イザナミ神とクロノス神が同時に姿を消した後、二階に残してきたダレンの事を思い出して階段を上った。
「いやー、待たせて悪かったね」
「エイブリーさんと小春さんの声が聞こえましたけど、その・・・大丈夫だったんですか・・・?」
「大丈夫だ、問題ない。ちょっと痴・・・じゃなくて、女の人が訪ねてきたからそれの対応をしていたんだ」
「こんなに遅い時間にですか?」
うぐ、この言い訳は流石に無理があったか? 仕方ないが、無理矢理押し切るしかない。
「ま、まぁ、何事も無かったから。ね? それで、これからの事なんだけど・・・とりあえず場所を移そうか」
ベランダに吹き込む夜風はいっそう冷たさを増し、話をするには不似合いになってしまった。
ダレンを暖かい室内に招き入れ床に座らせ、先程下の階でエリーと小春に聞いたエラの状態を一部話した。
「そうですか、お姉ちゃんが・・・」
「ダレン。さっきの言葉を『本物』だと信じて頼みたいことがあるんだが良いか?」
「はい、任せてください」
「よし、じゃあ初めに・・・」
そこからの俺とダレンの会話は十分程続いた。
「んじゃそういう事で。頼んだぞ」
「はい」
ダレンはそう返事をしてから、部屋を後にし下の階へと向かった。
そのダレンとすれ違うように、お風呂から上がったエリーと小春が寝室に行く為に二階へ上がってきた。
「あ、圭太郎さん」
「あ、じゃないよ。さっきは酷かったんだからな」
「あ、あぁ、ナミさんの事ですか?」
「当たり前だ、それ以外に何があるっていうんだよ」
「仕方なかろう。始めにそなたがあのようにふざけてしまっては、妾達も後に続いて同じように言うのが『お決まり』というものだろう?」
「ぐっ、そう言われると何も言い返せん・・・」
小春の鋭い言葉で俺が口籠ってしまうのを見て、エリーはこっちが本題だといわんばかりに別の話を振ってきた。
「それはそれとして、ダレン君に何を話したんですか?」
「まぁ、色々話したし色々聞かせてもらったよ」
「それで、ダレンは何と?」
さっき下でエラの進展状況を聞かせてもらったから、ダレンの事も話して情報を共有しないといけないよな。
そう考えて先程までの会話を掻い摘んで説明する。
「・・・気付かなかったです、ダレン君がそんな事を・・・」
「あぁ、黙っているだけの根暗坊主だと思っていたが、心の内ではそのような事を考えておったのか」
「エリーは一緒にシチューを作ってくれていたし、小春もエラと話をして何か役に立ちそうな情報を聞き出すのに一生懸命になっていたんだから、気付けなかったのも無理ないよ」
「でも・・・」
ダレンが心の内で思っていた、エラに対しての『嫌い』という感情に気付けなかったのを気にしてか、エリーの表情が少し曇る。
すると小春はエリーの胸中を察してか、励ましの言葉をかけた。
「エリーよ。過去の失敗を振り返るのは大切な事だが、圭太郎も気にするなと言っておるのだからあまり気を落とすな。大切なのはこれからだ」
「小春・・・」
「そうそう。みんなにはみんなの役割があるんだ。自分たちの手の届かない事は、協力して解決していこう。俺も、エリーに頼って良いよな?」
「圭太郎さん・・・」
エリーの表情から影が消え、光が戻った。やる気に満ちた良い顔だ。
「二人とも、ありがとうございます。・・・任せてください。私は、私にできる精一杯の事をやって、出来ない事は二人に頼ります。ですから、二人も私に頼ってくださいね!」
「そうだな、ではこれからもエリーに妾の髪を洗ってもらうことにするか」
「それとこれとは別の話。小春はそれくらい自分で出来るようになってよ」
「何を言うか! 生まれてこの方一度も切ったことが無いこの長い髪を、妾一人で洗えだと!?」
「はいはいはい、話が脱線してるぞー」
「・・・それで、そなたがダレンに自身の本心を気付かせた、と」
「ま、そういうことだな」
「え、ダレン君に、『自分はお姉ちゃんが嫌いだ』って気付かせて終わりですか?」
「まさか、そんな訳ないだろ。・・・実はな、本当はそれを気付かせた後にもっと大切な事を気付かせなきゃいけなかったんだけど、ダレンは自分でそれに気づいたんだよ」
「ほぉ、それは一体何だったのだ?」
「姉を嫌う気持ちよりも、姉を助けたいっていう気持ちの方が強かったんだって」
