漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第12話「偽ナイトレイド現る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 折り重なるような悲鳴が、連続して聞こえてくる。

 

 大気中に舞う血飛沫は、それだけで視界を朱に染めるようである。

 

 赤い飛沫が飛び散る時、確実に1人分の命が失われていた。

 

「ハーハッハッハ!! そらそら、逃げろ逃げろゴミクズ共がァ!!」

 

 耳障りな笑い声が、そんな彼等の耳に木霊する。

 

 目を転じれば、小高い丘の上に立った青年が、弓を手にして眼下で逃げ惑う人々を見下ろしている。

 

 青年は小奇麗な服を着て身なりを整えており、どこかの貴族の子息であると考えられる。

 

 それに対し、逃げ惑う人々は皆、襤褸を纏っている。恐らく、スラムや地方から連れてこられた人々なのだろう。

 

 その青年が放つ矢によって、また1人、犠牲者が地面に倒れた。

 

 これは、青年による狩りだった。

 

 人間を標的にし、逃げ惑う彼等に矢を射かけて狩る。それが青年の人生にとっての唯一の楽しみだった。

 

 貴族の四男として生まれた青年にとって、日常は退屈極まりない物だった。

 

 家督は兄である長男が継ぐ事が決まっており、その長男に万が一の事があっても二男と三男が控えている。つまり、四男の青年では、どうあがいても家を継ぐ事が出来ないのだ。

 

 それが判っている為、家中の誰もが青年には見向きすらしない。

 

 何をやっても無駄。青年の未来は青年が生まれる前から定められていた。

 

 日々、鬱屈した毎日を送る青年が、そんな日常の中で見出したのが「人間狩り」だった。

 

 文字通り、人間を獲物に見立て、狩りの要領で殺していく。

 

 獲物は弓や銃を使う場合が多いが、相手が抵抗できない女子供であった時には、剣や槍で直接殺す時もあった。

 

 勿論、狩場の周囲には彼の、と言うより彼の家に仕える兵士達が固め「獲物」を逃がさないように監視している。

 

 更に「獲物」を狙い、矢を放つ青年。

 

 しかし、もともと武術の心得がある訳でもなく、弓を使っているのも単なる雰囲気を重視した結果に過ぎないため、お世辞にも腕が良いとは言えない。

 

 青年が放った矢は、てんで明後日の咆哮へと飛んで遺棄、木の幹に突き刺さるだけにとどまった。

 

 その様子を見て、青年は舌打ちする。

 

「クソッ ゴミクズの分際で、この俺の矢をかわすとは生意気なッ」

 

 吐き捨てるように言うと、背後の兵士に目配せする。

 

「おいッ やれ」

「はッ」

 

 青年の命令を受けた兵士達が、さきほど逃げ延びた「獲物」に駆け寄り、手にした剣で斬り伏せる。

 

 地面に倒れる「獲物」。

 

 その光景を見据え、青年は口元に薄ら笑いを浮かべる。

 

 最高だった。

 

 この人間狩りをしている時だけが、彼にとって人生に価値ある瞬間だった。

 

 どうせ「獲物」はスラムの住民や地方で暮らす田舎者。何の取り柄も存在価値も無いクズたちである。そんな奴等を何人殺そうが構わない。むしろ薄汚い奴等を消して、国を美しくする手伝いをしていると言う達成感すらあった。

 

 この瞬間こそが、彼にとっての全てであった。

 

「そらッ 逃げないと殺しちまうぞぉ!!」

 

 言いながら、更に弓を引き絞る青年。

 

 次の瞬間だった。

 

 飛来した四条の光が一瞬にして、弓を構えた青年の体を貫いた。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 自分の身に何が起きたのかすら理解できず、呆けたような声を仰げる青年。

 

 腕から力が抜け、手にしていた弓が地面に滑り落ちる。

 

 撃ち抜かれたのは、両手首と両膝。

 

 傷口からは、鮮血が溢れだす。

 

 飛び散る深紅の血飛沫は、先程から見慣れている光景と同一のものである。

 

 しかし先程と異なる点は、その血飛沫が青年自身の体から飛び散っていると言う事である。

 

 次の瞬間、

 

 事態を認識した青年に、想像を絶する激痛が襲いかかった。

 

「ぎィャァァァァァァああああああァァァァァァァァァァァァ!!??」

 

 地面に倒れ、耳障りな悲鳴を盛大にぶち上げる青年。

 

 そこで、ようやく事態に気付いた護衛達が、慌てて駆け寄ってくる。

 

