億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

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第三十一話 ギムレット

見張りの制服に着替えて物陰に隠しておいた作業着を丸め、脇に抱える。ポーチも手に取る。

短髪の男性は檻の中のアルビノの皆さんの鎖を斧で断ち切り始めた。4人目のが終わったところだ。

 

・・・なんかもう、何も策がないとか俺1人じゃ何も出来ないとかこの世界にいられるタイムリミットが迫ってるとか、面倒くさくなった。

この際、思いっきりはっちゃけて、ドンパチやらかしてやる。

 

 

 

 

 

 

石の螺旋階段を登りながら作業着のポケットに手を突っ込む。

取り出したのは、家から持ってきたトイレの消臭スプレーとライター。

・・・ん? なんでさっき煙草に火をつける時に、そのライターを使わなかったのかって?

それには訳があるんだよ。雑貨屋さんをぐるーっと一周してみても、マッチしかなかったんだ。だから、あ、この世界にはライターが無いんだなって思って、わざとマッチを使ったんだ。

やっぱり、こっちの文明の利器を迂闊に使うと色々とまずいよね。

 

消臭スプレー缶に『火気厳禁』と書かれたのを確認し、シャカシャカと振る。ライターの火にスプレーを当てれば、即席のミニ火炎放射器の完成だ。

これでこの建物中に火をつけてパニックを起こす。その間にアルビノの皆さんが脱出するっていう作戦だ。

試しにここでちょっと試してみよう。

長く出し過ぎて缶内の内容物に引火しないように、シュッシュッシュッと短い間隔で出してみる。狙い通りスプレーはライターに当たったところから赤い炎となり、30cm先まで伸びた。上出来。さぁ、暗い街中に大きな明かりを灯してやるぜ。

・・・良い子は真似しないように。

 

 

 

 

 

 

頭の中でのイメージは出来た。あとはその通りに自分の体を動かすだけ。

ーーーと意気込んだ次の瞬間、上の方から物凄い音がした。それが爆発音だと気づくのは簡単だった。

あまりにも急な事だったので慌てて姿勢を低くし、耳を塞ぐ。それは辺りの空気を震わせ、建物を揺らす。

爆発音は何度も鳴り響き、その度に足元がグラグラと揺れる。焦げ臭い匂いがここまで漂ってきた。どうやら、最初の爆発で他の火薬が誘爆しているようだ。

 

一体、何が起きてるんだ・・・?

このまま階段を登りきり外に出る事に不安を覚える。つーか、外で爆発音が鳴り響いてるのに出て行きたい人なんていないでしょ。

だが、俺のいる石の螺旋階段からは土埃と小石がパラパラと落ちてきた。

 

・・・あれ、もしかしてこれ、崩れんじゃね・・・?

 

予想は正しかったらしく、先程のような横揺れではなく縦揺れで足元が沈む感覚がする。

 

前言撤回! 早くお外に出たいなーーー!!

 

そこからはもう全力。階段を2段飛ばしで駆け登った。幸いな事に、階段は崩れなかった。

 

 

 

 

 

 

扉を開けると、花火をした後のような匂いがそこら中に広がり灰色の煙が視界を埋め尽くしていた。入ってきた入り口の方を見ると、大きい方の扉が倒れてガラ空き。扉の中心部分は大穴が空き、木片が辺りに飛び散っている。

先程までの爆発はこの扉を破壊するためのものだったようだ。

中にいる見張り達はパニックになっており、何十人もの赤い服を着た人々が煙たいエントランスの中をあちらこちらに走り回っている。

そのうちの1人が慌てた顔で俺に聞いてきた。

 

「おい! 一体何があったんだ!?」

 

「え、えぇと、正面の扉が何者かによって爆破されたようです」

 

「何だって!? すぐに上に知らせなければ! お前はここの防衛だ! 訓練通りにやれ!!」

 

「は、はい!」

 

その訓練を受けていない件。

 

って、ちょっとヤバくね? 深夜に役所の扉を爆発させてぶち抜くような野蛮な集団が今からここに入ってくるってことだろ? そして俺はここの防衛をしろと言われたんだろ? ・・・イヤイヤイヤ、無理だって!

