まえた上で、エスデスが行動指針を決める事になる。
しかし、ここでエスデスは足踏みを余儀なくされていた。
それは、もたらされた2通の情報に起因する。
「リーダーのナジェンダは東へ、切り札であるアカメは南へ行くのが目撃されていますね」
「ここで二手に分かれた、と見るべきか・・・・・・・・・・・・」
アスナの言葉に頷きを返しながらも、エスデスは自身の言葉に確信を持てずにいた。
周囲にはイェーガーズの面々が集まり、露店で購入したクレープを頬張りながら、エスデスの判断を待っている。
姉に似て食いしん坊キャラのクロメは1人でいくつものクレープを頬張っている一方、セリューは相棒のコロと取り合いをしている。
微笑ましいのはシリカ・ピナコンビで、2人で仲良くクレープを半分こして食べていた。
「東へ行けば、安寧道の本部があるキョロク。南へずっと行けば、反乱軍の勢力圏。いずれにしてもきな臭いですね」
ボルスが、マスクの下で険しい表情を作りながら言う。
この分岐点の街で、進路をどう取るかに寄って、今後の運命が変わって来る事になる。
「エスデス、遅い。さっさと決めて」
いちはやくクレープを食べ終えたトキハが、焦れたように催促してくる。
積極果断を地で行くエスデスが、珍しく判断に迷っている事に違和感を覚えている様子だ。
そんなトキハの様子に、エスデスは苦笑しつつ言葉を返す。
「焦るな、トキハ。無理に動けばナジェンダの術中にはまるぞ。あいつを甘く見るな」
「隊長は、ナジェンダ元将軍の事をご存じなんですか?」
尋ねるアスナに対し、エスデスは頷きを返す。
「元同僚だよ。帝国軍が強大とは言え、あいつほど、知略に長けた人間は、そうはいない」
「エスデスでも負ける?」
そう尋ねるトキハに、傍らのウェイブがギョッとするのが見える。
イェーガーズ隊員の中で、トキハほどエスデスに対して遠慮のない言動をする者はいない。それだけに、周りの人間は緊張に絶えない事暫しだった。
「そうだな。あいつは、頭がよく回るし、武力も私ほどではないが高い。戦えば最初の内は押されるだろうな」
そう言ってから、凄味のある笑いをエスデスは浮かべる。
「だが、武力においては圧倒的に私の方が上だ。結局のところ、最終的には私が勝つだろう」
その言葉に、一同は頼もしげな視線をエスデスに向ける。
これあるからこそ、我らが隊長だ。
「じゃあ、すぐに追いかけましょう。急げば追いつけるはずです」
「まあ、待て」
勢い込んで身を乗り出すウェイブを、エスデスは押し留めるように制すると、状況の整理に入る。
追撃するにしてもまず、方針を決めない事には。無策で突っ込むほど、エスデスも愚かではなかった。
「ナイトレイドは帝都の賊。それが、地方までは手配書が回っていないので、油断して顔を出したところを追跡され、あげく二手に分かれたところも目撃されている。都合がよすぎると思わないか?」
「同感です。高確率で罠だと思うべきでしょう」
ランがエスデスの言葉に同調し、頷きを返す。
状況が、あまりにも見え透いている。誘いを掛けている、と考える方が自然だった。
「つまり、私達を帝都からおびき出して倒そうとしているんですか?」
「恐らくな。ナジェンダはそう言う奴だ。燃える心で、クールに戦う。相変わらず、厄介な女だ」
セリューの言葉に頷きながら、エスデスはかつての宿敵を思い描く。
ナジェンダがエスデスを警戒しているのと同様、エスデスもまた、ナジェンダと戦う事へのやりにくさを隠せずにいるのだ。
互いの手の内が判っているからこそ、戦いは裏の取り合いとなる。
ただ今回は、既にナイトレイドが先手を取って動いている以上、イェーガーズは後手に回らざるを得ない。その事が、エスデスには腹立たしく感じられるのだった。
だが、今回一つの事実として、今まで闇に隠れ潜んでいたナイトレイドが、わざわざ白昼堂々と姿を現した事は大きい。この機に乗じない手は無かった。
「隊を二つに分ける」
エスデスは断を下すように言った。
「私とセリュー、ラン、アスナ、シリカは東へ向かい、ナジェンダを追う。ウェイブ、ボルス、トキハ、クロメは南へ、アカメを追え」
隊を二手に分ける。
作戦としてはあまり褒められた物ではないが、それでも現状は、万全の状態で戦う事を許してくれない。エスデスとしても、これが最善であると判断した。
少数精鋭部隊の弱点の1つである、多方面への戦力展開の困難さが露呈した形であるが、それも詮無い事と割り切るしかない。
「でも、良いんですか?」
シリカが、律儀に挙手をして発言した。
「何だか、私達の班の方が、戦力的に偏っているようにも見えますけど?」
イェーガーズは皆、一騎当千の実力者だが、中でもやはりエスデスの存在は別格である。
そのエスデスのいる班の方が数が多い事に、疑問を感じたのだろう。
「問題はないさ」
そう言うと、エスデスはシリカの頭を撫でてやる。
その視線は、クロメとトキハの2人に向けられていた。
2人の帝具の力を持ってすれば、多少の不利は跳ね返せるはず。加えて、実戦経験豊富で白兵戦では部類の強さを誇るウェイブに、対多数戦闘に長けるボルスの存在もある。正に、隙のない布陣だった。
