億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

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第七話 やっと湯船に浸かる

「あ、おかえりなさい、圭太郎さん」

 

「ただいま、エイブリー」

 

神様との一悶着の後、家へ帰った。

神様の言う通り、エイブリーは掃除を終えて先に帰っていたようだ。

 

「ごめんなさい、圭太郎さん。勝手に1人で家に帰ってしまって・・・」

 

「なぁに、全く問題ないよ。むしろ、家にいた方が安全な場合もあるからね。

それと、神社の掃除お疲れ様。ビックリしたよ! 1日であんなに綺麗になるなんて、エイブリーは掃除が得意なんだな」

 

「そんな、褒める程じゃないですよ」

 

エイブリーはそう言いながら両手を顔にあて、下を向く。

 

「・・・あ、そういえばお昼はどうしたの? 俺用意してなかったけど・・・」

 

彼女が朝から夕方まで神社にいたことを思い出して、ふと気付いた。もしかしたら俺はエイブリーに申し訳ない事をしてしまったのではないか、と。

彼女の事を良く考えなかったせいで、エイブリーはお昼抜きで掃除を頑張っていたのかもしれない。もしそうだったのなら、謝らなければならないと思ったので聞いてみた。

すると、返ってきた答えは意外なものだった。

 

「あ! 私も言おうと思ってたんですけど、お昼ご飯は神様にご馳走になりましたよ! 掃除を頑張っているから差し入れです、と言われたので」

 

「へぇ、良かったね。というか、エルフって普段は何を食べてるの?」

 

昨日の夕飯は俺が用意したものを普通に食べていたし、いつもはどんな食事をしていたんだろう・・・? 意外と雑食とかかな? でも、ガッツリ肉食なのかもしれないし・・・

 

「あ、基本は何でも食べますよ。私はあまりお肉を食べないですけど」

 

彼女から帰ってきた答えには何ら問題は無いのだが、何かが引っかかる。

昨日の夕飯を普通に食べた・・・昨日の・・・夕飯を・・・?

 

俺はそこまで思考の整理を終えると、自分は取り返しのつかない事をやってしまったのではないかと思い、とエイブリーの肩を掴む。

 

「エ、エイブリー、 昨日夕飯を食べた後、お腹を壊したりしなかった・・・?」

 

「? いえ、大丈夫でしたよ?」

 

エイブリーの言葉を聞いて安心した俺は、いきなり肩を掴まれて困惑する彼女から手を放して、安堵のため息をついた。

 

「なんだ、良かった」

 

エルフの身体構造や生理機能をよく知らないので明言は出来ないが、消化器官は人間と似ているのだろう。と勝手に想像した。

 

するとエイブリーは大切な事を思い出したような顔をすると、袋に包んでいた何かを出した。

 

「そういえば神社を掃除している時に見つけたんですけど、木の箱の裏にこんなものがあったんですよ!」

 

彼女の手には、俺が少し前に切り株に生えているのを見つけたキノコがあった。

 

「・・・エイブリー、捨てなさい」

 

俺はキノコについての知識がある訳ではないが、エイブリーが持っているキノコは禍々しい色をしており、誰が見ても「毒アリ、キケン」と判断するようなシロモノだった。

しかし、

 

「えぇ~、可愛いじゃないですかコレ。特にこの傘の部分なんか・・・」

 

「最近の女の子の『カワイイ』は理解出来ない・・・」

 

この会話のあと、このキノコを処分することをエイブリーはしぶしぶ了解してくれた。

もし「今日の夕飯で食べましょう!」なんて事になっていたら、こんどこそ二人まとめてお腹を壊す・・・どころかもっと酷い事になっていたかもしれないと考えると、本当に捨てて良かったと心からそう思う。

 

 

 

 

 

 

昨晩と同じように、俺とエイブリーはテーブルに向かい合わせで座り、夕食を食べる。ちなみに、今晩のメニューはアジの干物とチンゲン菜のおひたしにご飯、味噌汁だ。俺は味噌汁に玉ねぎを入れる派なのだが、やはり心配だったので今日はよしておいた。

 

「今日は神様と色々な話を沢山したんですよ」

 

「退屈ではなかったみたいだね。で、どんな話をしてたの?」

 

「えーと、ホームステイの話に熊野神社の歴史に神様のあるある話に・・・」

 

