漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第11話「宮殿での邂逅」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エスデス将軍、北の制圧、見事であった。褒美として、黄金一万を用意してあるぞ」

「ありがとうございます。北に残してきた兵達に送ります。喜びましょう」

 

 謁見の間にて、エスデスは膝を突き、至高の存在に対して首を垂れる。

 

 戦場においてはいかに傍若無人、傲岸不遜を地で行くエスデスであっても、皇帝を前にしては礼節を忘れず、最上の敬意でもって対している。

 

 このことから考えて、エスデスがただ戦場で荒れ狂うだけの凶暴女ではない事が伺えた。

 

 金品についても同様だ。

 

 エスデスは普段から戦勝における報酬は全て、そっくりそのまま自分の配下にいる兵達に下賜している。まるで、自分には無価値な物であると公言するかのように。

 

 そこら辺が、エスデスと言う女傑のキャラクター性を如実に表していると言える。

 

 エスデス自身の苛烈な性格のせいで、訓練時には死者を出す事も少なくないエスデス隊が、常に高い士気と戦闘力を維持できているのは、指揮官のそうした細かい気配りによるところが大きい。

 

 エスデスは外道ではあっても非情ではなかった。

 

 とは言え今回、エスデスに急ぎ帝都に戻ってもらったのは、彼女に報酬を与える事だけが目的ではない。

 

「戻って来たばかりですまないが、仕事がある。帝都周辺には今、ナイトレイドをはじめとした凶悪の輩がはびこっている。これらを、将軍の武力で一掃してほしいのだ」

 

 皇帝のその言葉に、エスデスは首を垂れながらスッと目を細める。

 

 状況は、エスデスの予想通りの展開になっているようだ。

 

 北方異民族の殲滅と処刑を実行してから、わずか数日の間に届いた、帝都への帰還命令。

 

 今だ北方に不穏な空気が残る中、軍の要であるエスデスを帰還させなくてはいけないのだから、事態はよほどひっ迫している事が想像できた。

 

 エスデス自身、北から戻ってくる道すがら情報収集を行い、ある程度の現状は既に把握している。

 

 その中でも、特にナイトレイドの物を重点的に集めていた。

 

 ナイトレイド。

 

 現在、帝都における最も警戒すべき存在であり、数ある賊の中でも最強の存在である事は間違いない。

 

 エスデスの見立てが正しければ、恐らく構成員全員が帝具使い。

 

 これまで軍や帝都警備隊が悉く後れを取って来たのは、それが原因である。帝具使い相手に生身で対抗できるのは、皇拳寺出身者等、よほど戦闘力に優れている者に限られる。

 

 勿論、エスデス自身も、帝具無しで帝具使いと戦っても勝てる自信はある。

 

 つい先日、帝都警備隊が構成員の1人を討ち取ったとの事だが、まだまだ彼等の勢いを削ぐには至らなかった。

 

 《一斬必殺 村雨》を持つアカメや、《悪鬼纏身インクルシオ》を持つ《百人斬り》のブラートなど、侮れない敵はまだまだ多い。

 

 それを考えれば、エスデスだけで事に当たるには手間がかかる。無論、負けるとは毛程も思っていないが、殲滅に時間が掛かれば、それだけ被害も大きくなる。それはできれば避けたいところであった。

 

「お受けする代わりに、一つお願いがあります」

「うむ・・・・・・兵士か? なるべく多く用意するぞ」

 

 皇帝も、心得ていると言った風に頷きを返す。

 

 可能な限り多くの兵を投入し、一気に叩き潰すのが得策と考えたのだ。

 

 だが、それに対しエスデスは首を振る。

 

「いえ、敵には多くの帝具使いがいると聞きます。そのような相手に大兵力を投入しても、いたずらに被害を増やすばかりです」

 

 言ってから、エスデスは僅かに顔を上げ、皇帝に目を向けた。

 

「7人の帝具使いを用意してください。兵はそれで充分。帝具使いのみの治安維持部隊を結成します」

 

