漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第26話「元凶」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 典型的な少数精鋭部隊であるイェーガーズは、圧倒的な武力を誇るエスデスを頂点に頂く、トップダウン形式の機動部隊的な性格を持っている。

 

 そのイェーガーズには、副長と言う立場の人間は、明確には存在しない。大抵の事は、エスデスが自分でこなしてしまう為、その役職は必要無いのだ。

 

 ただ、落ち着いた性格で、隊員達のまとめ役になる場合が多いランが事実上、副長的な立場になり、それが暗黙の了解として成立していた。

 

 そのランと共に花を愛でながら、エスデスは固い口調で口を開いた。

 

「ラン、お前にだけは話しておくが、先日、捕縛して大臣に引き渡した新型危険種だが、どうやら元は人間らしい」

「やはりそうでしたか・・・・・・身体的特徴が一致していたので、あるいは、と思っていたのですが・・・・・・」

 

 ランの方でもある程度予想していたらしく、冷静な返答が帰ってくるが、これについても、エスデスの予想通りである。

 

 ランはイェーガーズ隊員達の中で、最も思慮深く冷静沈着な思考を併せ持っている。故に、戦いながら相手の特徴を分析し、自分なりの考えを確立していたのだ。

 

「人間を危険種に変える。そんな真似ができるのは帝具使いのみ。それも、相当科学的知識に長けた人間に限られる」

 

 言いながらエスデスの、そしてランの脳裏に、1人の人物が思い浮かばれる。

 

 そんな事ができる人間の心当たりなど、1人しかいなかった。

 

「あの危険種たちはドクターの実験体・・・・・・かもしれませんね。出現が彼の行方不明から、暫くしてからなので」

 

 スタイリッシュ程の科学的知識と、外道の手段であっても躊躇いなく実行する狂気があれば、あるいは可能かもしれなかった。

 

「他に根拠は?」

「以前、トキハ君たちと共にドクターの研究室を調べた時、やけに淡泊だと思ったんです。もっと色々な数の研究をしている筈なのに、中は大人しい物でした。恐らくは、どこか別の場所に、秘密の研究室があったものと思われます。今回の件は、そこにつなぎ止めていた危険種が出てきたためではないでしょうか?」

 

 ランの推測が正しいとすれば、スタイリッシュは帝国すら欺いて、違法な実験をしていた事になる。

 

「まったく別の、第三者の帝具、という可能性もありますが・・・・・・」

「それにしては無秩序すぎる、か?」

「はい」

 

 エスデスの言葉に、ランは頷きを返す。どうやら両者は、一致した見解を持っているようだ。

 

 そうなると、やはりスタイリッシュの死は、タツミ探索中に敵と遭遇したのではなく、敵のアジトを襲撃して実験体にしようと捕獲を試みた時に、逆に返り討ちにあった、と見る方が可能性は高かった。

 

「・・・・・・・・・・・・思ったよりもずっと、狂った男だったのかもしれんな」

 

 そうまでしてスタイリッシュは、何を求めていたのか?

 

 彼がいなくなった今となっては、その問いに答えを出せる存在もまた、いなかった。

 

「しかし、危険種の数にも限りがある筈。今も他の皆さんが駆除を行っていますし・・・・・・」

「この問題は、それで終わりじゃないぞ」

 

 ランの言葉を遮ると、エスデスは立ち上がって振り返る。

 

「そもそもそいつらは、本当に自力で出て来たのか? 誰かに鍵を解き放たれたのではないのか?」

 

 エスデスの指摘に、ランはハッとする。

 

 確かに、その可能性は大いにあり得る。

 

 危険種の凶暴性についてはスタイリッシュも充分に承知していた筈。ならば、檻に入れるなり、薬で冬眠状態にするなり、それなりの対応措置を取ったはず。

 

 それが、スタイリッシュの死とタイミングを合わせるように、外界に解き放たれた。

 

 偶然にしては、あまりにもできすぎている。

 

「判りました。この件、私も色々と調べておきます」

「任せたぞ。これは思ったよりも、根が深い問題かもしれん」

 

 調べていけば案外、予想もしていなかった物が出てくるかもしれない。

 

 エスデスは内心で、そのような事を考えていた。

 

 ところで、ランは先ほどから一つ、気になっていた事を試みに尋ねてみた。

 

「それにしても、隊長が花を愛でるとは、珍しいですね」

 

 エスデスは水準を遥かに上回る美人なので、花を背景に見ると一見、非情に絵になる光景のように思える。

 