「坊ちゃま!!」

「しっかりしてください!!」

 

 駆け寄ってくる護衛の兵士達。

 

 そんな彼等の前で、青年は無様にのた打ち回り続ける。

 

「痛いッ 痛いよォ!! たすけ、たすけてェ!!」

 

 泣きながら、自ら流す血の海で転がる青年。

 

 次の瞬間、

 

 閃光が、大気を斬り裂いて駆け抜ける。

 

 手に剣を持った2人の少年が、駆け込んで来たのだ。

 

 護衛の兵士達は、すぐに迎え撃とうとそれぞれの武器を構える。

 

 しかし、少年たちの動きはあまりにも素早く、兵士達では対応する事ができなかった。

 

 次々と斬られ、青年の見ている目の前で地面に倒れ伏す兵士達。

 

 やがて全てが終わった時、その場に立っていたのは2人の少年だけだった。

 

「こいつが今回の標的か?」

「ああ。護衛の兵士は全部倒したから、後はこいつだけだ」

 

 剣を構えながら尋ねるタツミに、キリトは低い声で答えると、おびえた目で自分達を見上げてくる貴族の青年を見やる。

 

 シノンのシェキナーで奇襲を掛け、そこへタツミとキリトが飛び込んで護衛を全滅させると言う今回の作戦は、予想以上にうまくいった。

 

 剣を構えて前へと出るタツミ。

 

 その姿に、青年は涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔を向ける。

 

「な、何なんだよ、お前等ッ どうしてこんな、ひどい事・・・・・・お、俺が何したって言うんだよ!?」

 

 怯えきった声で尋ねてくる青年の目には、本気でこの事態を招いた原因が何であるか判らない、と言った感情が見て取れる。

 

 どうやらこの青年は、自分が如何に外道な行いをしたのかと言う考えすら、頭に無いらしい。

 

 これは別に、この青年だけが例外と言う訳ではない。

 

 特権と言う名の毒に浸かり、脳までとろけさせた今の貴族たちの大半は、身分の低い者達を人間とすら見ていない。

 

 だからこそ、こんな非道な真似を躊躇無くできるのだ。

 

 揃って嘆息する、キリトとタツミ。

 

 この手の人間に何を言っても無駄な事は判り切っている。ならば、自分達にできる事を速やかに実行するだけだった。

 

「出血大サービスだ。地獄に送ってやるから、そこでじっくり考えな」

 

 そう言って剣を振り翳すタツミ。

 

 その刃が振り下ろされる瞬間まで、青年は自分がなぜ殺されなくてはいけないのか、ついに気付く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学生と殺し屋。

 

 光と闇。

 

 ある意味、相反する二つの身分を持ちながらも、シノンは最近では、その両方を両立させる事に慣れ始めていた。

 

 自分のロッカーを開きシェキナーを収めたバッグを入れると、念のために鍵を閉め、その足で自分の教室へと向かう。

 

 一仕事を得たばかりだと言うのに、それを表情に出さない程度には、シノンも成長していた。

 

 今回の任務は、密かに人間狩りと称してスラムから浚ってきた人々を殺していた、とある貴族の子弟の抹殺。問題の子弟だけでなく、その護衛も人間狩りに加担して手を貸していたのだから同罪である。

 

 出撃メンバーはキリト、タツミ、シノンの3人だけだったが、仕事自体は特に問題が起こる事も無く、無事に完了する事が出来た。

 

 元々、何の取り柄も無く遊びほうけている貴族の四男坊と、それに追従して堕落した護衛の兵達である。帝具を持つキリトやシノンは勿論、殺し屋として場数を踏み、急速に成長しつつあるタツミの敵ではなかった。

 

 こうして、無事に仕事を終えたシノンは、その足で帝都に戻り、翌日の授業に出席するべく登校したのである。

 

 すれ違う学生たちの顔を眺めながら、シノンはホッと息を吐く。

 

 平和な光景だ、と思った。

 

 帝国は今、内乱と言う未曾有の危機に晒されていると言うのに、帝都の内部はこうして、学生が笑顔で生活できる程度の平和は保たれている。

 

 誰もが、1000年続いた帝国が倒れる事などあり得ないと、心の底から思っているのだ。

 

 平和な面を見せる帝国の表の顔と、その裏で行われている戦争と言う裏の顔。

 

 果たしてどちらが、今の帝国の本当の姿なのか?

