億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

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第二十三話 姉弟と兄妹

・・・朝。『襖(ふすま)』って呼ぶらしい戸の向こう側から、複数人が動き回ったり何かをする物音が聞こえてくる。いつもは日が昇り始めて明るくなりかけている頃に目を覚ますのに、久しぶりに暖かい布団に入ったから深く眠ってしまった。

 

チラリと目線を横に流す。昨日の夜・・・いや、正確には今日の0時を過ぎたあたりかな、ダレンに言われた意外すぎる言葉が今も頭の中で何度もリピートしている。

 

「僕、決めたよ。もうお姉ちゃんに悲しい思いはさせない。今度は僕がお姉ちゃんを・・・『エラ』を守るんだ」

 

言われた時はもう何が何だか訳が分からなくて、理解するのにしばらく時間が掛かったけどそれはまだ少しだけ続いている。まさかダレンがそんな事を言うなんて考えもしなかったし、ワタシを「エラ」って呼んだことなんてただの一度も無かったのに・・・

 

当のダレンの姿は無く、布団が綺麗に畳まれていた。

 

あの時のダレンは、言うなれば別人。そう、身体はそのままで中身だけまるまるすり替わったような、というのがワタシの率直な感想。

だからこそ、不安になってしまう。別に、少し明るくなったとかそういう程度の変化だったらワタシも受け入れられるけど、これは程度が違い過ぎる。例えばの話、朝起きたら自分の弟が妹になっていた、とか。言い過ぎかもしれないけど、ワタシはそれくらい衝撃を受けた。

 

 

 

 

 

 

隣に畳まれている布団と同じように自分の布団も畳み、ショボショボする目を擦りながら戸を開ける。食器を運んでいるダレンと目が合った。

ワタシは少しビクッとしてしまう。ダレンにまた「エラ」って呼ばれたらどんな反応をしていいのか分からなかったから。

 

「おはよう、お姉ちゃん」

 

「お、おはよう」

 

けどダレンの私を呼ぶ声は、いつも通りの「お姉ちゃん」だった。

 

「あ、おはよう、エラ。良く眠れた?」

 

「まぁ・・・」

 

ダレンの後ろについてふきんを持ってきたエリーにも挨拶をされたので、返事をしておく。

 

・・・お腹のあたりがきゅうっとしてきた。このままの流れだと、小春に会ってしまう。昨日の今日だから彼女とは話し辛い。同じ家の中にいるのだから、会わないなんてことは無いだろうけど気まずい。

ワタシはエリーに、小春はどこにいるのかと恐る恐る尋ねる。

 

「ねぇエリー、その・・・小春はどこにいるの・・・?」

 

「小春? 小春なら圭太郎さんと台所に・・・」

 

そう言われたので、そろ~りと台所の方を覗く。すると・・・

 

 

 

 

 

 

(うわぁ! なにやってんだ小春! 危ないからはやく離せ!!)

 

(何を言うか! 妾にだって菜切り包丁くらい扱えるわ!!)

 

(その菜切り包丁を二刀流で逆手持ちしてる奴が何言ってんだ!!)

 

(ええい! 構うな! 妾の好きなようにさせろー!!)

 

(ゆ”る”さ”ん”! 生明家の破滅を見過ごす訳にはいかない!!)

 

(あくまでも刃向うというのか・・・ならば妾を止めてみよ! 覚悟!!)

 

(刃をこっちに向けているのは小春の方だろうが! うおおおおおおおお!!)

 

 

 

 

 

 

「・・・アナタ達、いつもこうなの・・・?」アアア! ユビ、ユビキッタァァァ!!

 

「え? 一般的な家庭の調理風景だよ?」ケ、ケイタロウ!? イシャ、イシャハドコダアアアァァァ!?

 

「それを本気で言ってるならお医者さんに行って毒を抜いてもらう事を勧めるわ」

 

「とりあえずそれは置いておくとして、エラも手伝ってくれないかな?」

 

「(とりあえずで片づけるんだ・・・)分かったわ。ワタシは何をすればいいのかしら」

 

「んー、それじゃあ、箸を人数分並べておいて」

 

二つ返事で了承したのはいいものの、肝心の箸の場所が分からないことに気がついた。エリーに聞いても良いんだけど、ついさっき「分かった」って言ったばかりだから何となく聞きにくい。すると・・・

 

「お姉ちゃん。箸は棚の上から二番目のところに入ってるよ」

 

「え? あ、あぁ・・・分かったわ」

 

オロオロしているワタシの様子に気付いたのか、ダレンがワタシに箸の場所を教えてくれた。

 

「・・・って、いつの間に覚えたのよ?」

 

「さっき見たんだ」

 

「そう・・・」

 

ダレンに助けられた。本当はここで「良かった・・・」と思うのが当然なんだろう。けど、ワタシのさっきの返答は少しムスッとして素気ない言い方だった。

それから朝食の準備は着々と進んで、全員が席に着いた。・・・若干一名は指に何かを巻いていたけど。

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

ダレンは一番最初に食べ終わり、そそくさと食器を台所まで持って行った。

そんなに早く食べて何をするのかと思ったら、ダレンは食器洗いを始めた。

 

「あ、ダレン、気にしなくていいよ俺がやっておくから」

 

「折角食べさせてもらったのでこれくらいやらせてください。それに、その指じゃ痛むと思いますよ?」

 

「んー・・・それもそうか。じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」

 

「ワ、ワタシもやるわ!」

 

このままダレン一人にやらせるのが心配なのと、何だかワタシが置いて行かれている、みたいなのが嫌だったからすぐにご飯を口の中に掻き込んで台所へ向かう・・・筈だった

 

ガッシャーーーン!!

