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謎の新型危険種現る。
そのニュースは、帝都中を恐怖のどん底へと陥れた。
出現当初は、鉱山や密林等、めったに人の入らない場所にのみ出没し、被害も最小限に抑えられていた。
しかし、先日、ついに新型危険種は人里に出没し、遭遇した村人に犠牲者が出た。
特にひどかったのは、臨月を間近に控えた母子と、その夫が犠牲になった事件であろう。
平和だった家族は、生まれてくるはずだった未来共々、理不尽に食い散らかされたのだった。
この事態に、流石の帝国も、重い腰を上げざるを得なかった。
帝国政府は事態解決の為に、軍と、切り札であるイェーガーズの投入を決定。危険種駆除に当たらせた。
とは言え、帝国政府。特にオネスト大臣は、何も民衆の為を思って危険種退治に乗り出した訳ではない。
そもそも彼は、民衆などに一切の気を払ってはいない。いくら死のうが知った事ではないのだ。
せいぜい心配している事があるとすれば、輸送路を新型危険種に襲われて、自身の必要な物資や食材が手元に届かない事くらいだろう。それとて、税金を湯水のように使って酒食を貪っているオネストからすれば、大した問題とは言えないだろう。食べる物が無くなれば、他から持って来ればいいだけの話。その結果、民が飢えようが、野垂れ死のうが知った事ではなかった。
今回、軍やイェーガーズの出撃を承認したのは、ただ単に、新型の危険種と言う存在に興味があったからに他ならない。
その為、オネストはエスデスに事を依頼する際、必ず数匹は生け捕りにして持ち帰るように依頼していた。
これは、エスデスにとってもある意味、渡りに船な事態だった。
既に帝都周辺の賊はほぼ一掃され、ナイトレイドも活動を控えている状況で、イェーガーズとしても手持無沙汰になりつつあったところである。
また、エスデス自身も、新型危険種に興味を抱いていた事から、オネストの依頼を二つ返事で了承していた。
業者へ納品予定の荷物を乗せた荷馬車が、幾分、速いスピードで駆けていく。
本来のスピードを、大幅に上回る速度だ。
その馬車を操る御者の顔は、恐怖の為にひきつっているのが判る。
「は、早く。こんな危険地帯おさらばしようぜ」
「ああ、何とか、明るいうちに帝都に入ってしまおう」
恐怖に震えながら、手綱を操る。
新型の危険種が帝都近辺で猛威を振るっているのは、2人も知っている。それによる被害が、急速に拡大しつつあることも。
こんな場所で出くわしたら、まず命は無いだろう。
幸いにして、帝都の巨大な城壁は視界の彼方に見え始めている。このまま行けば、明るいうちに城門を潜る事ができるはず。
壁の中に入ってしまえば、流石に安全の筈。
そう思った時だった。
突如、傍らの森の中から、巨大な影がぞろぞろと歩み出てくるのが見えた。
人間に数倍する巨体を誇り、まるで子供が土をこねて作った泥人形のようなグロテスクな外見。
間違いなく、新型危険種である。
「で、出たァ!!」
驚愕する御者。
馬もまた、突然現れたか物に驚き、前足を上げて急ブレーキをかける。
そこへ、獲物を見付けた危険種たちは、一斉に襲い掛かった。
巨体でありながら、人間に数倍するスピードと跳躍力でもって襲い掛かってくる危険種。
御者の運命は、もはや決したも同然である。
迫る危険種に対し、ただただ恐怖に震えるしかない御者達。
次の瞬間、
危険種に負けない程の巨体が横合いから飛び出して来たかと思うと、首を刈り取るような勢いで危険種にラリアットを仕掛けた。
突然の奇襲攻撃に、吹き飛ぶ危険種。
一方、吹き飛ばした相手は、その巨体を持ち上げるように、ゆっくりと起き上がる。
ボルスだ。
「間に合った」
安堵の声が、マスクの下から聞こえてくる。
エスデスより出撃の命令を受けて哨戒しつつ、危険種の探索に当たっていたボルスは、間一髪のところで、御者達を助ける事が出来たのだ。