 

 時々、そう考える事がある。

 

 と、

 

「シノのん」

 

 慣れ親しんだ愛称で呼ばれてシノンが振り返ると、友人の可憐な姿が目に飛び込んできた。

 

 学生服姿のアスナは、特徴的な茶色の髪をなびかせてシノンの元へと駆け寄ってくる。

 

 当然だが、アスナの腰には愛用の細剣は無い。今は血盟騎士団副団長としてのアスナでは無く、学校に通う一学生であるアスナとしてこの場に立っていた。

 

 相変わらず綺麗だと思う。

 

 駆け寄ってくるアスナを眺めながら、シノンはそんな事を考える。

 

「アスナ、おはよう」

「おはよう。今日は早いんだね」

 

 アスナの言葉に、シノンは苦笑を返す。

 

 最近、夜の仕事もあるせいか、少し登校が遅れる事も多い。怪しまれないように、なるべく欠席だけは避けるようにしているのだが、それでも、多少の無理が生じる事は避けられなかった。

 

 昨日は仕事の後、アジトでは無く、帝都にある自分の部屋に戻ってきていた為、遅れずに登校する事が出来たのだ。

 

「て言うかアスナの方こそ、最近は放課後になると急いで帰る事が多いよね。何かあるの?」

「うん、家の事情で、ちょっとね」

 

 言ってから、アスナはシノンに気付かれない程度に、顔を伏せる。

 

 実際には家の事情では無く、血盟騎士団の仕事をして居る為、放課後はなるべく早く上がるようにしているのだが、それをシノンに話すわけにはいかなかった。

 

 だが、当然の事ながらアスナは、自分が近衛軍に所属している事をシノンに話す事はできない。血盟騎士団は精鋭部隊である為、内部機密情報に関しては重大なかん口令が敷かれているのだ。

 

 親友を騙す事について、若干の抵抗感を感じつつも、アスナは口を閉じるしかなかった。

 

 ある意味、シノンとアスナの関係程、複雑な物は他にあるまい。

 

 暗殺者と近衛兵。

 

 まさか相反する二人の人間が、親友として同じ学び舎で過ごしているなどとは、当人たちも含めて、誰も知る由も無かった。

 

「あ、でも、今日は割と暇だから、どこかに行くなら付き合えるよ」

「そう? なら、良いお店見つけたから、付き合いなさいよ」

 

 そう言って笑いあう少女達。

 

 その光景だけを見るなら、彼女達が戦いと言う非日常の場に身を置いているとは、とても思えなかった。

 

 だが、少女達は互いに、欺瞞を抱えている。

 

 その事を知らずにいる事は、果たしてお互いにとって幸せなのか不幸なのは課は、当人たちを含めて、誰にも判らない事だった。

 

 やがて、クラスが違う事もあり、シノンとアスナは手を振って別れる。

 

 背中を向けて去って行くアスナに手を振り、自分も教室に向かうべく踵を返すシノン。

 

 その時だった。

 

「良い店があるんだったら、是非とも俺も連れてって欲しいな」

「あんたなんか、アスナに紹介できるわけないでしょ」

 

 廊下の陰から、ごく自然に投げ掛けられた言葉に、何の気なしに反応するシノン。

 

 と、

 

「ッ!?」

 

 数歩進んだところで、思わず振り返って声の主を見る。

 

 果たしてそこには、

 

 殺し屋が、学園指定の制服を着て立っていた。

 

 線の細い、女の子のような印象のある少年が、口元にはふてぶてしい笑みを浮かべて、シノンに手をあげている。

 

 そのあまりにも現実離れした光景に、思わずシノンは絶句してしまった。

 

「あ、あ、あんた、何でここにッ・・・・・・」

 

 普段の黒ずくめの恰好に見慣れてしまったせいか、なかなか違和感のある風体である。

 

 だが、当のキリトはと言えば、そんな事は知った事ではないとばかりに、馴れ馴れしくシノンに近付く。

 

「シノンの護衛するんなら、学生に成りすました方が良いと思ってな。なかなか似合ってるだろ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 シレッとした感じに告げるキリトに対し、シノンはと言えば無言のまま、睨み付ける。

 

 今この場にシェキナーがあったら、迷う事無く目の前の男に矢を放っているのではないだろうか?

