漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第28話「激戦の予感」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街道から外れ、うち捨てられた廃墟。

 

 地元の人間ですら、全く近付く事の無いその場所だが、最近になって移り住んだ者がいると言う事は、全くと言って良い程知られていなかった。

 

 それもそのはず。住み着いた「住人」の正体を考えれば、もし万が一、問題の屋敷にちょっとでも近付こうものなら、即座に命を奪われる事は目に見えていた。

 

 まるで幽霊の如く、姿を隠しながら動き、人の命を狩り取る彼等は、正に死神と言うべきであろう。

 

 定期的に拠点を変える彼等の動きは、腐敗して目を曇らせた帝国軍は全くと言って良い程、掴む事が出来ていない。結果的に、その跳梁を許す形になっていた。

 

 思い思いの恰好で居並ぶ面々に苦笑を送りながら、フードをかぶった男は一同の前に立つ。

 

 殺人犯罪組織「ラフィン・コフィン」

 

 彼等は、人々から恐怖と憎悪を込めて、記憶されるべき存在だった。

 

「第2ラウンドだ」

 

 フードの奥の視線で仲間達を見回しながら、リーダーのPohは低い声で言った。

 

「帝都に張り付けてあった見張りから報告が入った。イェーガーズが帝都周辺の掃除を終え、いよいよナイトレイド討伐にシフトするらしい。エスデスを含めた全員が、出撃準備を整えつつあるそうだ」

 

 リーダーの言葉に、居並ぶメンバー達は感心したように声を出す。中には、軽く杭笛を拭いている者もいた。

 

「それでヘッド、俺等はどうするんですか? まさか、指咥えて見物ってわけじゃないっすよね?」

 

 ジョニー・ブラックの発言に、幾人かのメンバーが同調するように頷きを示すのが見えた。

 

 その様は、まるで獲物を目の前にして猛る狼の群れのようだ。

 

 いよいよ始まるナイトレイドとイェーガーズの全面激突。

 

 そんな「おいしい」イベントを前にしにして、生殺しのような見物を強いられるのは、居並ぶ誰もが御免蒙りたいところだった。

 

 そんな一同の期待の視線を受けながら、Pohは口元に笑みを浮かべる。

 

「ナイトレイドもイェーガーズも、俺達の存在なんぞ眼中にないだろうよ。だが、そこが狙い目だ。連中に目を付けられていな俺達は、まさしく自由に動き回れるって訳だ。獲物はより取り見取りだぜ」

 

 リーダーの言葉に、メンバー達は含み笑いを漏らす。

 

 つまり、戦いのイニシアチブを握っているのは、ナイトレイドでもイェーガーズでも無く、自分達ラフィン・コフィンだと言う事だ。

 

 しかも、敵が自分達の活動を警戒していないとすれば、先制攻撃の余地は充分に考えられた。

 

「こんな面白い状況なんだ。見逃す馬鹿は、俺達の中にはいないだろ?」

 

 まるで挑発するようなPohの言葉。

 

 しかし、その声は、確実にメンバー達の脳へと沁み込んで行く。

 

 相手は帝国最強と最凶。

 

 獲物の価値として、これ程の極上はめったにお目には掛かれないだろう。

 

 だからこそ、やる。

 

 人生はギャンブルであり、そこに大物を狙える余地があるならば、やらない手はない。

 

 勿論、人を殺める事も恐れない自分達「強者」が負けるなどとは、露とも思っている者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イェーガーズ動く。

 

 その報告は革命軍斥候部隊の手によって、街道に潜伏中のナイトレイドにも届けられた。

 

 帰巣本能のあるマーグファルコンを用いて届けられた伝書には、エスデスを含むメンバー全員が帝都を出て出撃。街道へ向かったと言う。

 

 明らかに、ナイトレイドを標的にした行動だった。

 

「まずは、第1段階終了といったところか」

 

 報告文を眺めながら、ナジェンダが呟いた。

 