 しかし、普段のドSな性格と、彼女自身から発せられる強烈且つ凄惨な雰囲気が、その印象を完膚なきまでに粉砕していた。

 

 だが、やはりと言うべきか、エスデスの口から出てきた言葉は、可憐さとは似ても似つかない物だった。

 

「この花の成分は傷口に塗り込むと、激痛を誘発する。軽い拷問に使えるんだ」

「なるほど、勉強になります」

 

 エスデスの説明に、感心したように頷くラン。

 

 流石、履歴書でも書かせれば「趣味:狩り、及び拷問」とでも書きそうなエスデスの事。その研究にも余念がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流石に、連日にわたって行われている軍とイェーガーズによる駆除作業が功を奏しているのか、出現する危険種の数は、当初に比べてかなり減少してきていた。

 

 被害範囲も急速に減少し、徐々に追い詰めている感がある。

 

 ナイトレイドが密かに駆除作業に参加した頃には既に、ほとんど危険種の影を見る事も無くなっていた。

 

「やっぱり、この辺の奴等は完全に狩り尽くされたのかね」

 

 月明かりの下、フェイクマウンテンの山道を歩きながら、ラバックがぼやくように呟く。

 

 現在、ナイトレイドは2班に分かれて、探索行動を行っていた。

 

 1班は、キリト、シノン、タツミ、ラバックの4人。

 

 もう1班は、アカメ、レオーネ、リーファ、マインの4人。

 

 リーダーのナジェンダと、その帝具であるスサノオ、そして直接的な戦闘力の低いチェルシーは、アジトに待機して不測の事態に備える事になっている。

 

 万が一の場合、探索班は更に2隊に分かれて行動する事もできる、臨機応変な編成となっていた。

 

「実は兵士が野営していたりしないだろうな?」

「帝都から近い分、夜は引き上げてるって報告にあったろ。アルゴさんからの情報にも同じこと書いてあったし、間違いないって」

 

 臆病なくらい慎重な発言をするラバックに対し、タツミは先を歩きながら答える。

 

 帝国軍としては、夜に敵の襲撃を受けるリスクを避ける為、なるべく昼間に行動するようにしているのだ。

 

 そんなタツミを見ながら、ラバックは呆れたように反論する。

 

「お前ね。臆病さってのは、殺し屋の必須項目でもあるんだぞ。ナジェンダさんだってそう言ってたんだ。覚えとけ、コラ」

「それ、ラバが言うと説得力あるよな」

 

 ラバックの言葉を混ぜっ返すキリト。

 

 何しろ、ラバック程、仲間内で臆病かつ慎重な者はいない。

 

 常に強敵とは戦わず、自身を安全圏に置いて戦うのがラバックのやり方である。

 

 と、書けば悪い事のようにも聞こえるが、決してそうではない。

 

 ラバックは常に状況を見極め、自身ができる最大限の支援行動で仲間を助ける。それがラバックの戦い方だ。

 

 クローステールは帝具の中でも特に、支援行動に適している。だからこそラバックは、自分が安全圏を確保する事で、仲間達を守るための戦いをしているのである。

 

 ラバックが万全の状態で背中を守ってくれるからこそ、キリト達は正面の敵に全力を向ける事ができるのだ。

 

 それに、

 

 キリトはラバックを見ながら、密かに思う。

 

 訓練などでも直接戦った事はないが、ラバックの戦闘力は侮れない物があると感じてる。

 

 能ある鷹は爪を隠すと言う言葉もあるが、ラバックは自分の実力を隠していると思う事が時々あった。

 

「そう言えば・・・・・・」

 

 タツミが、ふと何かを思い出したように口を開いた。

 

「ラバって、ボスの事『ナジェンダさん』って呼ぶんだな」

「えっと、それは・・・・・・・・・・・・」

 

 タツミの言葉に、言い淀むラバック。

 

「それなら、私も『ナジェンダさん』だけど?」

「いや、そうなんだけどさ・・・・・・ラバの言い方とシノンの言い方だと、微妙にニュアンスが違うって言うか・・・・・・・・・・・・」

 

 一同がラバックに視線を集中させる中、

 

 ラバックは照れくさそうに頬を掻きながら、口を開いた。

 

「ま、まあ、そりゃあ、な・・・・・・俺とあの人は、帝国軍時代からの付き合いだからな」

 

 ナイトレイドの中で、ナジェンダと最も付き合いが長いのはラバックである。

 

 地方に居を構える大商人の四男坊だったラバックは、子供の頃から何不自由ない暮らしをしてきた。

 