 

 だが、とうのキリトはと言えば、そんな少女の感情などどこ吹く風とばかりに、ニヤニヤとした笑いを顔に張り付けている。

 

「・・・・・・ストーカー?」

「人聞きの悪い事言わないでくれ」

 

 腹立ちまぎれにボソッと告げたシノンの言葉に、キリトはガックリと肩を落として反論する。

 

 しかし、

 

 女の子の後をつけ回し、ついには学校にまでやってくる野郎が一匹。

 

 傍から見たら、確かにストーカーと思えない事も無い。

 

「帝具はどうしたのよ?」

「エギルの店に預けて来た」

 

 あっさりと答えるキリト。

 

 まあ、エギルはナイトレイドの協力者の1人だし、性格的にも(少なくとも目の前のストーカー野郎よりは)信用できるから問題は無いだろう。

 

 とは言え、キリトがわざわざ学校まで来てシノンと接触したのは、何も彼女のストーカー・・・・・・もとい護衛だけが目的ではない。

 

 気を取り直して声を潜めると、そっと耳打ちする。

 

「ちょっと、厄介な事態が起こっている。まだ授業始まるまで時間があるだるだろ。少し付き合ってくれ」

「え?」

 

 訝るシノンを連れて、キリトは屋上の方へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元大臣チョウリは、先代の皇帝の代に国政を担い、善政を敷く事によって帝国の礎を盤石な物とした功労者である。

 

 世が世なら「中興の祖」として名を馳せ、歴史に名を残す事も夢では無かったかもしれない。

 

 しかし、現皇帝を擁して台頭したオネストとの政治闘争に敗れ失脚。その後は故郷に引き籠って隠居生活をしていた。

 

 そのチョウリが今、護衛に囲まれながら帝都への道を再び辿っていた。

 

「・・・・・・この村もひどいな。民あっての国だと言うのに」

 

 馬車の窓から見える風景に、チョウリはため息交じりに言葉を漏らす。

 

 人々に活気は無く、村全体の空気が沈んでいるのは、見ただけでもわかる。

 

 やせ衰え、生きる希望すら見いだせずに、ただ朽ちていく事しかできない国民たち。

 

 繁栄の絶頂にあると言われる帝国も、栄えているのは帝都と一部の地方都市ばかり。農村部は貧困にあえぎ、餓死者が後を絶たないと言う。

 

 かつてチョウリが大臣であった時は、国を繁栄させる為に如何なる手をも尽くし、民からも絶大な支持を得た物である。

 

 だが、そうした功績によって得られた繁栄も今や、大臣をはじめとした一部の俗物たちによって食いつぶされようとしている。

 

 そして、帝都の宮殿に住まう者達は、誰一人として、その事を顧みようとはしない。

 

 その末期的な状況を座視する事は、チョウリには絶対にできなかった。

 

「そんな民を憂い、毒蛇の巣である帝都に戻る父上は立派だと思います」

 

 誇らしげにチョウリを褒め称えたのは、娘のスピアである。

 

 長い髪を持ち、凛とした顔立ちの美しい女性はしかし、その手に大振りな槍を持っているのが、何ともアンバランスな光景である。

 

 だが、そんな娘に対し、チョウリは信頼に満ちた視線を向ける。

 

「命惜しさに隠居している場合では無いからな。このままでは国が亡ぶ。こうなったら、儂は、あの大臣ととことん戦うぞ」

 

 やせ衰えた身ながら、チョウリの心に宿る闘志は、誰よりも熱く燃えている。

 

 チョウリは今度こそ命がけで最後まで戦い、オネストと刺し違えてでもこの国を正しい方向に導くつもりだった。

 

 たとえ志半ばで自分が倒れたとしてもかまわない。必ずや自分に続く者が現れ、帝国を変える為に戦ってくれることだろう。

 

 そんな父の決意を、スピアは誇らしげに見る。

 

「安心してください。父上の身は私が守ります」

 

 そう言って、勇ましく槍を掲げて見せるスピア。

 

 スピアはチョウリが抱える護衛部隊の隊長を務めており、幼少期から皇拳寺で修行し、槍術の免許皆伝を受け取る程の腕前を持っていた。

 

 この旅の途中で何度か会った盗賊の襲撃も、スピアが中心となって全て撃退している。

 

 そんなスピアを、チョウリは苦笑しながら見据える。

 

 頼もしい事は頼もしいのだが、この勇ましさのせいで、なかなか嫁の貰い手が無い事が悩みの種である。

 

 娘の事を誇らしく思う一方で、チョウリとしては、早く孫の顔が見てみたいと言う想いもまた存在していた。

 

 と、その時だった。

 

 それまでゆっくりと走っていた馬車が、急に停車する。

 

 何事かと、身を乗り出して馬車の前方を確認したスピアは、険しい表情で槍を握る手に力を込めた。

 