 その言葉に、皇帝とオネストが、驚いて目を見張った。

 

「将軍には三獣士と呼ばれる帝具使いの部下がいたな。それに、最近では優秀な客将も抱えているとか。そこに、更に7人か・・・・・・」

 

 帝具使いと言うのは、熟練の兵士よりも更に調達が難しい。何しろ、帝具は適応者でなければ使用する事が出来ないのだから。

 

 それを7人となると、難しいどころの騒ぎではない。珍獣を探すに等しい労力が必要だった。

 

「陛下」

 

 悩む少年皇帝に対し、オネストは諭すように言った。

 

「エスデス将軍になら、安心して兵を預けられます」

 

 エスデスの実績は疑う余地は無い。これまで参加したすべての戦いに勝利し、敵と言う敵を悉く殲滅してきた氷の女だ。

 

 今までエスデスと対峙した敵は、悉く彼女に屈し、あるいは無様な屍をさらしてきた。

 

 そのエスデスが精鋭部隊を率いれば、必ずや期待の戦果を挙げてくれることだろう。

 

「うむ、お前が言うなら安心だ。用意できそうか?」

「勿論でございます。早速、手配いたしましょう」

 

 オネストは笑顔で確約する。

 

 もっとも、帝具使いの数は限られている上に、現在、重要な部署にいる者を引っ張って来る事はできない。必然的に、対象者ははぐれ者や地位の低い者に限られる。

 

 それを探し出すだけでも、骨の折れる作業になる事は間違いなかった。

 

 2人の答えを聞いて、皇帝は安堵したように息を吐いた。

 

「これで帝都も安泰だな。余もホッとしたぞ」

「まこと、エスデス将軍は忠臣ですな」

 

 皇帝の言葉に追従するオネスト。

 

 オネストが敵を用意し、エスデスがそれを殲滅する。

 

 これは、2人が出会って以来、保ち続けている不変の関係である。

 

 エスデスは政治や権力、金品には一切の興味が無く、ただ戦場で強い敵とぶつかり、それを殲滅する事だけを至上の喜びとしている。

 

 それを考えれば、エスデスはオネストにとって最大の協力者であると同時に、自身の権力を不動な物とする為の最高の手駒でもある。

 

 勿論「手駒」であると思って侮れば、即座にエスデスはオネストに牙を剥く事は疑いない。

 

 つまりオネストは、エスデスが満足するような敵を、常に探し続けなくてはならないのだ。

 

 そう言う意味で、ナイトレイドの存在は最高の「獲物」である事は間違いなかった。

 

「苦労を掛ける将軍には、黄金だけでなく別の褒美も与えたいな。何か望む物はあるか? 爵位とか、領地とか、何でもいいぞ」

 

 これは皇帝の、少年らしい純粋な気持ちから出た言葉である。

 

 自身に忠節を尽くす人間に対し、何かしら報いてやりたいと思ったのだ。

 

 だが、

 

「そうですね・・・・・・あえて言えば」

「言えば?」

 

 次の瞬間、エスデスの口から出た言葉は、皇帝とオネストを仰天させるのに十分な破壊力を秘めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・恋、をしたいと、思っております」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皇帝への謁見を終えたエスデスは、その足で中庭へと向かった。

 

 今回エスデスは、自分の配下の軍を北方の守りとして残し、最低限の戦力だけを連れて帝都に帰還している。

 

 北の異民族を撃破したとは言え、全てを殲滅した訳ではないし、北西にはまた、別の異民族が存在し、帝国の版図を狙って侵攻の機会を伺っている。

 

 それらへの対抗策として、帝国最強を誇るエスデス隊の戦力は重要な位置づけを締めていた。

 

 エスデスが中庭へと降り立つと、それを待っていたように3人の男が膝を突く。

 

 リヴァ、ニャウ、ダイダラ

 

 エスデスが自軍の中核戦力とも恃む、三獣士の面々である。

 

「お前達に新しい命令をやろう。今までとは、ちと趣向が異なるが」

 

