億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

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第二十七話 情報収集

目に入ってきたのは赤茶色のレンガの家が並び建つ路地裏だった。

よく海外旅行の雑誌に載っているような、イタリアの古い町並みに似ている・・・気がする。いや、海外に行った事がないからはっきりとは言えないけど・・・

とにかく、それらを連想させる町並みだと伝わってくれたならそれで良い。

 

・・・よし、まずは情報を集めるところから始めよう。

 

 

 

 

 

 

道行く人がみんな俺の顔を見る。この世界の世界地図はまだ見ていないからこう想像したのだが、西洋人が東洋人の顔を不思議そうに見る感じかな? 服装のせいもあるかもしれない。

だが、ここの人達の服装もかなりバラバラなので俺個人としてはそれ程恥ずかしくない。

 

歩いて街並みを見渡すが、特にこれといって珍しいものは無い。自分が今まで経験してきた生活をそのままこの世界にぶっ込んだ感じだ。公園のような広場では子供が遊んでいるし、飲食店ではお昼時なのか店の外で並んで待っている人達もいるし、市場もあるみたいだ。

・・・っと、俺は旅行に来たんじゃなかったな。そろそろ動き出さねば。

さらに目を凝らして街を見渡す。すると、久しぶりに外で眼鏡をかけたから少し見辛かったがこの先に図書館がある旨を伝える看板を発見。情報源としてはもってこいだ。少し歩幅を広げて歩くスピードを上げる。

 

 

 

 

 

 

例の図書館に到着。やはり公共施設のようで、お金はかからないようだ。平静を装って何食わぬ顔で入っていく。

まずはこの街の地図を確認。その後この国の簡単な歴史や他国との歴史上のやり取りを調査。主な人種も調べる。そして様々な諸問題を見ている時に見つけたのは、奴隷制度が認められている事だった。事実、昔の日本に士農工商の身分とえた・ひにんの区別があった様に、この国この街ではそういう身分制度による差別があるようだ。

それと隅に置けないのは、近隣の国との仲はお世辞にも良いとは言えないらしく近々大きな争いが起きるのでは? という世論が沸騰している事だ。内陸国ではどうしても起こってしまう問題だが、ここ最近は少し落ち着いていただけにこの国人の不安は大きいようだ。

・・・少し話が大きくなってしまったが、話のスケールを元に戻そう。この街の政治についてだ。国は国王が治めていて、各地方や町は国王に任命された親族などが政権を握るらしい。

 

・・・さて、ここまで約1時間くらい図書館で情報を集めていた訳だけど、そろそろ本題に移ろう。

本当に俺が知りたいのは、新聞にも載らないドス黒い真実だ。

 

 

 

 

 

 

 

図書館からしばらく歩いたところの舗装された道沿いに、丁度良さそうな店を見つける。予想通り酒飲み場・・・って言うよりはバーみたいな感じかな?

煙草のような臭いに顔をしかめそうになるのを我慢し、平然とした顔で、さも当たり前のように入店する。誰も俺を未成年だとは思わない。

体格のいい白髪の老人と30代前半かと思われる女性が店をやっているようだ。

 

「ここ、良いかい?」

 

「えぇ、どうぞ」

 

女性の目の前のカウンター席に座る。

 

「いらっしゃい。・・・見ない顔ね、こんな明るい時間にうちの店に来るなんて」

 

「いやぁ、この店にはべっぴんさんがいるって聞いたもんでな」

 

「誰から聞いたのかは分からないけれど、多分その人、私のことを買い被り過ぎよ」

 

取り敢えず差し障りの無い会話が出来ただろう。

 

「あなた、ここは初めてでしょう? 聞きたい話は沢山あるけど、あなたは何を飲むのか注文を聞いても良いかしら。」

 

「すまない、俺は下戸でな。飲むと吐いちまう」

 

「・・・あら」

 

「だから、本当にアンタに吸い寄せられてしまったって訳さ」

 

「・・・こんな昼間に?」

 

「あぁ」

 

「あなた、変わり者だってよく言われるでしょう?」

 

「御名答だ。・・・ドリンクを頼む。種類は任せる」

 

老人は無言で棚に手を伸ばした。老人が酒を作って、女性が接客と話し相手をするスタイルでやっているのだろう。

 

設置されているテーブルは多いが、まだ明るいせいもあってか客は少ない。しかし、出来上がって突っ伏している人もいる。カウンター席には俺しか座っていない。

 

「こんなおばさんに会いに来るなんて、よっぽど暇してたのかしら?」

 

「まさか、忙しくても来たさ。勿論、『お姉さん』に会いに来るつもりで」

 

「・・・遠いところから来たの? 気分を悪くしたら申し訳ないけど、ここらの人とは顔立ちが違うみたい」

 

「なに、住んでいるのは近隣の国さ。ただ、両親が遠い国の生まれってだけさ」

 

 

 

 

 

 

時は遡り、場所は生明宅。

 

《それで、アタシを呼び出したって事?》

 

「急に申し訳ない」

 

