第三十四話 保健所始めました?
中学からの相棒であるこの自転車とも、もう5年の関係になる。俺を背負ってせっせとタイヤを転がす姿を見ると感謝してもしきれない。
そんなことを考えつつ、辺りを見回していつもと何か変わったところが無いかと探してみると、田んぼの稲が少し育っていることに気づいた。通学路は田んぼに囲まれた道路なので自然と目に入るのだが、田んぼによってまだ植えられていなかったり成長していたりと進展状況にばらつきがあるので、成長過程の変化がかなり分かりやすい。
少し横を見過ぎたと思って前を向くと、前方に人影を見つける。向こう側から見慣れたおばあさんが歩いてくるのが分かったので挨拶をする。
「ドーモ。オバア=サン。生明圭太郎です」
・・・っと、こっちじゃなかったな。俺はニンジャではない。
「おはようございます」
「あら〜おはよう〜」
いつものように、皺だらけの顔が愛嬌良く微笑むのを見送ろうとする。が、どうやらいつもと変わったところは田んぼだけではなかったようで、おばあさんに引き止められた。
「けいたろうちゃん、ちょっぐらいいかい?」
「? 何でしょうか」
おばあさんは周りが気になるらしく、チョイチョイと手招きする。俺はそれに合わせて自転車を傾けて姿勢を斜めにし、耳をおばあさんの近くにもっていく。
「おらいさお茶っこ飲みに来る白地のじいさんが言ってたんだよ。『最近圭太郎んどこでのわらすらのおだず声が聞こえる』って」
「!?」
「友達が来ているんじゃねぇか? って聞ぐど、平日の昼間に聞こえることもあんだってなぁ。けいたろうちゃんが学校さ行っとる筈の時間の時にも・・・」
・・・まずい、非常にまずい。
皆様にはもはや説明しなくてもいいだろうが、一応言っておこう。俺の家は一見日常的なただの家だが、その中には非日常が詰まっている。・・・4名程。あ、それとたまに神様が約2名。それらが他の人にバレるのはまずい。
ちゃんと静かにしとけって言ってた筈なのに、大きな声が家の外に漏れてるとは何事だ!?
と、とりあえず、ここは誤魔化さなければ・・・
「あーそうでしたかー! テレビを消し忘れてたんですねーご近所さんに迷惑をかけている事に気付かないなんて俺も駄目だなー」
「・・・? 呼び止めてごめんねぇ、学校頑張るんだよ〜」
「ありがとうございます」
多少無理もあったがセーフ。
「てなことがあって遅れそうになった」
「だからワイシャツになってるんだね」
学校に遅れそうになったので自転車を飛ばしていたら、案の定背中に汗をかいた。そもそもそれが嫌でリュックを前のカゴに入れているのに、本末転倒とはまさにこのこと。
やしもはクラスの中を埋め尽くす黒と紺の集団の中に一点の白を見つけたようで、俺がリュックを机の脇にかけた後に話しかけてきた。
その後はいつも通りの学校生活で、笑ったり面白いことがあったりもしたが、イベントも無く特筆することも無かった。
「ただいまー・・・って、ん?」
俺が帰宅すると、逆転生者4人組はゲームをしていた。本体をテレビに繋いでリモコン型コントローラーで遠隔操作できるタイプのアレだ。
俺は事実上彼らを生明家の中に閉じ込めているので、彼らが飽きないように『遊び』を提供する必要があった。そういうわけで、タンスから使わなくなってしまったそれを久しぶりに引っ張り出し、目を輝かせる彼らに使い方を教え、現在に至る。
「小春、そこの段差は走りながらじゃないと登れないよ?」
「そ、そのような事ぐらい分かっておるわ!」
「そう言っておきながら何度もジャンプの距離が足りなくて死んでるじゃない」
(あ、コインを取り忘れてる。回収しないと・・・)
楽しくやっているようなので邪魔しないようにしよう。とりあえず靴を脱いで・・・
「あっ! こら! 何故妾に甲羅をぶつけたのだ!?」
「わ、わざとじゃないわよ! 間違ったの!!」
「あー! ちょうどよく穴のところで私の事踏み台にしないでよ!」
「そこにいたそなたが悪い」
(1upの隠しブロック・・・)
「あーもう小春ズレてるわよ!」
「私のキノコとったのだれですか!?」
「妾を尻に敷いて弾き飛ばすとは無礼者め!!」
楽しくやってるのは良いんだけど、ちょっと騒がしいような・・・?