 望めばどんな高価な物でも手に入ったし、頼んでもいないのに周囲の人間がくれた贈り物の山に囲まれていた。更に生来から手先が器用で、どんな事でもそつなくこなす事が出来たのだ。

 

 しかし、持つ者の悩みというべきか、何でも手に入り、何でもできるラバックにとって、世界は退屈極まりない物だったのだ。

 

「何かお前、嫌な奴だな」

「最低ね」

「生きてて恥ずかしくならないか?」

「これから泣けるんだから聞けよッ あとキリト、お前ひどくね!?」

 

 一同から総スカンを喰らうラバックは、気を取り直して説明に戻る。

 

 そんな退屈な日々を漫然と過ごしていたラバックだったが、それが激変する日が来た。

 

 ラバックの住んでいた街の地方警備隊指揮官として、既に将軍の地位にあったナジェンダだった。

 

 当時のナジェンダは、大人の麗しさと少女らしい可憐さを併せ持つ、それは美しい女性だった。

 

 一目ぼれだった。

 

 まさに、心を奪われた、と言って良いだろう。

 

 そこでラバックは、これまでの人生で最大限の努力をして帝国軍兵士となり、更に持ち前の器用さで、あっという間にナジェンダの傍仕えにまで上り詰めた。

 

 そして、運命の決断の時。

 

 ナジェンダから革命軍入りを決断した時、ラバックは自身の死亡報告書を偽造してまで、彼女について行ったのだ。

 

「健気だろ、俺って・・・・・・」

 

 哀愁を漂わせてラバックは言う。

 

「でも、報われないんだ。悲しいぜ・・・・・・泣ける話だろ?」

 

 叶わぬ恋。

 

 届かぬ想い。

 

 それを判っていて、ラバックはナジェンダとともにいる道を選んだ。

 

 そこに、ラバックと言う男の心があるような気がした。

 

「ラバ・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなラバックの男気を感じ入り、そっと肩を叩くタツミ。

 

 次の瞬間、

 

「じゃあ、まず他の女の風呂を覗こうとするなよ!!」

「ハァ!?」

 

 至極まっとうなツッコミをした。

 

「好きな人がいるのと、可愛い女の子を見たいって欲求は別だろ!? 何言ってんの、お前!!」

「そんなんだから報われねんだよ!!」

 

 まったくもって、タツミの言う通りだった。

 

 その時、

 

 闇の中で、一筋の光が照らしだされる。

 

 すぐ傍らで。

 

 ギョッとする一同に傍らで、容赦なく弓を引くシノンの姿がある。

 

「し、シノンちゃん、ちょ、危ないって、それ!?」

 

 シェキナーを向けられ、ホールドアップするように両手を上げるラバック。

 

 対してシノンは問え言えば、口元には笑顔を浮かべつつも、鏃は真っ直ぐにラバックを狙い続ける。

 

 おー、笑いながら殺気を放つとか、シノンも成長したなー、とキリトが呑気に感心していると、シノンは口を開いた。

 

「まさかと思いますけどラバックさん。私のお風呂も覗いたりして無いですよね?」

「し、してないしてない、マジで!!」

「何か信用できないんですけど?」

「信じてー!!」

 

 下手な発言をすれば、本気でラバックの頭を吹き飛ばしかねない勢いである。

 

「まあまあ、シノンも落ち着けって。話が進まないから」

 

 そう言ってシノンを宥めるキリト。

 

 本気かどうかは知らないが、こんな事でラバック殉職、なんて事にでもなれば流石にシャレにならなかった。

 

「まあ、ラバの男気については、今のやり取りも含めて全部、後でナジェンダに報告しておくとして・・・・・・」

「キリトォ!! お前は鬼か!?」

「どうやらマジで、この辺に敵の気配はないな」

 

 涙目で抗議してくるラバックを無視しつつ、キリトは周囲を見回す。

 

 これだけ探索を続けても件の危険種が現れないと言う事は、山の方は軍やイェーガーズによって狩り尽くされているのかもしれない。

 

 もしかしたら、別行動をしているアカメ達の方が襲撃を受けている可能性もあるが、向こうも一騎当千のメンバー揃いである。心配はいらなかった。

 

「一応、変身して頂上の方も見て来るよ。もしかしたら、そっちに何かいるかもしれないし」

 

 そう言うとインクルシオを起動し、鎧をまとうタツミ。

 

「何かいても、すぐ戻ってこいよ。必ず全員で掛かるぞ」

「おう!!」

 

