億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

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第二話 逆転生者とのファーストコンタクト

帰りのSHR(ショートホームルーム)が終わり、放課後になる。神様との約束の時間が迫っていた。スマホの表示は16:30。

俺は自宅へ向けて順調に自転車を走らせる。何事も無く家に着き、合鍵で裏口のドアを開けて荷物を置き、今度は徒歩で神社へ向かった。

神社へ着いたのは17:00頃だった。

俺を待っていたのだろう、神様はすぐに姿を現した。

 

〈来ましたね、説明は昨日したので省きましょう。心の準備は出来ていますか?〉

 

「愚問ですね、いつでもOKですよ」

 

緊張を紛らわせる為に少し調子のいい言葉で返答したがーーー体は正直なようで、手には汗がうっすらと滲み、胸のあたりも引き締められている。

神様は無言で頷き、溶けるように姿を消した。数秒後、鳥居の下の石の道が歪み、真っ黒で底なしのように見える直径2m程の穴が開いた。ーーーついに来たか。

 

その大きな穴は丸から六角、五角と角を減らしながら小さくなっていき、やがて見えなくなってしまった。そして穴があった場所には、細い二本の脚で立ってまわりをキョロキョロ見渡している、少しボサついたブラウン色の髪からのぞくぴょこっと出た長い耳が目立つ、13~14歳ぐらいの少女がいた。あまり失礼な言い方はしたくないが、彼女の身につけている服のようなものは明らかにボロ雑巾と同じだった。彼女は俺の存在に気付くと、ビクッと反応して数歩後退りし、距離をとる。足がガクガクと震え身を縮めながらも、彼女は俺にオドオドと話しかけてきた。

 

「誰・・・ですか? あ、あなたも私を捕まえようとするんですか・・・?」

 

そうか、この子は極限の環境の中で家族もいないまま、必死に生活してきたんだな。周りの人は敵。みんな敵。逃げて逃げて逃げまくる生活。

彼女の、薄い赤が滲んだ傷だらけの裸足が、それを物語っていた。

 

 

「いいや、違うよ。俺は君を安全な場所に匿う為にここにいる。もう誰かに襲われるような事が無いようにする為にね」

 

俺は両手を少し広げて何も持ってないことを示しながら話した。

ここで、両腕の動きが少し窮屈なことに気づく。どうやら俺は学生服のままここへきてしまったようだ。全身真っ黒な人間がいきなり目の前に現れたら誰だって警戒するのは、少し考えれば分かっていたはずなのに・・・

 

俺は不自然な様子を見せないように注意を払いながら、学生服の金色のボタンを下から順に、合計5つを外してワイシャツ姿になった。

 

「・・・」

 

彼女は何も喋らない。足の震えはまだ止まっておらず、少しよろけるような仕草を見せる。が、その目だけはしっかりとこちらを捉え、まるで「いつでも逃げられるように」といった強い意志をその中に抱いているように感じられた。

 

「ーーーそ、それじゃあ、あなたがあの神様が言っていた人なんですか・・・?」

 

神様曰く、逆転生者がこちらの世界に来る前に、ある程度の説明はしておくらしい。俺の事、これから行く世界の事、etc・・・だけど、負の感情を取り払うという事だけを除いて。

 

「あぁ、その通りだよ。君はもう安全だ。逃げる必要なんかどこにもないし、この世界は君を傷つけたりしない」

 

「・・・」

 

彼女が俯いたまま黙りこくってしまったので、切り株に腰掛けるように促す。

まぁ、最初にしては当たり障りのない会話だったかな・・・

 

 

 

 

 

 

切り株に腰掛ける彼女の隣・・・ではなく、正面に胡座をかいて座る。俺が彼女を見上げるような位置関係になる。

ふと、大切なことを思い出す。

 

「そういえば、まだ名前を言ってなかったね、俺は生明圭太郎。歳は16だ」

 

