億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

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第三十三話 異世界からの帰還

エラとダレンをこの世界に帰してやりたい。が、目の前にいる両親はそれを拒んでいる。

 

ーーーあ、それじゃあ・・・

 

「なら、エラとダレンをギ・・・ッ、いや、忘れて下さい」

 

『エラとダレンをギムレットのメンバーに入れてもらうのは?』と言おうとしたが、言い終わる前に言葉が詰まった。

アニメとかラノベとかでよくある話だからそう提案しようとしたが、浅はかな考えだった。

確かに、エラとダレンがギムレットのメンバーになればある程度の身の安全は保障されるだろうし、自分達の身を自分達で守れるだけの力を得るだろう。

・・・けど、自分達を苦しめてきた国を倒すことが目的の組織に入れば、それはもう復讐になってしまう。きっと人を殺すことにもなるだろう。

仮に、そうする事でアルビノの皆さんが平和に暮らせる世界を手に入れたとしても、そうなるまでにあの2人は何度手を汚せばいいのだろうか。ハンナさん達はそんな事を望んではいない筈だ。

ただでさえ幼少の頃から壮絶な人生を送っていたのに今度はその原因を作った奴らを倒すなんて、そんな酷いことをさせたくない。手を汚させたくない。・・・それを実の両親がやると言っているのだから。

 

俺自身の願いとしては、ハンナ一家に全員で幸せな暮らしを送ってほしい。が、今の状況では無理だとも薄々分かっている。神様のご都合主義力も使えない。タイムリミットも迫っている。2人の両親は、自分の子供達を守るために自分達に出来ることをすると言っている。

・・・もう、俺が口を出せることは無いだろう。

 

 

 

 

 

 

「・・・分かりました」

 

「・・・!」

 

「お二人が・・・アルビノの皆さんが平和な暮らしを取り戻すその日まで、俺が責任を持ってあの子達を守り抜きます」

 

「ありがとうございます・・・!!」

 

これで良いんだ。完全に納得したわけじゃないけど、これが今の最善策だと信じたい。いや、そう自分に言い聞かせることしかできない。

・・・けど、今2人を帰せなかったら、もう・・・

 

(クロノス、聞いているんだろう。そこんところは?)

 

《ナミちゃんから言われてるとは思うけど、基本的には3日間で送り返さなきゃいけないの。それをオーバーしてしまうと、それが出来なくなっちゃうんだ。交わるはずの無い2つの世界を長い間繋げていると、それもバランスを崩す原因になるんだよ》

 

(やっぱり無理か・・・んじゃ、今エラとダレンを帰せなかったら・・・)

 

《・・・うん、残念だけど・・・》

 

ハンナ夫婦はいつか2人と会えることを願って、俺に2人を託した。なのに、もう会うことは出来ない。・・・なんて皮肉な話なんだ。

 

「ーーークソッタレ」

 

《けー君・・・》

 

(・・・この世界にいられるのはあとどのくらいだ)

 

《もう10分もないよ》

 

この世界に来て二度目の、己の無力さを激しく恨んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「話は済んだかしら」

 

「あぁ」

 

ギムレットのメンバーは既に退却する準備を終えており、役所の外に並んでいる。建物の入り口の両脇に建てられた松明の灯りが彼らを背後から照らし、その影がこちらに向かって伸びている。辺りは既に夜になっていて、空を見上げてもぼんやりとした雲があることしか分からない。

 

「・・・あなたに、話があるわ」

 

唐突に、アルベルティーナさんが俺にそう言ってきた。

 

「・・・聞こう」

 

「ーーーあなた、ギムレットのメンバーになる気はない?」

 

この時はもう心と体が激しい疲労に押しつぶされそうで、正直に言って膝が折れそうだった。だが、この言葉を聞いて、俺はまだこの世界で乗り越えなければならない、俺の自業自得で出くわした大きな壁がある事を再確認した。

 

 

 

 

 

 

「それは・・・スカウトってことか?」

 

「話によれば、あなたはうちのメンバーとやりあったらしいじゃない。実力は認めるわ」

 

ただ必死こいでがむしゃらに逃げ回ってただけなんだが。

 

「単独であんな所まで侵入するくらいだから、度胸もスキルもある。この国の政治をよく思っていないのも分かる」

 

「・・・」

 

「もう1つ理由をつけるとするなら、あなたに私達の存在が知られてしまったからかしら。あなたを疑う訳じゃないけれど、どこから情報が漏れるか分からないわ。ならいっそ、こっちに引き込もうって話よ」

 

臭いものには蓋をしろ、か。

 

「・・・それを俺に直接言うって事は、『No』と言わせないって事か?」

 

「さぁ? 想像に任せるわ」

 

アルベルティーナさんがそう言うと、後ろに控えるメンバー達がそれぞれの得物を手に構えた。

・・・それが答えってか。

 

「・・・確かに、俺はこの国の政治を良く思ってない。アルビノの人達には平和に暮らしてほしいと思う」

 

「なら、答えは「けど・・・無理だ」・・・」

 

「ーーー理由を聞かせろ」

 

