頭の中に聞こえてきたその声は、俺をこの世界に飛ばしてくれた神様のものだった。
《けー君、お取り込み中悪いんだけど、ちょっといい?》
こういう時の意思疎通はもう慣れた。
(いつからそんなに親しげなあだ名で呼ぶようになったんですか。・・・まぁ、悪い気はしませんから良いですけど。で、どうしたんですか?)
《ハッキリ言うとね、そろそろ限界かも・・・》
(・・・? 何がですか?)
《けー君がそっちにいられるのが》
(え!?)
最悪のタイミングで最悪の知らせが届く。泣きっ面に蜂とはこのことか・・・なんて言ってる場合じゃない!
エラとダレンの両親と会い、アルビノの皆さんにも信用してもらったのにこのまま何も出来ずに帰るなんて、真っ平御免だ。
《やっぱ、死んでもない人を勝手に飛ばすのってマズかったみたいでさぁ、そろそろお偉いさんに見つかりそうなんだよねぇ・・・もちろんナミちゃんにも》
(そこをなんとか! このまま俺が帰ってしまったら、一体何をしに来たんだって話になるだろ!!)
《それはアタシも十分理解してるよ。けど、何かいい方法は見つかったの?》
(それは・・・)
クロノスは諭すように続ける。
《ただでさえこの世界にけー君っていう『不純物』を入れてるのに、これ以上アタシが勝手に手を加えると世界のバランスが崩れちゃうよ。残念だけど、アタシがこの世界でできるのはもう、けー君を元の世界に帰すことだけ》
文字に書いたような絶対絶命。
そもそも、俺みたいな何も知らないガキがこんな所に来た時点で、出来ることはたかが知れていたのか・・・?
・・・いや、まだ諦められない!
様々な打開策を考えるが、どれも上手く行きそうにない。
クロノスがこれ以上介入出来ない以上、神様的な力でご都合主義になることも無い。
正真正銘、生明圭太郎という1人の人間が持つ力だけでなんとかしなくてはならない。
悔しくてたまらなくなり地面を殴る。アルビノのみんなが俺に向ける淡い期待の目が痛い。信じてもらえて、両親はエラとダレンの無事を涙を流すくらい喜んでくれたのに、俺はこれ以上何も出来ないのか・・・?
作戦も底が見え始め、白旗を上げる事が出来ない戦いの選択肢がだんだんと絞られていく。
頭の中はもう訳が分からなくなり、爆発寸前。
汗が顔を濡らし、焦点も定まらない。
檻の中の全員が俺を見る中、1人の声がやけにはっきりと響いた。
「・・・ありがとうございます。もう・・・いいんです」
俺の心に突き刺さったその言葉は、父親から発せられたものだった。
「もう・・・いい・・・?」
俺は震える声で同じ言葉を繰り返す。
「思えば、子供達を保護し育ててくれた人が危険を顧みずにこんな場所まで来てくれる事自体が奇跡なんです。その後に自分たちの事もどうこうして貰おうだなんて、都合が良すぎますよね・・・」
父親の、ハハハ・・・という乾いた笑いが狭い部屋の中で響き渡る。
母親も、俺を見ながらこう言った。
「改めて、ダレンとエラを助けてくれてありがとうございました。・・・お願いがあります。子供達を、決してこの国へ入れないで下さい。この国でのアルビノの扱われ方は、今後変わる見込みがありません。せっかく死に物狂いで逃げ出せたのに、またこの『地獄』に戻ってしまっては本末転倒です」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! エラとダレンの両親はあなた達だ! 2人の面倒を見るのは俺じゃない、あなた達でないと駄目なんだ!!」
すると父親は俺の肩を掴んで、首を横に振った。俺はその行為の意味するものが分からず、固まってしまう。
「自分たちにはダレンとエラを守れる力がありません。だから・・・」
母親がそれに続く。
「・・・私達夫婦の代わりに、あなたが子供達を守って下さい」
「そんな・・・!」
なんてことだ。この夫婦はもう、自分たちが助かることを諦めている。その代わりに、出会って間もない目の前の男、自分達はそうだと知らない『嘘の存在』に縋っている。
何も出来ない苛立ち。
己を偽り、みんなを騙している罪悪感。
状況を打開出来ず、助かる事を諦めた人達を前にした絶望。
・・・もう、俺の心が持たなかった。
「おい」
ふと、短髪の男性が俺に声をかけた。俺はもう返事をする気力も残っておらず、ただ俯いたままだった。
「オレはアンタを信用すると言った。だが、この状況がどうにもならないのはアンタ含めてこの場にいる全員が分かってる。・・・だからせめて、地上に出た後でも俺たちの事とこの国の闇を忘れないでくれ」
「国の・・・闇・・・?」
「あぁ。あんたも知りたかったんだろう? 何故胡散臭い言い伝えが信じられているのか? 何故アルビノがこれ程までに毛嫌いされ、囚われ、なのに子供のアルビノは街へ放されるのか?」
「・・・なんで・・・それを?」
「元々はそれを知るためにこんな所へ来たんだろ? だから教えてやるって言ってんだよ。それをアンタに伝えるから、地上に出た後にみんなに伝えてくれ」
俺の返答を待たずに、男性は話を続けた。
「この国は近々近隣国と争いを起こす事は知ってるな? 戦いに勝つためには兵力は勿論、国の自給率などを保つ国力も必要不可欠だ。だが、この国は後者が小さかった」
「それは、雇われている労働者と雇っている資本家の間の溝が深かったからだ。労働者からすれば、働きもせずに自分達をこき使う資本家が気に食わない。資本家からすれば、身分が低い、身体を動かすしか能が無い労働者が自分達に楯突くのが気に食わないようだ」
少し前に世界史で習ったような話だ。
・・・ん? 待てよ、それなら・・・
「国は国力の増大・・・即ち、国民をまとめる為にある方法を思いついた」
まさか・・・!