「ただし、常に周囲を警戒しておけ。そして、相手があまりに多数で待ち構えていたようなら、撤退して構わん。ガンガン攻めるが、特攻しろと言っている訳じゃないからな。帝都に仇なす最後の鼠だ。着実に追い詰めて仕留めて見せろ!!」
『了解!!』
エスデスの言葉に、イェーガーズの士気は否が応でも高まった。
3
ナジェンダがロマリー街道を最初の戦場に選んだのは、いくつかの理由から成り立っている。
まず街道自体が長いため、複数の襲撃ポイントが用意できる。その為、逆に襲撃を受ける側(今回の場合、イェーガーズ)は、いつ、どこで襲撃を受けるのか、常に警戒をしなくてはならなくなる。当然、神経はすり減り、注意力も落ちる。
街道内部は地形が複雑で、見通しが殆ど効かない為、警戒網が薄くなることに加え、更に南北、東西に大きく分岐している事から、一方の街道から、もう一方の街道へ行くには、どうしても数日の時間がかかる。
つまり、急を知ったエスデスが救援に駆けつけようとしたとしても、すぐには不可能であり、追いついてきたころには、既に戦闘は終結している訳である。
ここで問題になるのは、イェーガーズが戦力を分散せず、全力を持って追撃を仕掛けてきた場合である。そうなったら、いかにナジェンダといえども手の出しようがない。
それに対応する為、ナジェンダは策を仕掛けた。
ナイトレイドの中で、特に危険視されているのはリーダーの自分と、エースのアカメである。
その二人が、それぞれ南と東の街道で目撃されたと言う情報を、革命軍のスパイを通じてエスデスに伝わるように仕向けた。
しかも、東に行けばキョロク。南へ行けば革命軍の勢力圏。どちらも帝国にとって無視できない場所である。つまり、ナイトレイドが向かう場所としては、どちらも信憑性が高いと言う事になる。
加えて、ナジェンダが姿を見せたとなれば、エスデスは必ず、自ら追いかけて来ると確信している。自分とエスデスの因縁は、それ程までに深いのだ。
全ては、ナジェンダの手の内にある。
決戦の準備は、着々と整いつつあった。
「よし、できた」
一仕事を終えたリズベットは、笑顔と共に手を止める。
テーブルの上に並べられた帝具たち。
村雨、インクルシオ、エリュシデータ、ダークリパルサー、パンプキン、クローステール、ライオネル、シェキナー、フェアリーダンス、ガイアファンデーション。
全てが、リズベットの手によって新品同様の輝きを放っていた。
ナジェンダがリズベットを革命軍本部から呼び寄せたのは、決戦を前にしてメンバー達の帝具を万全の状態に仕上げる為だったのだ。
そのリズベットの手には、彼女の手には少し大きい感じのする手袋が嵌められている。
忘れもしない、その手袋は、あのドクター・スタイリッシュが使用していた帝具《神ノ御手パーフェクター》である。
スタイリッシュ死後、革命軍本部に送られたパーフェクターだが、それをリズベットが受け継いだ形である。
後方支援部隊として武具の調整を担当するリズベットにとって、まさにパーフェクターはベストマッチと言うべきだった。
因みに、パーフェクターの扱いに関しては、革命軍内で聊か変則的な立ち位置にある。
リズベットの他にも数人、パーフェクターに適合するものがいた為、現在は複数の人間が状況に合わせて使いまわしているのだ。
「スサノオも後で見てあげるね。それから、ナジェンダさんの義手も」
「ああ、頼む」
生物型帝具であるスサノオのメンテナンスには、聊か複雑な手順を擁する。その為、少し時間を掛ける必要があった。
アカメ、タツミ、キリト、マイン、ラバック、レオーネ、シノン、リーファ、チェルシーが、それぞれの帝具を手に取る。
手に馴染む感触は、しかし生まれ変わったかのように新鮮な印象があった。
「良い仕事だ。助かるよ」
愛刀二振りを鞘に収めながら、キリトが笑い掛ける。
これで自分達は100パーセント、否、120パーセントの力を発揮して戦う事ができる。
イェーガーズとの決戦準備は、整ったと言って良かった。
一方、
ナイトレイドを追撃すべく、イェーガーズも動き出そうとしていた。
用意された馬は、つごう8頭。本来なら人数分の9頭用意すべきところだが、シリカが馬に乗れない為、彼女はアスナの後ろに乗せてもらう形となる。
「いい、トキハ君」
自分の馬に乗り込もうとしてるトキハを、アスナは声を掛けて呼び止めた。
「あんまり無茶しないでよね。君は本当に、誰かが見ていないとすぐに無茶ばっかりするんだから」
「そんなつもりはない」
言い募るアスナに対し、素っ気ない口調で返すトキハ。
普段の彼なら、そのままさっさと馬に乗り去って行くところだろう。
だが、すぐに思い直したように振り返り、アスナを見やる。
「そっちこそ・・・・・・・・・・・・気を付けて」
「トキハ君?」
普段は見せないような少年の言葉に、アスナはキョトンとした顔を見せる。
対して、トキハはアスナを真っ直ぐに見返す。
「今回は・・・・・・何か嫌な予感がする。だから、気を付けて、アスナ」
そう言うと、トキハは今度こそ馬上の人となる。
ナイトレイド
イェーガーズ
革命軍と帝国軍、双方の精鋭部隊が、運命に手繰り寄せられるように最初の激突の地、ロマリー街道へと向かっていく。
死闘が、始まろうとしていた。
第28話「激戦の予感」 終わり