 一行の行く手を遮るように、3人の男が道を塞いでいる。

 

 中央に少年のような小柄な男、左右にそれぞれ、壮年の男性と、手に斧を持った大男。

 

 明らかにこちらを標的と定め、交戦の意志を示しているのが判る。

 

 警戒を強めるスピア。たった3人の襲撃者はしかし、これだけの護衛を前にして、道を譲る気は無いらしい。

 

「また賊かッ 治安の乱れにも程があるぞ!!」

 

 舌打ち交じりの父の言葉を背に受けて、スピアは扉を開けて馬車の外へと出る。

 

 賊はたったの3人。どれ程の実力者かは知らないが、こちらは30人の護衛部隊だ。しかもスピアは皇拳寺出身の槍の達人。まともに戦って負けるはずが無かった。

 

「陣形を組めッ 今までと同じように蹴散らす!!」

 

 スピアの指示を受け、護衛の兵士達は武器を手に、3人を取り囲んで行く。

 

 それに対して、賊の方は大柄な男が斧を手に前へと出た。

 

 その瞬間を見計らうように、スピアを中心に、護衛部隊が一斉に襲い掛かる。

 

 洗練された動きで、斧男に迫る兵士達。

 

 スピア自らが鍛え、今回の護衛役に選抜した兵士達は、期待通りの実力を発揮して、これまで全ての賊を屠り尽くして生きた。

 

 今回も、必ずやそうなる筈。

 

 スピアは、そう信じて疑わなかった。

 

 次の瞬間、

 

 斧を持つ男の剛腕が旋風を伴って旋回する。

 

 吹き荒れる強風が、大気を粉砕する。

 

「なッ!?」

 

 思わず絶句するスピア。

 

 一撃。

 

 ただ、それだけだった。

 

 そのただ一撃で、護衛の兵士は根こそぎ粉砕され、斬り飛ばされてしまった。

 

 最前線で槍を構えていたスピアは辛うじて防御が間に合ったものの、槍は中途から斬り飛ばされ、自身も腹部を横一線に斬られる

 

 崩れ落ちるスピア。

 

「馬鹿な・・・・・・・・・・・・・・」

 

 スピアは、信じられない、と言った感じに言葉を漏らす。

 

 まさか、皇拳寺皆伝である自分の槍が、手も足も出せないとは。

 

 絶望感に打ちひしがれるスピアの前に、少年のような外見の男が、ニコニコとした笑顔を顔に張り付けてしゃがみ込んだ。

 

「へえ、お姉ちゃん、やるねぇ。ダイダラの攻撃を受けて死なないなんて」

 

 無邪気に囁かれる声は、正しく純真な少年を思わせる。

 

 しかし、周囲に兵士達の死体が転がる中で囁かれる声は、どこか精神のバランスを欠いた不気味さを感じさせる。

 

「でも・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら、男は懐から大振りなナイフを取り出す。

 

「これから起こる事を考えると、死んどいたほうが楽だったかもね」

 

 そう言って無邪気に笑う男。

 

 それに対して、スピアは恐怖のあまり、背筋が寒くなるのを止められなかった。

 

 一方、護衛を一掃した大男は、チョウリの乗る馬車目がけて、大斧を振り上げようとしていた。

 

 一閃と共に破壊される馬車。

 

 馬車を操っていた御者は、その一撃で大きく吹き飛ばされて地面に叩き付けられる。

 

 チョウリ自身は、馬車が破壊される寸前に脱出した為、どうにか難を逃れる事が出来たが、しかし、その行為は、彼の寿命をほんの数秒伸ばしただけに過ぎなかった。

 

 逃げた先に待ち構える、壮年の男が、地面に座り込んだチョウリを冷ややかな目で見下ろしている。

 

 紳士然とした姿と物腰は、3人の中では、もっともまともな外見をしている。

 

 しかも、着ている制服は見覚えのある物だった。

 

「お、お前はッ 帝国の士官か!?」

「はい。あなたの政治手腕は尊敬しておりました」

 

 そう言って、恭しく頭を下げる男。

 

 その物腰一つとっても、教養を持った人物である事が伺える。あるいは、この男であるならば、話が通じるかもしれないと思った。

 

「ならばなぜ、私の命を狙う!?」

 

 説得を試みようと問いかけるチョウリ。

 

 自分はここで倒れる訳にはいかない。何としても帝都へ行き、オネストによる恐怖政治を打倒しなくてはいけないのだ。

 

 その為に、諦める訳にはいかない。

 