 注意するラバックに頷きを返すと、タツミは跳躍して山頂方向へと向かう。

 

 インクルシオによって強化されたタツミの動きは、俊敏そのものである。物の数秒で、その白い鎧姿は闇に紛れて見えなくなっていった。

 

「大丈夫かな、タツミ君?」

「まあ、インクルシオの能力なら、仮に奇襲を受けても、持ち堪えて戻ってくるくらいできるだろ」

 

 タツミを心配するシノンに、キリトはそう言って笑い掛ける。

 

 タツミも実力を上げてきているし、状況判断力も身に着けている。決して無理に戦おうとはしないだろう。

 

「よし、俺達はタツミが帰ってくるのを待って・・・・・・」

 

 言いかけたラバックは、

 

 不意に、何かに気付いたように、険しい表情を造った。

 

「どうした、ラバ?」

「麓から接近してくる奴がいる。やばいくらいのスピードだ」

 

 ラバックはクローステールの糸を使い、自分達が歩いてきた麓一帯に結界を張っている。何かが通れば、その糸が反応を示し、ラバックが即座に察知できるようになっている。

 

 その糸が今、急激な反応を示していた。

 

「数は1、だけど、スピードが尋常じゃない。このままだと、あと数分でここまで上がって来るぞ」

 

 ラバックの警告に、キリトとシノンは警戒を走らせる。

 

 こんな夜更けに、化物が徘徊する山を尋常でないスピードで上がってくる人間。

 

 それだけで、相手がまともではない事が判る。事によると、今回の一件の関係者である可能性すらあった。

 

「何かやばそうだ、散開してやり過ごすぞ」

「おうッ」

「了解ッ」

 

 ラバックの言葉に、頷きを返すキリトとシノン。

 

 相手の正体がわからない以上、交戦は控えるべきだった。

 

 分かれて、物陰に隠れる一同。

 

 そんな中、シノンはシェキナーを取り出して構える。

 

 相手の正体を見極め、あわよくば狙撃に持ち込む。

 

 それが、狙撃手としてシノンが下した決断だった。

 

 ラバックの話では、相手の移動速度は尋常ではない。狙撃の機会は1回有るか無いか、といったところだろう。

 

 その一瞬の機会を、慎重に見定めるべく、シェキナーを握る手に力を込める。

 

 あと少し。

 

 間もなく、標的がシノンの視界の中を通る筈。

 

 そう思って目を凝らした。

 

 その時だった。

 

「ッ!?」

 

 突如、背後に気配が浮かび、息を飲むシノン。

 

 その視界の中で、巨大な影がノソリと姿を現す。

 

「危険種、こいつがッ!?」

 

 虚を突かれ、動揺を来すシノン。

 

 だが、多くの戦いを経て、彼女もまた著しい成長を遂げている。

 

 すぐに体勢を立て直すと同時にシェキナーを構え直し、矢を放つ。

 

 照準など殆どあったような物ではないが、距離にして数メートル。今のシノンなら、目をつぶっていても当てる事ができるだろう。

 

 胴体の中央部分にシェキナーの矢を受け、吹き飛ばされる危険種。

 

 だが、それで終わりではなかった。

 

 危険種たちは次から次へと姿を現し、シノンを標的と定めて襲い掛かってくる。

 

「クッ 数が!?」

 

 舌打ちするシノン。

 

 その時だった。

 

 今にもシノンに襲い掛かろうとしていた危険種たちの動きが、突如、闇の中でピタリと止まった。

 

 まるで空間に縫い付けられたかのようなその光景に、目を剥くシノン。

 

 その巨体は全て、張り巡らされた糸によって縫いとめられている。

 

 次の瞬間、

 

「シノン、大丈夫か!?」

 

 飛び込んできたキリトが、手にしたエリュシデータを一閃。複数の危険種を一撃の下に斬り捨てる。

 

 更に、空中で銀色の光が鋭く走り、動きを止めた危険種の体が次々とバラバラになる。

 

「俺に断りなく、カワイコちゃんに手出してんじゃないよ!!」

 

 ラバックがクローステールの糸を操りながら、危険種たちを蜘蛛のように絡め取り、そして切り刻んで行く。

 

 そこへ、更に掩護としてシノンも加わる。

 

 帝具使いの殺し屋3人が連携すれば、新型危険種といえども物の数ではない。

 

 程無く、全ての危険種たちが地面に転がり、動きを止めた。

 

「こいつらが噂の奴等か。なんつーか、グロイな」

「同感だ。でも見た事が無いのも確かだしな」

 

