億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

32 / 42
第二十八話 いざ行かん、闇の中へ

強制収容施設・・・アウシュヴィッツのようなものか。

ユダヤ人を見境なく捕まえて・・・いや、これ以上は言うまい。

 

「そこに連れ込んで一体何を・・・?」

 

「街の人間には知る由もないわ。奴隷として働かされているとか、競売にかけられているとか、体の部位を商品にするとか、色々な憶測が飛び交っているわ」

 

「・・・詳しいんだな」

 

「職業柄ね。こういう話を耳にする事も多いのよ」

 

「アルビノっていうのはそんなに多いのか?」

 

「この国は多い方みたい。そうね・・・1000人に1人くらいかしら」

 

・・・1000人に1人。少ないように見えて大きい数字だ。人口が10万人いたとすれば、そのうち100人がアルビノという計算になる。

 

「それは・・・多いな」

 

「ところで聞きたいんだが、アルビノは血統的なものに依るのか?」

 

「そうね、そういう人種がいるらしいわ」

 

つまり、この世界には肌や髪の毛の色素が先天的に薄い『アルビノ』という人種がいて、それなりの人数がいるってわけか。そりゃ多いはずですよ、血統的な問題だったら1000人に1人もいるわけだ。

 

「何の為かは分からないけど、国全体でアルビノの人間を見境なく捕まえているのは間違いないわ。懸賞金もでている。この国の人間は、アルビノは人間ではないもっと下等な生物だと刷り込まれているのよ」

 

酷い話だ・・・と、言いそうになって口を紡ぐ。この国の中でこういう事を言うと、俺がヤバくなる。ただでさえ近隣の国から来たという話で合わせているのに、そんな事を言ってしまったら余計に怪しまれてしまう。

 

「・・・あなた、近隣の国の出身なんでしょう? アルビノの待遇くらい知っててもいいと思ったのだけど」

 

「辺境の地なんでな、そういう話は入ってこなかった。第一、俺はアルビノっていうのを見たことがないもんでね」

 

なんとかはぐらかす。

 

「・・・そう」

 

「アルビノと一概に言っても、老若男女いるだろう。子供はどうするんだ?」

 

「アルビノの子供はなぜか対象ではないそうよ。なんでも、大きくなってからでないと意味がないとか・・・」

 

「でも、この街には言い伝えがあるんだろう?」

 

「・・・あら、そういう事はよく知っているのね」

 

「小耳に挟んだのさ」

 

「確かに、ここ最近は病気が多い気がするわ。つい3日前にも郊外で集団感染があったでしょう?」

 

「え・・・? あ、あぁ、そうだったな」

 

やっべ、これも知っている体(てい)で話を合わせなきゃいけないんだった。

 

「俺はちょうどその日にこの街へ入ったからな。どうやら事態が収拾した後だったみたいだ。ツいてるぜ」

 

「そのようね」

 

暫し沈黙が続く。

 

「この国の人間は全員アルビノを忌み嫌っているのか?」

 

「小さい頃からそういう教育を受けて育っているわ。アルビノを嫌悪する事になんの疑問も抱かないし、おかしなことだとも思わない」

 

「・・・国政がその刷り込みを助長しているのか」

 

「えぇ」

 

ここまでで手に入った情報を一旦整理しよう。

この街の地下にはアルビノの強制収容施設があって、アルビノは見境なくそこに入れられる。

国は国民がアルビノを忌み嫌うように刷り込みや教育で意識操作をしている。

子供のアルビノは対象じゃない。

関連性は不明だが、ここ最近は病気が多いらしい。

・・・一体何故だ? 何故そうまでしてアルビノを差別する?

絶対に理由がある筈だ・・・なんとなく出来るような事じゃない。

まさか、言い伝えが本当だから・・・?

いや、それはない。そもそも、それが胡散臭いからってここに来たんじゃないか。

 

「近頃、近隣国と大きな戦いがあるそうよ。みんなその話で持ちきり」

 

大きな・・・戦い・・・

 

「そのせいもあってか国全体の仕事で使う人と使われる人の溝が広がって、お互いに不満を募らせているわ」

 

溝・・・

 

「国は戦いに備えて国力を強化しようとしているそうだけど、肝心の国の中の問題を解決しなければどうにもならないというのに・・・」

 

溝・・・国力・・・アルビノ・・・

 

「・・・何を思いつめているのかしら?」

 

「・・・いや、何でもない」

 

俺は作業着のポケットからこの国の貨幣を取り出して女性の目の前に置く。

 

