億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

40 / 42
第三十五話 カモンぬこたん

神様が誤魔化して逃げた後、全員で猫対策会議を開いた。

・・・家の周りにペットボトルを置きまくる、とかの方じゃないよ?

 

「結局のところ、神様が俺達に頼みたかった事ってなんだ?」

 

「その猫ちゃんの心の闇を取り払え、なんて言ってませんもんね・・・」

 

「ちくしょうあの暇神、肝心な事言わねぇでトンズラしやがった」

 

「僕の考えですけど、あの話を聞く限りだと『猫に死なれると困るから保護してやってくれ』じゃないですか?」

 

「まじかよ。それじゃあ本格的に心の闇がどうこうって関係無いじゃねぇか。ホントにここを保健所にでもするつもりなのか・・・」ピキピキ

 

「ま、まぁまぁ。ちょっとした息抜きにでもしましょうよ」

 

エラが場の雰囲気を取り持つ。

 

「その息抜きで温泉に行った時は、逆に疲れたがな」

 

小春が、流し目でエラを見ながら皮肉たっぷりにそう言う。

 

「もう! その話はもうしないって約束でしょ!!」

 

「おぉおぉ、そうだったな。以降肝に銘じておこう」

 

「う〜・・・」

 

なんかもうね、ダレンが女でエラが男とかって、面倒だから考える事をやめた。本人達がその自覚さえ持っていてくれればOKってことで。

・・・実際の所、今でも間違えそうになるのはここだけの話。

 

 

 

 

 

 

「今週の土曜日っつー事は、明後日の昼か」

 

「良かったです。明日いきなりやってくるとかじゃなくて」

 

それな。エリーに同感だ。

 

「んー・・・その猫の記憶ってどれくらい残っているのかしらね?」

 

エラが何気なく言うが、それは結構重要だったりする。

 

「最低でも、『生前は人間だった』という記憶はあるだろうな。先程此奴も言っておった。そこへ妾の推測を付け加えるとするならば、『人間の言語』だな」

 

「その猫が、人間の言葉を理解できているかもしれないって事ですか?」

 

小春の推測にダレンが興味を持った。

 

「そうだ。可能性は全くない訳ではないだろう?」

 

「確かに、その線も有りそうですね」

 

ダレンは顎に手を当てて頷く。

 

「もしそうだとしたら、その猫ちゃんが人の言葉を話せるかもしれないね」

 

エリーがワクワクしながら言うが、俺はそこにツッコむ。

 

「エリー、その点についてはあまり期待しない方がいいぞ」

 

「・・・? 何でですか?」

 

「猫と人間の発声器官にどれ程差があると思ってるんだ。猫がパピプペポとか言える訳無いだろ 」

 

「むぅ・・・」

 

あ、ちょっと厳しく言っちゃったかなー・・・一応やんわりとフォローしておこう。

 

「でも、その猫が猫なりに頑張って、少しでも人間の言葉を話せるようになってたら面白そうだな」

 

「ですよね! 圭太郎さんもそう思いますよね!」

 

「う、うん。巷では、『おかえり』って言う猫もいるらしいし」

 

(((チョロい・・・)))

 

「さて、日も暮れてきたから夕飯にしよう。この話は一時中断だ」

 

 

 

 

 

 

「のぉ圭太郎よ」

 

「・・・ん、何だ?」

 

俺が小春に台布巾とみんなの箸を渡す際、小春が話しかけてきた。

 

「いつになったら、妾を台所に立たせてくれるのだ?」

 

「ハァー・・・あのなぁ、包丁を二刀流で逆手持ちする奴にそんな事をさせてたら、こっちの命が足りねぇわ」

 

「だ、だが・・・この家の妾以外は皆料理をしているではないか」

 

まぁ、百歩譲って包丁の持ち方は直せるとしよう。だが、小春の怖いところは『完成した料理に余計なものを付け足す』ところなのだ。カレーライスが劇物に豹変したあの事件は死ぬまで忘れられないだろう・・・

まぁ、犠牲になるのは俺だけでいいか。

 

「・・・よし分かった。今度こそ小春を信じよう」

 

「ほ、本当か!」

 

「あぁ」

 

「恩にきるぞ!」

 

さて、胃腸薬買っておかないとな・・・

 

 

 

 

 

 

そして時は過ぎ、土曜の正午。

今熊野神社にいるのは俺1人。・・・何でかって? いきなり目の前に4人も5人もいたら、猫がびびって逃げ出すかもしれないだろ? そういう訳だ。お分かり?