 キョロクへ行く前に、まずは目障りなイェーガーズを叩き、戦力を削ぐ。その為の作戦が動き出したと言う事だ。

 

 全ては、ここからだ。

 

 ナジェンダは思い描いた作戦案を、もう一度、自身の頭の中で再生する。

 

 イェーガーズは皆、一騎当千のつわもの達しかもトップのエスデスは帝国最強。1対1で勝てる者は存在しない。正面からまともに激突すれば、ナイトレイドの敗北は必至である。

 

 だからこそ、罠に掛ける。

 

 現役時代であっても、ナジェンダは武力においてエスデスには敵わない。それは、失われた右腕と右目が如実に証明している。

 

 しかし、こと知略においては、ナジェンダは自分の方がエスデスに勝っていると思っている。

 

「さあ来い、エスデス・・・・・・私はここにいるぞ」

 

 ナジェンダは静かな闘志と共に、自身へと迫っているであろう宿敵に語りかけた。

 

 そんな彼女の耳に、楽しげな笑い声が届いていた。

 

 

 

 

 

 良い眺めだった。

 

 水着姿で戯れる女性と言うのは、それを眺めるだけで心が洗われるようだ。

 

 それが、男達の偽らざる本音である。

 

「いや~ こんな所で女性陣の水着が見られるなんて、嬉しいね~」

「まったくだ」

 

 ラバックのだらけきった発言に、傍らのキリトは同調するように頷きを返す。

 

 その視線の先では、水着姿のシノン、リーファ、レオーネ、チェルシーの姿がある。

 

 先述した通り、皆、華やかな水着姿を陽光の元に晒し、瑞々しい素肌で水と戯れていた。

 

 レオーネはオレンジ色のストライプが入ったビキニ。たわわに実った胸と、鍛え上げられた四肢が、完成されたスタイルを作り出している。

 

 それに追随するプロポーションを見せ付けているのは意外な事に、緑色のビキニを纏ったリーファである。この中では最年少となる妖精少女だが、発育に関しては群を抜いており、水の中で跳ねる度、緑色の水着に包まれた大きな胸は、視線を引き付けて止まなかった。

 

 水色のパンツタイプビキニに身を包んでいるのはチェルシーである。こちらは、胸の大きさでは上記2人には敵わないものの、それでもモデルのようなスラリとした体形をしており、無駄を省いた1個の美を、その身で体現している。

 

 シノンは動きやすそうな黒のスポーティタイプビキニを着用しており、少女らしい細い肢体が、俊敏そうな印象を見せている。もともと釣り目勝ちの表情と相まって、ネコ科の肉食動物を連想させる。

 

 皆、それぞれに魅力あふれる姿である。

 

 と、

 

「デレデレするなよ、2人とも。これも作戦の内なんだからな」

 

 そんなラバックとキリトに、タツミが真面目な口調で苦言を呈する。

 

 今回の作戦は、可能な限り人目に付くように行動し、イェーガーズの目を引き付ける事にある。そうする事で、帝都から離れた場所で襲撃を行うのだ。

 

 だが、

 

「は!? お前バカなの!? ホモなの!?」

「ち、チゲェよ!!」

「さすが、モテる男は言う事が違うな、タツミ」

「キリト、お前も違うって!!」

 

 ラバックとキリトの発言に、躍起になって否定するタツミ。

 

 とは言え、あの帝国最強のエスデスから、熱烈なラブコールを送られているタツミである。何をどう言ったところで、それは弁明にならなかった。

 

 そこへ、水から上がって来たレオーネとチェルシーが近付いて来る。

 

「ターツミ、アタシとチェルシー、どっちの水着が好みかな?」

「おー、それは聞いてみたいね、是非」

 

 悪乗りするように、チェルシーもレオーネの言葉に便乗してくる。

 

 迫る2人の美女に、タジタジなタツミ。

 

 片や女性もうらやむほどのスタイルを持つレオーネと、片やモデル並みの美女であるチェルシー。

 

