億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

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第二十九話 信じてもらう為の嘘

俺が檻の中に入ってきた時もずっと項垂れていた男性と女性は、自身に繋がれている鎖がギチギチと音を鳴らすくらい俺に詰め寄ってきた。

 

「そのアルビノの双子を、どうしたんですか!?」

 

「お願い致します! 教えて下さい!!」

 

「いや、ちょ、ちょっと・・・」

 

俺は2人のあまりの必死さにビビりながらも、冷静に対処する。

 

「お、俺はその双子を、人の目の届かない安全な場所にかくまっています。初めて会った時はとてもやつれていて気を失ったままの状態でしたが、今は健康な状態を維持しています」

 

すると、こちらを見ずに目を合わせようとしなかった短髪の体格の良い男性が吐き捨てるようにこう言ってきた。

 

「・・・それに証拠はあるのかよ」

 

「正直言ってありません。けど、せめて2人の名前を聞いてもらって良いですか?」

 

「聞かせて下さい」

 

俺に詰め寄った女性が急かすように言った。

 

「男の子はダレン・ハンナ。女の子はエラ・ハンナです」

 

「・・・ねぇ、『ハンナ』って、あんた達夫婦の・・・!」

 

鎖を目一杯伸ばして俺から離れていたおばさんが、驚き半分嬉しさ半分というような表情で男性と女性の方を見る。

 

「えぇ・・・えぇ・・・! 確かに俺達の子供です!!」

 

さっきの反応からしてまさかと思ったが、ダレンとエラの両親が生きていてくれたなんて!!

飛び上がるくらい嬉しくて、出来過ぎのようなこの奇跡を心の底から喜びたくて、歓喜の声を上げそうになるがぐっとこらえてあくまでも冷静な態度を貫き通す。

 

おばさんの話を鵜呑みにして夫婦だと分かったこの男女は、喜びの涙を流しながら抱き合っている。・・・が、先程の短髪の男性はその空気を叩き斬るようにこう言い放ってきた。

 

「騙されんなよハンナさん。この男があんたらの子供を捕らえ、尋問して名前を聞き出したのかもしれないじゃねえか」

 

「・・・」

 

何も言えない。否定する材料がこれっぽっちもないから「違う」と言えない。

 

「・・・ほら、だんまりときた。沈黙は肯定と捉えるぜ」

 

夫婦もおばさんも、期待を裏切られたような目で見てくる。まるで俺が上げて落としたようで、視線が痛い。

・・・なんとかしてこの状況を打開せねば。

 

「・・・見ての通り、俺はこの国の人間じゃない。顔立ちが違うだろう? 遠くから来た」

 

俺はいきなり語り出したのだが、周りのアルビノの皆さんは黙って聞いてくれている。よし、このまま引き込むぞ。

 

「森の奥の小屋で一人暮らしをしている寂しい人間だが、ある日木こりを終えて小屋に帰ると2人の子供が倒れていた。よくよく見てみると、その子達は髪も肌を真っ白だった」

 

熊野神社で2人が転生された時のことを思い出す。

 

「最初こそどうしたもんかと驚いたが、急いで薪を焚いたり、毛布をかけたり、水を飲ませたり、食い物を食わせたり、とにかく必死だった。子供達はとてもやつれていて、抱き上げた時に俺に伝わってきた軽さが悲しかった」

 

ダレンを背負って家に全力ダッシュした時のダレンの軽さを思い出す。

 

「しばらくして、2人の顔色が良くなってくると女の子の方が目を覚ました。そうしたら俺、その娘にぶたれたんだ」

 

ハハハ・・・と苦笑いをしながら言う。

 

「『ダレンに指一本触れさせない』って言ってな、男の子に覆いかぶさって『殺すならワタシを殺せ』なんて言うもんだから、しばらく固まっちゃったよ」

 

「女の子の方も、俺をぶった時の力が弱かった。相当体力を削られていたんだろうな」

 

俺以外の檻の中にいる人間は、黙って聴き続けている。

 

「弟の方も目を覚ましてくれたおかげで2人とも少し落ち着いてくれて、自分達のことを話し始めた」

 