ボルスを強敵と見定めた危険種たちが、一斉に襲い掛かってくる。
だが、ボルスも負けていない。
焼却部隊と言う、一見すると「戦闘」とは縁の薄い部署に所属していたボルスだが、彼もまた軍人として常に体を鍛える事に余念がない。それは、筋骨隆々とした肉体が全てを物語っているだろう。
もし、帝具無しで生身の肉弾戦をやれば、イェーガーズの中ではエスデスに次ぐ強さかもしれない。
襲い掛かって来た危険種の腰を掴み、そのままバックドロップの要領で脳天から地面に叩き付ける。
更に、倒れた危険種の足を掴むと、ジャイアントスイングを掛けて回転。周囲に群がろうとしていた危険種もろとも吹き飛ばす。
まさに、圧倒的と言って良いボルスの攻撃を前に、危険種たちが明らかな怯みを見せる。
そこへ、小柄な影が割り込むのが見えた。
「ボルス、飛ばし過ぎ」
「ごめんね、でも急いでたから」
ボルスの言葉を横に聞きながら、トキハは身を低くして駆ける。
目の前に迫る危険種。
だが、俊敏なトキハの動きに、全く追随できていない。
間合いに入ると同時に、玉梓を抜刀する。
鋭く斬り上げた剣閃が、危険種を逆袈裟に一刀両断する。
更にトキハは、その危険種の死体に足を掛けて跳躍。頂点に達すると同時に急降下を掛け、背後にいた危険種をも斬り捨てた。
そのトキハの傍らでは、アスナがランベントライトを片手に危険種に迫っている。
「やァ!!」
短い気合いと共に放たれる高速の8連撃は、まるで流星の如く危険種に殺到。急所を的確に刺し貫いて行く。
更に目を転じれば、ウェイブ、シリカ、セリュー、ランも、それぞれ危険種を撃破しているのが見える。
人々を恐怖のどん底に陥れる危険種も、イェーガーズに掛かれば子ども扱い以下である。
「トキハ君、アスナちゃん、敵を一カ所に集めて!!」
「判った・・・・・・」
「了解です!!」
ボルスの指示に従い、危険種を追いたてるトキハとアスナ。
同時に、ボルスはルビカンテの噴射ノズルを構える。
「これで確実に、仕留める!!」
「射線上」から飛び退くトキハ。やや遅れてアスナも続く。
2人が退避するのを見届けると同時に、ボルスはトリガーを絞った。
一斉噴射される炎。
トキハとアスナの手によって一塊に纏められていた危険種たちは、成す術も無く炎に包まれていく。
やがて、数匹だけ残った危険種は森の中へと逃げていき、残りは全て、灰になるか動かなくなってしまった。
敵の全滅を見届けたボルスは、震えている御者達の方へと振り返る。
「もう安心です、皆さん」
軽やかな声で、相手に告げるボルス。
だが、
「ひ、ひィィィィィィィィィィィィ!?」
そんなボルスの姿を見て、御者達は却って怯えて後ずさる。
「あ、あの、危険種は倒しましたので・・・もう、怯える必要は無いんですよ」
そう言って、ドスドスと御者達に歩み寄るボルス。
だが、ある意味、危険種よりも凶悪で不気味な姿の男が迫って来れば、誰だって怯えてしまうのも無理はない。
逃げ出そうとする御者。
その肩を、背後からセリューが軽く叩いて落ち着かせる。
「もう大丈夫ですよ。正義の炎が悪を滅しました」
そう言って声を掛けるセリューの姿に、ようやく御者達も落ち着きを取り戻していく。
そこへ、ランベントライトを鞘に収めながら、アスナもやって来た。
「特殊警察イェーガーズです。皆さんの事は、帝都の城門までお送りしますので、ご安心ください」
「ああ、帝都の軍人さんだったんですね!!」
「た、助かった・・・・・・・・・・・・」
安堵の声を漏らす御者達。
見た目ひとつで、この態度の違いである。現金な物、と言うほかなかった。
その様子を、ボルスは静かに見つめている。
「あの、ボルスさん、どんまい」
「て言うか、せめてマスクは取るべき」
ウェイブとトキハに励まされるボルス。
ややあって、ポツリと声を漏らす。
「あの人たち・・・・・・・・・・・・」
落ち込んでいるのか?
