学校が終わり、放課後になった。デーブは部活があるそうなので柔道場へ行ったが、やしもが所属するパソコン部は今日は休みだそうだ。
今俺は荷物をまとめて、自転車を押して帰り道をやしもと一緒に歩いている。途中までだけどね。
やしもと家が近いという訳ではなく、彼はバスで学校に通っているので、バス停まで一緒なのだ。
本当はエイブリーの事が心配で早く帰りたいが、こういう機会は偶にしかない。勿論エイブリーのことも大切だが、自身の数少ない友人も同じくらい大切だから今こうして一緒に歩いている。
久しぶりにゆっくりと会話をするやしもは話したい事が沢山溜まっていたようだ。
俺の話が終わるとやしもは真剣な面持ちになり、改まった様に口を開いた。
「ーーーねぇ、けーちゃん」
「ん? どないしたとね?」
「聞いて欲しい事があるんだ」
「ほぉー、言ってみ?」
あ、このパターンって・・・
「最近、新しいムーブメントに目覚めたんだ」
「それ、先週も言ってなかった? ーーーまぁいいや、それで、今度は何?」
「ズバリ・・・『ヤンデレ』」
「それまたコアなジャンルだなぁ・・・」
何を言い出すかと思ったら、そっち方面か。
「ヤンデレってさ・・・良いよね。一途に愛してくれるというか、構ってくれるというか・・・」
「いやでも、行き過ぎた愛故に監禁されたり、最悪殺されるかもしれないんだぜ?」
「僕を愛してくれているのならそれが本望」
「手が付けられねぇや・・・」
やしも、現実へ戻ってこい。
「しかもヤンデレ属性は、最近人気がある吸血鬼や悪魔、死神といったキャラと結び付けやすい。ーーー彼女らがほとんど赤い髪なのはご愛嬌・・・」
「と言いますと?」
「ヤンデレは、『血』『契約』『主従関係』といったキーワードと組み合わせがしやすいんだ。それに伴って、さっき言ったようなキャラに、簡単にヤンデレ属性を付与できるんだよ! 脳内再生が捗って留まるところを知らない・・・!!」
「分かった、分かったからそんなに興奮するな。傍から見ればただの変質者だぞ」
「でね、ここが佳境なんだけど、僕、とんでもない事に気付いてしまったんだ・・・」
「(そこはスルーすんのかよ・・・)それは・・・?」
「ヤンデレの男主人公と、ヤンデレの女ヒロインは結ばれるのか? という疑問だよ」
ーーーへぇ、中々面白そうだな。
「それは・・・俺も興味があるな。やしもはどのような結論に至ったんだ?」
「先に結論を言うと・・・『結ばれない』」
「それは何故?」
「基本的にヤンデレが結ばれるのは、『片方の歪んだ愛を、もう片方が受け入れた時』なんだ。この時点で、どちらかがヤンデレで、そうじゃない方は正常な人間でなければならない」
「合ってるような、合ってないような・・・」
やしものトークがヒートアップしていく。
いつもの事だが、彼は自論を喋り出すと声が大きくなり、早さも1.3倍位になる。(当人比)
「だけど、どちらもヤンデレだった場合はどう? お互いにその歪んだ愛を押し付けあって、しかも押し付けるが故に相手の歪んだ愛を受け入れられない。そんな2人が行き着くところは・・・」
「皆まで言うな。最悪、お互いに殺し合うかも、ってことだろ?」
お願い、私の為に死んで! いや、それは君を殺してからゆっくり考えるよ。・・・的な? うわ、想像するとカオスだなぁ・・・
「流石、僕の理解者。デーブにはこういう話は通じないからね」
「デーブに限らず、クラスでお前の話を受け止められるのは俺くらいだろ」
「うん、そうだね」
と、毎回こんな感じでやしもと話をしている。この前はアンドロイド、その前は文学少女、さらに前はジーパン女子など、やしものムーブメントは逐一更新される。
そんなこんなで帰り道を歩き、バス停で彼と別れて一人になる。
早く家に帰ろうと思い自転車をこぐスピードを速くするが、ふと、エイブリーが神社に居る事を思い出す。
変える前に神社に寄って彼女を迎えに行こうと、進路を熊野神社へと移す。
10分ちょいで熊野神社へ到着した。
ーーーなんということでしょう。苔が生えていた石の道は作られた当時のような美しさを取り戻し、辺りに落ちていた小枝や葉は綺麗に片づけられています。
俺は悲劇的ビフォーアフターになる可能性を危惧していたが、杞憂だったようだ。
余計な心配が去ったので、エイブリーに声を掛けようとする。
「エイブリー、掃除お疲れ様。迎えに来たよー」
だけど、帰ってきた返事は彼女の物では無かった。
〈エイブリーさんなら、もう遅いので家に帰しましたよ〉
「っ!? 後ろから話しかけてビックリさせないで下さいよ・・・」
聞こえてきた神様の声は真後ろからだったので、不意を突かれた俺は驚いて振り返った。
「ていうか、エイブリーは家の鍵を持ってないじゃないですか」
〈物置の中の棚にあると教えておきました〉
「なんで知ってんすか・・・」
少しおちゃらけた雰囲気を一旦リセットするように、神様は俺の方に向き直った。
〈私は貴方にこの仕事を頼む際、『逆転生者達の心の闇を取り払って欲しい』と言いました〉
「そうでしたね」
〈そしてこうも言いました。『この世界に三日間しかいられない』と・・・〉
