漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第22話「狂科学の申し子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トビー、カクサン、クイントが立て続けに討たれた事で、チーム・スタイリッシュの戦線はほぼ崩壊状態となり、戦いの流れは、完全にナイトレイド側に傾きつつあった。

 

 戦闘員はまだある程度の数が残っているが、主力はほぼ全滅し、残存兵力が減殺した雑兵のみでは、一騎当千のナイトレイド相手に、戦線の維持すら難しい事は火を見るよりも明らかである。

 

 その為、強敵たちを排除したナイトレイド達が反攻に転じ、残った戦闘員を次々と排除していった。

 

 後はスタイリッシュ本人を捕捉して倒す事ができれば、戦いは終わりである

 

 そんな時だった。

 

 はるか上空から、重々しい音が響き渡ってくるのに気付いた一同は、敵味方の区別なく、一斉に振り仰ぐ。

 

 程無く、視界の彼方で、空を飛ぶ三角形の生物が見えてきた。

 

 それは、南方に生息する飛行型特級危険種のエアマンタである。生息数はが少ないのか、あまり見かける事は無いのだが、こうしてごく少数ながら飼いならして乗り物として重宝している人間もいるらしい。

 

「何だあれ? 新手か?」

「ちょっと待って」

 

 それを仰いでいたタツミとマインの目にも、エアマンタの姿は目撃されていた。

 

 マインはパンプキンに付属している照準用スコープを取り出して左目に装着。もう一度確認の為に振り仰ぐ。

 

 その視界の中で、エアマンタの背に乗る4人の人影が確認できた。

 

 うち、3人はフードを目深にかぶって居る為、確認する事はできない。

 

 だが、最後の一人には見覚えがあった。

 

 鋭い眼光に、右目には眼帯をした精悍な女性。右腕には無骨な義手が装着されている。

 

 その姿を見て、マインは歓喜に顔を輝かせた。

 

「ボスだわ!!」

 

 それは、南方の革命軍本部に赴いていたナイトレイドのリーダー、ナジェンダだった。

 

 奪った帝具の輸送と、新戦力の補充を目的に革命軍本部へ行っていたナジェンダだったが、アジトが襲撃されたこのタイミングで戻って来たのだ。

 

「おお!! いいタイミング!! そしてズリィ!!」

 

 拳を掲げて喝采を上げるタツミ。

 

 そのタツミに、マインは不審な視線で見る。

 

「何でよ?」

「あんな格好良い物に乗って登場だぜ。俺も乗りてぇ!!」

「はあ? 前から思ってたけど、アンタのセンス、ちょっとおかしいわよ」

 

 歓声を上げるタツミを見ながら、呆れた様子を見せるマイン。

 

 どうやら、少年の感覚は少女には理解しがたい物があるらしかった。

 

 だが、

 

 そんなマインを、木陰から怪しく見つめる影があった。

 

 トローマである。

 

 レオーネを倒した後、潜伏していたトローマは、他のメンバーを襲撃するタイミングを計ってアジト内部を徘徊していたのだ。

 

 そして、視界の先には、無防備に背中を晒すマインの姿があった。

 

 笑みを浮かべるトローマ。

 

 マインは背中を向け、トローマの存在には気が付いていない。襲撃するには、絶好のタイミングである。

 

「けひッ 可愛い可愛いお嬢さん。背中がガラ空きだぜ」

 

 ナイフを手に木陰を飛び出すトローマ。その手にはナイフが握られている。

 

 その切っ先がマインへと迫り、

 

 次の瞬間、

 

 横合いから砲弾のように飛び出してきたレオーネが、容赦なくトローマを蹴り飛ばした。

 

「さっきはよくもやってくれたな、この野郎!!」

 

 既にライオネルによって変身し、身体能力強化したレオーネの攻撃力は強烈である。

 

 並みの人間なら一撃で即し決定である。

 

 トローマが死ななかったのは、彼がスタイリッシュによって、肉体を強化されているからである。

 

 しかし、その改造は彼の命を救う事は無く、却って地獄へと引きずり込んで行く。

 

「グフォォォォォォ!?」

 

 吹き飛ばされ、無様に地面を転がるトローマ。

 

 その首をレオーネが掴み上げ、容赦なく締め上げる。

 

「ギ、ギギ・・・・・・苦しい・・・・・・助けて・・・・・・」

 

 首の骨を折る勢いで締め上げるレオーネ。

 