 

「だ、大丈夫!?」

 

エリーの悲鳴に近い声が響く。

ワタシは、急いで台所に向かおうとしていたせいで手元が狂い持っていた食器を床に落として割ってしまったのだ。

 

「あ・・・」

 

やってしまった、という気持ちと怒られるかもしれないという恐怖の念に苛まれて、割れて広がった食器たちの破片を見つめることしか出来ずその場から動けない。

どうすることも出来ずに数秒間が過ぎ去ったが、ワタシにはその時間がもっと長いものに感じられた。

・・・だけどワタシは、引き伸ばされた数秒間の中から呼び戻された。

 

「お姉ちゃん、怪我は無い?」

 

ダレンがワタシを覗き込んだ。ワタシと同じ色の目で。

ダレンはそのまましゃがみこみ、割れた食器を雑巾で掴んで袋の中に入れ始めた。

 

「何を固まっておるのだ、そこにいては足を怪我するぞ」

 

小春にそう言われたことで意識が鮮明になる。破片を踏まないように後ろに下がり、ダレンとエリーがせっせと拾い集める。

 

自分も何かしなくてはいけないと思って行動しようとするけど、食器を割ってしまった事で心が動揺し、思うように動けない。

その時、後ろから肩を掴まれてビクッと体が震えた。首だけで振り返ると、圭太郎がワタシの肩を掴んでいた。

 

「ちょっとビックリしちゃったかな? 細かい破片が落ちていると怪我をするから、一旦こっちで落ち着こう」

 

「・・・」

 

返事も出来ないまま、ただこの場所から離れたくて言われたとおりに圭太郎についていく。

 

 

 

 

 

 

 

ワタシは圭太郎の後を付いて歩き、彼の自室らしい部屋に招き入れられる。小奇麗に整えられた部屋で、少し緊張する。ベッドに腰掛けるように言われたのでその通りにする。

 

「怪我はしなかった?」

 

「・・・えぇ」

 

「まだ心臓が驚いてるかな? 少しここで落ち着くといいよ」

 

さっきから速くなりっぱなしの心臓の鼓動を早く落ち着かせようと、苦しくなった胸に両手をギュッと当てる。

 

「そういう時は、深呼吸をするんだ。鼻から息を吸って、長ーく吐き出すようにしてみて?」

 

「・・・やってみるわ」

 

圭太郎に言われた呼吸法をしばらく繰り返す。段々と鼓動と気持ちが落ち着いてきて、数分後には元に戻ってくれた。

 

「どう? 落ち着けた?」

 

「えぇ、おかげさまで」

 

普段通りの会話も出来るようになった。胸を締め付けていたものも、すっかり無くなった。

すると圭太郎は、思い出したかのようにワタシにこう言ってきた。

 

「あ、そうだそうだ。エラに話があったんだった」

 

わざとらしく手のひらを拳で打つ動作をしてみせると、再度ワタシに向き直った。

 

「今日のエラ、ダレンに嫉妬してたでしょ」

 

「・・・へ?」

 

 

 

 

 

 

エリーさんに手伝ってもらい、割れた食器の破片を片づけ終わった。

 

「すみません、手伝ってもらって」

 

「いえいえ、良いんですよ。ダレン君には食器洗いもやってもらっていましたから」

 

とりあえずリビングでくつろごうとエリーさんに提案され、小春さんのいる場所までお菓子を持っていく。

 

「おぉおぉ、煎餅を持ってきたか。大義であった、褒美をやる」

 

小春さんはそう言って器用にお菓子を割ると、その半分を僕に差し出した。

 

「これを僕に・・・?」

 

「そうだ。どうした? 食わぬなら妾が食べてしまうぞ」

 

「じゃあ、いただきます」

 

僕が手渡されたお菓子を頬張っていると、小春さんが不思議そうに自分の顔を覗くものだから恥ずかしくなってしまう。

 

「あの・・・僕が何か・・・?」

 

「いや、昨日のお前の行動を思い出すと、そんなにも無警戒で手渡された食べ物を口に入れるのが不思議でな」

 

「あ・・・」

 

「まぁまぁ、朝ご飯でお腹が動き始めたから小腹が空いたんですよね?」

 

「え・・・? あぁ、まぁ」

 