それも勿論分かっているが、再確認をするためならばそのような言い方でなくてもいいはずだ。なのにこの言い回しには少し良くないものを感じる。それの正体は結局わからないが、とりあえず今は神様の話を聞くことにする。
〈はっきり言いますと、今彼女の『人間に対する憎しみ』はほとんど薄れています。たった一人の人間に触れただけで、というのはありえない話かもしれませんが、それだけ彼女がまだ純粋で、貴方を信用しているということです〉
「ーーーエイブリーの抱えていた心の闇は『憎しみ』だったんですね」
初めてエイブリーに会った時は分からなかったけれど、今になってハッとなったように気付いた。
〈その通りです。そして、エイブリーさんをこの世界に連れて来た理由なのですが・・・〉
神様は少し間を置いて、再び話し出した。
〈もしエイブリーさんをあのまま元の世界に残していれば、彼女は各地のエルフ達を引き連れて王国に攻め入り、人間とエルフの全面戦争になっていました〉
「ーーー笑えない冗談ですね。エイブリーがそんな事をするなんて・・・」
あんな小さな娘にそんな行動力があるなんて、全く想像出来ない。
〈結果は火を見るよりも明らかでした。エルフ達は次第にその勢力を失っていき、最後にはエイブリーさんも・・・〉
「ーーーやめてください、最後までは・・・聞きたくない」
〈しかし、それはエイブリーさんの運命のようなもので、たとえどのような手を尽くしても、彼女のその運命を変えることは出来ません〉
神様にも変えられない運命なんて、よっぽど強い覚悟があったんだろう。
「そこで、第三者である俺に何とかしてほしいって訳だったんですね」
俺がそう言うと神様はコクリと頷いた。
〈貴方はこの2日間で、やれるだけの事をやったと思います。けれど、今のままでは・・・彼女が元の世界に帰ってしまっても、また同じ事を繰り返してしまうでしょう〉
「! そんな・・・」
〈何か一つ・・・そう、あと何か1つ、エイブリーさんに足りない物があるのです・・・〉
「何なんですか、そのあと1つって!」
俺が神様に聞いても、首を横に振るだけだった。
〈貴方はその1つを埋められますか?〉
「俺は・・・」
エイブリーと過ごした、短くも笑顔に溢れたひと時を思い返す。
一緒に話したり、一緒にご飯を食べたり、一緒に寝たり・・・長い間、独りぼっちのまま逃げ続ける生活を送っていた彼女にとって、この世界での生活は砂漠の中のオアシスだったのだろう。
そんな彼女を、水も持たせずに見送るかどうか。聞かれなくたって、最初から答えは決まっている。
「もし・・・もしエイブリーの心の闇を完全に取り払えないまま元の世界に帰す時は・・・俺も一緒に付いて行きます」
〈・・・それは、貴方の今の生活を全て捨てるという事を意味します。エイブリーさんをこのままの状態で帰しても、貴方には何の被害もありません。何故そこまで彼女に入れ込むのですか?〉
神様にそう言われた瞬間、昨晩のエイブリーの言葉が頭に浮かんだ。
(「もう私には・・・信じられる人がーーー圭太郎さんしか、いないからっ・・・!」)
「エイブリーは・・・俺を信じてる、信じられる人が俺しかいないって、そう言ってました。そんな娘を1人、またあんな世界に帰すなんて嫌なんです」
「それに、『何の被害も無い』っていうのは間違いです。被害大有りです。このままエイブリーがいなくなったら、俺はこの先ずっと後悔します」
「ーーーこれを引き受けた時から、普通の生活を捨てるくらいの覚悟はとっくに出来てるんです」
神様の辛辣な口調にイラつきを覚え、ふつふつと腹の底から熱い何かが沸き上がる。それを抑えながら怒りの感情を表に出すのを我慢していた。ーーーだが、それにもやはり限界があった。
〈別に、後悔しても良いではないですか。キッパリ忘れる事は出来ないでしょうが、時間が解決s「いい加減にしてください」〉
神様の一言で、堪忍袋の尾が切れた音がした。
怒気を孕んだ俺の声は、自分でも驚くくらい低かった。
「俺には、この仕事を任された使命と、エイブリーの信頼に応える責任があります!! 」
昨晩の自身の言葉を自分に言い聞かせる。
(俺は絶対にエイブリーを裏切ったりしない。どんな時でも、必ず君を助ける。だからこれからは、もっと俺を頼ってくれ。いつだって、君の期待に応えてみせるから・・・」)
〈でしたら、私が貴方に背負わせてしまった、その使命と責任を無かった事にしてあげましょうか?〉
「そういう問題じゃない! 別にアンタにとってはこんな仕事、他の人に頼めば良いんだろうけどよ、今のエイブリーを救えるのは俺だけだ! 君を助けるって、そう彼女と約束したのは俺なんだよ!!」
徐々に怒りが思考を侵食し、口調が乱れる。
「例え誰からも俺の行動が褒められなくても、後ろ指指されても、俺がどうなっても・・・エイブリーだけは・・・せめてエイブリーだけは・・・!」
〈・・・・・・〉
神様はまるで俺を見定めているかのような冷たく、鋭い目でこちらをしばらく見た後、その口をゆっくり開いてこう言った。
〈・・・良いでしょう、明日の丑三つ時までの猶予を与えます〉
「・・・ありがとう・・・ございます」
熱くなっていた自分をなんとか冷やし、『ございます』を捻り出す。
俺は汗で濡れた額を腕で拭い、熊野神社を後にした。