 凶暴な牙を剥いた獅子を前に、桂馬如きが敵う道理は無かった。

 

「私はなァ・・・・・・奇襲するのは好きだけど、されるのは大ッッッッッッ嫌いなんだよ!! 丈夫に強化されてるっぽいが、その分楽に死ねるとは思うなよ!!」

 

 スタイリッシュ顔負けの外道セリフを吐くレオーネに、見ていたタツミとマインは揃ってドン引きする。

 

 だが、

 

 トローマは尚も反撃に出た。

 

「けひっ」

 

 苦しそうに血を吐きながらも、笑みを浮かべるトローマ。

 

 足の爪先から、仕込みナイフが出現。そのままレオーネに蹴り掛かる。

 

 しかし次の瞬間、

 

 向かってきた刃を、レオーネはとんでもない方法で受け止めた。

 

 何と、トローマのナイフを、レオーネは歯で噛んで受け止めたのだ。

 

「こいつ・・・・・・さっきもこうやって・・・・・・」

 

 驚愕に、目を見開くトローマ。

 

 それが、彼のの最後の言葉となった。

 

 レオーネはトローマの細い体を振り回すと、力づくで地面に叩き付ける。

 

 地面が大きく陥没するほどの衝撃が、余すところなく桂馬の体を粉砕する。

 

 トローマは、今度こそ絶命した。

 

「ふぅ、奇襲でもらった一撃が効いた効いた」

 

 言ってからレオーネは、つい相手を一撃で倒してしまった事に気付いて舌打ちした。嬲り殺しにする心算だったのに、これでは失敗である。

 

「ね、姐さん、今の、大丈夫なの?」

 

 様子を見ていたタツミが、恐る恐ると言った感じに尋ねてみる。

 

 他の人間がやったら確実に致命傷を喰らっていた一撃だが、当のレオーネは平然とした物である。

 

 対して、レオーネは不敵な笑みを見せた。

 

「変身した私は治癒力も高まっているから、これくらいならな」

 

 ライオネルの能力により強化されるのは、身体能力だけではなく、こうした恩恵も受けられるのだ。

 

 復帰するまでに少々時間がかかったが、今のレオーネは万全の状態で戦線復帰を果たしていた。

 

 そこへ、複数の足音が聞こえてきた。

 

「皆、無事か!!」

 

 トビーを倒したアカメとラバックが歩いて来る。

 

 その少し後からは、クイントを仕留めたキリトとシノンの姿もあった。

 

 これで、全員の無事が確認されたわけである。

 

 だが、

 

「あれ、キリト、お前その顔、どうした? やられたのか?」

「いや、まあ、ちょっと、な」

 

 タツミの質問に、言葉を濁すキリト。その頬には、明らかに打撲痕と思われる腫れがあった。

 

 しかしまさか、シノンの恥ずかしい恰好を見てしまい、報復としてぶん殴られた、とは言えなかった。

 

 そのシノンはと言えば、今度はちゃんと制服を着こんで現れていた。

 

「そうか、お前が負傷するほどの相手となると、かなりの強敵だったんだな」

「お、おう。けど、ちゃんと倒しといたから安心しろ」

 

 そう言って、ごまかすように苦笑するキリト。

 

 その傍らでは、シノンが不機嫌そうにそっぽを向いていた。

 

 その時だった。

 

 周囲に一斉に気配が浮かび、同時に現れた戦闘員達によって、ナイトレイド達は包囲されてしまう。

 

 緊張が高まる中、それぞれが帝具を構えて円陣を組む。

 

「まだ、残りがいやがったか・・・・・・」

「けど、こいつらで多分全部だ。残りの糸に反応は無い」

 

 ラバックがクローステールの様子を確かめながら言う。

 

 主だった戦闘員は全滅。雑兵も殆どが撃退され、敵も壊滅状態と言う事だ。

 

 あと一息で終わる。

 

 そう思った時だった。

 

 突如、タツミの傍らに立っていたアカメが、急に糸が切れたように、その場に倒れた。

 

「アカメ、どうした!?」

 

 慌てて声を掛けるタツミ。

 

 しかし、倒れたのは彼女だけではない。

 

 ラバックが、シノンが、マインが、レオーネが、キリトまでが、タツミの見ている前で、次々と倒れてしまった。

 

「み、みんな、いったいどうしたんだよ!?」

 