「妾もエリーもエラも死んでしまった! あとはお前だけだダレン!!」
「絶対よ!? 絶対ボスを倒してワタシ達を次のワールドに連れていきなさい!!」
「ダレン君頑張って!!」
「は、はい!!」
だが、無慈悲にも敵の攻撃はダレンの残り残機1人の命を刈り取った。
「あっ」
「「「あああぁぁぁーーー!!!」」」
「・・・」ブチッ
流石に、堪忍袋の緒が切れた。ズンズンと足を進めテレビの前で腕を組んで仁王立ちし、無言で怒りを伝える。
「「「「あ・・・」」」」
彼らの心境を代弁するかのように、背後のテレビは「マンマミーア・・・」と呟いた。
「最近近所の人が「うるさい」って言ってたのはこういう理由だったのか」
「「「「すみませんでした・・・」」」」
只今、荷物を降ろした俺の前で4人は正座中。
「俺が家にいなくてみんなの面倒を見れない間はどういう風に過ごせば良いのかなんて、常識的に考えれば簡単に分かるよなぁ・・・?」
「ひっ」
エリーが小さく悲鳴をあげる。
「そ、その・・・現代のてくのろじーとやらに感動してな、ついつい盛り上がってしまって・・・」
「お?」
「いや、弁解の余地も無い・・・」
「だ、だってしょうがなかったじゃない! あんなに面白くてみんなで楽しめる遊びなんて、生まれて初めてだったんだから!」
「お前たちが反省する意志を見せなければ、俺はこのゲームを封印するだけだぁ・・・」
「・・・悪かったわよ」ブス-
「とにかく、これからは俺がいない間の過ごし方を改めてくれ。他の人達にみんなの存在がバレるわけにはいかないんだ」
「「「「はい・・・」」」」
と、その時久方ぶりの声が聞こえてきた。
〈説教の時間は終わりましたか?〉
「ーーーあ、お久しぶりです」
前に会ったのは異世界から帰ってきた時だから、1週間振りくらいだろうか。
「今日はまたどんなご用件で? 新聞、広告、宗教の勧誘なら丁重にお断りしますが」
((((神様と話してる時点で、宗教を信じてるようなものじゃあ・・・))))
〈そんなものではありません。また貴方に、逆転生者の報告に来ました〉
「・・・!」
みんなの顔が一斉に引き締まる。いよいよ、って感じだ。
「それで、次の逆転生者はどんなお方で?」
期待半分、緊張半分でナミさんに問う。が、帰ってきた答えは予想もしなかったものだった。
〈貴方が想像しているような人物ではありませんよ。というか、人ではありませんよ〉
「・・・は? 今なんて?」
〈人ではないと言いました〉
「」(※圭太郎絶句)
こうして圭太郎は考える事をやめた・・・とか言ってる場合じゃねぇ!!
「・・・あのーナミさん、1つ確認良いですか?」
〈えぇ〉
「エリーが転生されてくる時は『俺の勘違い』てなかんじで有耶無耶にされたけど、今度はそうはいきませんよ」
〈どういう意味でしょうか?〉
「もっとまともな奴にしてくれって言ってんだよこの暇神! 駄女神!!」
「エリーの時は、
『必ずしも人間を転生させるとは言っていません』ウラゴエ-
と言われ、エルフの女の子だったから百歩譲って良しとした。その後も、連チャンで人間続きだったから気にしなくなった・・・」
「そんなことがあったんですか・・・」
「だが! もう我慢ならねぇ!! 俺みたいな一般人に言語が通じるかも分からねぇ種族を勝手に転s〈では、改めて皆さんに伝えます〉って真スルー!?」
〈今回の逆転生者は・・・『猫』です〉
「「「「「・・・は?」」」」」
みんなはもっと突拍子もないような奇想天外なのが転生されるのかと思っていたようで、至極一般的なありふれた動物の名前を聞いて逆に驚いた。
「猫・・・だと・・・?」
小春が目を丸くした。
「何が悲しくて、うちでぬこたんの面倒を見なきゃいけないんだ。保健所じゃないんだぞここは」
俺がそう言うのだが、神様はいたって静かだ。
〈訳があるのですよ。順を追って説明します〉
〈とある男の子には想いを寄せる女の子がいました〉
「ちょっと待って、それって長くなるパティーン奴?」
〈・・・いいから黙って聞いていなさい〉
〈ゴホン、その女の子は大の猫好きで、ペットの黒猫をそれはもう溺愛していたのです〉
「黒猫とは不吉だな、趣味が悪い」
「そうでもないぜ? 『ウィッチの郵便屋さん』が上映された時に黒猫を飼う人が増えた、っていう都市伝説があってだな・・・」
小春のツッコミに俺が反応する。が、神様はそれを無視して話を進める。
〈・・・ある日、男の子は女の子の家に遊びに行くチャンスをゲットしました〉
〈男の子と女の子の会話は弾み、仲も上々。雰囲気も悪くありません〉
