漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第17話「エスデスの恋」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーブルの上には、贅を尽くした料理の数々が並べられている。

 

 オードブルに始まり、メインディッシュ、デザートと、それも豪華で食欲のそそる物ばかり。

 

 だが、それらどれ一つ取っても、一般市民には食べるどころか、匂いを嗅ぐ事すらできない物ばかりである。

 

 まして、これら贅を尽くした料理が殆ど、ただ1人の人物が食べる一食分に過ぎないとなれば、一般市民は何と思う事だろうか?

 

 オネストは、毎日の決まり事である皇帝との会食を行っていた。

 

 とは言え皇帝は幼く、まだそれほど食欲旺盛と言う訳ではない。

 

 自然、テーブルの上の食材は、その大半がオネストの巨大な胃袋に収められる事となる訳だ。

 

「なあ、大臣」

 

 皇帝は食事を進めながら、気になっている事を尋ねてみた。

 

「どうしてエスデス将軍は、恋がしたいなどと言い出したのだろう?」

 

 それは、北方異民族を討伐して帰還したエスデスが、皇帝に拝謁した際のやり取りの事。

 

 何か褒美を与えたいと申し出た皇帝に対し、エスデスは「恋がしてみたい」と言ったのだ。

 

 皇帝も、そしてオネストでさえ仰天したのは、言うまでも無い事である。

 

 エスデスは今まで縦横に戦場を駆け、ただ相手を蹂躙する事だけを喜びとしてきた。

 

 そのエスデスが、恋をしたいなどと言い出した事が、皇帝には解せないのだ。

 

 翌日、帝都には季節はずれの雪が降ったとか降らなかったとか。

 

 ともかく、誠に天変地異を疑いたいレベルの出来事であったのは間違いない。

 

「誰もが、年頃になると異性を欲するものです。ところが、エスデス将軍は戦うために生れてきたような人間。今まで花より戦だったのでしょうが、ついにそっちの欲も出て来たのです」

 

 オネストは、諭すように皇帝にそう言う。

 

 もっとも、エスデスが恋する姿など、オネストも想像すらできないのだが。

 

 いったい、あの御仁の頭の中身はどうなっているのか、付き合いが長いオネストにも、ときどき理解が及ばない事が多かった。

 

 一方の皇帝はと言えば、今のオネストの説明に納得したように、真剣な眼差しを見せる。

 

「なるほど。それはぜひ、相手を見付けてやりたいな。しかし・・・・・・・・・・・・」

 

 言葉を詰まらせる皇帝。

 

 エスデスの想いに答えてやりたいと言う想いはある物の、その為にはどうしても、クリアしなければならない問題があった。

 

 オネストの方でも、心得ているように、ケーキのホールを一気食いしながら頷きを返す。

 

「プライドの高い方ですからな。自分の欲求を満たしていないと納得せんでしょう」

「うむ、だがいないぞ、こんな男・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言うと皇帝は、懐から1枚の紙を取り出した。

 

 それは以前、エスデスが提示した「恋人候補」の条件である。

 

 それには、こうあった。

 

 

 

 

 

Ⅰ、何よりも将来の可能性を重視します。将軍級の器を自分で鍛えたい。

 

Ⅱ、肝が据わっており、現状でも共に危険種狩りができる者。

 

Ⅲ、自分と同じく、帝都では無く辺境で育った者。

 

Ⅳ、私が支配するので年下を望みます。

 

Ⅴ、無垢な笑顔ができる者が良いです。

 

 

 

 

 

 何と言うか一言、

 

 「自重しろ」と言いたくなる内容である。

 

「一番目で、殆どの人間がアウトだからなぁ・・・・・・」

「将軍級の器と言うのが難ですな・・・・・・」

 

 そう言うと、皇帝と大臣は揃って、深々と溜息をつくのだった。

 

 

 

 

 

「キュアァ~」

「キュ~ン」

「キュアッ キュアー」

「キュキュキュ~ン」

 

 ピナとコロが、何やら謎の会話を繰り広げている。

 

 恐らく、

 

「最近は、めっきり暑くなってきたなー」

「マジでー ウケるー」

 

 などと言った内容なのだろう。

 

 何にしても本人(?)達も打ち解ける事が出来たようで何よりである。

 