 無事に立っていられているのはタツミだけ。これが異常事態である事は、火を見るよりも明らかである。

 

「か、体が、急に・・・・・・・・・・・・」

 

 しびれた体で、絞り出すように呟くマイン。

 

 他の皆も同様だった。

 

 急に体がしびれ、全く動かなくなってしまったのだ。

 

「この感じ、船の時と似た、まさか、また催眠か?」

 

 龍船での戦いを経験しているタツミは、真っ先に同様の可能性を疑った。

 

 あの時は三獣士の一人ニャウが、帝具の力を使って広域催眠を仕掛けてきた。その時と同じではないかと考えたのだ。

 

 しかし、辛うじて意識を保ちながら、アカメは首を振る。

 

「いや、違う・・・・・・これは・・・・・・毒か・・・・・・」

 

 

 

 

 

 アカメの予想は正しかった。

 

 戦闘員の大半を撃破され、計画がとん挫しそうになったスタイリッシュは、封印していた自身の切り札を開封したのだ。

 

 散布された毒は、スタイリッシュの調合した中でも最凶の逸品である。

 

 本来ならばスタイリッシュであっても使用を躊躇う程に巨力な代物なのだが、殺し屋であるなら、毒に対する態勢も強いであろう事を考慮した結果、使用に踏み切ったのだ。

 

 勿論、予め切り札の使用も考慮に入れており、自分達は風上に陣取っておく事も忘れなかった。

 

「インクルシオ以外には、覿面に効いています」

「フフ、予定通りに。うまくいったわ。インクルシオの鎧には効果が薄いみたいだけど、それも時間の問題よ」

 

 《目》からの報告を受け、スタイリッシュは満足そうに笑う。

 

 押し返された時にはどうなるかと思ったが、これで帳尻は合うだろう。

 

 応援に来たナジェンダ達も、毒の効果があるうちは降りて来る事はできない。彼女達は、自分の仲間達が捕えられるのを、上空でただ手をこまねいている事しかできないだろう。

 

 勿論、言うまでも無く、スタイリッシュと強化兵たち全員には、対応した解毒剤を投与済み。体内に取り込んでも、何も問題は無かった。

 

「本当は活きの良い実験体(ナイトレイド)に、こんな新薬投入したくなかったんだけどね。これ自体、つくるのにすんごい手間がかかる貴重品だし。けど仕方ないわッ 味方がこんなにやられているんですもの!!」

「さすがスタイリッシュ様!!」

「お優しい!!」

「しかも無臭で、私にも優しい毒です!!」

 

 わざとらしく芝居じみた嘘泣きをして見せるスタイリッシュを、揃ってよいしょする《目》《耳》《鼻》の3人。

 

 彼等の中では、既に戦いは終わったも同然のように扱われていた。

 

 

 

 

 

 ノインテーターを構え、タツミはじりじりと近づいてくる戦闘員達を牽制する。

 

 既にまともに動けるのはタツミ1人だけ。状況は完全に追い詰められつつある。

 

 毒に多少の耐性があるらしいアカメ、帝具のアシストで無理やり動く事ができるキリト、そして回復力の高いレオーネが、辛うじて立ち上がり、応戦の構えを見せているが、動きはどう見ても鈍い。

 

 シノンとラバック、マインに至っては、立ち上がる事すらできないでいる有様だ。

 

 やはり、俺がみんなを守らないと。

 

 そう思って前に出ようとするタツミ。

 

 その時だった。

 

 突然、天空から衝撃が襲い掛かって来た。

 

 吹き飛ばされ、宙を舞う戦闘員達。

 

 地を割る程の一撃は、包囲網を一瞬にして突き崩す。

 

「な、何だ!?」

 

 誰もが驚愕する中、

 

 ゆっくりと、もうもうと立ち込める砂煙の中で、

 

 ゆらりと、人影が立ち上がる。

 

 それは、長身の男性だった。

 

 精悍な顔つきをし、鋭い眼光は全てを射抜くように放たれている。

 

 頑健な体はまるで百錬の武将のそれであり、手には先端に分銅のような重しを備えた棍が握られている。

 

 だが、ただの人間ではない事は、見ればすぐに判った。

 

 頭の両脇にから、まるで猛牛のような角が突き出している。その事が、精悍な男の外見を、よりシャープに引き立てていた。

 

「・・・・・・味方、だよな?」

 