〈が、不注意で女の子の飼っている黒猫が家から飛び出してしまいます〉
〈泣き噦る女の子の姿を見た男の子は、一緒に探そうと提案します。2人は猫を探し始めました〉
〈そして遂に、2人は猫の姿を捉えます。しかし、その猫が道路を横切ろうとした時に横からトラックが・・・トラックのスピードは落ちず、そのまま猫へと・・・〉
「ま、まさか・・・」
エリーが我慢できずに口を開く。
〈男の子は猫を助けようとして飛び出しました〉
〈・・・ですが、男の子と猫はトラックと衝突し2つの命は消えてしまいました〉
〈男の子は内臓器官などに多大な衝撃を受けて即死、猫は体に怪我はないものの、ショック死でした〉
「そんな・・・」
エリーが口を手で覆う。
「折角勇気を出して飛び出したのに・・・残念な話ね」
エラも、男の子を可哀想に思っているようだ。
「それで、何で今回の逆転生者が猫になるんですか? この流れだと、男の子と猫の死を目の前で見てしまった、女の子の方になると思うんですけど・・・」
ダレンが神様にそう言う。確かに的確な質問だ。俺もそう思う。
〈この話には続きがあります〉
〈若くして勇気ある行動をとった男の子を哀れんだとある神がいましてね、その男の子に転生の話を持ち出したのですよ〉
「ほぉ・・・」
小春が興味深そうな顔をする。
〈すると男の子は、「自分はどうなってもいいから、あの猫を死なせないで」と、その神に頼んだのです〉
「なんとまぁ健気な・・・」
珍しく小春が感心している。
〈その神はそれを承諾しました。男の子が老死するまでに残されていた寿命を猫の寿命に合わせる為切り取って短くし、余分な寿命を生命エネルギーへと変換しそのエネルギーを使うことで猫を蘇生させました〉
〈そして、男の子の魂は輪廻転生の輪から抜けることなく、その猫の体に入りました〉
「1つ質問。そもそも、それってやって良いことなんですか?」
俺はそこが気になったので聞いた。
〈ーーーあまり良い事だとは言い切れません〉
〈ですが、男の子が望むようにしたこともまた事実です〉
〈こうして、男の子の魂は約半分の記憶を消去されて生き返った黒猫へと転生しました〉
「ここまではただの複雑な気持ちになる物語だな。だけど、なんでその猫はこの世界に来る事になったんだ」
〈せっかちな人ですね、まだ話は終わっていません〉
神様の言う通り本当に話が長引きそうだったので、みんなをリビングのテーブルの周りに座らせ、神様もその近くに腰を下ろした。
〈男の子の葬儀がされ、奇跡的に助かった猫はその後いつも通りに女の子の家で暮らします〉
〈ですが、ここで問題が生じます〉
〈男の子の魂が入った猫は頻繁に家を出るようになりました。そして帰ってくる度にボロボロになっているのです〉
「それは、どういう理由からなんですか?」
ダレンが問う。
〈猫が持つ社会性や行動パターンなどに馴染めず他の猫からハブられた、と言えばいいでしょうか〉
「成る程な。約半分の記憶を消去されたとはいえ、生前は人間。それが次の日には猫になってるんだから、猫の礼儀や社会が分からないのも無理ない」
〈時には大怪我を負って帰って来る事もあり、命を落としかねないような状態が何度も繰り返されました〉
〈つまりそれは、男の子の魂を猫の身体に入れた事により本来猫が全うするべき寿命が尽きかけている、という事です〉
〈一度神が手をかけた魂の寿命が再度、何らかの要因によって変わってしまう事は世界のバランスを崩す事に繋がります〉
〈男の子の魂の寿命を猫の寿命に無理矢理合わせたので、男の子の魂は猫の寿命を全うしなければなりません〉
「うーん・・・何だかややこしい話ですねぇ・・・」
エリーはそう言って頭を抱える。
「要するに、きゅうりをちくわの長さに切って穴に突っ込むのは良いけど、きゅうりが短くなったからちくわも短くする、っていうのは駄目だって事だろ?」
「逆に分かりにくくなっているではないか」
「ぐっ・・・」
「男の子の魂は猫の寿命に合わせて生きなければいけないのにそれが危うい状況になってる、ということですか?」
〈今のダレンさんの説明は合格ですね。貴方の説明は及第点といったところでしょうか(笑)〉
「後ろに(笑)をつけんじゃねぇよ! つーか、ナミさんが最初からダレンくらい分かりやすく言えば良かったんじゃ・・・」
「「「「・・・」」」」ジ-
俺のその一言で4人はナミさんを見つめる。
〈・・・〉
〈土曜日の正午に熊野神社の鳥居へ転生させます。
汝らに神の加護があらんことを・・・〉
神様は消えるようにいなくなった。
(((((絶対的誤魔化した・・・)))))