 

もはやお馴染みなので割愛するが、今回の黒い穴は何時もより少し小さめだった。猫だからね。

穴が消えるとそこには黒猫が一匹。大きさはその辺にいる野良猫と大差無い。デブ猫でもなければ痩せているようでもない。

スレンダーな猫だ。例えて言うならチーター的な。つまり、標準体型ってこと。

ただ標準的な猫と比べて違うところを挙げるならば、その身体についた傷だろうか。

左目が霞んで濁っている。全身の黒い毛のうち、毛が抜けている部分がところどころある。耳に欠けている部分がある。

命に関わる傷を負ったっていうくらいだから、これくらいの怪我は当然あるだろうと思っていた。

 

・・・が、皆さんに聞こう。あなたは、傷を負った猫を見た事があるだろうか?

上記のような傷を負った猫を見る機会はあまり多くない。野良でそういうのはいるが、下手をすれば怪我1つない健康な猫しか見た事がない人もいるだろう。

要するに何を言いたいのかっていうと、ボロボロになった猫は結構ショッキング、ってこと。『猫=かわいい』という、理想に近いその方程式が破綻しかねるくらいには。

この猫がそういう猫だってことを把握していただきたい。

 

猫は俺に気付くと、シュッと首を回転させてこちらを見た。そのまま動かない。俺の様子を見ているのだろうか?

俺は胡座をかき、地面に座る。持ってきたスケッチブックを片手に持って、こう切り出す。

 

「神様から話は聞いているだろう。死にかけてるお前を保護する為に出向いた」

 

「・・・」

 

「人の言葉は理解できるんだろうが、生憎俺達は猫の言葉なんて知らない。だから、頑張ってこの紙に書いてくれ」

 

俺は猫の前に、スケッチブックとペンを置く。

さて、猫の反応は・・・?

 

「・・・」プイ

 

あ、知らんぷりされた。

くそ、結構イラつくなその態度・・・だがあくまでも冷静に。こっちにはまだ、マタタビとか猫じゃらしとかのアイテムもあるんだ。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

しばしの間、俺と猫の間に静寂が訪れたまま静寂さんがこの場に居座り続けている。頼むから早く他の所へ行ってくれ。

 

・・・あ。あれか? 俺が名前を名乗れば良いのか?

 

「言い遅れたな。俺は『生明圭太郎』だ」

 

「そうですかい、オイラはただのしがない猫。名前はとうの昔に捨ててきやした」

 

「・・・ん?」

 

何故か、あまりにも自然な返答が来たので一瞬思考が止まってしまった。

 

「・・・しゃ、シャベッタアアアァァァ!!??」

 

「名前も名乗らない野郎に口を利く気にはなれない、と思ったもんで」

 

この時は、なんでそんな喋り方になってるかまでは頭が回らなかった。

 

 

 

 

 

 

「・・・で、やっと口を利いてくれる気になったと」

 

「その通りでさぁ」

 

その喋り方が引っかかるが、気にしたら負けだろう。・・・いや、後でその理由を聞かなければ気が済まない。

 

「随分と流暢に話すんだな」

 

「そいつぁもう鍛錬に鍛錬を重ねやしたぜ。人間の言葉が分かると自覚したその時から、この猫の身体で人の言葉を話すのにどれ程苦労したことか・・・」

 

しみじみと語りだす黒猫だが、こっちには聞きたい事が山ほどある。

 

「お前に聞きたい事があるんだ。構わないか?」

 

「オイラの答えられる範囲でなら構わないですぜ」

 