「それにしても随分と活発になった。昨日の夜に圭太郎から大部分の話は聞いたが、これ程までに豹変すると本人なのか疑ってしまうな」

 

「ご、ごめんなさい・・・」

 

「謝れと言っているのではない。ただ、お前の心境にどのような変化があったのかを聞きたいだけだ」

 

「私も気になるなー」

 

2人が僕を見る。このままでは落ち着けないし、何とかしなくてはいかないと判断する。

 

「僕はずっとお姉ちゃんに助けられて、頼ってばかりだったから・・・今度は僕がお姉ちゃんを守りたい。もう、お姉ちゃんが辛い目に遭わないように」

 

「志は立派だな。だから今朝から妙にてきぱきと動いていた訳だ。それで自分がしっかりやれる事を証明しようとしていたのか? 案の定、圭太郎がそうするよう言ったのだろう」

 

小春さんにはお見通しだった。恐らくエリーさんもそうだろう。

 

「ダレン君は立派にやっていましたよ。手伝いもちゃんとしてくれてるし、手際が良いですからね」

 

「確かにそれは認めざるを得ないな。昨日の根暗坊主が一丁前に手伝いをするのだから、見ていて飽きないぞ」

 

「はぁ、それはどうも・・・」

 

「話しは変わりますけど、エラ・・・大丈夫かなぁ?」

 

僕が溜息を吐くと、エリーさんがお姉ちゃんを心配する素振りを見せる。お姉ちゃんは圭太郎さんと一緒に二階へ上がっていったけど、大丈夫かなぁ・・・?

・・・いや、きっと大丈夫だ。あの人と出会ってからまだ1日も経っていないけど、そう確信させてくれる何かがあるのは間違いないと思う。

絶対に圭太郎さんはお姉ちゃんを何とかしてくれる。

 

 

 

 

 

 

ワタシの胸を貫くように突き刺さったその一言は、自分でも気付かない程に鋭かった。・・・あまりにも鋭すぎて、その時のワタシには気付けなかった。

 

「ワタシがダレンに・・・嫉妬?」

 

「あぁ。おもいっきり顔に出てたぞ」

 

「・・・お得意の説教? 生憎だけどそれは昨日聞き飽きてるわ」

 

「まさか。説教だなんて、そんなたいそうなもんじゃないよ」

 

ワタシは少し頭にきてるっていうのに、目の前のこの人が余裕そうに、飄々としてるのが頭にくる。

 

「じゃあ何だっていうのよ」

 

「さっきも言っただろ? ただエラと話をしたいだけさ」

 

「その話の開口一番があんなのじゃ聞く気にならないわ」

 

「まぁまぁ、そんなこと言わずに」

 

圭太郎はそう言って隣に腰掛けてきた。

 

「今日のエラ、何だか様子が変だったぞ? 調子でも悪いのか?」

 

「な、何よ急に・・・まぁ、少し寝ぼけていただけよ」

 

「そっか、寝ぼけてた・・・か」

 

「・・・? 何が言いたいの?」

 

「いや、なんかさ、今朝のダレンはすごくよく手伝ってくれてしっかり者に見えたから、まるでダレンがエラのお兄ちゃんみたいだったなぁ・・・って、そう思って」

 

『ダレンがエラのお兄ちゃん』

この言葉を聞いた瞬間、何故かは分からないがワタシの中に明確な「怒り」の感情が湧きあがった。

 

「・・・何ですって?」

 

「ははは、そんなに怒らないでくれよ」

 

「馬鹿にしないで! 何でそう思ったか理由を言ってみなさいよ!」

 

カッとなって、荒い口調で吐き棄てるように言う。

 

「えー・・・だって、朝起きるのはダレンの方が早かったし、ダレンは朝食の準備を手伝ってくれたけどエラは殆どしてないし、最初に食器を洗うって言い出してくれたのはダレンだし、エラは割れた食器をただ見つめてるだけだったし、エラが困った時に助けてたのはいつもダレンだったじゃないか」

 

イラつく。非常にイラつく。それでいて、間違った事は一つも言ってなくてそれをワタシもちゃんと分かってるから言い返せない、ってのが一番イラつく。

 

「・・・一番言いたいのは、ダレンがエラを助けた時に君自身がダレンに『ありがとう』って言ってないことだ」

 

「・・・」

 

そう言われてみれば確かにそうだ。軽い返事をしたり、ただ呆然と立ち尽くしていたりと、ダレンに対して一言も「ありがとう」と言っていなかった。その上ムスッとした顔になったりもした。

 

「それってつまりさ・・・」

 

・・・やめて。

それ以上言わないで。

もう分かったから、分かってしまったから、声に出してワタシの耳にその言葉を入れないで。

 

圭太郎が言葉を発する前にワタシの言葉で遮ってしまえばいいのに、食器を割ってしまった時みたいにワタシの口は動いてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

「ダレンが自分よりもしっかりしていてお兄ちゃん面(づら)されるのが気にくわないんだろ?」


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