確かに服装はここの服だけど、俺自身は関係無い人だから隠れさせてもらうおう。

 

どこか隠れられる場所は無いかと辺りを見回すが、駆け回る人達のせいで中々見つけられない。

そんな怒号が飛び回る中に、「グアッ!」「助けてくれ!」「何だこいつらは!?」などの悲鳴が混じり始める。・・・どうやら俺は少し遅かったようだ。

 

「オラッ! くたばれ!!」

 

後ろから乱暴な言葉が飛んできた。慌てて上体を反らして回避。振り返った先にいた男は20代かそこらで、警棒のようなもので俺に殴りかかってきたらしい。

 

「ヘッ! ボサッとしてる場合かよ!」

 

「ウチの手柄ー!」

 

今度は右側から威勢のいい女がこの男と似たような鈍器で俺に襲いかかる。もう何が何だか分からず、とにかくこの蛮族共から逃げ延びようと必死に避ける。

 

「全く・・・大声を出して相手に襲いかかる馬鹿は引っ込んでいなさい」

 

お次に登場したのは長身で細身の眼鏡をかけた男性。手にしている得物はレイピアのような細長い刀。

なんて悠長に分析してる場合じゃない! あんなので突き刺されたらひとたまりもない!!

 

「いや、俺はここの人じゃな・・・うわっ危ね!?」

 

三段突きをしゃがんで回避し、長い脚の間の股下を前転で潜り抜ける。起き上がったらすぐに横っ飛びでその場から離脱。

この人達殺る気満々だ!?

 

「さっきからちょこまかと逃げやがって面倒くせぇ、とっととくたばれや!!」

 

今度は小太りのおじさん。一瞬何も持ってないように見えたが、その両手にはキラリと光るメリケンサックのようなものが。・・・もう勘弁してくれ。

 

「だから、俺は関係者じゃないんだ・・・っておわっ!?」

 

繰り出された右ストレートを左手でバチンと大きな音を鳴らしながら辛うじて逸らし、左フックを転倒御構い無しの後ろ跳びで回避。左手の手首から先の感覚が薄い。

 

「おい! そっちに行ったぞ!!」

 

「分かった〜♪」

 

後ろから聞こえてきた声の主を確かめようとして振り返ると、そこには小柄の女の子が。その顔は笑っているのだが、その小さな手に握られている馬や牛や豚の肉を断ち切る時に使うような物騒な包丁から、誰のものかも分からない血が滴り落ちてるのをみてサッーっと血の気が引いた。

 

今の自分はバックステップをとりながら首から上だけを回して後ろを見ているので、首元と背中がガラ空きの無防備な状態だ。その子は既に包丁を振り降ろそうとしており、身体の向きを直してから避けようとしても俺のお肉をスパッと断ち切られる未来しか見えない。真剣白刃取り的なことをやろうとも考えたが、さっきから左手が引きつったままで言うことを聞いてくれないので、その考えは即座に破棄した。

 

俺は後ろ向きのまま少女の方に倒れこみ、頭を撃たないように受け身を取る。少女はしめた、と思って倒れた俺にそのまま包丁を振り降ろすが、後ろに倒れる反動で両足を揃えながら頭上まで上げて、靴と靴の裏でそれを受け止める。包丁を両足の靴の裏でしっかりと挟み、足の力を使って捻りつつ少女の手から乱暴に引き剥がして遠くに飛ばす。靴底の厚いのを履いてきて正解だったぜ。少しスカートの中が見えたが、今はそんなことを気にしてられない!

 

・・・というか、服という言葉で少し考えた。今着てるこの見張りの服を脱いで、元々着てた作業着に着替えれば標的にならないんじゃね?

 

こちらからは何もしないのに一方的に襲われる事への苛立ちを抑えながら、見張りの服を脱ぎ捨て脇に抱える作業着に着替えようとする。

しかし、今はおそらく無力化したであろうこの女の子をどうにかしなければ。まだ何か危ないものを持ってるかもしれない。

 

「ちょいとごめんよ」

 

「キャッ!」

 

寝たまま女の子の足首を掴み、こちら側にぐいと引っ張ることで体勢を崩した。女の子はそのまま尻餅をつく。

 

「いった〜〜〜い!」

 

(罪悪感がぱねぇ・・・)

 

問題のある絵面だが仕方なかったんだ。

端から見れば、眼鏡をかけたおっさんが仰向けの状態で幼女のスカートの中を覗きながら足首を掴んで転ばせるという社会的に問題大アリの状況だが、こちらからしてみれば包丁を手放させた相手を出来るだけ怪我させないように対処したつもりだ。・・・正当防衛だ。

 

すぐに体を起こしてその場から離れ、人混みに紛れながらズボンを履き終わり上を羽織ってあとは前のチャックを上げるだけというところで、肩を勢い良く掴まれた。そしてそのまま後ろに引き倒される。自分の両手はチャックを掴んでいたので、咄嗟のことで受け身を取れずに後頭部を強打。見上げると、白髪のガタイのいい老人だった。