と思った瞬間、ボルスの声は明るく転じた。
「落ち着いたみたいだね、良かったー」
どうやら、さして気にしていない様子である。
そんなボルスの姿に、ウェイブとトキハは顔を見合わせながら苦笑を浮かべた。
一方その頃、戦場から逃走した3匹の危険種は、一目散に走っていた。
ほとんど自我らしいものを持たない彼等であっても、イェーガーズが自分達の敵わない程の強敵である事は理解できるらしい。
とにかく、少しでも遠くへ。
それだけを念じるように走る。
だが、
そんな彼等の足元に急速に発生した氷が、一気に飲み込んで行く。
その間、僅か刹那。
一瞬にして巨大化した氷柱が、全ての危険種を氷漬けにした。
「捕獲完了だ」
ごくあっさりとした口調で告げるエスデス。
彼女に掛かれば、この程度の仕事は眠っていてもできる程、簡単な物である。一応、念のためにクロメも同行しているが、彼女の出番は完全に皆無だった。
「なるほど、これは確かに見た事が無いタイプだな」
自身が氷漬けにした危険種を見上げながら、エスデスは感心したように言う。
本来の危険種は、獣や、もっと不可解な怪物のような姿をしている場合が多い。しかし、この危険種は姿こそグロテスクだが、明らかに人間の形をしていた。
と、エスデスと並ぶ形でクロメもまた、じーっと氷漬けにされた危険種を眺めている。
「・・・・・・ジュルリ・・・・・・ゴクッ」
喉を鳴らすクロメ。
「・・・・・・・・・・・・食うなよ」
「ハッ!?」
帝都の宮殿内に、イェーガーズの詰所が置かれている。
元々は別の用途で建造された建物だったのだが、現在は特に使われてもいなかった為、皇帝から下賜されると言う形でエスデスに払い下げられ、それを本部として使用しているのだった。
予定外の危険種狩り任務を終えて帰還したイェーガーズの面々は、思い思いの様子でくつろいでいた。
ウェイブとクロメはチェスで対決をしており、その傍らではトキハとアスナ、シリカが戦況を見守っている。
エスデスは捕えた危険種と共に大臣に報告に行っており、ランはそれに同行している為、この場にはいなかった。
そこへ、湯気の立つお盆を持って、ボルスがやって来た。
「みんな、お茶が入ったよ。一息入れよう」
そう言って、それぞれ専用のカップに満たされたお茶を飲み始める。
そんな中1人、ウェイブは何か憂いを抱えたような瞳で下を見ていた。
「どうかしたんですか、ウェイブさん?」
「もしかして、お茶、まずかった?」
「い、いや、そうじゃないんだ」
心配そうに尋ねてくるシリカとボルスに、ウェイブは力無く首を振りながら答える。
「俺、悔しいんだ。ボルスさんはこんなに優しい人なのに、さっきの商人たちみたいに、それを判らない奴等は、あんなふうに」
ボルスを恐れ、差別していた商人たちの事を思いだし、苦々しく吐き捨てるウェイブ。
人間の印象は見た目で判断される事が多いが、確かにそう言う意味ではボルスは割を食う事が多いかもしれない。
それにしても、
「人の事が言えるの?」
「同感。ウェイブにだけは言われたくないと思う」
「しまったァァァ そうだったァァァ!!」
ボソッとツッコムクロメとトキハの言葉に、ウェイブは思わず頭を抱える。
イェーガーズ結成初日、ボルスの容姿を見てビビッていたのは唯一、ウェイブだけである。
まさしく「お前が言うな」状態だった。
「まあまあ、クロメちゃんもトキハ君も、それくらいで」
2人を窘めつつ、マスクの下で苦笑するボルスは、そのままウェイブに向き直った。
「ウェイブ君がそう言ってくれるのはありがたいんだけどね、私は優しくなんかないよ」
言いながら、ボルスは自分の手を眺める。
「疫病に掛かった人たちを村ごと焼き払った事もあるし、無実を主張している人を、処刑命令で燃やした事もある。だから私は、数えきれない人から恨みを買っていると思う」
ボルスの手は、血と灰によって汚れきっている。
そしてその事を誰よりも、ボルス自身が自覚していた。
「でも、それは軍人として、命令で!!」
「誰かがやらなきゃいけないとは言え、業は業。助けた人にああいう態度を取られるのも、報いだと思っている」
勢い込んで言い募ろうとするウェイブを制して、ボルスは低い声で制する。
罪には罪の報いを。