 エスデスの言葉に対し、リヴァ達は口元にそれぞれの笑みを浮かべて顔を上げる。

 

「何なりとお申し付けください、エスデス様」

「僕達3人は、エスデス様の忠実な僕」

「如何なる時、如何なる命令にも従います」

 

 エスデス軍の中でも、やはりこの3人は別格だ。

 

 単純な戦闘力は勿論、エスデスへの忠誠と言う意味でも、他の兵士達より図抜けている。

 

 この3人は何れも、エスデスの為なら笑って死地へ飛び込んで行く猛者達である。

 

 そんな彼等が今回狩るべき目標は、考えられる限り最高の獲物となる事は間違いない。何しろ、相手は帝都を騒がす凶賊ナイトレイド。油断をすれば間違いなく、こちらが食い尽くされるの程の強敵である。

 

 故にエスデスは、自分の配下の中で最強である、この3人を投入すると決めたのだ。

 

 やがて、エスデスの命令を受けてリヴァ達が中庭を出て行く中、1人の少年が入れ替わりに歩いて来るのが見えた。

 

 トキハはすれ違う際に、リヴァ達と気軽な挨拶を交わすと、その足でエスデスの元までやって来た。

 

「どうだ、宮殿の暮らしは?」

「息が詰まる。よくこんな所で生活できるな」

 

 素っ気ないトキハの言葉に、エスデスはフッと笑みを浮かべる。

 

 何とも、この少年らしい回答だった。確かに、宮殿内は護衛の兵が多く、やたらと規則にうるさい面がある。慣れない人間ではいくが詰まる事だろう。

 

 出会った頃はボロボロの旅装束を着ていたトキハも、今は提供された帝国軍制式軍装に身を包んでいる。

 

 北方で拾われ、そのままエスデスに協力したトキハは、彼女の帝都帰還に便乗する形で、自身も帝都に来ていた。

 

「リヴァ達、出撃するの?」

「ああ。陛下からの勅命でな」

 

 言ってから、エスデスはため息交じりにトキハを見やる。

 

「今回の件、お前も手伝ってくれたら、もう少し話は簡単なんだがな」

「言ったはず。俺にはやる事があるって」

 

 対して、トキハは素っ気ない口調でエスデスの申し出を突っぱねた。

 

 エスデスから視線を外し、トキハは遠くを見やるように目を細める。

 

 そう、自分には成すべき事がある。

 

 その為に帝国に入ったのだ。

 

 ならば、他の些事に関わっている暇は無かった。

 

 だが、

 

 それを聞いたエスデスの瞳が、面白い物を見付けたとばかりに輝きを放った。

 

「ほう、目的とはな。そう言えばまだ、お前が帝国に来ようとしていた理由を聞いていなかったな」

「・・・・・・・・・・・・そうだね」

 

 そう言えば、まだ話していなかった事を思い出し、トキハは頷きを返す。

 

 エスデスは帝国に入る為に色々と便宜を図ってもらっている。彼女になら、話しておいても良いと思った。

 

 面白そうな話を聞けることを期待して待つエスデス。

 

 それに対し、トキハはボソッと言った。

 

「仇を探している」

「仇?」

 

 問いかけるエスデスに対し、トキハは頷きを返す。

 

 トキハは、帝国のある大陸の、更に東にある島国の出身である。

 

 そこでトキハは、ある程度裕福な家庭で育った。

 

 国の武術指南だった父に幼いころから剣を習い、同年代の少年たちの中では一番の使い手だった。

 

 母親も気立てが良く、トキハはそんな両親が自慢だった。

 

 そのまま行けば、トキハは何の不自由もしない、幸せな一生を送った事だろう。

 

 だが、そんな幸せは、ある日突然、乾いた砂のように崩れ去った。

 

 ある夜、突然屋敷に押し入ってきた3人の凶賊が、何もかも奪って行ったのだ。

 