 ラバックの言葉に頷きを返しながら、キリトは危険種の遺体を覗き込む。

 

 人間型の危険種、なんて代物は今まで見た事が無い。きわめて類似した存在、たとえば二足歩行する類人猿等なら無いでもないのだが、これは明らかに異質な存在だった。

 

 その造形からして、かなりグロテスクである。シノンなどは、露骨に目を背けている。

 

「ねえ・・・・・・」

 

 そんな中、シノンが何かを思い出したように口を開いた。

 

「そう言えばタツミ君、ちょっと遅くない?」

 

 言われて、そう言えば、と思い出す。

 

 山頂方面の偵察に行ったタツミが、未だに戻ってこないのが気になった。

 

「敵と戦ってるのかな?」

 

 ラバックの言葉は、ある意味で正鵠を射た意見である。何しろ、自分達もたった今、敵に襲われたばかりである。山頂に行ったタツミの元にも、敵が現れたとしてもおかしくは無かった。

 

「ちょっと、行ってみるか」

 

 山頂方向を振り仰ぐキリト。

 

 そこは未だに、不気味な闇の中に閉ざされ、どのようになっているのか窺い知る事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界全てが光りに包まれる。

 

 その様に、タツミは成す術が無かった。

 

 それについては、傍らに立つエスデスも同様なようで、これから起こり得る事態に、対処する術がないようだ。

 

 否、エスデスならば、どのような事態に陥ったとしても物ともしないであろうが、如何せん、今回は対応の時間が無かった。

 

 キリト達と別れ、山頂の偵察にやって来たタツミ。

 

 しかし、危険種が一向に現れない事に途方に暮れていると、

 

 ある意味、というか間違いなく、もっと危険な御方が降臨なされた。

 

 何と、危険種に乗って夜の散策に出て居たエスデスが、タツミの目の前に急降下して降り立ったのだ。

 

 エスデスとしては当初、人影を見つけた時は危険種かと思ったらしいのだが、まさかのまさか、それがタツミだと知って大歓喜したのは言うまでも無い事である。

 

 直後に現れた危険種の群れを、一瞬以下の時間で蹴散らすと、タツミを捕まえてご満悦となる。

 

 だが、事態はそこで更に急変する。

 

 そんなタツミとエスデスの前に現れた謎の男。

 

 そいつが手にした帝具が発動した瞬間、この状況に放り込まれてしまったのだ。

 

 やがて、タツミとエスデスの姿は、光に飲み込まれて消えていく。

 

 その様子を見て、男はニヤリと笑う。

 

「やれやれ、まさかエスデスと出くわす事になるとはな。さすがに、直接やり合うのは勘弁だぜ」

 

 そう言うと男は、手にした物を掲げて見せる。

 

 表面に何か、紋様のような物が描かれた手の平サイズの物体は、それ自体が帝具である。

 

 《次元方陣シャンバラ》

 

 きわめて希少性の高い、空間転移を可能とする帝具である。

 

 男が如何にしてこれを手に入れたかは定かではない。だが、その高性能振りは、たった今、証明されていた。

 

 この時、タツミとエスデスは、一瞬にして帝都南方にある無人島に転移させられていた。

 

 シャンバラは、使用者がマーキングした場所になら、どこにでも自在に転移する事ができるのである。

 

「あいつ等には、あそこの掃除でもやらせるとして、こっちはもう少し遊びたいところだね」

 

 男が、そう呟いた。

 

 その時だった。

 

 男目がけて、漆黒の刃が突き込まれる。

 

 一瞬にして身を翻し、回避する男。

 

 そこへ、キリトはエリュシデータを手に斬り掛かった。

 

「何だ、テメェは?」

「それはこっちのセリフだ!!」

 

 着地と同時に、更なる追撃を仕掛けるキリト。

 

 キリトが山頂に到達したのは、タツミとエスデスが転移させられる直前の事だった。

 

 正に、キリトの見ている目の前で、2人の姿は光の中に消えて行ったのだ。

 

「あの2人をどこへやった!?」

 

 正直、エスデスと遭遇しなかったのは僥倖であると言えるが、それでもタツミの事が気がかりである。

 

 いったい、何がどうなっているのかキリトにはさっぱり理解できなかったが、それでも現況が目の前の男にある事だけは判っていた。

 

「さあな。今ごろ、危険種に食われてないと良いけどな!!」

 

 そんなキリトをあざ笑うかのように言い放つ男。

 

 声からして、まだ若い。恐らく、キリトよりも5~6歳上くらいではないだろうか?