「! それは・・・」
二人は共に驚いた表情をする。
「成程。敢えて先程のような感情を認めさせたうえで、か。考えたな」
「確かに、エラを助けたいっていう気持ちはすごく大切なものだけど、それだけを再認識させても駄目なんだ」
「と言いますと?」
「それだと、『自分は姉の事を嫌っている』っていう気持ちに気付いてしまった時に自己矛盾を起こしてしまう。だから、先に認めさせる必要があったんだ」
「・・・確かに、その順番は大切ですね」
俺とダレンの会話の内容を話し終わり、エリーと小春にも十分伝わったようだ。
「てな感じで、ダレンの協力を得ることに成功した」
情報共有の時間もそろそろお開きになろうかというムードの中、あくびをしているエリーの横の小春が何やら難しい顔をしているので、気になって声をかける。
「小春・・・?」
「・・・やはり、圭太郎はすごいな」
「?」
唐突に言われた言葉に一瞬戸惑い、飲み込むのに少しだけ時間がかかってしまった。
「すごい・・・?」
「妾はエラに対し、話をして質問をして怒らせる事しか出来なかった。それに比べて圭太郎はどうだ? ダレンの本心を見抜き、後先のことを考え初めにそれを認めさせ、協力とある程度の信頼を得ることが出来た」
「信頼を得た、っつーのは言い過ぎじゃない?」
「謙遜するな、妾達が先程階段でダレンとすれ違った時、あやつの顔が明らかに変わっていたぞ」
「あー、確かに。ダレン君の顔、お風呂に入る前とさっきとじゃ全然違うと思いました。何か、心に引っかかっていたものが取れたような・・・」
エリーも思い出すように言い、小春の後に続いた。
「いやな、そなたが妬ましい、等と言うつもりは無いのだ。単に、そなたに感心している。妾にとってハンナ姉弟はこの仕事を始めてから最初の逆転生者だが、そなたにとっては3人目と4人目であろう? 経験を積むと、そこまで円滑に事を運べるようになるのだなぁ、と。そう感じたのだ」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、自分と比べるのはよしてくれ。今回は逆転生者が二人同時だから俺と、小春・エリーに分かれて対処する事になったけど、俺が意図して早くダレンとの距離を縮めようとしただけ。それは、エラをなんとかするにはダレンの協力が必要不可欠だと判断したからだ。それは小春も考えていたんだろう?」
「まぁ、それもそうだが・・・」
さっきエリーから聞いた話によれば、小春は
「エラは先程『ダレンはワタシがいないと駄目』と言っていたのに対し、『エラはダレンがいないと駄目』でもあるという事が分からないのか?」
とか、
「エラは『ダレンの面倒を見ている』という自分の状態に縋(すが)っているのだ。自分の弟を『だし』にする事で自らの存在意義を保っている」
なんて言ってたらしいしな。
「ちゃんと気付けてるじゃないか」
「し、しかし、妾はエラを怒らせて・・・」
「エラは気の強い娘だから、あれくらいしないと駄目だと思う。小春もそう判断して、あぁいう風に言ったんだろ?」
「むぅ・・・」
「なら、それで良いじゃないか。小春だって、小春に出来る事を精一杯やった。それ以上のことなんて求めないよ」
と、諭すように小春に言った。肝心の彼女の反応を確かめる為に、少し外していた視線を再び彼女へと戻すと・・・
彼女の足元に、ポタポタと水滴が落ちていた。
それが小春の流した涙だと判断するのに、一秒も要らなかった。
「小春・・・?」
立っていた状態から膝を曲げ、先程ダレンにしたのと同じ様に目線を合わせる。
いつの間にいなくなったのか、エリーはもう寝室に行ったようだ。あくびもしていたしな。
「グスッ・・・すまな・・・い・・・」
「どうして謝るんだ」
「折角・・・そなたとエリーが・・・腕をふるって作っ・・・た料理で、ハンナ姉弟が少し心を・・・開いてくれたというのに・・・ヒグッ・・・」
「ちゃんと聞いているから、落ち着いて話して?」
「それを、妾が・・・台無しにしてしまったのではないかと、そう思って・・・!」
普段、さっぱりとした性格で、エリーとは別の方向でしっかりしていると、そう感じていた小春。