「あらやだ、こんなに出される程の事はしていないわ」

 

「久しぶりに女性と話をさせてもらった。それにドリンクも美味かった。過大評価なんかじゃない、心からこれくらい払いたいんだ」

 

俺は椅子から立ち上がって店から出ようとする。

・・・と、言い忘れていた事があったので立ち止まる。

 

「・・・それと、ご老人。良いものを飲ませてもらった。礼を言うよ」

 

最初から最後まで、この老人は黙ったままだった。

そして俺は店を後にした。・・・どこに行くかって? そんなの決まってるじゃないか。

 

 

 

 

 

 

「・・・あねさん、少し・・・」

 

「分かってるわ。・・・彼、聞き上手だから口を滑らせちゃったわ」

 

「それは、昔の旦那様に・・・」

 

「・・・否定はしないわ。彼にあの人を重ねていた部分はあると思うもの」

 

「ですがあねさん・・・流石にあれは喋りすぎなのでは・・・?」

 

「・・・私ね、久しぶりに楽しかったの。出会った頃のあの人も、ちょうどあんな感じだったから。心の何処かで、彼に・・・あの人に頼りたかったのかしらね」

 

テーブルに突っ伏していた小太りの男性が顔を上げた。

 

「あねさんの昔話は置いておくとして、あの男を放っておいても良いのか?」

 

本を読んでいた眼鏡の長身男性も本を閉じて口を開いた。

 

「近隣国のスパイか否かは判断できませんでしたが、街の中心部に向かうのは間違いないでしょう」

 

向かい合わせで座っているカップルも楽しげにしていた会話をやめて女性に話しかける。

 

「べつにいいンじゃね? あのオッサンが勝手にしてンだろ」

 

「ウチもめんどーい」

 

いつの間にか、店内にいる人間全員の視線がカウンターにいる女性に集まる。

 

「・・・近日中にやろうとしていた事だ。あんたら、今日に繰り上げても構わないね?」

 

女性の問いに、隣に立つ老人が答える。

 

「勿論です。我々も準備は出来ています」

 

老人の返答を聞いて女性は自身の前髪を前から後ろに搔き上げた。

 

「・・・なら良し。予定を今日深夜に繰り上げて実行する」

 

数分後・・・店の明かりは消え、女性が1人カウンターでグラスを片手に黄昏ている。グラスの中身が尽きると女性は立ち上がり、店の看板を裏返して店を後にした。

 

 

 

 

 

 

店を出た後、市場や雑貨店で少々買い物をする。が、元々色んなものを持ってきていたせいもあって作業着に入りきらなくなったので、ズボンについているベルトを通す輪に引っ掛けることができる小物入れも追加で買った。

そうこうしているうちに日は暮れ、辺りは薄暗くなってきた。先ほどの酒場も、これからが繁盛時だろうか。

などと考えているうちに、役所らしい施設の前まで来た。正面には見張りらしき男性が立っている。

・・・さて、少し賭けになるけど、俺の予想が正しければ・・・

 

俺は見張りに近づく。向こうもこちらの存在に気がついたようで睨むように俺を見る。

俺は周りに人がいないのを確認してこう囁く。

 

「『白豚』を買いに来たんだが」

 

「・・・! こちらです。どうぞ」

 

思ったより上手くいった。何か合言葉だとか書類かなんかが必要なのかとも思ったが割とすんなりと入れるようだ。少し甘くないですかねぇ・・・? こういう肝心なところは遅れてるんだよなぁ。

見張りの男性は大きい扉ではなく小さい方の扉を開けて辺りを見回した後、ここから入るように目で伝えてくる。見張りに従い、しゃがんで扉をくぐると薄暗くじめっとした通路がずっと先まで続いていた。見張りの後についてその通路を進み、突き当たりにある石レンガでできた螺旋階段を降りる。

 

「白豚を買われるのは初めてですか?」

 

「あぁ」

 

「どういった目的で?」

 

「物好きな知り合いがいてな。皮を剥いで小物を作るんだとよ」

 

「そうですか。丁度、若くてハリのある奴が入ってますよ」

 

「そいつは良かった。好都合だ」

 

「ーーーそのお知り合いは、どのようなモノをあなた様に頼んだのですか?」

 

・・・しまった。ここまで詳しく聞かれるとは思っていなかったし、当然、それに対する回答も用意していない。俺を疑って探るような見張りのその言葉に少しこちらの言葉が詰まるが、こいつとの会話に1秒でも間が空けば、それだけで俺は不信を買うだろう。ここは一つ、機転が効いた返答をしなければ。