許可をもらったので早速参りましょうか。

 

「自分の生前の事はどれくらい覚えているんだ?」

 

「生前・・・? それはつまり、『前世』ってやつですかい? 生憎でやんすが、オイラはそういうもんに疎いんでさぁ。この命、生まれた時からこの時まで猫、としか言えませんぜ」

 

俺が予想していた答えが返ってこない・・・つまり、この猫には・・・この猫の魂には生前の記憶はおろか、猫になる前は人間だった、という記憶すら無いのか。

・・・こいつは大きな見当違いだった。元々そういう状況だと踏まえた上での話を考えていたのに、それが無駄になってしまった。

つまり、訳も分からないまま、気付いたら人語を理解していた、ってことなのか?

 

「そ、そうか。では別の質問をしよう。人間の言葉が分かると自覚したのはいつだ?」

 

「物心ついた時にはもう分かっていやした。猫の言葉も人間の言葉も分かる猫がオイラだけと知ったのは、他の野良が人間の言葉を分かっていないのを見た時でやんす」

 

「気が付いたらいつの間にか分かるようになっていた、と」

 

「へぇ」

 

やっぱりそうなのか。

 

「自分で、それは何故だと思う?」

 

「どうですかねぇ、お天道様の気まぐれ、とでも言えばいいでやんすかね」

 

「じゃあ、その喋り方は?」

 

「オイラはちんちくりんの頃から、テレビで時代劇を見るのが嗜みの1つだったんでさぁ。そこで男の生き様ってやつを見せつけられましてねぇ。真似るうちに染み付きやした」

 

時代劇の影響か。妙に古臭い喋り方だと思っていたら、それが原因だったんだな。

 

「ちなみにどんなのを見てたんだ?」

 

「水◯黄門、暴れん坊◯軍、必◯仕事人、遠山の◯さん、鬼◯犯科帳、座◯市、子◯れ狼・・・」

 

「・・・凄いな。俺も小さい頃は祖父母と時代劇を観ていたりはしたが、それ程とは思わなかった」

 

「ま、オイラが勝手にリモコンを操作してたんでね。日中、家にいるのがオイラだけになる日がほとんどだったんで、絶好のテレビ鑑賞時間だったんでさぁ」

 

だろうね。猫って家に人が誰もいない時はめっちゃ暇だろうし。

そろそろ話を本題に戻そう。

 

 

 

 

 

 

「・・・という訳で、この世界でお前を保護することになった」

 

「オイラはそんな事を望んじゃいないですぜ」

 

「お前がそう思っていても、お前に死なれると困る人がいるんだ」

 

「それはどなたで?」

 

「まぁ、お天道様とでも言っておくか」

 

「・・・」

 

「お前のようなイレギュラーを放っておけないんだとさ。死に場所を探してる訳じゃないのなら付いて来てくれ」

 

「・・・へぇ」

 

なんだか気難しい猫だな・・・

多分、3日間でこの猫を健康な状態に戻せば良いんだろうが、なにかが引っかかる・・・

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

「ねぇ! すっごくおとなしいねこの猫ちゃん!」

 

「そうだな。無愛想な顔をしておるが案外人懐っこいのか?」

 

「ね、ねぇ、ワタシも触ってみて良いかしら・・・?」

 

「ちょっと顔が怖い気もしますけど、よく見ればかわいいですね」

 

お前ら、完全に目的を見失ってるだろ・・・

 

あの後、猫は素直に付いて来てくれたのだが、家に着くや否やうちの逆転生者達が猫をモフりだした。

あの性格からして、逃げ出したり引っ掻いたりしないかと心中穏やかではなかったが、意外なことに猫はとてもおとなしい。

 

「・・・」

 

そしてもう1つ不思議なのだが・・・この猫は家に来てから、一度も人語を話さない。

先程、「おい、さっきみたいにみんなの前で話してみせてくれよ」と猫に言ったのだが、無視された。挙げ句の果てに、他のみんなに笑われる始末。

一体どういうつもりなんだ・・・

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。