 新組織となる特殊警察イェーガーズの面々は、皇帝への謁見を終えた後、それぞれ改めて親睦を深めるべく、隊内における晩餐を催す事となった。

 

 食材は、ウェイブが手土産として持ち込んだ海産物を使った鍋物を中心に、豪華な料理の数々がテーブルの上に並んだ。

 

 調理に関しては、軍で経験済みのウェイブと、家で自炊しているアスナ、そして、なぜかできるボルスが腕を振るい、一同に美味しい鍋料理を作って見せた。

 

 その料理を待つ間、残りのメンバーはエスデスを囲む形で歓談を行っていた。

 

 シリカはペットたちの会話を微笑ましそうに眺め、クロメは相変わらずお菓子をぱくついている。

 

 何でもそつなくこなすランは執事役としてエスデスの傍らに控え、スタイリッシュは、そんなランをうっとりと見つめていた。

 

 そんな中、セリューは興味に目を輝かせてエスデスに尋ねた。

 

「隊長は、御自分の時間を、どう過ごされているんですか?」

「狩りや拷問。または、その研究だな」

 

 拷問はエスデスのライフワークと言って良く、その腕前は帝都にいる拷問官よりも上手いくらいである。ときどき時間を見付けては自身の拷問テクニックを指導までしている。

 

「だが今は・・・・・・・・・・・・」

 

 一同が見守る中、エスデスはニヤリと笑って言った。

 

「恋、をしたいと思っている。

 

 一同に激震が走ったのは言うまでも無い。

 

「恋!?」←セリュー

「恋・・・・・・」←クロメ

「こ、恋ですか?」←シリカ

「変?」←トキハ

「恋、ですか」←ラン

「恋ねえ」←スタイリッシュ

 

 次の瞬間、

 

 ガシッ

 

 エスデスはトキハの顔面を鷲掴みにした。

 

 そして、

 

 ギリギリギリギリギリギリ

 

「アダダダダダダダダダダダダ」

 

 万力のような力で頭蓋骨を圧迫される。

 

「私は、その手の寒いギャグは好かんのだがな」

「ゴメンナサイ」

 

 ここで「氷使いのくせに?」と言うのがアウトである事は、流石のトキハにも理解できた。

 

 そのやり取りに、居並ぶ一同は戦慄する。

 

 帝国最強を真っ向からおちょくれる人間が、はたして何人いる事だろう?

 

 この日、イェーガーズの面々は悟った。

 

 「怖いもの知らず」は、本人よりも、周りで見ている人間の方が怖いのだと言う事を。

 

「それはそうと・・・・・・」

 

 トキハの頭を解放しながら、エスデスはセリューに目をやる。

 

 そのトキハはと言えば、ランが手渡してくれたおしぼりで頭を冷やしていた。

 

「帝具が一つ、余っていると報告があったが?」

「あ、はい。以前、悪から回収したハサミ型が詰所にあるのですが、適格者が見つからない状態で・・・・・・」

 

 それは以前、セリューがシェーレを殺して回収したエクスタスである。

 

 だが、帝具は適合者でなければ使いこなす事はできない為、半ばお蔵入りに近い形で放置されていた。

 

「そのままでは、大臣に回収されてしまうな・・・・・・勿体ない」

 

 大臣に回収されれば、そのまま彼のコレクション行きになってしまう。それでは、文字通り宝の持ち腐れである。

 

 何とか、そうなる前にイェーガーズの方で確保しておきたいところであった。

 

 そこで、エスデスは面白げに口の端を吊り上げて笑う。

 

「では、使える人材を探して、余興でもやってみるか」

 

 ちょうどその時、扉が開き、ウェイブたちができた料理を運んできた。

 

 漂ってきた美味そうな匂いに食欲そそられつつ、イェーガーズの面々は、これからの戦いに、それぞれ想いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新作だと言って出されたコーヒーは飲みやすく、後味もすっきりした印象があった。

 

 お茶請けのケーキを頬張ると、より一層、味が引き立つ感じがした。

 

「とってもおいしいです」

「気に入ってもらえて何よりだ」

 

 シノンの率直な感想に、コーヒーを淹れたエギルは満足そうに頷きを返した。

 

 エギルの喫茶店は、人の出入りがまばらなせいか、ナイトレイドが情報屋との待ち合わせ等に使うのに最適と言えた。

 