 武術師範だった父は、寝こみを襲われて応戦する事も出来ないまま惨殺された。

 

 騒ぎに気付いた母は、幼いトキハを蔵の中に隠した後、どうにか自分も逃げようとしたが、やはり捉えられて嬲り殺しにされてしまった。

 

 自警団が駆けつけるのが、あと数刻遅ければ、トキハの命も危なかったかもしれない。

 

 こうして、一夜にして両親を失ったトキハ。

 

 だが、そんなトキハに、国は冷たい仕打ちで答えた。

 

 凶賊相手に何の抵抗もできないまま殺されたトキハの父を、軍の重責である武術指南役に据えていた事を国の恥と考えた官僚達は、トキハの父の名を登録から抹消し、事件その物を無かった事にしてしまったのだ。

 

 当然、1人残されたトキハには何の保証も庇護も与えられず、家名も家財も没収。殆ど身一つで放り投げられた。

 

 親戚や父の弟子だった者達も、押さないトキハには見向きもしなかった。誰もが「凶賊に殺された恥知らずな武術指南の息子」に関わる事を避けたのだ。

 

「そんな俺に、唯一残されたのが、これだった」

 

 そう言って、トキハは手にした刀を掲げて見せる。

 

 この刀は、トキハの父が家宝として、家の地下蔵に隠しておいたのだ。その為、国に没収される事も無かったのである。

 

 これは、ただの刀ではない。鞘に収まった状態でさえ、その禍々しさは、隣に立つエスデスにも伝わってくるようだ。

 

 《邪神転生(じゃしんてんしょう) 玉梓(たまずさ)》。

 

 初めて見た時は気付かなかったが、これも帝具の一つである。

 

 500年前の帝国内乱で国外に流出した帝具の一つが、巡り巡ってトキハの家に受け継がれて来たらしかった。

 

 両親を殺され、この帝具を手にしたトキハはその後、幼い身でありながら優れた剣術の腕を買われ、用心棒や暗殺稼業をしながら両親の仇を追い求め、この帝国までやって来た訳である。

 

「あいつらは、許さない・・・・・・絶対に見つけ出して、俺が斬る」

 

 低い呟きと共に、手にした刀を握り締めるトキハ。

 

 そんなトキハに、エスデスは興味深そうな視線を向ける。

 

 正直、殺されたトキハの両親には、何の興味も湧かない。

 

 「弱肉強食」はエスデスの生きる上でのモットーであり、生き様でもある。この世は強い者が生き残り、弱い者は皆、蹂躙され、踏みつけられても何も言えない。どんな綺麗事を唱えたところで、それが真理だ。

 

 エスデス自身、そのモットーを常に体現しながら生きている。

 

 トキハの両親は弱かったから殺された。幼いトキハは弱かったから、両親を守れなかった。ただ、それだけの話である。

 

 だが、その両親が殺された事から来る事で得られた、トキハの強さは興味深かった。

 

 トキハは強い。今だ10代と言う若さにありながら、その強さは群を抜いていると言って良いだろう。

 

 それは北方異民族軍との戦いにおいて、《北の勇者》ヌマ・セイカの側近2人を一瞬で斬り殺した事で証明している。

 

 帝具の存在に加えて、トキハ自身の力もまた大きな戦力となる事は間違いない。

 

 現在、エスデスが構想中の特別警察組織に、是が非でも欲しい逸材だった。

 

「なるほどな」

 

 話を聞き終えたエスデスは、納得したように頷くと、名案を思い付いたようにトキハに言った。

 

「では、その仇探しとやら、私が手伝ってやろう。なに、こう見えて私も将軍だ。使えるコネは多いからな」

 

 エスデスとしては、ここで仇探しを手伝って、その代りトキハが自分に協力するように持っていくつもりだった。

 

 だが、

 

「いらない。自分で探すから」

 

 そう言うとトキハは、踵を返してエスデスに背を向け、そのまま歩き去ろうとする。

 

 人の手を借りる気は無い。今までも、そしてこれからも。

 