 レオーネが男に視線を送りながら、半信半疑に呟く。

 

 目の前で、群がる敵を蹴散らしたのだから、一応は味方と判断する事ができるだろうが、しかし、相手の正体がわからない以上、油断もできなかった。

 

 同様に皆が疑念に満ちた視線を男に向ける中、その様子をエアマンタの上から見ていたナジェンダは冷静に状況を見据えていた。

 

「スサノオはともかく、今、私やお前達が下りるのはやばそうだ。まずは、ここから指示を出す」

「了ー解」

「判りました、ナジェンダさん」

 

 背後にいる残り2人の返事を聞きながら、ナジェンダは再び足元に目をやった。

 

 生身の自分達が下りる事はできないが、彼1人だけならば何も問題は無かった。

 

 サッと腕を振るうナジェンダ。

 

「さあ、目の前の敵を駆逐しろ、スサノオ!!」

 

 そのナジェンダの命令に対し、

 

「判った」

 

 スサノオと呼ばれた男は、厳かな声で返事を返す。

 

 次の瞬間、

 

 スサノオが手にした棍の先端部分から、スクリュー状の刃が分銅を取り囲むように出現する。

 

 同時に、突撃するスサノオ。

 

 棍を強烈に回転させ、容赦なく振りまわす。

 

 たちまち展開される、圧倒的な光景。

 

 刃に接触した戦闘員達は、たちまち粉砕され、斬り裂かれていく。

 

 それは、台風の如き様相だった。

 

 戦闘員達は、誰1人としてスサノオに触れる事すら敵わない。全て、あっとうてきな力の前に叩き潰されていく。

 

 押しつぶそうと群がってくる一団のあるが、それらも全て、スサノオに返り討ちにされ吹き飛ばされた。

 

 まるで勝負にならない。

 

 生き残っていた戦闘員全てが、スサノオの足元で躯と化すのに、それから1分も掛からなかった。

 

 これには、彼方から戦況を見守っていたスタイリッシュ達も驚愕を隠せなかった。

 

「ど、どういう事よ、これは・・・・・・」

 

 スタイリッシュが、呆然と呟きを漏らす。

 

 生物である以上、毒が全く効かないと言う事はあり得ない。

 

 だが現実に、スサノオは毒ガスが充満している筈の戦場で、平然と戦い続けていた。

 

 たった1人を相手に、蹂躙し尽くされたチーム・スタイリッシュ。

 

 その時だった。

 

 スサノオを取り囲むように散らばっていた遺体が、一斉に内部から膨れ上がるようにして爆発する。

 

 数十体もの遺体が一斉に爆発する様は強烈であり、辺り一帯が爆炎に包まれた。

 

 この時、スサノオに毒が効かないと判断したスタイリッシュが、遺体の処分がてら、戦闘員達を自爆させたのである。

 

 こんな事もあろうかと、予め戦闘員達の体には爆薬が仕掛けれれていたのだ。

 

 衝撃と爆風が吹きすさび、辺り一面の視界が覆い尽くされる。

 

 巻き上がる煙に覆い尽くされる中、徐々に視界が晴れていく。

 

 そして全ての煙が取り払われた時、

 

 そこには立ち尽くすスサノオの無惨な姿があった。

 

 爆風の衝撃によって半身は吹き飛ばされ、左腕は失われている。明らかに致命傷である。

 

 だが次の瞬間、

 

 まるで時間が巻き戻るようにして、スサノオの体は元に戻り始めた。それどころか、吹き飛ばされた衣服まで元通りになる。

 

「これは・・・・・・まさか・・・・・・」

 

 倒れたままのマインが、呻くように呟く。

 

「生物型・・・・・・いや、人間型の帝具、か?」

 

 キリトもまた、驚きに満ちた表情で言った。

 

 《電光石火スサノオ》

 

 キリトの言ううとおり人間に近い形をした生物型帝具であり、高い戦闘能力を備え、元は要人警護用に開発された帝具である。

 

 生物型帝具である以上、胸にある核を破棄されない限り、何度でも復活する事ができるのだ。そして当然、毒などの特殊な攻撃も無効化できる。

 

 と、

 

 スサノオは、倒れたままのマインにジッと目を向ける。

 

「な、何よ?」

 

 たじろくマインに、大股で近付くスサノオ。

 

 そしてしゃがみこむと、

 

 慣れた手つきで、彼女の髪をセットし始めた。

 