シルビオが聞いてきた。

 

「こんな独り身の寂しい人間にも、帰るところがある。さっき、ハンナ夫婦に子供達を託された。自分達が平和な暮らしを取り戻すまで守ってくれ、とな」

 

「どうしても?」

 

「俺の肩には、子供達の命が乗っている。落としてもアウト、俺が死んでもアウトだ」

 

「何が何でも、俺は死ねないし、帰らなきゃならない」

 

勿論、ハンナ姉弟だけではなく、エリーと小春もだ。

俺は高校2年生のちんちくりんだが、この4人の安全にそんなことは関係ない。みんなのこれからの暮らしと安全を作り、見守る為には、あの家に・・・元の世界に帰らなければならない。

 

「・・・」

 

「姐さん、どうなさるのですか」

 

バルトロさんが、アルベルティーナさんに問い掛ける。まるで、「こっちはもう準備は出来ている」というように。

 

「・・・あなたは他の国から来たと言ったけれど、それは具体的にどこかしら」

 

ぐ、痛いところを・・・

 

「それは言えない」

 

「何故?」

 

「あんたの言葉を借りるなら、『あなたを疑う訳じゃないけれど、どこから情報が漏れるか分からない』からだ。俺は何としても、あの2人を守り抜く義務がある」

 

「・・・意地悪な人ね」

 

「お互い様だ」

 

依然として、アルベルティーナさんの後ろにはギムレットのメンバーが控えている。今の俺の状況はまな板の上の鯉、蛇に睨まれた蛙、といったところだろうか。何とかして抜け道を見つけたい。このままでは、強制的に俺の足元に次元の穴が開き、その瞬間を見られてしまう。

 

「・・・・・・分かったわ」

 

「・・・!」

 

「残念だけど、諦めてあげるわ。子供達を託されたと言われては、無理やり連れて行けないわ。それに、気分が悪い」

 

想像していたよりも早いタイミングで彼女は折れてくれた。

 

「・・・恩にき「だけど」・・・?」

 

「交換条件があるわ。それを飲まなければ・・・分かっているでしょう?」

 

「・・・聞こう」

 

「私達の前から去る代わりに、あなたの名前を置いていきなさい」

 

げっ、そうきたか。・・・どうしよう、普通に『生明圭太郎』っていうとめちゃくちゃ遠くの国から来たことになっちゃうし、ここは適当にそれっぽい名前を考えなければ。

アルベルティーナ、バルトロ、シルビオとくれば・・・

 

《けー君! あと1分切ったよ!!》

 

(アルベルティーナ・・・バルトロ・・・シルビオ・・・)

 

(ーーーアルティナ)

 

何か特別な意味があった訳ではないが、聞き慣れたようにフッと浮かんだそれっぽい名前を声に出した。

 

「ゴホン・・・俺の名前は、『ジュスティーノ』だ」

 

「え・・・」

 

「さようならだ。今度会う時は、暗いやつじゃなくてもっと楽しい話をしよう」

 

「あ、ちょっと!」

 

究極戦線離脱術、にげる!! けいたろう は にげだした!

 

 

 

 

 

 

《いや〜ギリギリだったね〜! こっちもドキドキしちゃった!!》

 

「そんな楽しそうに言うなよ・・・」

 

ここは、以前ナミさんに平安時代へ飛ばしてもらった時の場所と同じようなところ。ただその時と違うのは、俺の体に実体があることだ。

 

《『ジュスティーノ』なんて、なかなか洒落た名前を思いついたね。たまたま?》

 

「あぁー・・・うん。あの時はなんで名乗ればいいのかよく分からなくて、パッと適当に思いついたのを言っただけなんだ」

 

《ていうかけー君も無茶苦茶しすぎだよ。アタシはけー君が言い伝えの真相を確かめるっていうから寛大な心で君を飛ばしてやったのに、いつの間にか国家に反乱してるんだもん》

 

「あぁ、俺は無茶苦茶だからな。・・・と言いたいところだが、さすがに調子に乗った。迷惑をかけてしまって申し訳ない」

 

《まぁ、面白いものが見れたから結果オーライなんだけどね〜♪》

 

肩の荷が下りて朗らかな雰囲気になった空間に、そいつはやってきた。予告も無く、音も無く、気配も無く、そいつはクロノスの背後にいた。

 

〈その面白いものを、私が見逃すとでも?〉

 

《「あ・・・」》

 

 

 

 

 

 

「ズビバベンベジダ・・・」(※訳:すみませんでした)

 

思い出したくないのであまり詳しくは言わないが、あの後ナミさんの神力(物理)でボコボコにされた。ビンタされて顔中が膨れ上がり、視界もはっきりしないしまともに話すことも出来ない。

 

《あ、あはは〜。やっちゃった♪》

 

〈クロノス、こういう事を1人の神の判断で勝手に行う事が問題なのは、他でもない貴女が一番良く知っていた筈でしょう〉

 

《あ、アタシは脅されたんだ! けー君に、『もし俺の言うことを聞かなかったら、そのエロい羽衣をあ〜れ〜と引き剝がし、押し倒す』って獣のような目で言われて・・・!!》グスン

 

(そんな事言ってねぇよ!!)