「ーーーあ・・・ざ、み、さん・・・」

 

彼女は言い辛そうにボソッとつぶやくと、しばらくしてから口を開いた。

 

「・・・私の名前は【エイブリー】っていい・・・ます」

 

名前を教えてくれないと思っていたので、彼女がーーーエイブリーが自ら名を名乗った事には少し驚いた。こちらが先に名前を名乗ったので、礼儀的な精神が働いたのだろうか。

 

「エイブリーか・・・うん。俺の名前は長いから、呼ぶ時は好きに呼んでね」

 

「ーーーじゃあ・・・あざみさん、で」

 

「うん、これから3日間よろしく、エイブリー」

 

そう言って手を差し出そうとして、止めた。まだ会って30分も経ってないのに、いきなりこれは良くないと思った。彼女も俯いた頭をもう少しだけ下げるだけだった。

 

結局会話はそこで途切れ、数分程沈黙が続いた。聞こえてくるのは、風で木々が擦れる音と鳥の囀りくらいだ。うーん、気まずいなぁ・・・

 

俺が何か話題提示をしようと頭を捻っていると、突然彼女・・・エイブリーはスンスンと匂いを嗅ぐように鼻を動かした。自転車をこいだ時にかいた汗が臭ったのかと、慌てて自分の服の襟元を引っ張って確認しようとしたが、彼女の様子を見るとどうやら違うらしい。

 

「なんだか・・・ここはちょっとだけ、居心地がいいです。私の故郷と似た雰囲気がするんです」

 

ここはそれなりの数の松の木やらなんやらに囲まれている。それに、人の手があまりついていない。エイブリーが暮らしていた里の周りの環境も、こんな感じだったのだろうか。

 

「エイブリーの里も、こんな感じだったの?」

 

「そう・・・ですね、花や木がいっぱいで、お日様のいい匂いがして、それに、みんな笑ってて・・・」

 

「・・・俺も見てみたいなぁ、エイブリーの故郷」

 

同情や哀れみの感情からではなく、素直に、異世界の自然環境を見てみたいと思った。元々植物は好きだし、木々に囲まれるのも落ち着いた気分になれる。

俺はそんな事を考えているのだが、彼女は違ったらしい。

 

「私も、もう一度見れるのなら見てみたいです・・・」

 

「ーーーッ、・・・ごめん。嫌なこと思い出させちゃったかな・・・?」

 

「いえ・・・逆に、懐かしい故郷の景色を思い出せて良かったです。目を閉じて思い出そうとすると・・・もう、綺麗な緑は見えません」

 

やってしまった。ほんとうに少しの間、エイブリーのことを忘れて異世界の自然環境のことを考えていた。そのせいで、エイブリーの傷を抉ることに繋がるような話を振ってしまった。

良い感じで話が進んできたと思ったのに、ちょっとまずいな。話の流れを変えないと・・・

 

俺は座っていた石の道に沿ってに仰向けになり寝転ぶ。ゴツゴツしているがヒンヤリとした感触のためプラマイゼロといったところだろうか。

 

「・・・こうやってさ、緑に囲まれてるとすっごい安心するんだよね。布団に包まれてるのとは違うし、お風呂に入ってるのとも違う。森林浴なんて言葉、誰が考えたのか分からないけどよく思いついたなぁ・・・って」

 

「あ、それちょっと分かる気がします。ちょっと前に、私も同じこと考えてました」

 

「あ、エイブリーも? 」

 

「・・・はい」

 

今の状態では彼女の顔は見えないが、少しだけ・・・ほんの少しだけ、声のトーンが明るくなったような気がする。

 

「あざみさんって、どういう人なのか全く分からないですけど、こういう話ができて、ーーー少し、楽しいです」

 

「そ、そうかな?」

 

「少し楽しい」という言葉を聞いて少しの安心と根拠のない自信を得たのか、俺はそこから、エイブリーに嫌なことを思い出させないように話を振っていった。


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