「・・・・・・よしっ」

「な、何が?」

 

 ピシッとセットされた髪で、マインは状況が呑み込めないまま唖然とするしかなかった。

 

 その頃、

 

 上空から戦況を見詰めていたナジェンダは、次の一手を刻もうとしていた。

 

 これ程の大規模侵攻だ。必ずどこか近場に司令部があり、状況を見守っている存在がいるはず。

 

 毒が散布された事と風向き、そして比較的高所で、状況把握がしやすい場所を重点的に索敵に掛ける。

 

 すると程無く、アジトから少し離れた崖の上に、数人の人影が立っているのが確認できた。

 

 そのうち1人は、帝国中央開発部に所属していたドクター・スタイリッシュである事が判る。

 

「・・・・・・やはりな」

 

 ナジェンダは確信を込めて頷く。

 

 アジトの場所を知られ、襲撃を受けた以上、1人として生かして帰すつもりは無かった。

 

「スサノオ、南西の森の中に敵が潜んでるぞ!! 逃さず潰せ!!」

「判った!!」

 

 ナジェンダの指示を受け、地を蹴るスサノオ。

 

 その頃、《耳》の報告によって自分達の所在がばれたスタイリッシュ達も、撤退に掛かっていた。

 

 戦闘員は精鋭、雑兵共に全滅。残っているのは斥候用の3人のみ。これでは増援を得て、完全に体勢を立て直したナイトレイド達に勝てる訳がない。

 

 ここは一旦後退してイェーガーズと合流、他日改めて襲撃を仕掛けるべきだった。

 

 だが、

 

 そんな彼等の頭上、低空スレスレを、ナジェンダ達の乗ったエアマンタが飛び去って行った。

 

 その衝撃で、吹き飛ばされるスタイリッシュ達。

 

「あいつ・・・・・・意地でも逃がさないって訳ね・・・・・・」

 

 ナジェンダの執念を感じ取り、スタイリッシュは戦慄する。

 

 状況はいよいよ、彼等にとって手詰まりになりつつあった。

 

 そこへ現れるスサノオ。ナジェンダがスタイリッシュ達の動きを封じている隙に追いついてきたのだ。

 

 これで、王手である。

 

「ご安心くださいスタイリッシュ様!!」

「我等は将棋で言えば金や銀。必ずやお守りします!!」

 

 そう言うと、《耳》《目》《鼻》が前に出て、スサノオの前に立ちはだかろうとする。

 

 だが、スタイリッシュは楽観視できなかった。

 

 こいつらは所詮、偵察用であって、戦闘力は皆無に近い。戦闘員数十名を1人でなぎ倒したスサノオの相手は不可能。

 

 完全に手詰まりだった。

 

 仕方がない。

 

 スタイリッシュは腹の内で苦笑すると、白衣の内ポケットに手を入れる。

 

「こうなったらもう!! 腹を括ってェ!!」

 

 スタイリッシュは懐から注射器を取り出すと、迷う事無く自分の腕に突き刺す。

 

「切り札その2、危険種イッパァァァツ!! これしかないようね!!」

 

 次の瞬間、

 

 スタイリッシュの体が大きく膨れ上がる。

 

「来た来た来たァァァ!! これぞ究極のスタイリッシュ!!」

 

 着ていた白衣が破け、風船のように一気に巨大化して行く。

 

 やがて腕が伸び、足が生え、巨大な頭部が出現すると、更に体は巨大化していく

 

 無表情の仮面を張り付けたようなその姿は、不気味の一言に尽きる。

 

 身体の所々に機械じみたパーツが見えている事から考えて、単純な生物とは一線を画しているのは間違いない。

 

「私自らが危険種となる事でェ お前ら全員を吹き飛ばす!!」

 

 叫びながら、さらに膨れ上がって行くスタイリッシュ。

 

「おお、美しい!!」

「さすがスタイリッシュ様!!」

 

 賞賛する《鼻》と《目》。

 

 彼等にとっては、スタイリッシュのやる事ならば何でも良いらしい。

 

 だが次の瞬間、スタイリッシュを取り込んだ危険種は、巨大な腕で2人を掴み、そのまま口へと持っていく。

 

 驚く間もなく、大きく持ち上げられる《目》と《鼻》。その視界の中で、巨大化したスタイリッシュが迫ってくる。

 

「あなた達はあたしの貴重な栄養よ!! 一つになりましょう!!」

 