 正直、店的にはそれで良いのか? とツッコミたい事しきりだが、エギル曰く「お前等がいない時にはちゃんと客がいる」との事なので、特に気にしない事にしている。

 

 実際、この不況の中にあって、きっちりと店を維持できている所を見ると、エギルの言葉はあながちウソではないようだ。

 

 今、店内にいるのはシノン1人だけである。

 

 この後、キリトとアルゴの二人と合流予定だが、その2人はまだ姿を見せていなかった。

 

 シノン自身、学校が終わってすぐにやって来たので、2人は既に来ている者と思っていたのだが、当てが外れた形である。

 

 手持無沙汰になりつつ、ふとカウンターの方に目を向けると、エギルが棚の上から酒の瓶を取出し、グラスに注いでいるのが見えた。

 

「昼間からお酒ですか?」

 

 シノンは訝るように尋ねる。

 

 エギルは生真面目な性格であり、(レオーネじゃあるまいし)昼間から酒をたしなむなどと言う自堕落さとは無縁だと思っていただけに、聊か奇異な光景に見えたのだ。

 

 そう思っていると、エギルはグラスをもう一つ取出し、カウンターの上に置いた。

 

「ブラートの分だよ」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 声を上げるシノンの前で、エギルはグラスに酒を注いでいく。

 

 大運河の戦いでブラートが殉職した事は、既にエギルも聞き及んでいたのだろう。このグラスは、亡きブラートに捧げられた物なのだ。

 

「エギルさんも、ブラートさんの事を知っていたんですか?」

「ああ、あいつは良い奴だったよ。まっすぐで、どこまでも熱くて、見ていて清々しい奴だった」

 

 故人との思い出に浸るように、エギルも自分のグラスに口を付けた。

 

「はじめて会った時、あいつはもう帝国軍をやめてお尋ね者になった後だったよ。この帝都にも、変装して潜入してきていた。あの頃はまだ、ナイトレイドもまだまだ動き出したばっかりで、今ほど名前が知られていなかったからな、ブラートも割と簡単に帝都に入って来れたって訳だ」

 

 同じ大人の男として、ブラートとエギルは気が合いそうな気がした。

 

 もっとも、エギルには美人の奥さんもいるし、ブラート特有のホモ言動とは無縁だっただろうが。

 

 その時、入り口のベルが鳴り、待ちわびた2人が店内に入ってくるのが見えた。

 

「遅いわよ。何やってたのよ」

「悪い悪い。ちょっとばかり、寄り道が長くなってしまったよ」

 

 そう言いながら、キリトはシノンの隣に腰を下ろす。

 

「つっても、キー坊は俺っちの後からついて来ただけだけどナ。エギル、俺っちにも何かクレ」

 

 独特なイントネーションでしゃべりながら、アルゴもカウンター席へと座った。

 

「いや、参ったよ。今の帝都じゃあ、エスデスが作ったって言う特殊警察の話でもちきりだ」

「ああ、最近で来たっていうアレの事? 私もうわさは聞いたわ」

 

 シノンの学校でも、イェーガーズの話題で持ちきりだった。

 

 エスデスは最強将軍であるが故に、市民の中には潜在的なシンパも多い。そんな彼女が打ち立てた新組織である。話題をさらうのは、ある意味当然の事だった。

 

「俺っちの調べでは、全員が帝具使い。ただし出身はバラバラで、それも海軍やら陸軍やらで下っ端やってた連中を、根こそぎ引っ張って来たって感じだナ」

「下っ端だからって、侮る事はできないだろ。帝具に階級は関係ないからな。むしろ、そう言う奴等の方にこそ、潜在的な強者はいる物だ」

 

 言いながら、キリトはエギルが出したジンジャーエールに口を付ける。

 

 エギルが作るジンジャーエールは他の店の物と比べて辛い事で有名だが、それが好きだと言う客も多いとか。キリトもそうした一人である。

 

「それに・・・・・・・・・・・・」

 

 空になったグラスを置きながら、キリトは真剣な眼差しで口を開く。

 

「シェーレのエクスタスも敵に取られたままだ。あれも、できれば取り戻したいところだし」

「それは・・・・・・そうね」

 

 キリトの言葉に、シノンは少し顔を伏せながら頷く。

 

 こちらが使っていた帝具が、敵に使われる可能性がある、と言うのは確かに好ましい状況とは言えない。

 