 だが、その行為は全くの無駄でしかなかった。

 

「主の命令は絶対ですので」

 

 冷徹な声で告げる男。

 

 次の瞬間、

 

 一閃された手刀が、チョウリの首を容赦なく斬り飛ばした。

 

 

 

 

 

「しっかし、大臣も面倒くさい手を使うよな。政敵排除だったら、いつもみたく罪着せればいいのに」

「ブドー大将軍庇護下の文官に、その手は通じんよ」

 

 仕上げのビラを撒きながらダイダラのボヤキに、同じくビラを撒きながらリヴァが応じる。

 

 今回彼等に与えられた任務は、反オネスト派の文官暗殺である。

 

 エスデスが構想する特別警察に必要な7人の帝具使いを集めるには、相応の時間がかかる。そこで、その時間を利用して、オネストは自分の政策に反対する文官達を一掃してしまおうと考えたのだ。

 

 賢しらに正論を吐く文官たちの存在は、オネストにとって煙たい存在でしかない。無論、一人一人の力は大したことは無い。オネストが権力を振るえばすぐにでも叩き潰せるだろう。

 

 しかし、連中が結束し、反オネストの動きを強めれば厄介な事になりかねない。最悪、反乱軍(革命軍)と連動して、国家転覆などと言う不届きな事を考えるかもしれない。

 

 それらの事を警戒したオネストは、エスデスに頼んで文官暗殺を依頼したのだ。

 

 エスデスとしては、本戦前のほんの余興みたいなものである。

 

 ただ、少々特殊なのが、暗殺達成の後に、このビラまきをする事だった。

 

「あー、そっかッ それで俺等の出番か!!」

「前の現場でも説明しただろうが」

 

 説明を聞いて豪快に笑うダイダラに、リヴァは呆れ気味に嘆息する。

 

 ダイダラの戦闘力は凄まじいのだが、所謂、単細胞キャラである為、細かい事は一切気にしないのが困りものだった。

 

 まあ、余計な事をいっさい考えず、ただ戦場で思う存分暴れる事だけを考えている事は、ダイダラの長所であるとリヴァは考えているのだが。

 

 2人がビラを撒き終える頃、軽い足音と共にニャウが駆けてくるのが見えた。

 

「ねえねえ、見て見てリヴァ!! じゃーん!!」

 

 そう言って嬉しそうにニャウは、手にしたものを掲げる。

 

 それは、白いデスマスクである。肌は色白で妙に整っており、目や鼻、口が不気味に浮かび上がっているのが判る。

 

「またコレクションが増えたよ!!」

 

 デスマスクを見せ付けながら、嬉しそうに笑うニャウ。

 

 だが、そのデスマスクの縁には、何やら赤黒い物がこびりつき、更にあごの部分から赤い液体が滴っているのが見える。

 

 あまりにも生々しいデスマスク。

 

 ハッキリ言って、見ていて気分の悪くなる代物である事は間違い無い。

 

 それは、剥いだばかりのスピアの顔だった。

 

 ニャウは、美しい女性の顔を剥いで、デスマスクとしてコレクションする趣味を持っているのだ。

 

 ある意味、3人の中で最も残忍な性格をしているのが、このニャウであろう。彼の部屋には、今まで収集した数々の女性のデスマスクが所狭しと並べられているのだ。

 

 何とも、おぞましい趣味もあったものである。

 

「相変わらず趣味悪いな、ニャウ・・・・・・」

 

 ニャウが嬉しそうに掲げるのデスマスクを見て、流石のダイダラもウッと息をのむ。自他ともに認めるほどに豪胆で残虐なダイダラでも、ニャウのこの趣味にだけはついていけなかった。

 

 一方のリヴァは、何でもないと言った風に、ニャウのデスマスクを見ている。

 

 この中で一番年長者で、長く軍にいるリヴァにとっては、ニャウの趣味などまだまだ可愛い物である。戦場では、もっとおぞましい光景をいくらでも見て来た。

 

「ちゃんと、トドメは刺したんだろうな?」

「あはは、剥いでる途中でショック死しちゃったよ」

 

 あっけらかんと返事をするニャウに、頷きを返すリヴァ。

 

 これで、任務は完了だった。

 

「よし、帰還するぞ。作戦成功を祝い、料理を作ってやろう」

 

 リヴァのその言葉を聞いていて、

 

 それまで意気揚々としていたダイダラとニャウは、途端に震えだした。

 