 そう言うと、そのまま《目》と《鼻》を口の中に放り込み、咀嚼して飲み込んでしまう。

 

 更にスタイリッシュは、逃げようとした《耳》にも掴み掛り、同様に丸呑みにしてしまった。

 

「良いわァ!! 栄養となる肉を豪快に食してレベルアーップ!!」

 

 更に、巨大化の速度が速まるスタイリッシュ。

 

 その姿は既に、全高で50メートル以上。重量にすれば数100トンに達しようかという巨体にまで膨れ上がっていた。

 

 そして、額の中央付近からは、スタイリッシュ本人の体が飛び出ている。

 

「でも、まだまだ『アレ』には届きそうも無い・・・・・・更に高みに立つ為にも、もっと大きくならなくちゃあ」

 

 言いながらスタイリッシュは、足元のスサノオに掴み掛る。

 

「さあ、アンタも頂くわァ!!」

 

 伸ばされる、巨大な腕。

 

 対して、とっさに回避して、反撃に転じるスサノオ。

 

 しかし、振り翳された棍は、危険種の硬い装甲に当たって弾かれる。

 

「硬いな・・・・・・・・・・・・」

 

 呟いた瞬間、危険種の攻撃をもろにくらい吹き飛ばされるスサノオ。

 

 直前で防御に成功した為にダメージは少ないが、それでもスサノオの攻撃すら決定打足りえないのは事実である。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 戦いの様子は、離れた場所で見守っていたキリト達からも見る事が出来た。

 

「何なの・・・・・・あれ・・・・・・」

「気持ち悪い・・・・・・」

 

 危険種と化したスタイリッシュを見て、シノンとマインが生理的嫌悪感を顕にする。

 

 確かに、今のスタイリッシュの姿は、どのような危険種よりもおぞましい物がある。

 

 スサノオが奮戦して食い止めてはいるが、彼が敗れれば、その矛先がこちらに向くのは間違いなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・やるしか、無いな」

 

 決意を込めて立ち上がるキリト。

 

 同時に、自身の中で意識を集中させ、眠っている存在を呼び起こす。

 

 程無く、

 

 キリトの背中に、白い柄の流麗な片手剣が姿を現した。

 

「キリト!!」

 

 背後から声を掛けるシノン。

 

 キリトもスタイリッシュの毒を受けており、万全の状態とは言い難い。そんな彼を、シノンは心配そうに見つめている。

 

 対して、

 

 キリトは優しく笑い掛ける。

 

「大丈夫だよ、シノン」

 

 言ってから、キリトは彼方で戦い続ける、スサノオとスタイリッシュに目をやる。

 

「俺はあの人の援護に行く。戦闘に復帰できそうな奴は続いてくれ!!」

 

 言い放つと同時に、キリトは地を蹴って大きく跳躍する。

 

 これが、最後の戦いだった。

 

 

 

 

 

 スタイリッシュからの攻撃を回避しながら、スサノオは隙を見付けて反撃に転じる。

 

 振りかざされる棍の一撃。

 

 しかし、やはり結果は同じである。

 

 並みの人間なら一撃で粉砕できるはずのスサノオの攻撃は、スタイリッシュにダメージを与える事すらできずに弾かれる。

 

「ハッハッハッ どうしたのよ生物帝具!! もっと攻めてきてもいいのよ!!」

 

 挑発するように言いながら、スサノオに掴み掛ろうとするスタイリッシュ。

 

 次の瞬間、

 

 高速で飛来した黒と白の閃光が、スタイリッシュを刺し貫いた。

 

 右手にエリュシデータ、左手にダークリパルサーを構えたキリトが、危険種スタイリッシュの巨体へと斬り掛かる。

 

 突撃の勢いそのままに、突き込まれる二振りの刃。

 

 しかし、

 

「クッ!?」

 

 両腕に感じる痺れに、キリトは思わず舌打ちを漏らす。

 

 想像を絶する強固な装甲は、キリトの剣を持ってしても貫く事は敵わない。

 

「ハッ 飛んで火にいる夏の虫ィ!!」

 

 標的をキリトに変更したスタイリッシュは、嬉々とした掴み掛ってくる。

 

 だが、その前に、伸ばした腕はスサノオの棍によって弾かれ、大きく反らされる。

 

「サンクス!!」

「うむ」

 

 短いやり取りを交わす、キリトとスサノオ。

 