 トキハはこれまで、1人で仇を追い求めてきた。

 

 ならば、ここから先も1人でやるつもりだった。

 

 だが、

 

「ほほう」

 

 そんなトキハに、エスデスは勝ち誇ったように言う。

 

「当てはあるのか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 エスデスの指摘に、ピタッと動きを止める。

 

「この広い帝国を、お前1人で探して回るわけか。いったい何年かかるだろうな?」

「・・・・・・・・・・・・」

「そもそも、お前は帝国に来たばかりだろう。知り合いはいるのか?」

「・・・・・・・・・・・・」

「まあ、それでもやると言うのなら、敢えて止めはせんが、そこまでの馬鹿は、流石の私でも見た事が無いぞ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ぐうの音も出ないトキハ。

 

 自他ともに認めるドSのエスデスに、口げんかで勝てるはずがなかった。

 

 一方、自身の勝利を確信しているエスデスは、不敵な笑みを少年の背中に容赦なく浴びせる。

 

 少々、大人げない光景ではあるが。

 

 くるっと、再度踵を返すトキハ。

 

 もっとも、その表情は、先程よりも少し仏頂面になっている気がするのは見間違いではないだろう。

 

「うん、どうした? 行くなら止めはせんぞ」

「・・・・・・・・・・・・気が変わった」

 

 そんなトキハを見て、エスデスはフッと笑う。

 

 勝ち誇るエスデスに対し、不愛想にそっぽを向くトキハ。

 

 勝敗が何れであるかは、火を見るよりも明らかだった。

 

「まあ、そう焦って動く事もあるまい。腕の良い情報屋には何人か心当たりがある。『果報は寝て待て』と言うだろ」

 

 そう言うと、トキハの頭を軽く叩くエスデス。

 

 振り向くと、エスデスは苦笑とも微笑ともつかない笑みを、トキハに向けてくるのだった。

 

 その時、

 

 廊下を複数の足音が、こちらに向かって近付いて来るのが耳に聞こえてきた。

 

 振り返るトキハとエスデス。

 

 その視線の先には、白一色のマントに身を包んだ一団が、整列して歩いて来る。

 

 その先頭に立つ男。

 

 他の者とは違い、紅いマントに身を包んだ男は、湖面のような静かな瞳を向けると、エスデスに向かって笑い掛けた。

 

「これはエスデス将軍。無事なる帰還を、お慶び申し上げる」

 

 静かな、しかし心の底まで染み渡るような、存在感のある声が発せられる。

 

 それに対し、エスデスも笑みを持って応じる。

 

「久しいな、ヒースクリフ、一別以来か。お前達の活躍は聞き及んでいるぞ」

 

 帝国近衛軍特別機動部隊「血盟騎士団」団長ヒースクリフ将軍

 

 近衛軍内において、ブドー大将軍が自身の右腕とも恃む人物であり、自身も帝具を操る剣士として名を馳せる人物である。

 

 しかし、そのような大層な肩書きなど、見た目からは想像もできない程、ヒースクリフは穏やかな顔付をしている。

 

 剣士と言うよりも、おとぎ話などに登場する魔法使いを連想させる出で立ちだ。

 

 剣を取って戦場を駆けるよりも、どこかの学校で教鞭でも取っていた方が、余程似合っている気がする。

 

 と、エスデスはヒースクリフの背後に控える少女に目をやった。

 

「そちらは?」

「はい。こちらは私の副官で、」

「お初にお目に掛かりますエスデス将軍。血盟騎士団副団長を務めるアスナと申します」

 

 初めて会うエスデスに対し、アスナはやや緊張気味にエスデスに挨拶する。

 

 無理も無い。何しろ、相手は帝国最強を地で行く存在だ。緊張するなと言う方が無理な話である。

 

 そんなアスナに対し、エスデスはフッと笑い掛ける。

 

「活躍は聞き及んでいる。血盟騎士団の副団長と言えば、如何なる凶賊であろうとも、名前を聞いただけで震え上がるとか。しかし、それがこんな可愛い少女であるとは思わなかったぞ」