いずれ、罰が下される事すら、ボルスは既に受け入れているのだ。その果てに、自分の命が失われる事になろうとも。
「・・・・・・悲しすぎるよ、そんなの」
ウェイブは、吐き捨てるように呟く。
まだ若いウェイブは、ボルスのように達観した物の見方ができる程、成熟していなかった。
だがそれでも、目の前の立派な先輩の力になってやりたいと思った。
「俺で良ければ、いつでも相談に乗りますよ、ボルスさん」
そうウェイブが声を掛けた時だった。
扉が開き、一同の視線が入口の方へと集中する。
そこには、小さな女の子を腕に抱いた、美しい女性が入ってくるところだった。
「あーなたっ」
「パパー!!」
入って来たのはボルスの妻と、娘のローグだった。
2人は一家の主の姿を見付けると、嬉しそうに駆け寄ってくる。
その姿には、ボルスも驚いたようである。
「ややッ 2人とも、どうしてここに!?」
「あなたったら、朝、一緒に作ったお弁当、忘れていくんですもの。シリカちゃんは、ちゃんと持っていったのに」
そう言うと、男性サイズの大きな弁当箱を差し出してくる。どうやら、それを届ける為にわざわざ来てくれたらしい。
「ハッハッハ、コイツはしまった」
「パパのうっかりものー」
おどけた調子で自分の頭を叩くボルスに、ローグも愛らしい笑いを浮かべる。
そんなローグの姿を見て、シリカもピナを従えて駆け寄ってきた。
「ローグちゃん、遊びに来てくれたんですか?」
「キュアー」
「あ、シリカおねえちゃん!! ピナちゃんも!!」
そう言うとローグは、母親の腕からピョンと飛び降りて駆け寄って行く。
その娘の後姿を、ボルスは微笑ましく眺める。
「妻と娘は、私のやっている事を全部知っていて、尚も応援してくれているの。だから私は、辛い事があっても、家族がいれば全然平気」
そう告げるボルスに、ウェイブやトキハも、笑みを返す。
家族の為に生きる。
それがボルスが戦う原動力であるのなら確かに、他の辛い事など些事に過ぎないのかもしれなかった。
2
さて、
新型危険種出現の報に、俄かに動きを見せたのはイェーガーズだけではなかった。
革命軍の斥候部隊や偵察員。更にアルゴやエギルと言った協力者達から複数の情報を得たナイトレイド達も、マーグ高地における修行の日々にピリオドを打ち、新たなる拠点へと帰還を果たしていた。
新たなるアジトは規模や内装、立地条件など、旧アジトと似通っている点が多く、隠密性にも優れて居る。暗殺者達のアジトとしては、まさに最適と言えた。
だが、ナイトレイド達は、のんびりと惰眠をむさぼる為に帝都に帰還した訳では、無論ない。
各々、荷解きもそこそこに会議室に集まると、さっそくナジェンダを中心に状況確認に入った。
「戻ってきて早速だが、今回の任務は例の新型危険種どもだ」
一同が揃ったのを確認すると、ナジェンダはそう切り出した。
「奴等は群れで行動するケースが多く、僅かながら知性も見受けられる。個々の身体能力も強く、腕試しの武芸者も、挑んではやられているらしい。今でも帝都から南部の鉱山、森林に広く潜み、貪欲に人や家畜を喰らっている。毎日のようにイェーガーズや帝国兵達が駆除しているが、数が多く、まだ残りがいるらしい」
凶暴で強力、狡猾。かつ多数。
それだけでも厄介極まりない存在である。帝国側がどの程度倒したのかは判らないが、こちらも気を引き締めてかかる必要がありそうだった。
「罠の可能性はなさそうね」
「そうですね。帝国兵にも犠牲者が出て居るみたいですし」
マインの呟きに、リーファが肯定を返す。
ナイトレイドをおびき寄せるための罠、と言うのも当初は疑われたのだが、まさか帝国軍も、自軍の兵士を無駄に犠牲にしてまで罠を張るとは思えなかった。流石にドSのエスデスでも、そんな非効率的な事はしないだろう。大臣あたりなら考えてもおかしくはないが。
「奴等の出現パターンは?」
キリトが尋ねる。
現状では情報が少なすぎる。相手の特性を少しでも知りたかった。
「不明だ。当初は夜にならないと出てこないから夜光性かと思われていたが、最近では昼間でも堂々と現れるらしい」
「パターンも何もあった物じゃないですね」
説明を聞いて、シノンが嘆息する。
あわよくば作戦を立てて先回りできれば、と思っていたのだが、これでは効果的な作戦など立てようが無かった。