 同時にキリトは跳躍し、スタイリッシュへと迫る。

 

 能力によってアシストされたキリトの体は、砲弾のような勢いでスタイリッシュへと襲い掛かる。

 

 スサノオの援護によって生じたこの一瞬の隙に、スタイリッシュを削りきるのだ。

 

 繰り出される斬撃。

 

 描かれる「型」をなぞりながら、黒白の剣閃が迸る。

 

「シャイン・サーキュラー!!」

 

 身体の回転に合わせて繰り出される、強烈な連撃。

 

 その一撃一撃が、正に必殺。

 

 スタイリッシュもさすがと言うべきか、最初の数発は見事に耐えきって見せる。

 

 帝具の攻撃を完全にストップするのだから、その防御力が相当な物である事は疑いない。

 

 だが、

 

 キリトも諦める気は無い。

 

 更なる連撃を繰り出し、文字通り「削って」いく。

 

 やがて、

 

「ぬあッ!?」

 

 思わず悲鳴を上げるスタイリッシュ。

 

 キリトの繰り出す剣が、ついに彼の装甲を斬り裂き、内部機構にまで及び始めたのだ。

 

 だが、

 

 キリトにできるのは、そこまでだった。

 

 やがて、技を撃ち切ったキリトは動きを止める。

 

 その姿に、

 

 スタイリッシュは冷や汗を流しながら、笑みを浮かべる。

 

「フ・・・・・・、フフフ、残念だったわねぇ ボウヤ!! あたしの勝ちよ!!」

 

 勝ち誇って言い放つスタイリッシュ。

 

 だが、

 

 次の瞬間、

 

 キリトは、

 

 口元に笑みを浮かべて、スタイリッシュを見返す。

 

 その笑みに一瞬、スタイリッシュはゾクリと悪寒を感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・やれ、シノン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 囁くような言葉。

 

 次の瞬間、

 

 飛来した光の矢が、キリトの剣によって穴の開いた装甲を、正確に射抜き、内部を刺し貫いた。

 

「なッ!?」

 

 まさかの一撃に、巨体を維持できずに膝を突くスタイリッシュ。

 

 その視界の彼方、

 

 アジトのすぐ前で、

 

 膝を突いた状態で、シェキナーを構えているシノンの姿がある。

 

 この極遠距離。しかも、装甲の裂け目と言う僅かなウィークポイントを、シノンは正確に射抜いて見せたのだ。

 

 体内にダメージを喰らい、大きくバランスを崩すスタイリッシュ。

 

 内部がシェキナーの攻撃で食い破られ、思うように動かなくなってしまったのだ。

 

「おのれッ こしゃくな!!」

 

 それでも、どうにか強引に体を動かそうとするスタイリッシュ。

 

 その時、

 

「これで終わりだ、スタイリッシュ!!」

 

 凛と響く叫び声。

 

 見れば、インクルシオを纏ったタツミが、背中にアカメを背負う形で戦場に到着していた。

 

 アカメは毒の関係で、未だに体が思うように動かない。そこで、比較的ダメージの少なかったタツミが、ここまで運んできたのだ。

 

「何それ? 二人羽織り? フラフラなアンタ達は、潰れちゃいなさぁい!!」

 

 言いながら、腕を振り上げるスタイリッシュ。

 

 だが次の瞬間、

 

 横合いから放たれたエネルギー弾が、その巨大な腕を直撃して弾く。

 

 目を転じれば、エアマンタの上でパンプキンを構えたマインが、ナジェンダに支えられるようにして照準を定めていた。

 

 尚も諦めない、とばかりにもう片方の腕を伸ばすスタイリッシュ。

 

 だが、今度は飛び込んできたスサノオが、棍で弾く。

 

 そこへ、アカメを背負った状態で駆け抜けていくタツミ。

 

「まだまだよ!!」

 

 最後の足掻き、とばかりに本体周囲から注射針の付いた管を無数に伸ばすスタイリッシュ。恐らく近接防御用の武器らしい注射針は、一斉にタツミへと迫る。

 

 だが次の瞬間、

 

 飛び込んできた漆黒の影が、2人を守るように立ちはだかる。

 

「やらせるかよ!!」

 

 キリトは両手のエリュシデータとダークリパルサーを振るい、全ての注射針を切り払う。

 

 これで、今度こそ王手(詰み)だ。

 