 

 しかし、こんな夜更けに危険種のうろつく山の中にいる事自体、既に尋常ではなかった。

 

 舌打ちするキリト。

 

 同時に、右手に構えたエリュシデータを、弓を引くようにして構え、切っ先を男に向ける。

 

 ヴォーパルストライクの構えだ。

 

 対して、男はフードの下で、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「テメェとゆっくり遊んでやるのも面白いんだが、こっちも色々と予定があるんでな。ここらで失礼させてもらうぜ」

「逃がすかよ!!」

 

 能力を発動し、一気に駆け抜けるキリト。

 

 漆黒の刃が、高速で突き出される。

 

 だが、

 

 刃が届く一瞬の間に、男の体は光に包まれる。

 

「これはッ!?」

 

 目を剥くキリト。

 

 次の瞬間、男の姿は、先ほどのタツミ達と同様、光の中に消え去ってしまった。

 

 ヴォーパルストライクの刃は、空しく空を貫く。

 

「クソッ!?」

 

 足裏の鋲で地面に急制動を掛けながら、キリトは舌打ちする。

 

 とっさに周囲を見回しても、男の姿は見えない。まんまと逃がしてしまったのだ。

 

 勿論、タツミやエスデスの姿も見えない。彼等がどこに行ってしまったのか、男が姿を消した以上、知る術はなかった。

 

 そこへ、遅れてついてきた、ラバックとシノンが、山頂に姿を現した。

 

「キリト、大丈夫!?」

「タツミはどこだ!?」

 

 駆け寄ってくる2人。

 

 だが、それに対しキリトは、何と答えれば良い物か、途方に暮れるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

 転移を終えた男は、シャンバラの光の中から姿を現すと、大きく息を吐いた。

 

 この場は、男が帝都近郊で活動する際に、拠点としている屋敷だ。緊急時にはシャンバラでここに退避してこれるように設定しておいたのだ。

 

「ふう、やれやれ。ちょっと離れていた間に、帝都にゃ随分と面白い連中が増えたもんだ」

 

 エスデスにイェーガーズ。それにさっきの黒ずくめの剣士。

 

 スタイリッシュの忘れ形見である危険種はほぼ全滅してしまったが、それでもまだまだ楽しめる要素はたくさんあった。

 

 あの場で、あの剣士と戦っても良かったし、負ける気もしなかったのだが、ここは慎重を期して退いておいた。こちらは、これから大仕事が控えている身である。無駄な危険は避けたかった。

 

 それに、楽しみは後々まで取っておくのも面白いと思った。

 

 そう考えて口元に笑みを浮かべた時だった。

 

「シュラっちー いるかい?」

 

 軽い感じの声と共に部屋の扉が開いた。

 

 入って来たのは、奇妙な出で立ちの男である。

 

 歳は20代中盤程だが、着ている物は羽織の着物に袴と言う、東の島国で愛用されている物だった。

 

「ゲンサイ、勝手に入るなっていつも言ってるだろうがよ」

「まあ、固い事言うなって。俺とシュラっちの仲だろ」

 

 そう言うと、ゲンサイと呼ばれた男は、図々しくも勝手に、椅子に座ってニヤリと笑う。

 

 その様に、シュラと呼ばれたフード男は、やれやれとばかりにため息を吐いた。

 

 ゲンサイは長い旅の中で知り合い、意気投合した為、仲間に引き入れたのだが、この軽めの性格だけは、付き合った頃から一切変化が無かった。

 

「そんな事より、イゾウ達から連絡があったぜ。近日中にはこっちに来れるってよ」

 

 ゲンサイの言葉に、シュラはニヤリと笑う。

 

 長い旅路の中で集めた仲間達が、この帝都に集結しようとしている。

 

 その報告を待っている間、シュラは新型危険種を使って「暇つぶし」をしていたのだ。

 

 だが、その日々も間も無く終る。いよいよ、大手を振って行動を起こす事ができるのだ。

 

「さあ、楽しくなってきたぜ」

 

 呟きながら、顔を覆っているフードを取り払うシュラ。

 

 浅黒く日焼けした顔は精悍に引き締まり、どこか野性味じみた印象を見せている。

 

 しかし、

 

 その顔の中央には大きな十字の傷が刻まれている。

 

 そして、

 

 瞳には隠しようの無い獰猛さが、にじみ出ているようだった。

 

 

 

 

 

第26話「元凶」      終わり

 


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