 

というか、自分の服がエロいっていう自覚はあるんだな。

 

〈見え見えの嘘を吐くのは止めなさい。この人がそのような事を言わないのは分かっています〉

 

(良かった・・・)ホッ

 

〈さて、説教も終わりましたし、元の世界へ帰りましょう。エイブリーさん達が待っていますよ〉

 

こうして、俺の初めての・・・波乱に満ちた異世界での奮闘は、俺の心の中に小さな達成感と、それを飲み込む様な激しい怒り、後悔、やるせなさを孕んで幕を降ろした。

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

「へぇ〜。あのおじさん、ジュスティーノさんっていうんだ。かおににあわないなまえだね」

 

「ーーー姐さん。あの男は・・・」

 

バルトロはアルベルティーナの背中を見ることしかできなかった。

 

「・・・ジュスティーノという名前は別に珍しくないわ。ごくごく一般的な普通の名前。でも・・・」

 

「姐さんは、以前あの男と会った事が?」

 

バルトロは自身が見当違いのおかしな事を聞いていると分かっていても、その質問をせずにはいられなかった。

 

「いえ、完全に初対面よ」

 

「ですが・・・」

 

「・・・まぁ、生きていればこういう事もあるわよ」

 

「顔も体格も人種も違いますが・・・それでも・・・」

 

「バルトロ。私は神様を信じていないわ」

 

彼女はバルトロを少したしなめるように、自身に言い聞かせるように、そう言い放った。

 

バルトロは懐かしさを抱きながら、胸にこみ上げる形容し難い感情を少しでも紛らわせる為に、言葉に乗せてそれを体の外に出した。

 

「旦那様・・・」

 

アルベルティーナは空を見上げながら、バルトロに背を向けていた。

 

(ジュスティーノ・・・)

 

バルトロは、アルベルティーナが見ているものは自身が見ているものと同じなのだと、その背中を見て悟った。

夜の闇で輪郭がはっきりとしない雲の上、彼女が見上げる空のその先に・・・

 

(ーーージュノ・・・)

 

 

 

 

 

 

時計を見ると、もう深夜の0時を回っていた。俺の帰りを待っていたのか、エリーと小春とエラとダレンはリビングの床に倒れて、布団も何も掛けないで寝ていた。

随分と久しい光景だ。たった1日向こうにいただけなのに、とても懐かしく感じる。

 

「ん・・・んぅ・・・」

 

エリーが寝返りをした。

きっとみんなは、眠くなっても我慢してたのだろう。目の周りを擦った跡がある。お風呂にも入ってないようだ。

そして、待ってくれていたみんなの為に最後の一仕事。みんなを寝床に移動させなければ。

 

 

 

 

 

 

エリーと小春を運び終えてエラとダレンの顔を見ると、ハンナ夫婦の顔が浮かんで、胸のあたりがキュウッと引き締められた。

俺はこれから・・・一生、この罪を背負っていくんだ。

あの2人に一生会えないまま、許されないまま、謝れないまま。

この2人とこれから先も暮らし、この子達が知らないまま。

 

ーーー守るって、難しいなぁ・・・

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ら! ・・・きて! 起きなさい!!」

 

「グヘァ!!」

 

朝。俺を起こしてくれたのはスズメの鳴く声ではなく、身体中に広がるパノラマ・・・でもなくて身体中に伝わる衝撃だった。

 

「休みの日だからって、何時まで寝てるのよ! もう9時よ9時!!」

 

「だって、昨日はめちゃくちゃ疲れたんだもん・・・」

 

「グダグダ言わない! ほら起きて!!」

 

そう言って、俺のお気に入りの茶色の毛布を俺の手から引き剥がした。布団に包まれていた上半身があらわになった。

 

「ていうかさ、起こしてくれるのはありがたいとしても、マウントポジションをとるのを止めて欲しいんだけど」

 

「あら、嬉しくないの?」

 

「馬乗りされて首を絞められた事がある人にされても・・・」

 

「あっ・・・」

 

しまった。エラが気にしている事を言ってしまった。俺としては少し皮肉を言うくらいの気持ちだったが、完全に失敗だった。

 

「ははは、悪い悪い。起こしてくれてありがと。体を起こすから避けてもらえる?」

 

エラはすぐに避けてくれた。

 

この後、朝ご飯をみんなで一緒に食べながら、俺は向こうの世界の国政、言い伝えの真実について話した。そしてその政治が転覆するのにはまだまだ時間がかかるから、この家で引き取る事になったと説明した。

エラとダレンの間にはもうわだかまりは無く、2人で支え合って生きる事を再度俺に伝えた。この世界で生きていくことにも、不安は感じていないらしかった。

そして、俺が見た事、聞いた事、知った事の全てを伝えた。

・・・ギムレットと、エラとダレンの両親の存在を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ーーー何故、ハンナ姉弟を見つけた時に気付かなかったのでしょうか・・・もう二度と、行く事は無いと思っていたのですが・・・〉

 


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