 そんな2人が麗しい水着姿で迫ってきているのだ。その気が無くても、羨ましい光景である事は間違いない。

 

「お、俺は・・・・・・その・・・・・・」

 

 それに対し、純情少年であるタツミは、顔を真っ赤にして押し黙ってしまう。

 

 やがて、タツミは逃げるように首を巡らせる。

 

「いやー、さすがスーさん。引き締まった体してるぜ!!」

「ムッ」

 

 露骨に逃げるタツミに対し、チェルシーとレオーネは、やれやれとばかりに苦笑する。

 

 一方、突然話を振られ、目をキラーンと輝かせるスサノオ。確かに、筋肉質ながら決して膨らみ過ぎず、適度な引き締まりを見せるスサノオの体は、ある種の肉体美とも言える様相を見せている。

 

 そんな中、ラバックは悔しそうに涙を流している。

 

「なぜタツミに聞く!? 俺に聞いてくれれば『どっちも好きに決まっているだろ』って叫びながら、その胸に飛び込んで国歌斉唱してやるのに!!」

「お前がそう言う男だからだろ」

「当然の事ね」

 

 男の叫びを発するラバックに、肩を竦めるレオーネとチェルシー。

 

 女好きであり、決して嫌われている訳ではないのだが、そのキャラクターのせいで、いつまでも「三枚目」「仲間」「お笑いキャラ」というポジションから脱却できないラバック。

 

 がっつきすぎるのも、考え物と言う事である。

 

 一方、

 

 水から上がったシノンとリーファは、キリトの方へと近付いてきた。

 

「お兄ちゃんも、見てないで一緒に遊ぼうよ」

「お、おい、リーファ」

 

 腕を引っ張る妹に、キリトは思わずたたらを踏む。

 

 その視線の先には、どうしても引き付けられてしまう、大きな膨らみがある。

 

 すると今度は、反対側の手をシノンが取る。

 

「ほらほら、遠慮するような柄でもないでしょ」

 

 そう言って、笑顔でキリトの手を引っ張るシノン。

 

 2人の水着美女に手を引かれて、喜ばない男は少数派だろう。まして、両方とも水準以上の美少女と来れば尚更である。

 

「よし、じゃあ、少し遊ぶか」

 

 顔を赤らめながらも、まんざらではない様子のキリト。

 

 ラバックが嫉妬塗れの視線を送って来るが、そこは丁重に無視しておいた。

 

 と、その時、

 

「あれ~ 泳いでるよ。これなら、あたしも水着くらい持って来ればよかったかな」

 

 岸から掛けられた呆れ気味の声に、振り向く一同。

 

 そこには、大きなザックを背負った少女が、こちらを向いて立っていた。

 

 フワフワした印象のあるペールピンクの髪を短く切り、顔にあるそばかすが印象的な少女である。

 

「誰?」

 

 首をかしげるタツミ。年の頃は、彼よりも少し上くらいだが、見覚えの無い少女である。

 

 対して、驚いて声を上げたのはリーファだった。

 

「リズさんッ どうしてここに!?」

「やっほー、リーファじゃん。なに、ナイトレイドに引き抜かれたって聞いたけど、元気そうだね」

 

 リズと呼ばれた少女は、そう言って気さくにリーファに手を振ってくる。

 

「リーファ、知り合いなの?」

「革命軍の後方支援部隊に所属しているリズベットさんです。私も、あっちにいた頃、何度かお世話になってました」

 

 尋ねるシノンに、リーファがそう答える。

 

 一同が視線を向ける中、リズベットは少し崩れた感じで敬礼を向ける。

 

「ナジェンダさんの要請で革命軍から来ましたリズベットです。通常の武器から帝具まで、メンテナンスなら任せてください」

 

 リズベットは溌剌とした声でそう告げると、一同に笑い掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトレイド達が作戦を兼ねた休養に興じている頃、

 

 帝都を発したイェーガーズは、ロマリー街道入口の街に達し、そこで休憩を兼ねた作戦会議を行っていた。

 