俺がやろうとしている事を4人とも分かってくれたようなので、まずはそれをやってくれる人(?)にお願いしなきゃいけない。

いつもならナミさんに頼む所なんだけど、昨日の夜に現れたクロノスが協力的な事を言っていたので折角だから今回はクロノスに力を貸りるという訳だ。

 

《ナミちゃんから話では聞いていたけど、君はホントに無茶するんだね?》

 

「ま、こういう奴ってことで」

 

《そんな簡単に言われてもねぇ・・・》

 

クロノスは苦笑して困った顔をする。

 

《でも、ナミちゃんに頼まなくてホントに良かったの?》

 

「これまでは何度も力を貸してもらっていたから、クロノスにも頼りたくなったんだ」

 

《嬉しいことを言ってくれるね♪ これで、アタシが仕事を押し付けるだけの神様だってイメージを払拭する良い機会が出来たよ〜♪》

 

「分かっているけど、念のために聞いても良いか?」

 

《ん? なに?》

 

「やっぱりこの事って、ナミさんは知ってたりする・・・?」

 

《今はどうだか分からないけど、後で絶対にバレるよ?なんせ君の事だからね、ナミちゃんが知らない筈ないよ》

 

「・・・覚悟しておこう」

 

《なんか心配だなぁ・・・自分の目で見たいのは分かったけど、君のことだから進んじゃいけない所までズンズン進みそうだし・・・》

 

「大丈夫。そういう金庫破り系のサスペンス小説好きだから」

 

《そういう問題じゃないと思うんだけど・・・(ていうかやる気満々だし)》

 

「んじゃ、ちょっと色々準備してくるから」

 

 

 

 

 

 

《・・・あれ、眼鏡なんだ》

 

「コンタクトだとこういう場合交換したい時に交換出来ないし、何かの拍子で外れた時に見つけるのも大変だから。眼鏡だったらそういう事には困らないし、俺の場合老け顔で30代前半のおっさんに見えるから一石二鳥かな。ちなみに、髭を伸ばせば30代後半のおっさんになる」

 

《あえてそこにはつっこまないよ。・・・けど、なんで作業着?》

 

「・・・え? だって作業着便利じゃん。色々な所に物を入れられるし、動きやすいし・・・」

 

《すごい人目につくと思うんだけど・・・》

 

「俺は気にしないさ」

 

《んー・・・そんな装備で大丈夫?》

 

「大丈夫だ。問題無い」

 

《それは大丈夫じゃない時のセリフなんだけどなぁ・・・》

 

「なら、一番良いのをくれるのか?」

 

《出来なくもないけど、それをやっちゃうとナミちゃんに一瞬で気づかれちゃうから》

 

「ほら。結局、これが俺にとって一番良くて、大丈夫な装備なんだよ」

 

《本音を言うと?》

 

「どう考えても不安要素しかありません本当にありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

《とりあえず向こうの言語と君の言語をリンクさせておくから。言葉には困らない筈だよ》

 

「流石ご都合主義力。気遣い感謝するよ」

 

《それと、所持金を向こうの通貨に変換するよ。パスポートとかは必要無いみたいだけど簡易な関所はあるようだし、万が一引っ掛かると困るから街の中心部に送るよ》

 

《もう1つ。向こうでの2時間をこっちの1時間にしておくから》

 

「・・・ほんと、頭が上がらないなぁ。流石は時空を司る神様だ」

 

《良いんだよ。ここまでやらないと、間接的に君に任せたアタシが本当に何もしてないって事になっちゃうからね》

 

「そっか。でも、向こうに飛ばしてくれって言ったのは完全に俺の我儘だから、精一杯の感謝をさせてくれ」

 

《アハハ、真面目なんだかふざけてるのか、どっちかにして欲しいよ》

 

「どっちもじゃ駄目か?」

 

《ううん、良いよ。面白いから♪》

 

 

 

 

 

 

バサァッ スチャッ スッ シュビッ ガチャッ ガッ

 

「デェェェェェェェェン!!」

 

《・・・何ソレ?》

 

「一種の伝統というかルーティーンというか、お決まりというやつだ」

 

一通りの準備が出来たのでもう出発して良いとクロノスに伝えると、少し時間をくれるとの事。

出発前に4人に言葉をかけておこう。

 

「そんじゃ、行ってくる」

 

「うむ、堂々と胸を張ってやってこい。妾は茶でも用意しておく」

 

「くれぐれも気を付けて下さいね。・・・やっぱり、あっちの人達にはあまり良い印象は無いので・・・」

 

「あっちの大人達はアナタに良い顔をするかもしれないけど、騙されちゃダメよ? ・・・って、分からない筈ないか。余計な心配だったわね」

 

「・・・」

 

小春、ダレン、エラはそう言って送り出してくれるのだが、やはりエリーは良く思ってないようだ。

 

「・・・エリー」

 

「・・・私が言いたい事は、さっき言いました。だから・・・信じて待ってます」

 

「あぁ、俺も頑張って信頼に応えるよ。・・・戻ってきたら、また髪を乾かしてやるからさ」

 

「・・・」

 

なーんて、少しおどけて言ってみたのだが、若干一名からの視線が痛い。

 