「いえ、そんな・・・・・・」

 

 思いもかけずに褒め言葉を貰い、顔を紅くするアスナ。

 

 帝国最強に褒められたのだ。それも、武勲と容姿双方を。嬉しくないはずが無かった。

 

 そんな2人のやり取りを横目で見ていたヒースクリフが、口を開いた。

 

「いずれ、機会を設けて、北での土産話など聞かせてもらいましょう」

「連中が弱すぎたから大した話にはならんと思うが、まあ、暇つぶし程度得良ければ、その内にでも」

 

 そう言うとエスデスは、部下達を引き連れて去って行くヒースクリフ見送る。

 

 やがて、一行の姿が見えなくなるのを見計らうように、トキハは口を開いた。

 

「強いね、あいつ」

 

 ポツリと呟くトキハに対し、エスデスはホウッと口元を吊り上げて尋ねた。

 

「それはヒースクリフの事か? それともアスナ嬢の方か?」

「どっちも、かな」

 

 トキハは2人の事を思い出しながら言った。

 

 アスナは強い。トキハとそう変わらない歳だと思われるが、既に何度も実戦をこなし、その可憐な容姿に似合わない、ある種の凄味のような物を身に着けている感すらある。

 

 一方のヒースクリフはと言えば、こちらはもう、トキハにとっては別次元の強さと言って良いかもしれない。正直、底が見えないと思えるほどの強さが、ヒースクリフからは感じられた。

 

「それが判るなら、お前も充分に見込みがあるよ」

 

 そう言ってからエスデスは、付け加えるように口を開く。

 

「覚えておけ、トキハ。もし今の帝国軍内で私に勝てる存在がいるとすれば、それは二人。一人は大将軍のブドー。そして、もう一人が、あのヒースクリフだ」

 

 その言葉に、トキハは思わず息をのむ。

 

 エスデスをして負けるかもしれない、と言う可能性を示唆させるほどの存在がいるとは。

 

 正直、トキハからすれば、想像の埒外である。

 

 いや、それより何より、

 

「エスデス、何で嬉しそうなの?」

「うん?」

 

 不思議そうに尋ねるトキハ。

 

 自分が負けるかもしれない可能性について語るエスデスだが、その口元には愉悦の笑みが浮かべられている。

 

「当然だろう。私を負かす程の相手だぞ。やり合えばさぞ、楽しい戦いができるはずだ。想像しただけでも心が高鳴る」

「あっそ・・・・・・・・・・・・」

 

 嬉しそうに語るエスデスに対し、トキハはそっけない返事を返す。

 

 流石は戦闘狂と言うべき台詞である。

 

 恐らくエスデスにとっては、戦って戦って、その果てに敗れて死ねるのであれば、自分の死ですら享楽の一つとしてとらえる事ができるのであろう。

 

 つまり、今のエスデスは自分の好む世界にどっぷりと浸かり、欲しいままに貪っているのだから。

 

「ある意味、羨ましい状況ではあるよね」

「ん、何か言ったか?」

「別に」

 

 そこで、エスデスはからかうような笑みをトキハに向ける。

 

「まあ、そんな事よりもお前には、アスナ嬢の美しさの方が目に入ったのではないか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 エスデスの言葉に、トキハは先ほど顔を合わせた血盟騎士団副団長アスナと言う少女の事を思い出す。

 

 整った顔立ちに、流れるような茶色の髪が特徴の少女。

 

 確かに、あれほど美しい少女など、故郷でも見た事が無い。一瞬、伝説上の良きものである天使が降臨したのかと思った程である。

 

 しかし、

 

 明らかにからかい目的で話を振ってきたエスデスは、笑いながらトキハを見据えてきている。

 

 その顔が何となく腹立たしかったので、

 

「別に」

 

 先程と同じ言葉で、お茶を濁しておいた。

 

 

 

 

 

第11話「宮殿での邂逅」

 


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