俺の質問に、エイブリーは自分の指を折りながら記憶を辿っていく。

 

「この国が生まれた時の話や、スリーサイズの話もしてましたよ」

 

「・・・ちょっと待って、ツッコミ所が多すぎてツッコむ気になれないんだけど、最後の話の対象はどなた?」

 

「え? 神様の事ですけど・・・」

 

そんなふうに首を傾げて、何で当たり前の事を聞いてるんですか? みたいな顔しないでよ。

 

「というか、神様にそんな概念あるのかよ・・・」

 

「気になるんですか?」

 

「いえ全く」

 

俺がそう言うと、想像していた答えと違ったのかエイブリーは少し顔を歪める。

 

「おかしいなぁ、神様はこの話をすれば圭太郎さんが食い入るように「教えて欲しい」って言う筈だって・・・」

 

「神様は俺の事を何だと思ってるんだよ・・・」

 

「お、男の人は、女の人のそういう話に興味があるって聞いてたんですけど・・・」

 

「エイブリー、それは偏見だよ」

 

なんか変だ・・・エイブリーは大抵の場合、俺と話をする時は主に自分や自分関係の話をするのに、今日の彼女は俺の事ばかり聞いてくる。

さては、神様に何か吹き込まれたのか? ・・・いや、余計な詮索はよそう。

 

 

 

 

 

 

夕飯を食べ終えたので、風呂に入ることにした。エイブリーの提案で、今日は俺が先に風呂をいただくことになった。昨日は浴槽に入れなかったので、今日こそは心置きなく入らせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

よ、よーし。神様に言われたとおり、圭太郎さんに恋話を振ってある程度心を開かせた状態にして、この家に住ませてもらってるお礼という口実で圭太郎さんの背中を流す。うん、作戦どおり。

 

今日、神社で神様に言われた事で、私から圭太郎さんに何かお世話になっているお礼をしてあげるのはどうか? と提案されたんですけど、何をすれば圭太郎さんに喜んで貰えるか全く分からなかったので神様に、圭太郎さんがお風呂に入っている時に背中を流してあげるのは? とアドバイスを貰ったんです。

なるほど、それは良さそうですね。この国の人は裸の付き合いを大切にする、と前に神様から聞いてい・・・って裸!?

 

とても大切なことに気付いたんですけど、神様は「ちょっと待って下さい!」を言う前に消えてしまった。確かに、何かお礼をしたいとは私も思っていたんですけど、さすがに恥ずかしいかな・・・かといって、他に良い案が思いつかないし・・・

そして今に至ります。

 

どっ、どうしようっ・・・タオルを巻くのは逆に失礼だっていうし、かといって昨日みたいになるのは・・・

えーい! どうにでもなっちゃえ!

割り切った私は服をカゴに放り投げて、思い切って風呂場の扉を開けた。

 

 

 

 

 

「良い湯だな〜ハハハーン 良い湯だな〜ハハハーン

ここは宮城県 生明のお家〜♪」

 

不思議なもんだ。たった1日浴槽に入らなかっただけなのに、すごく恋しかった。

とにかく、習慣づいた俺の身体は『湯船に浸かる』という行為を相当欲していたようだ。

 

「は〜、最高。お風呂最高。寝る事の次に最高。ってそれ最高じゃないな」

 

長い時間入ってのぼせしまっているのか、訳のわからない事を言う。

 

「いや、考えてみると、寝るのと風呂に入るのってどっちが素晴らしいんだ・・・? どっちも最高なんだけどな〜」

 

そんな事を考えている暇があるのならもっとエイブリーの事を考えなければならないのに、完全にのぼせてしまっている俺は正常な思考が出来なくなっていた。

すると、

 

「け、圭太郎さん! お背中を流しにきました!!」

 

顔を赤らめ、エイブリーがいきなり風呂場に入ってきたのだ。タオルも無しで。

いつもの正常な俺なら背を向けるか、この前のようにあらかじめ用意しておいたバスタオルをエイブリーに巻いてもらうかをするのだが・・・

 

「あ、エイブリーじゃん。俺はもう髪と身体は洗ったから、一緒に入ろうよ」

 

「・・・はい?」

 

生憎、今の俺はのぼせていた。

 

 


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