「い、いや、いらないよそれは」

「あの味は帝具級の破壊力だろッ エスデス様ですら、数秒気絶したまずさだぞ!!」

「そうだよッ トキハなんて三日三晩、意識不明だったんだから!!」

 

 言い募るダイダラとニャウ。

 

 リヴァの趣味は料理なのだが、その味は破滅的と言って良い程にまずく、いったい何をどうすれば、あのような味が再現できるのか不思議で仕方が無かった。

 

 北方異民族との戦いでも振る舞われたのだが、その際に現出した大参事は、押して知るべしと言ったところである。

 

「大丈夫だ。今度は隠し味に、エビルバードのよだれを入れてみた」

「入れるな、そんなもんッ!!」

 

 落ち着き払ったリヴァに、ツッコミを入れながらその場を去って行く三獣士たち。

 

 残されたビラには、漆黒の鳥と共に、「Night Raid」の文字が書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、話って何よ?」

 

 風の強い屋上に出て、シノンはキリトに尋ねた。

 

 キリトがわざわざ、人気の無い所まで連れて来たと言う事は、ナイトレイドの仕事がらみと言う事だ。

 

 それに対し、キリトは手すりに身を預け、眼下の学校の風景を覗き込むようにしながら口を開いた。

 

「まず一つ、エスデス将軍が、北を制圧して戻ってきた」

 

 その言葉に、シノンは息をのんだ。

 

 帝国最強を名実ともに謳われるエスデス将軍の名前は、シノンも知っている。

 

 それが戻って来たとなると、事態はナイトレイドにとって容易ならざるものとなりつつあった。

 

「でも、ナジェンダさんの話だと、まだ1年くらいはかかるって・・・・・・」

「ああ、完全に予想が裏切られたよ。それも、悪い方向にな」

 

 吐き捨てるように言うキリト。

 

 ナイトレイド側の計画としては、エスデスが北の制圧に気を取られている隙に体勢を整え、革命軍が動く為の盤石の態勢を築いてしまおうと考えていたのだ。

 

 しかし、その案は予想をはるかに上回る速度で帰還したエスデスによって、御破算となってしまった。

 

「それともう一つ、今、帝都近郊で、文官の連続殺人事件が起こっている」

「あ、それ、ニュースでやってた」

 

 帝都の外に出た文官が次々と殺害される事件。警備隊も調査に動いているが、未だに解決の兆しが見えていないそうだ。

 

 もっとも堕落しきっている上に、オーガ、セリューと言った主力メンバーを欠いている今の警備隊が、賊と遭遇してもどれほど役に立つか知れたものではない。

 

 その点に関しては、ナイトレイドにも責任の一端はあるのだが。

 

「その犯行現場に、こんな物が落ちていたらしい。アルゴに頼んで、1枚手に入れてもらった」

 

 そう言ってキリトが掲げた紙を、シノンはぞ着込んでみる。

 

 そこには、翼を広げた漆黒の鳥が描かれていた。シノンにとっても、よく見慣れたデザインの鳥である。

 

「えッ ナイトレイドのマーク? ・・・・・・でも、何かデザインが違うような・・・・・・」

 

 漆黒の鳥は、ナイトレイドのトレードマークである。

 

 しかし、それを見たシノンは、デザインの細部に違和感を覚えた。

 

 ビラに書かれている鳥は、本物のナイトレイドのトレードマークに比べると、若干ずんぐりして鈍重そうな印象があった。

 

 もっとも、それは見慣れた人間にとっての印象である。馴染の無い人間が見れば、本物と見分けがつかないであろう。

 

「要するにパチモンって事だな。ホシはどうやら、俺達に罪をかぶせたいらしい」

 

 ビラを内ポケットに収めながら、キリトは自分の考えを披露した。

 

 そもそも、ナイトレイドは犯行現場に、このような自分達の存在を示すような物を置いておくような事はしない。自分達はあくまでも闇に潜む者であり、光の中に身を晒すべきではないと考えているからだ。その点から考えても、今回の一連の犯行は、ナイトレイドの行動と矛盾している。

 

 加えて、狙われている文官たちは、所謂「良識派」と呼ばれる人々であり、彼等は現在の帝国の在り方を憂い、どうにか改革を行おうとしている者達ばかり。

 

 ナイトレイドの標的は、あくまでも腐敗した官僚達であり、彼等のような良識派官僚は標的に含まれる事はあり得なかった。

 

 キリトは再び顔をあげてシノンを見る。

 

「今回の一連の殺人事件なんだが、俺はどうも、エスデスが関わっている気がする。確証は無いんだけど」

「どうして?」

 

 訝るように尋ねるシノン。

 

「タイミングが合いすぎるんだよ。あいつが帰ってきた途端、今回の事件が起こり始めた。エスデスの帰還と、今回の文官殺しは、連動して考えるべきだと思う」

「じゃあ、エスデス将軍が、文官たちを殺してるって言うの?」

 

 シノンは率直な考えをぶつけてみる。

 

 エスデスが手を下して、良識派の文官殺しを行っているのだろうか?