 ここに至るまで、ナイトレイド側の動向は、逐一報告を受けている。

 

 それを踏まえた上で、エスデスが行動指針を決める事になる。

 

 しかし、ここでエスデスは足踏みを余儀なくされていた。

 

 それは、もたらされた2通の情報に起因する。

 

「リーダーのナジェンダは東へ、切り札であるアカメは南へ行くのが目撃されていますね」

「ここで二手に分かれた、と見るべきか・・・・・・・・・・・・」

 

 アスナの言葉に頷きを返しながらも、エスデスは自身の言葉に確信を持てずにいた。

 

 周囲にはイェーガーズの面々が集まり、露店で購入したクレープを頬張りながら、エスデスの判断を待っている。

 

 姉に似て食いしん坊キャラのクロメは1人でいくつものクレープを頬張っている一方、セリューは相棒のコロと取り合いをしている。

 

 微笑ましいのはシリカ・ピナコンビで、2人で仲良くクレープを半分こして食べていた。

 

「東へ行けば、安寧道の本部があるキョロク。南へずっと行けば、反乱軍の勢力圏。いずれにしてもきな臭いですね」

 

 ボルスが、マスクの下で険しい表情を作りながら言う。

 

 この分岐点の街で、進路をどう取るかに寄って、今後の運命が変わって来る事になる。

 

「エスデス、遅い。さっさと決めて」

 

 いちはやくクレープを食べ終えたトキハが、焦れたように催促してくる。

 

 積極果断を地で行くエスデスが、珍しく判断に迷っている事に違和感を覚えている様子だ。

 

 そんなトキハの様子に、エスデスは苦笑しつつ言葉を返す。

 

「焦るな、トキハ。無理に動けばナジェンダの術中にはまるぞ。あいつを甘く見るな」

「隊長は、ナジェンダ元将軍の事をご存じなんですか?」

 

 尋ねるアスナに対し、エスデスは頷きを返す。

 

「元同僚だよ。帝国軍が強大とは言え、あいつほど、知略に長けた人間は、そうはいない」

「エスデスでも負ける?」

 

 そう尋ねるトキハに、傍らのウェイブがギョッとするのが見える。

 

 イェーガーズ隊員の中で、トキハほどエスデスに対して遠慮のない言動をする者はいない。それだけに、周りの人間は緊張に絶えない事暫しだった。

 

「そうだな。あいつは、頭がよく回るし、武力も私ほどではないが高い。戦えば最初の内は押されるだろうな」

 

 そう言ってから、凄味のある笑いをエスデスは浮かべる。

 

「だが、武力においては圧倒的に私の方が上だ。結局のところ、最終的には私が勝つだろう」

 

 その言葉に、一同は頼もしげな視線をエスデスに向ける。

 

 これあるからこそ、我らが隊長だ。

 

「じゃあ、すぐに追いかけましょう。急げば追いつけるはずです」

「まあ、待て」

 

 勢い込んで身を乗り出すウェイブを、エスデスは押し留めるように制すると、状況の整理に入る。

 

 追撃するにしてもまず、方針を決めない事には。無策で突っ込むほど、エスデスも愚かではなかった。

 

「ナイトレイドは帝都の賊。それが、地方までは手配書が回っていないので、油断して顔を出したところを追跡され、あげく二手に分かれたところも目撃されている。都合がよすぎると思わないか?」

「同感です。高確率で罠だと思うべきでしょう」

 

 ランがエスデスの言葉に同調し、頷きを返す。

 

 状況が、あまりにも見え透いている。誘いを掛けている、と考える方が自然だった。

 

「つまり、私達を帝都からおびき出して倒そうとしているんですか?」

「恐らくな。ナジェンダはそう言う奴だ。燃える心で、クールに戦う。相変わらず、厄介な女だ」

 

 セリューの言葉に頷きながら、エスデスはかつての宿敵を思い描く。

 