その老人は手に何も持っていないが、そのガタイを見るだけで武術に長けた人なのだと察しがつく。

・・・あ、これ詰んだわ。

 

 

 

 

 

 

「・・・さぁ、今の内に着替えを済ませて下さい」

 

「え?」

 

「身体を寝かせていれば煙に紛れて見えないでしょう。あの者達がここに来ても私が追い払いますから」

 

なぜか俺に親切な対応をしてくれるこの老人に心の中で感謝し、ファスナーを上げて着替えを完了する。

すると、ハイヒールで地を踏むようなコツコツという音が、俺が横になっている床を通して聞こえてくる。今度はどんな危険な人が来るのかと思ったが、老人は音のする方向に向かって頭を軽く下げている。

いつの間にか辺りは静まり、役所の中にいた人間は全員倒れている。俺に襲いかかってきた人達も攻撃の手を休め、老人が頭を下げる方向を見つめている。

 

煙を割って現れたのは、黒いロングドレスの女性。

俺はその顔に見覚えがあった。

 

 

 

 

 

 

「お前達、ご苦労だったね。手間はかからなかった?」

 

ロングドレスの女性が労いの言葉をかけるが、当人達は不服そうだ。

 

「大体の奴はチョロかったけどよ、1人だけ面倒クセェ奴がいたな」

 

鈍器を振り回していた若い男が答える。

 

「あ、それウチも見た!」

 

その男と似たような鈍器を扱っていた女もそれに続いて答える。

 

「自分もです」

 

今度はレイピアで突いてきた細身で長身の男性が。

 

「ワタシ、そのおじさんに転ばされた〜!」

 

俺が転ばした幼女も。

 

「んん? あぁ、あの眼鏡をかけた奴のことか。結局アイツは誰がやったんだ? おやっさんか?」

 

メリケンサックをはめた小太りの男性は、全員に覚えがないので白髪の老人に問いかける。

 

「いえ、私ではありませんし、他の誰でもありません」

 

が、老人も否定する。

 

「どういうことだ?」

 

老人に問いかけた男性が分からないという顔をする。

 

「・・・もう起き上がっても大丈夫ですよ」

 

そう言われたので、おずおずと身体を起こし立ち上がる。

 

「あ! テンメェ!! まだくたばってなかったか!!」

 

すると、若い鈍器を構えた男が再び俺に飛びかかってくる。

 

「・・・」

 

「あびゃっ」

 

が、俺と男の間に立った老人の拳は男の顎を的確に捉え、瞬間的に意識を刈り取った。

 

「この男性は政府の人間ではありません。この体格、顔、服装に見覚えはありませんか?」

 

「ん〜・・・? あ! 昼間酒場にいたじゃん!!」

 

女は眉間にしわを寄せながら俺の顔を凝視し、俺に向かって指を指してきた。

 

「・・・え? 昼間に・・・酒場・・・?」

 

「まさか、本当にここに来ているとは・・・」

 

太った男は未だに手を顎に当てているが、長身男性は片手で顔を覆い、やれやれと溜息をつく。

 

ロングドレスの女性はコツコツと音を鳴らしながらこちらに近づいてくる。

・・・やっぱり、どこかで見覚えがある。この世界で見覚えがあるってことは・・・酒場?

 

「もしかしてあんた、昼間の酒場の店主か・・・?」

 

「その通り。多く貰った釣りを返しに来たのよ。・・・っていうのはオマケだけどね」

 

「ーーー昼間のミステリアスな雰囲気とは違って髪をかき上げたスタイルだったから、すぐに気付けなかった。どうしてまたこんなところに?」

 

「それは私の台詞よ。・・・まぁ、その質問に答えるのも兼ねて、自己紹介させてもらうわ」

 

「私達は反政府組織『ギムレット』。そして私の名前はアルベルティーナ。このギムレットの頭をやってるわ」

 

「反政府組織・・・ギムレット・・・」

 

「ここにいるのはそのメンバー。あなたが飲んでいた時に店の中にいた人間は全員、ギムレットのメンバーよ。もちろん、あなたにドリンクを作ったこの老人、バルトロもね」

 

そう言われてみれば、ここにいる人間の顔は酒場で見たような気がする。カップル、読書をしていた男性、テーブルに突っ伏していた男性など、確かにあの時酒場にいた。

 

 

 

 

 

 

・・・1つだけ思ったことがある。

俺は、またしても首を突っ込んではいけないところに突っ込んでしまったようだ。


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