 

 しかし、それではエスデスのイメージに合わない。伝え聞くエスデスの残虐性は、相手が強敵であればある程に強く発揮される。文官のような力の無い人間を直接狩るのは、彼女のキャラクター性にそぐわなかった。

 

 それに関しては、キリトも同意見なのだろう。難しい顔のまま考え込んでいる。

 

「それは判らない。何しろ、情報が少なすぎるあらな。直接手を下しているのか、あるいはたんに命じているだけなのか・・・・・・いや、待てよ・・・・・・」

 

 キリトは説明しながら、頭の中で整理する。

 

 今回の文官殺しで、最も得をするのは誰か?

 

 それは間違いなく、彼等の政敵であるオネスト大臣と、その取り巻き達だ。何しろ、殺されているのは反オネスト派を掲げ、帝国の改革を主張する者達なのだから。良識派の文官が一掃されれば、オネスト派は大手を振って今以上に国政を意のままにできる。メリットは幾らでもあった。

 

 加えて、エスデスは裏でオネストと繋がっていると言う噂もある。

 

 もしキリトの想像通り、文官殺しの犯人がエスデスないし、その関係者であるとすれば、今回の一件、裏で糸を引いているのは大臣のオネストと言う事になるのではないだろうか?

 

 あの大臣ならやりかねない、というか、確実にやるという気はする。

 

 だが、いずれにしても証拠は無い。

 

 ナイトレイドは無法者の殺し屋集団だが、それだけに証拠も無しに仕事をする事は許されなかった。

 

「シノン、もしかしたら、近いうちに大きな戦いがあるかもしれない。君も覚悟しておいてくれ」

「・・・・・・判った」

 

 真剣な眼差しをするキリトに、シノンも緊張した面持ちで頷きを返す。

 

 敵の狙いが何であるにせよ、勝手に名前を使って暴れているような輩を許すわけにはいかない。近いうちに必ず、ナジェンダから出撃命令が下る事が予想された。

 

 ちょうどその時、会話をする2人の元に予鈴を告げるベルが鳴り響いてきた。

 

 どうやら、予想以上に長く話し込んでしまっていたらしかった。

 

「あっと、私、もう行かないと」

「ああ、引き留めちゃったな。悪い」

 

 踵を返すシノン。

 

 その時だった。

 

 突然、突風が二人の間に吹き抜けた。

 

「キャッ!?」

 

 捲れあがったスカートを、とっさに押さえるシノン。

 

 しかし、

 

 白と水色のストライプ柄が可愛らしいパンツは、後ろに立っていたキリトの視界にバッチリ映り込んでしまった。

 

 小振りながら張りのあるお尻は柔らかそうな印象があり、つい「触ってみたい」と思える程である。

 

 スカートを押さえながら、顔を真っ赤にして振り返るシノン。

 

 対して、キリトも顔を赤くして後ずさる。

 

 殺し屋だろうが何だろうが、キリトも年頃の少年である。同年代の少女の艶姿を見て、何も感じない筈が無かった。

 

「・・・・・・あんた、まさかこれを狙って、ここに連れて来た訳じゃないでしょうね?」

「ち、違う違うッ 誤解だ!! アクシデント!! 冤罪!! 不慮の事故!!」

 

 必死に否定しようとするキリト。

 

 しかし、恥ずかしさで目に涙を浮かべたシノンは、聞く耳持たんとばかりにキリトににじり寄る。

 

「お、落ち着け、シノン。冷静に、ここは冷静に、な?」

「問答、無用よ!!」

 

 キリトの言い分を一蹴するシノン。

 

 そのままシェキナー・・・・・・は無いので、素手で殴り掛かる。

 

「だから誤解だってば!!」

「ばっちり見ておいて誤解もへったくれも無いでしょうが!!」

 

 逃げるキリトに、追うシノン。

 

 平和な学校な屋上で、殺し屋2人が間抜けな鬼ごっこをいつまでも続けていた。

 

 

 

 

第12話「偽ナイトレイド現る」      終わり

 


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