 ナジェンダがエスデスを警戒しているのと同様、エスデスもまた、ナジェンダと戦う事へのやりにくさを隠せずにいるのだ。

 

 互いの手の内が判っているからこそ、戦いは裏の取り合いとなる。

 

 ただ今回は、既にナイトレイドが先手を取って動いている以上、イェーガーズは後手に回らざるを得ない。その事が、エスデスには腹立たしく感じられるのだった。

 

 だが、今回一つの事実として、今まで闇に隠れ潜んでいたナイトレイドが、わざわざ白昼堂々と姿を現した事は大きい。この機に乗じない手は無かった。

 

「隊を二つに分ける」

 

 エスデスは断を下すように言った。

 

「私とセリュー、ラン、アスナ、シリカは東へ向かい、ナジェンダを追う。ウェイブ、ボルス、トキハ、クロメは南へ、アカメを追え」

 

 隊を二手に分ける。

 

 作戦としてはあまり褒められた物ではないが、それでも現状は、万全の状態で戦う事を許してくれない。エスデスとしても、これが最善であると判断した。

 

 少数精鋭部隊の弱点の1つである、多方面への戦力展開の困難さが露呈した形であるが、それも詮無い事と割り切るしかない。

 

「でも、良いんですか?」

 

 シリカが、律儀に挙手をして発言した。

 

「何だか、私達の班の方が、戦力的に偏っているようにも見えますけど?」

 

 イェーガーズは皆、一騎当千の実力者だが、中でもやはりエスデスの存在は別格である。

 

 そのエスデスのいる班の方が数が多い事に、疑問を感じたのだろう。

 

「問題はないさ」

 

 そう言うと、エスデスはシリカの頭を撫でてやる。

 

 その視線は、クロメとトキハの2人に向けられていた。

 

 2人の帝具の力を持ってすれば、多少の不利は跳ね返せるはず。加えて、実戦経験豊富で白兵戦では部類の強さを誇るウェイブに、対多数戦闘に長けるボルスの存在もある。正に、隙のない布陣だった。

 

「ただし、常に周囲を警戒しておけ。そして、相手があまりに多数で待ち構えていたようなら、撤退して構わん。ガンガン攻めるが、特攻しろと言っている訳じゃないからな。帝都に仇なす最後の鼠だ。着実に追い詰めて仕留めて見せろ!!」

『了解!!』

 

 エスデスの言葉に、イェーガーズの士気は否が応でも高まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナジェンダがロマリー街道を最初の戦場に選んだのは、いくつかの理由から成り立っている。

 

 まず街道自体が長いため、複数の襲撃ポイントが用意できる。その為、逆に襲撃を受ける側(今回の場合、イェーガーズ)は、いつ、どこで襲撃を受けるのか、常に警戒をしなくてはならなくなる。当然、神経はすり減り、注意力も落ちる。

 

 街道内部は地形が複雑で、見通しが殆ど効かない為、警戒網が薄くなることに加え、更に南北、東西に大きく分岐している事から、一方の街道から、もう一方の街道へ行くには、どうしても数日の時間がかかる。

 

 つまり、急を知ったエスデスが救援に駆けつけようとしたとしても、すぐには不可能であり、追いついてきたころには、既に戦闘は終結している訳である。

 

 ここで問題になるのは、イェーガーズが戦力を分散せず、全力を持って追撃を仕掛けてきた場合である。そうなったら、いかにナジェンダといえども手の出しようがない。

 

 それに対応する為、ナジェンダは策を仕掛けた。

 

 ナイトレイドの中で、特に危険視されているのはリーダーの自分と、エースのアカメである。

 

 その二人が、それぞれ南と東の街道で目撃されたと言う情報を、革命軍のスパイを通じてエスデスに伝わるように仕向けた。

 

 しかも、東に行けばキョロク。南へ行けば革命軍の勢力圏。どちらも帝国にとって無視できない場所である。つまり、ナイトレイドが向かう場所としては、どちらも信憑性が高いと言う事になる。