「言ってしまえば帝国に協力する形になるが、良いな?」
「勿論だぜ。今回は事情が事情だ!」
「話を聞く限り、速やかに葬るべき連中だ」
確認するように尋ねるナジェンダに、タツミとアカメが力強く頷きを返す。
民を害すると言う意味では、帝国も危険種も変わりがない。
その危険種を狩ると言うのだ。否やがある筈も無かった。
ただ、当然ながら、下手に動けば帝国兵やイェーガーズと鉢合わせしてしまう可能性もある。故に、そこら辺は調整し、帝国側が昼間の狩りに出るなら、ナイトレイドは夜の活動に重点を置くべきだろう。
元より、暗殺者の仕事は夜が基本である。
だが、
「ん~・・・・・・大きな危険を冒して化物退治ねえ。そんなのイェーガーズに任せておけばいいのに。みんな、ちょっと甘いよ」
苦言を呈したのは、壁に寄り掛かって一同のやり取りを眺めていたチェルシーである。
彼女としては危険種狩りはイェーガーズに任せ、自分達は戦力を温存すべきである、と考えているようだ。
イェーガーズとて帝具持ちである。彼等が危険種に敗れる可能性は無いだろうし、わざわざリスクを侵す必要性は無いようにも思われる。
だが、
「言いたい事は判るよ」
タツミが、固い口調で口を開いた。
その瞳には既に戦意の炎が浮かび、決意に満ちた表情が伺える。
「でも、こいつらは今も、誰かを襲っているかもしれないんだ。俺達は殺し屋だけど民の味方のつもりだ。殲滅を早めて、1人でも多くの民を助けたい」
不退転の意志を示す少年。
その姿は、1人の男として成長した堂々たる姿が見て取れる。
誰もが、タツミの勇気に同調するように頷く。
彼の言うとおり、民の味方であるならば、民が苦しむ今こそ、立ち上がる時だった。
「・・・・・・まあ、そう言うと思ったよ。了解了解」
そう言って肩を竦めるチェルシー。どうやら、彼女自身もこうなる展開は、初めから予想していたようだ。だが一応、注意喚起の意味でも発言したのだろう。
勿論、チェルシーの発言にも一利以上の価値はあるのだが、それでもやはり、民を見殺しにはできなかった。
誰もが誇らしげに、タツミを見る。
その時だった。
「ッ!?」
タツミの横に立っていたスサノオが、驚愕に目を見開く。
そして、重々しく口を開く。
「・・・・・・タツミ、お前に一言、言っておきたい事がある」
「どうしたんだよ、スーさん?」
訝るタツミに、スサノオは深刻な口調で言った。
「ズボンのチャックが開いている。気になるから閉めてくれ」
見れば、
確かに、
タツミのズボンの、股間にあるチャック。古式ゆかしい言い回しで「社会の窓」と呼ばれる場所が全開になっていた。
何と言うか、
先程の格好良さが、完全に台無しである。
チ――――――ッ
何とも、哀愁の漂う感じの音を立てて、チャックを上げるタツミ。
次の瞬間、
「せっかく決めたのに、カッコ悪ゥゥゥゥゥゥ!!」
「ねェねェ、今どんな気持ち? どんな気持ち?」
大爆笑しながらタツミをからかうレオーネとラバック。
一方で、マインは顔を赤くしてそっぽを向いている。
「格好つけるからよ」
「マイン、どうかした?」
尋ねるシノンの呼びかけにも答えず、マインは口の中で何やらぶつぶつと言っている。
そんな中、
「すまない、タツミ・・・・・・」
アカメが悄然とした態度で、タツミに謝って来た。
「気付いてはいたが、ファッションかと思っていた」
「俺はそんな、開放的で自由な人間じゃないから!!」
何と言おうが、チャック全開のせいで、何をどうしようとも決まらなかった。
そんなタツミの前に、アカメは静かにしゃがみこむ。
「これからは、注意して時々見よう」
「イヤァァァ そんなのやめてェェェ!!」
さっきまでの恰好良さは何だったのか? タツミは股間を隠しながら涙を流す。
「俺は民を救いたい。チャック全開で」
「ハッ倒すぞラバ!!」
「気にするな。お前のチャックは民の為に開いていたんだろう?」
すかさず追い打ちをかけるラバックとレオーネ。
そんな様子を、キリトは苦笑しつつ眺める。
何にしても、新生ナイトレイドの再出発だ。
その先に待つ激戦と勝利。そして革命が成功するその日まで戦い続けよう。
背中に負った、二振りの剣と共に。
そう心に誓うのだった。
第25話「夜烏達の帰還」 終わり