 しかしそれ以上に仲間が、シェーレの帝具を取り戻したいと言う想いは強かった。

 

「ま、何にしても、物騒な連中が動き出してんだ。無理しすぎるなよ」

 

 言いながら、エギルはキリトのグラスに新たなジンジャーエールを注いでやる。

 

「こんな可愛い彼女残して死んだりしたら、お前それこそ、死んでも死にきれんだろ」

 

 そう言って、ニヤリと笑うエギル。

 

 だが、当のキリトはと言えば、キョトンとしたままエギルを見ている。

 

「彼女? 何を言っとるんだ、お前は?」

「とぼけんなよ」

 

 言ってから、傍らのシノンを顎でしゃくって見せるエギル。

 

 その意味を理解し、

 

 次の瞬間、

 

「ブフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 キリトは飲みかけのジンジャーエールを、思いっきり吹きだした。

 

 エギルの顔に。

 

「おわッ いきなり何しやがる!?」

「それはこっちのセリフだッ 何でシノンが俺の彼女って事になるんだよ!?」

 

 顔を拭いながら抗議してくるエギルに、逆に抗議の声をかぶせるキリト。

 

 一方のシノンも、顔を真っ赤にして食って掛かる。

 

「そ、そうですよエギルさんッ!! 何で私がこんな奴と!!」

 

 2人から食って掛かられ、流石のエギルも強面に困惑の表情を張り付けてタジタジになる。

 

「いや、だってよ。お前等よく一緒にいるの見かけるし、それに・・・・・・」

「「それに?」」

 

 詰め寄るキリトとシノン。

 

「いや、とある腕の良い情報屋から聞いたんだが、お前等はアジトでも2人でイチャイチャとしており、ある時なんかは、キリトがシノンの学校にまで行って、人気の無い屋上で相思相愛振りを周囲に見せ付けていたって聞いたぞ」

 

 エギルが説明している間、

 

 足音を殺して、そーっと背後から出て行こうとしている人影が一匹。

 

 しかし、

 

 ガシッ

 

 手を伸ばしたキリトに頭を掴まれ、「とある腕の良い情報屋」は、そのまま引き戻される。

 

「は、話を聞コウ、話せば判るヨ」

 

 冷や汗をダラダラと流しながら言い訳するアルゴ。

 

 対して、キリトとシノンはズイッと出場亀女に詰め寄る。

 

 「オォコラ、ネズ公。テメェ何フカシ扱いてんだ? 終いにゃ、猫に食わすぞコラ」的な目で、アルゴを睨みつけるキリトとシノン。

 

 流石の情報屋《鼠のアルゴ》も、腕利きの殺し屋2人に睨まれては蛇に睨まらたカエル、ではなく猫に睨まれた鼠だった。

 

 その時だった。

 

 突然、勢いよく開かれる扉。

 

 一同が驚いて振り返る中、飛び込んできたのはレオーネとラバックだった。

 

「おう、レオーネ、ラバも。慌ててどうした?」

「て言うか、走って来たの? 外、暑かったんじゃ・・・・・・」

 

 尚も息を切らした状態の2人に、キリトとシノンは心配そうに声を掛ける。

 

 だが、当の二人はと言えば、そんな事はお構いなしに詰め寄って来た。

 

「そ、それどころじゃねえんだよ」

 

 ラバックが、キリトたちの言葉を遮るようにして言う。

 

 次いで、レオーネも顔をあげた。

 

「タ、タツミが、エスデスに連れて行かれてしまったんだよー!!」

「ハァッ!?」

 

 その言葉に、思わず愕然とするキリト。

 

 いったい、何がどうなればそうなるのか?