「物心ついた時には2人っきりで、親の顔は知らない。ただ、自分達の名前が書かれた紙だけがあった。それからは、とにかく生きるのに必死だった。

読み書きが出来るようになる為に本を盗んで勉強したり、店から食べ物を盗んだり、汚い水を飲んだり、虫を食べたり、毒キノコを食べてしまって吐き戻したり、大人から暴力を振るわれたり・・・

明日を生きるよりも、今日を耐え凌ぐことしか頭になかったそうだ」

 

母親とみられる女性の方は、「ごめんね・・・ごめんね・・・」と言いながら泣き続けている。

父親とみられる男性の方は、妻の肩を抱きながら涙をこらえている。

 

「しだいに2人と打ち解け始めて、今では3人で料理をしたりする程心を許してくれてる。痩せ細っていた身体も年相応くらいにはなっただろう。そのような生活を数ヶ月程過ごしていた」

 

ここまで、話の途中に嘘を紛れ込ませているのは皆さんもお分かりだろう。けど、そうでもしないと信じてもらえそうもないんだ。本当はたった2日間だけ一緒の家で生活しているというのに、それをそのまま言ってしまったら否定の材料なんかにはならない。

 

「だが俺は2人を預かっている者として、両親に顔を合わせないとこのまま生活してはいけない気がしたんだ。

いつか2人は大きくなって、外の世界に出るだろう。だから、せめてそうなるまでの間面倒を見たかった。

・・・俺がこの国に入ったのは3日前。集団感染がやんですぐ後だったようだ。

そして、俺は始めてアルビノの人がどれ程苦しい待遇を受けているのかを知った」

 

「なんていうか・・・1人で森の奥に引きこもって、何も知らないで悠々と暮らしてる俺自身に腹が立って・・・行き場がないくらい悲しくて・・・とにかく一か八か、2人のご両親が生きてくれているかもしれないと希望を抱いて、この強制収容所に入り込むことを決心した」

 

「・・・そして俺はアルビノの人間を買いに来た客を装い、ここまでやってきたってわけだ」

 

 

 

 

 

 

30秒程、沈黙が檻の中を包む。

その沈黙を切り裂いたのは、真っ先に俺を疑ってきた短髪の男性だった。

 

「・・いいぜ。信じてやるよ、お前の事」

 

「・・・!」

 

「どこの誰かは知らんが、嘘じゃねぇみてぇだ。俺の勘がそう言ってる」

 

「・・・確かに、あんたの言った話も作り話ではなさそうだしねぇ」

 

おばさんも、そう言ってくれた。半分作り話なので心が痛い。

 

「あなたがどんな人であろうと、私達夫婦はあなたを頼るより他にないんです。遠路はるばる、こんな所に来てくれて本当にありがとうございます・・・!」

 

父親が絞り出したその声は、まさに心からの感謝のように思えた。俺は、自然と父親の手を握っていた。

 

 

 

 

 

 

誤解を解いて一息ついたのもつかの間、螺旋階段の方からコツコツと、人が歩いてくる音が聞こえた。

 

「おっと、ちょっちマズイな」

 

俺は急いで檻から出て鍵をかけ直し、何事も無かったように振る舞う。

足音の正体は見張りだった。

 

「どうですか? 良さそうなのは決まりましたか?」

 

「あぁ・・・やっぱり難しいな、こういうのは」

 

「そのうち慣れますよ」

 

「そういうものか?」

 

「えぇ」

 

チラリと見張りの手元を見ると、空になったのだろう煙草の箱が握られていた。

げ、一本抜いたとはいえ10本以上入ってたぞ・・・まさか、全部吸い尽くしたのか? 若そうな見かけによらずヘビースモーカーってか。

おし、作戦開始だ。

 

「・・・ん? 無くなったのか。ほら、もう一本やるよ」

 

あらかじめ抜き取っておいた『とっておき』を取り出す。

 

「い、いや、あんなにいただいてからさらにいただくのは・・・」

 

なんだよ、一箱まるまる吸い尽くしたくせに変なところで遠慮しやがって。

・・・ならもう一押しだ。

 

「こいつはな、俺のとっておきなんだ。一本ずつのバラ売りしかしていなくてな、そんじゃそこらの安物とはわけが違う。・・・どうだ?」

 