「行け、タツミ!! アカメ!!」

 

 キリトの声に背を押されるように、

 

 自身の間合いまで入ったアカメは、タツミの背から跳躍。一気にスタイリッシュ本体へと迫る。

 

 同時に、村雨の鯉口を切り抜刀。

 

 横なぎの一閃が、スタイリッシュ本体の胸部を斬り裂く。

 

 危険種の体は強靭な装甲に覆われていたスタイリッシュだが、そこだけは人間の体のままだったのだ。

 

 ただちに、村雨の呪毒がスタイリッシュの体を駆け巡り、心臓を食い散らかしていく。

 

「そ、そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 自分の体が毒に侵食されていくのを感じ、スタイリッシュは絶望の中に沈みゆく。

 

「ま・・・・・・まだ、いろんな実験が・・・・・・した、かったのに・・・・・・な、なぜ・・・・・・あたしがこんな・・・・・・不幸な目に・・・・・・・・・・・・」

 

 手前勝手な今際のセリフと共に、呪毒は完全にスタイリッシュを食い尽くす。

 

 やがて、その巨体は、轟音を上げて地面に倒れ伏した。

 

 同時に、落下してきたアカメの体を、タツミが抱き留める。

 

「五体満足で死ねたんだ。お前はまだ幸せだろう」

 

 アカメの冷ややかな言葉が、凄まじかった激闘のフィナーレとなって響き渡る。

 

 やがて、勝者であるナイトレイド達を称えるように、

 

 上り始めた太陽が、ゆっくりと皆を照らしていくのだった。

 

 

 

 

 

第22話「狂科学の申し子」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と、派手にやられたな・・・・・・・・・・・・」

 

 タバコに火をつけたナジェンダが、嘆息交じりに呟きを漏らす。

 

 戦いが終わり、ようやく地上に降り立つ事が出来た彼女達だったが、スタイリッシュ達の攻撃によって破壊し尽くされたアジトの有様には、声も出なかった。

 

 アジトはナイトレイドにとっての家である。それなりに愛着もあった。その家が敵に破壊され、落胆を禁じ得ない様子である。

 

 もっとも、

 

 周囲を見回せば、ナジェンダを囲むように仲間達が顔を見せている。

 

 アカメ、タツミ、キリト、レオーネ、シノン、ラバック。

 

 この場に1人も欠ける事無く立っていられるのは、奇跡に近かった。

 

「しっかしボス。よく、あんなタイミングで帰って来れたね」

 

 未だに体が思うように動かないラバックに肩を貸してやりながら、レオーネが不思議そうに尋ねる。

 

 確かに、アジトが敵の襲撃を受ける状況の中でナジェンダが帰還したのは、タイミングが良すぎた感がある。

 

「占いの帝具を使ったんだ。そうしたら、アジトの方角に凶と出てな。それで取り急ぎ、新メンバーを連れて戻って来たってわけさ」

「へえ、帝具にも色々あるのね」

 

 感心したように言うシノン。

 

 ようやく毒も抜けて来ており、辛うじてだが立って歩けるくらいに回復していた。

 

「それでナジェンダ、これからどうするんだ?」

 

 尋ねるキリト。

 

 アジトがこの有様では、当面は暗殺稼業(しごと)どころではないだろう。それどころか、明日にはイェーガーズが押しかけてくる可能性もある。

 

「どこか、いったん身を隠した方が良いと思うぞ」

「そうだな。まずは生き残る為の手を打つとしよう」

 

 キリトの言葉に、ナジェンダが頷きを返した。

 

 その時だった。

 

「あの・・・・・・・・・・・・」

 

 ナジェンダが連れて来た新メンバーの内の1人が、声を上げた。

 

 一同が視線を向ける中、その人物はじっと、キリトを見詰めているのが判る。

 

「どうかしたのか?」

 

 訝るキリト。

 

 そんな中、

 

 その人物は、顔を覆っていたフードを取り払う。

 

 その下から現れる、素顔。

 

 長い金髪をポニーテールに纏め上げ、キリッと整った目鼻は、どこか妖精めいた美しさと可憐さがある。

 

 しかし、

 

 その姿を見て、キリトは思わず息を飲んだ。

 

 互いに見つめ合う、キリトと少女。

 

 やがて、どちらからともなく口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしかして、・・・・・・リーファ、か?」

「お兄ちゃん・・・・・・・・・・・・」

 


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