 

 前後の状況が判らない為、何が起きているのかさっぱりわからなかった。

 

 取りあえずレオーネとラバックは、エギルからもらった水を飲んで一息つくと、状況を順を追って説明した。

 

 キリト達とは別行動で情報を探るべく、ラバックの貸本屋で合流した3人は、そこでエスデスの話題となり、そのまま流れ的に、タツミがエスデスの主催した武術大会に出場する事になった。

 

 優勝者には賞金も出ると言うこの大会に、タツミは故郷への仕送り額を増やすと言う目的もあった。

 

 そうして、見事に優勝を果たしたタツミだったが、その直後、舞台の上に直接降りてきたエスデスが、タツミを鎖でつないで、そのまま連行していったと言う。

 

「おい、つまり、それはどういう事なんだよ?」

「いや、だから、俺達にも何が何だか、さっぱりなんだよ」

 

 お手上げ、とばかりにラバックは肩を竦める。

 

 実際、タツミに何らかの落ち度があり、それで正体がばれたと言う雰囲気ではなさそうだ。

 

 ならばこそ、尚更、なぜこのような事態になったのかが判らなかった。

 

「とにかく、すぐに行動するぞ」

 

 キリトは真剣な眼差しで言う。

 

 目的はタツミの救出。

 

 状況が状況だけに、慎重に動く必要があった。

 

「ラバとレオーネは、いったんアジトに戻ってアカメ達と今後について話し合ってくれ。場合によってはアジトを引き払わなくちゃいけないかもしれない。俺とシノンは、このまま帝都に残って、可能な限り情報を集めるぞ」

「わ、判ったッ」

「了解よ」

 

 キリトの指示を受け、一同は動き出す。

 

 だが、そんな中でもキリトは焦燥感を募らせずにはいられない。

 

 もし、タツミが宮殿に連れて行かれたとしたら、外部からの救出はほぼ不可能に近い。何とか、タツミが自力で脱出する可能性に賭けるしかない。

 

 今のキリト達にできるのは、ただタツミの無事を祈る事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、そのタツミはと言えば、

 

 現在、イェーガーズの詰所に連行されてきていた。

 

 椅子に座り、鎖で縛られている。

 

 そんなタツミを取り囲む、イェーガーズの面々。

 

 だが、

 

 その様子は敵意と言うよりも、むしろ戸惑い、もっと言えば呆れていると言った感じでタツミを見ていた。

 

「と言う訳で」

 

 一人、意気揚々とした感じのエスデスが、タツミを指示して言う。

 

「イェーガーズの補欠になったタツミだ。みんな、面倒を見てやってくれ」

 

 その言葉に、ガックリと肩を落とす一同。

 

 流石に、この行動は予想外過ぎだ。

 

「いや、面倒見てやってくれって、犬や猫じゃないんですよ・・・・・・」

「エスデスの奇行は今に始まった事じゃない。いちいち気にしてたら、こっちが疲れる」

 

 ため息交じりのアスナを、トキハがそう言って慰める。

 

「市民をそのまま連れて来ちゃったんですか?」

 

 見た目に反して、この中では常識人の部類に入るボルスも、呆れ気味に尋ねる。

 

 対して、エスデスは嬉しそうに答える。

 

「暮らしに不自由はさせないさ」

 

 断じて、そう言う話ではない。

 

 と、皆がツッコミたい気分だったが、誰も実行しようとはしない。

 

 ツッコんだら、負けるのは確実だった。

 

「それに、部隊の補欠にするだけじゃない。感じたんだ、タツミは、私の恋の相手になる」

 

 そう告げるエスデスの顔は嬉しそうに紅潮している。

 

 あの試合の決勝戦。

 

 圧倒的な武力を見せ付けたタツミは、大観衆の声援が自分に向けられていると感じ、最高の笑顔を浮かべた。

 

 その笑顔が、エスデスの心を掴んだのである。

 

 その他にも、帝都では無く辺境の村出身である事。大型危険種程度なら一人で倒せる事。年下である事など、エスデスが皇帝に提出した条件にも全て合致している。

 

 エスデスの「理想」に正に合致していると言って良かった。

 

「けど・・・・・・」

 

 そこで、ウェイブが勇気を出して聞いてみた。

 

「何で首輪なんかしてるんですか?」

「愛しくなったから、つい、ガチャリと」

「正式な恋人にしたいのなら、外されては?」

 

 ウェイブの後を引き継ぐように、指摘したランの言葉に、エスデスは考え込む。

 

 確かに、タツミはペットではない。これから恋人となってもらうのだ。そこに違いを出す為にも、首輪はするべきじゃないと思った。

 

 もっとも、それは初めに気付くべきだろう。と全員がツッコみたい心境だったが、やはり誰もツッコまない。

 

 くどいようだが、ツッコんだら負けである。

 

「確かにな。外そう」

 

 そう言って、首輪が外され、あっさりと解放されるタツミ。

 