エリーもこういう風に泣いた事はあったけど、普段の身振りを見ているとそのギャップからか、かなり心にくるものがある。
・・・やっぱり、肝が据わっていて度胸もあるといっても、小春も女の子なんだな。
「さっきも言っただろう? あれは必要な事だったんだ。俺とエリーが料理を作ったのだって、エラが何か食べさせてって言ったからだ。確かに、あの一連の出来事でハンナ姉弟は少し心を開いてくれたのかもしれない。けど、それはあくまでも予定外の副産物だ。もしそれが無くなってしまったのだとしても、どうってことないさ」
俺の言葉で緩んでいた涙腺がさらに緩んだのか、涙は先程よりもずっと多く、小春の頬の上を撫でて顎先へ落ちていく。
「・・・すまなかった、こうして心の内を打ち明けなければ、押しつぶされそうだった・・・」
「お互い頼り合っていこうと言っただろう? それに、小春の心の闇だってこれからも、いつでも取り払ってやるさ」
「圭太郎・・・」
「さ、もう夜も遅い。早く寝よう」
「あ、圭太郎・・・」
今夜は本当にいろんな事があったけど、もう日付が変わりそうな時間。小春に、早く寝床につくように言う。
自分もそろそろ眠気がひどくなってきたし、風呂に入ってから布団に入ろうと回れ右をすると自分の服の裾を引っ張られる。振り返ると小春がキュッと掴んでいた。
「ん?」
自分の部屋に向かおうとした俺を小春が呼び止めた理由は分からないが、とりあえずもう一度彼女へ向き直る。
「そ、その・・・だな・・・性にもなくそなたの目の前で涙を流してしまうと、明日の朝、そなたと顔を合わせられん・・・だからな、妾の心に後味の悪いものを残さないよう、今ここでしてもらいたい事があるのだ」
「してもらいたい事?」
「・・・妾の頭を撫でてくれないだろうか」
「・・・へっ!? いや・・・だって、平安の貴族の女性は自分の命と同じくらい髪が大切で、異性は愚か侍女みたいな限られた人にしか触らせないんだろう? それを俺なんかが・・・」
「ふふ、妾はもうそのような事は気にしておらん。そなたが言うように、妾の命を撫でて慰めよと言っておるのだ。どうした? 早くやってくれ。エリーにやって、妾にやれない等とは言わせんぞ?」
いつもの調子に戻ってもらうのは良いんだけど、それで優位に立たれて主導権を握られるのは・・・
つーか、こっちもなかなか恥ずかしいの知ってて言ってるだろ。
「・・・これで良いか?」
少し前にエリーにやった、ワシャワシャという撫でまわすようなやり方ではなく、猫を毛並みに沿って撫でるような優しいやり方をする。
「ん・・・悪くないな」
「・・・もういいか?」
「うむ、今日の所はこれくらいで許してやる。そなたはまだ風呂に入っておらんのだろう? ゆっくり浸かってこい」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
今の小春みたいに、エリーもまた不安定になるかもしれないってことを頭の片隅に置いておこう。彼女達の心の闇を取り払い、救う事は出来たのかもしれないけど・・・本当の意味で助けた、っていうのとは違う。きっと、今はまだ通過点だ。これからも二人の心の闇と付き合っていくことになるだろう。
「そういえば、そなたはダレンに何をするように言ったのだ?」
ふと、別れ際に小春が俺に聞いてくる。
「あぁ、それは・・・」
ダレン・・・遅いわね・・・
ワタシ達で使うように、って用意してくれた二つの布団のうちの一つに入っている。
圭太郎に連れて行かれたダレンがなかなか戻ってこないから、全く眠くならない。
すると、扉がスゥーっと開けられ、ダレンが部屋に入ってきた。
「ダレン、大丈夫だった? 何も無かった?」
「うん、大丈夫だよ」
「そ、そう・・・なら良かったわ」
・・・少し驚く。こちらの世界に来てからダレンは碌に喋らなかったものだから、ワタシの質問に普通に答えたのが意外だった。
「・・・お姉ちゃん」
「え・・・?」
また驚く。ダレンの方から、ワタシに話を振ってくるなんて、めったにない事だったから。
けどそれは、次の驚きに比べればなんてことない、ちっぽけなものだった。
「僕、決めたよ。もうお姉ちゃんに悲しい思いはさせない。今度は僕がお姉ちゃんを・・・『エラ』を守るんだ」