 

「『若い女を1人』と頼まれた。なんでも、腹と背と尻と太腿周りの皮を剥いでなめして、本や小箱の外装に使うそうだ。やはり若いものでなければ皮を伸ばす際にいびつな線が浮き上がってしまうそうで、『表面積』と『質』の両面で良好なモノを欲しがっている」

 

「はぁ・・・」

 

「尻や太腿周りの皮を使うのもいいが、剥ぐ時には赤くなって傷がついていなければ良いがな。ハハハハハ」

 

「えぇ、まったく」

 

少しそれっぽい調子で言ったセリフは俺を『そういう』人物に見せるのに十分だったらしく、見張りの俺に対する警戒を少しだけ解いたようだ。

階段を一段一段、ゆっくりと降っていく。

 

 

 

 

 

 

目的の場所に着いた。

これは・・・

 

「着きました」

 

「あぁ、案内ご苦労」

 

檻の向こうに広がっていたのは、苔が生えた石畳の上に鎖で壁と繋がれた数十人のアルビノだった。

年齢は判別し難いが20〜40歳程だろうか。

半数程度は俺に対して先程見張りの男性が俺を睨んだ時とは比べようもないくらいの目を向ける。だが、もう半分はその気力もないのかずっとうな垂れたままだ。

 

「さっきも言ったように俺は初めてなんでな、品定めは慎重にいきたい。少し1人にしてくれないか?」

 

「・・・すみません、どのような方でもお一人にするのは禁則事項となっております」

 

やはりそうきたか。だが、それくらい想定済みだ。

 

「一見さん・・・初めての客を通してくれたせめてもの礼だ。これでも吸ってくるといい」

 

俺はそう言いながらポケットから煙草の箱を取り出す。

最初に見た時に分かったのだがどうやらこの見張りは煙草が好きと見える。

彼の胸ポケットが四角に膨らんでいた。おそらくマッチか何かの火種、もしくはタバコの類だろう。

 

「・・・良いんですか?」

 

「あぁ。一本は俺が吸ったが、後は手をつけていない」

 

箱から一本抜いたのは間違いないが、吸ってはいない。後で使うのさ。

 

「決めたら声をかける。ほら、早く戻らなくて良いのか?」

 

「・・・では、先程の場所にいます」

 

見張りは俺が渡した煙草の箱を握りしめながら螺旋階段を上っていった。

 

 

 

 

 

 

相も変わらず囚われているアルビノさん達は俺を睨んでくる。が、気にしないで行動に移そう。

檻の方に近づく。檻の鍵は内側から手が届かないように、少し出っ張った場所にある。分かりやすく説明すると、檻全体を上から見ると凸の形になっている。

・・・さて、上手くいくかな?

 

俺はポケットから少し硬めの針金を取り出す。どうやらこの鍵は時代劇とかで見る簡易な南京錠のような形をしている。だが、いかんせん穴が多い。南京錠が3つ合体して一つになり、鍵穴も3つある。それぞれに別の鍵が必要なのだろうか。

子供の頃、風車がついた針で鍵を開けてた人に憧れて、家にある小さい南京錠で練習したんだっけなぁ・・・

鍵に近づくと中にいるアルビノの皆さんがさっきとは違う驚いた顔でこちらを見る。視線が気になるけど、集中しよう。

少し手間取ってしまったが、一つの穴につき平均十数秒、全体で40秒程で開錠。心の中でほくそ笑む。

 

「お邪魔しまーす」

 

いきなり人が入ってきたものだから、アルビノの皆さんは繋がれている鎖を目一杯伸ばして俺から離れる。

・・・当然っちゃあ当然だけど、少し傷付く。

 

「あー・・・皆さんに危害は加えません。安心して下さいとまでは言わないので、適度な警戒心を持ちつつ怖がらないで下さい」

 

未だにアルビノの皆さんは言葉を発しない。まだ警戒されているようだ。

・・・このままだと何も進展がないから、アクションを起こそう。

酒場でここの存在を知った時に考えた事があり、本当に望みは薄いし見張りの時より望みが薄い賭けになるだろうが、試してみないと気が済まない。

 

 

「皆さんに聞きたい事があります。この中で、アルビノの双子の親御さんはいらっしゃいますか・・・?」

 

 

思惑通り、男性1人と女性1人が驚いた表情でこちらを見た。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。