見張りから、唾を飲む音が聞こえる。そんなに目を凝らしてみつめちゃって・・・

 

「・・・い、良いんですか・・・?」

 

「俺はな、煙草が好きな奴が吸ってるのを見るのが好きなんだ。ほれ」

 

とっておきを差し出す。見張りはゆっくりと手を伸ばし・・・掴んだ。

 

「こいつを吸うには少しコツがあってな、火をつけてから10秒程待つんだ」

 

俺はポケットからマッチを取り出し、見張りが持つそれに火をつけてやる。

10秒後、見張りは煙草を口に運び・・・倒れた。意識は無いようだ。

 

「おいあんた、一体そいつに何を吸わせた・・・?」

 

檻の中から短髪の男性が俺に聞いてくる。

 

フッフッフ・・・こんなこともあろうかと、昼間に図書館で植物図鑑を見た時に、すりつぶして加熱すると催眠作用を引き起こす成分を多量に含む煙を放出する植物を見つけたのだ。そして市場で買い物をした時にちゃっかりその植物も買っていたりする。

あとは抜き取った煙草を開いてすり潰したその植物を中に仕込み、煙草に火をつけると催眠作用を引き起こす物質が吸引した人の体内に流れ込む、という訳だ。

あとは煙草の紙を別なものに変えてやったりなんかすると、さっきのような嘘に簡単に引っかかってくれる。

 

昔よく爆竹を解体して爆薬をたくさん集め、大爆発を起こした経験が役に立ったぜ。デーブとやしもと一緒にやったんだよなぁ。まさか、地面に穴が開くとは思わなかったが。

 

・・・あれ? 爆竹を解体するところしか役に立ってなくね? ・・・ま、まぁ、細かい事は気にしない気にしない。

 

「ちょいと煙草に細工をした。眠っているだけだ」

 

見張りを物陰までズルズルと引きずり移動させ、身につけているものを物色する。

念の為、見張りの身ぐるみを剥がしてその服に着替える。服に染み付いていたタバコの匂いに顔をしかめる。

そしてその服の出番は、思ったより早くやってきた。

 

長い髭を伸ばした中年の男性が、先程隠した見張りが降りてきた螺旋階段から同じように降りてきた。

見張りの服装と大体同じだが、左腕のラインの数が俺の着ているそれよりも多い。おそらく、これで階級などを分けているのだろう。

 

「定時確認の時間だ。異常はないか?」

 

「はい、異常無しであります!」

 

「・・・お前が最近入ったっていう新入りか、しっかりやれよ」

 

「はい! 尽力します!!」

 

「ハハハ、元気が良いな」

 

男は手をひらひらさせて立ち去っていった。

・・・どうやら誤魔化せたようだ。俺が眠らせた見張りは新入りらしく、まだ顔もよく知られていなかったのだろう。そのおかげでこうして、俺が新入りだと騙せた。

・・・なんか、この世界に来てからいろんな人を騙してばっかりだなぁ・・・

 

 

 

 

 

 

2回目の解鍵は1回目よりも速く出来た。

 

「あんたがハンナさん達に会いたくてここに来たのは分かった。これからどうするつもりだ?」

 

短髪の男性はその切れ長の目でこちらを見て言う。

・・・侵入に成功して、エラとダレンの両親を見つけて、見張りを眠らせて、他の警備員を誤魔化して・・・

ーーーあれ、これからどうすればいいんだ?

 

「す、すみません、とにかくここに来なきゃって思って、何も考えてませんでした・・・」

 

「おいおい・・・あんな用意周到な姿を俺達に見せてからその台詞はないだろ」

 

「返す言葉もない・・・」

 

このままみんなで一緒に脱出しても、この人数だから絶対目につく。それに、この国の関所を越える方法も思いつかない。地下にトンネルを掘っても、堀終わる前にみんなが売り飛ばされたりもっと酷いことをされるだろう。

こんなに思うように事を運べたくせに、肝心な所で何も出来ない己の無力さに腹が立つ。

 

どうしたもんかと頭を捻っていると急に、前にも経験したような不思議な感覚に襲われる。ちょうど、ナミさんが俺の頭の中に直接話しかけてきた時のように・・・

 


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