俺は思わず口を挟む。
「『共通の敵を作る』か・・・?」
「お、御名答だ。良く分かってんじゃねぇか」
そうか、そういう事だったか。
「成る程、だからアルビノが・・・」
「一応詳しく説明しておくぞ。確かに、国民共通の敵として『相手国』はいたが、国民の統率を図るのにそれはアバウトだった。だから、それに代わる敵・・・もっと身近な敵が必要だった。・・・それがアルビノって訳さ」
「だから国はこれ程までにアルビノを迫害するのか」
「そう。昔からこの地方には白髪白肌の人間が多かったんだ。国はそれに目をつけ、忌むべき『敵』に仕立て上げたってことだ」
「何てことを・・・」
国内の不満を晴らすために、国は都合のいいヒール役をアルビノ達に押し付けていたのか。
ーーー対立する2者をまとめる為に、共通の敵を作る。これは昔からよくある方法だ。分かりやすく言うと、『 地球が宇宙人に攻められれば、地球上の争いは無くなるだろう』ってやつだ。なんとなく聞いたことあるだろ?
「次に、子供のアルビノを捕らえない理由についてだ。主に2つある」
「1つ。街の人間にアルビノへの嫌悪感を継続して抱かせるようにする為。攻撃しやすい子供だからこそ、効果を発揮する」
「・・・確かにそうだ」
「2つ目。生殖機能が発達していないから。ここにいる半数のアルビノの人間は生まれた時から今まで、檻の中で暮らしてきた。ここでは、アルビノの人間を育てている」
「・・・分かっちゃいたが、本当に腐りきってるな」
「あぁ、全くもってそう思う。そして奴らは適度に育ったアルビノの子供を定期的に街に『放流』しているんだ。そして1つ目の理由で話した効果に繋がる」
「もうこんな状況が50年も続いている。この国の近隣国とのいざこざは今に始まった話じゃない」
「そして言い伝えについて。これも国の刷り込みによる街の人間の洗脳だ。人を街へ送り出し、言い伝えの話を広めさせ、あたかもずっと昔から伝わってきた話だと信じ込ませた」
「勿論、この前の街の疫病は人為的なものだ。言い伝えの信憑性を高める為にな。だが、地震は本当に偶々起こっただけ。国にとっちゃ嬉しいことなんだろうがな。その他の災害も、偶々起こったものもあれば人為的に起こされたものもある」
「この国は、アルビノを『国民の敵』に仕立て上げその為には病気の蔓延や災害の助長も厭わない、残虐非道な連中に支配されているんだ」
男性からの話で、今全てが分かった。
「・・・さて、オレから話せることは全て話した。後は、あんたがここから無事に抜け出すだけ。見張りが戻ってくる前に急げ」
「・・・」
「・・・おい、どうしたんだ?」
男は俺が俯いたまま動かないのを不思議に思い、声をかける。
「・・・今、ここにいる人数は?」
「・・・は?」
「今ここに何人いるかって聞いたんだ」
「・・・30人だ」
「自分達が運ばれてきた時の馬車の最大収容人数を覚えているか?」
この質問にはおばさんが答えた。
「確か・・・5人だったわ」
「この中に馬術の心得のある者は?」
俺の呼びかけに5人の男性が手を上げて答えた。
「ここに来た時に、馬車が5台あった。30引く5は25。25割る5は5。ぴったりだな」
「・・・あんた、まさか・・・いや、無理だ。策は尽きたんだろう? 協力者もいないんだろう? あんた1人じゃ何も出来ないのはあんた自身が一番良く分かってるんじゃないのか?」
「それがどうした!! このまま逃げたら胸糞悪いから、そうならないようにするっつってんだよ!!」
「じゃあ、方法はあるのかよ」
「馬車が5台。さっき手を上げた5人が1人1台ずつ操り、残りの25人が5人ずつ乗り込めばぴったりだ」
「だがそれでは、外に出た時に見つかるんじゃないのか?」
「そこは俺に任せろ。この役所の人間全員を時間一杯引きつける」
「・・・出来るのか?」
「ここまで忍び込んだ奴にする質問か?」
「はは、一本取られたなこりゃ。・・・おし、こっちのみんなはオレがまとめる。頼んだぞ」
「任せろ」
俺は急いで檻から出ようとする。すると、母親が俺を呼び止めた。
「待って下さい! あなた1人で時間稼ぎをするなんて、いくらなんでも無茶苦茶です!!」
「あぁ、俺は無茶苦茶だからな。たとえ首だけになっても踊ってみせるさ」
俺は檻の外の壁に掛けてあった斧を短髪の男性に手渡した。
「そいつでここにいるみんなの足かせを叩っ斬っといてくれ。チャンスは一度きり。タイミングは任せる」
「あぁ。・・・後で美味い酒でも飲もうぜ」
俺は下戸だ。とは言えなかった。