 もっとも、それで逃げられると思える程、タツミも愚かではない。

 

 ここは伏魔殿とも言える宮殿の中。加えて10人の帝具使いからなる特殊部隊相手では、たとえインクルシオを使ったとしても、逃げられるとは思えなかった。

 

「そう言えば・・・・・・」

 

 タツミの鎖を外してやったエスデスは、ふと思い出したように一同を見回して言った。

 

「この中で、結婚していたり、恋人がいたりする者は?」

 

 その質問に対し、

 

 誰もが沈黙する中、

 

 1人、

 

 手を上げた。

 

 ボルスが。

 

『いや、その顔でかい!!』

 

 全員が心の中で、(今度こそ)ツッコんだのは言うまでも無い。もっとも、いつも覆面をしているボルスの顔を知る者はいないのだが。

 

「ボルスさん、本当ですか?」

「うん、結婚六年目。もう、できた人で、私には勿体ないくらい」

 

 尋ねるセリューに、ボルスは照れたように大柄な体をくねらせる。

 

 因みにボルスの奥さんは近所でも評判の美人である。気立ても良く、その奥さんによく似た、可愛らしい娘さんもいる。

 

 容姿に似合わず、なかなか勝ち組人生である。

 

「あ、あのー」

 

 そこで、状況に流されるまま沈黙していたタツミが、手を上げて発言した。

 

「気に行ってくださるのは嬉しいんですけど、俺、宮仕えする気は、全然無いと言うか・・・・・・」

 

 そもそも、ここには強引に連れて来られた身である。正直なところ、勝手に話を進めないでほしい、と言うのが本音だった。

 

 しかし、

 

「フフッ 言いなりにならない所がまた、染め甲斐がある」

「いや、話聞いてくださいよ!!」

「諦めろ。エスデスは止まらない」

 

 抗議するタツミに同情するように、トキハは彼の肩を叩きながら言った。

 

 泣く子とエスデスには勝てない。

 

 これは帝国人として、当然の如く押さえておくべき常識だった。

 

「まあまあ、今はいきなりすぎて混乱しているんですよ」

 

 取り持つように、前に出ながら言ったのはセリューだった。

 

 その姿を見て、タツミは全身の毛が逆立つ想いだった。

 

 タツミは彼女を知っている。

 

 セリュー・ユビキタス。

 

 元帝都警備隊隊員であり、シェーレの仇。

 

 その笑顔の下に狂気と異常な正義をはらんだ危険人物。

 

 ナイトレイドにとって、憎むべき相手である。

 

 だが、そんなタツミの感情など知らぬげに、セリューはタツミに歩み寄ってくる。

 

「セリューさん、タツミさんの事知ってるんですか?」

「はい。以前、帝都で迷子になっていた事を保護したんです」

 

 シリカの質問に答えながら、セリューは笑顔でタツミの頭を撫でてやる。

 

 対して、タツミはジッとこらえ、されるがままになっている。

 

 本音を言えば、今すぐに手を振り払いたい。

 

 自分の思う事を全てぶつけ、シェーレの仇を取りたいところである。

 

 だが、それはできない。

 

 今は亡きブラートも、前に言っていた事がある。

 

『熱いだけじゃ生き残れないぜ。常に冷静になり、周囲に気を配るんだ』

 

 そう、ピンチの時ほど冷静に状況を受け止め、雌伏してチャンスを待つのだ。そうすれば、必ず逆転の機会は訪れるはず。

 

 そして、これは同時に、タツミにとってはチャンスでもある。

 

 脱出の機会を待つまでの間、イェーガーズ各面々の特徴。特に、その存在意義とも言うべき帝具についてつぶさに観察し、情報を持ち帰るのだ。それができれば、これからの戦いはぐっと有利になる筈。

 

『大丈夫・・・・・・大丈夫だ』

 

 タツミは心の中で、そう言い聞かせる。

 

 その脳裏に浮かぶのは仲間達の顔。

 

 アカメ、レオーネ、ナジェンダ、マイン、ラバック、キリト、シノン。

 

 そう、自分には仲間がいる。信頼できる友が、今も自分の為に動いている筈。

 

 そう考えれば、この苦しい状況の中にあって、タツミの心は驚くほどに落ち着いて行くのだった。

 

 

 

 

 

第17話「エスデスの恋」      終わり

 


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