 

 加えて、ナジェンダが姿を見せたとなれば、エスデスは必ず、自ら追いかけて来ると確信している。自分とエスデスの因縁は、それ程までに深いのだ。

 

 全ては、ナジェンダの手の内にある。

 

 決戦の準備は、着々と整いつつあった。

 

「よし、できた」

 

 一仕事を終えたリズベットは、笑顔と共に手を止める。

 

 テーブルの上に並べられた帝具たち。

 

 村雨、インクルシオ、エリュシデータ、ダークリパルサー、パンプキン、クローステール、ライオネル、シェキナー、フェアリーダンス、ガイアファンデーション。

 

 全てが、リズベットの手によって新品同様の輝きを放っていた。

 

 ナジェンダがリズベットを革命軍本部から呼び寄せたのは、決戦を前にしてメンバー達の帝具を万全の状態に仕上げる為だったのだ。

 

 そのリズベットの手には、彼女の手には少し大きい感じのする手袋が嵌められている。

 

 忘れもしない、その手袋は、あのドクター・スタイリッシュが使用していた帝具《神ノ御手パーフェクター》である。

 

 スタイリッシュ死後、革命軍本部に送られたパーフェクターだが、それをリズベットが受け継いだ形である。

 

 後方支援部隊として武具の調整を担当するリズベットにとって、まさにパーフェクターはベストマッチと言うべきだった。

 

 因みに、パーフェクターの扱いに関しては、革命軍内で聊か変則的な立ち位置にある。

 

 リズベットの他にも数人、パーフェクターに適合するものがいた為、現在は複数の人間が状況に合わせて使いまわしているのだ。

 

「スサノオも後で見てあげるね。それから、ナジェンダさんの義手も」

「ああ、頼む」

 

 生物型帝具であるスサノオのメンテナンスには、聊か複雑な手順を擁する。その為、少し時間を掛ける必要があった。

 

 アカメ、タツミ、キリト、マイン、ラバック、レオーネ、シノン、リーファ、チェルシーが、それぞれの帝具を手に取る。

 

 手に馴染む感触は、しかし生まれ変わったかのように新鮮な印象があった。

 

「良い仕事だ。助かるよ」

 

 愛刀二振りを鞘に収めながら、キリトが笑い掛ける。

 

 これで自分達は100パーセント、否、120パーセントの力を発揮して戦う事ができる。

 

 イェーガーズとの決戦準備は、整ったと言って良かった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 ナイトレイドを追撃すべく、イェーガーズも動き出そうとしていた。

 

 用意された馬は、つごう8頭。本来なら人数分の9頭用意すべきところだが、シリカが馬に乗れない為、彼女はアスナの後ろに乗せてもらう形となる。

 

「いい、トキハ君」

 

 自分の馬に乗り込もうとしてるトキハを、アスナは声を掛けて呼び止めた。

 

「あんまり無茶しないでよね。君は本当に、誰かが見ていないとすぐに無茶ばっかりするんだから」

「そんなつもりはない」

 

 言い募るアスナに対し、素っ気ない口調で返すトキハ。

 

 普段の彼なら、そのままさっさと馬に乗り去って行くところだろう。

 

 だが、すぐに思い直したように振り返り、アスナを見やる。

 

「そっちこそ・・・・・・・・・・・・気を付けて」

「トキハ君?」

 

 普段は見せないような少年の言葉に、アスナはキョトンとした顔を見せる。

 

 対して、トキハはアスナを真っ直ぐに見返す。

 

「今回は・・・・・・何か嫌な予感がする。だから、気を付けて、アスナ」

 

 そう言うと、トキハは今度こそ馬上の人となる。

 

 ナイトレイド

 

 イェーガーズ

 

 革命軍と帝国軍、双方の精鋭部隊が、運命に手繰り寄せられるように最初の激突の地、ロマリー街道へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死闘が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第28話「激戦の予感」      終わり

 


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