「ちょっと待て、養豚場の豚を見るような目で俺を見るなよエラ。ちょっとしたおふざけというかそういうやつじゃないか」

 

「ーーー無事に戻ってきて欲しいけど、間違ってもそんな事させないわよ」

 

「・・・」シュン

 

「なんでエリーは残念そうにしてるのよ!?」

 

 

 

 

 

 

ツッコミ属性に目覚めそうなエラの事は置いておき、家を出る。

いつもの通り熊野神社でやってくれるのだろうと足を進めると、クロノスに呼び止められた。

 

「・・・え? 熊野神社でやるんじゃないの?」

 

《だって、熊野神社でやっちゃったらもっと早くナミちゃんにバレるでしょ?》

 

「ちなみに、熊野神社でやった場合俺はどうなるんだ?」

 

《そうだなぁ・・・飛ばされてる途中で首根っこを引っ掴まれて無理やりこっちに戻されるね。確実に♪》

 

「何でそんなに楽しそうに言うんだ」

 

《それはそれで面白そうだなぁ、って。テヘペロ♪》

 

「テヘペロって口で言った奴初めて見たわ」

 

ここまでのクロノス神との会話で『面白いから』『面白そうだから』といった、クロノス神自身を満足させる要素を求めるような発言が多かったので、一歩引いて、少しこの神様の事を分析的に考えてみた。クロノス神は所謂『面白いから系神様』なのだろう。話がどう転ぼうが、それが面白ければバッチOK、といったように考えているのかもしれない。自分を退屈させないようにするために行動している、というのは考え過ぎかな。

 

《ホラ、茶番はこれくらいにして、早速やっちゃおう!》

 

「その茶番をふっかけた奴に言われてもなんの説得力も無いんだが・・・ま、良いか。よろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

そして現在に至る。

 

老人はずっと無言のまま、無表情でドリンクを作ってくれている。ガタイも良いようだし、様になっている。

 

「ここでは初めての客に葉巻をサービスしているのだけど、あなたは吸える?」

 

女性はそう言いながら、一本の葉巻がポツンと入った、本来は4〜5本を入れておくような黒光りする葉巻入れを俺の前に置いた。

 

「生憎、肺が弱くてそういうのは駄目なんだ」

 

「口に含むだけでも?」

 

「あぁ」

 

「ハァ・・・酒もダメ、タバコもダメって、あなたは普段何が楽しくて生きてるのかしら」

 

半身がそれぞれ酒とタバコに浸っているような大人の台詞だ。そんな風に思いつつ、調子のいいセリフを返そうと試みる。

 

「あんたみたいな人と話す事さ」

 

「あら、女好きってこと?」

 

「見境なくホイホイ話しかけているように見えたかい? ご覧の通りの変人なもんだから、気に入る女は中々いない。・・・けど、今日の俺はツいてるみたいだ」

 

すると、左からカクテルグラスが差し出された。透き通る赤に心が引き込まれそうになる。

 

「綺麗な赤だ・・・グレープフルーツか?」

 

「飲んでみれば分かるわ」

 

促されて口に含む。・・・予想通りグレープフルーツの香りが広がるが、それとは別の風味を乗せた香りが鼻を抜ける。

 

「・・・チェリーの香りがする。それに、グレープフルーツの酸味が後を引かない。スッキリしている。これは・・・?」

 

「ソーダで割ってるのよ」

 

「あぁ、成る程・・・」

 

「舌はなかなか良いみたいね。いつも美味しいものを食べてるの?」

 

「自分で作ってるのさ。それ程上手くはないがな」

 

それから数分程、女性と他愛も無い話を続ける。傍目から見れば30代の男性客がカクテルを飲んでいるように見えるが、実際は未成年がジュースを飲んでいる。それも、15歳程年の離れた女性と話をしながら。俺自身としては結構良い感じで距離を詰められていると思う。さて、ここからどう切り込むか・・・

 

 

 

 

 

 

ふと、店の外の道路から馬が荷車を引くような音が聞こえてくる。見てみるとその荷車は食べ物や物資を運ぶようなものではなくて、もっと粗末なものだった。

 

「・・・あの荷車の中には何が?」

 

確かに俺は女性にそう聞いたのだが、返事が返ってこない。すると手招きされたので、身を乗り出す。女性は手を口で隠して周りに聞こえないように言う。

 

「あれは『白豚』を運んでいるの」

 

「白豚・・・?」

 

気になるワードが出てきた。『白豚』って、白い豚のことか?

 

「この街ではこの話はタブーみたいなものだから、大きな声で言えないのだけど・・・」

 

次の言葉に、俺の危険信号がサイレンを鳴らした。

 

「あなた、『アルビノ』って知ってる?」

 

「・・・! あぁ、話くらいなら」

 

「あの荷車は、その人達を運んでいるの。私達は『アルビノ』って言葉を直接口に出さないように、『白豚』という隠語を使っているわ」

 

「何故その必要が? あの人達はどこに運ばれて・・・まさか!」

 

「そう。街の中心部の地下に広がっている『豚箱』・・・アルビノの人間の強制収容施設に運ばれているわ」


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