億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

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第二十話 それぞれの役割

ダレンの姿が浴室に消えてからしばらくすると、白い髪を濡らしてリビングへ戻ってきた。

 

「あ、ダレン。上がったか。そのままだと体を冷やすだろうから、ドライヤーで髪を乾かしてあげるよ」

 

俺がそう言って立ち上がると、エラもそれに続いた。

 

「あ、いいわよ、ワタシがやるわ」

 

「大丈夫大丈夫。エラは先にお風呂に入っちゃってよ」

 

「でも・・・」

 

「エラよ。ここは圭太郎の言う通りにするのが賢明だぞ。ダレンの事はこやつに任せておけ」

 

「そうですよ。ダレン君なら心配いりません。エラもお風呂に入っちゃって下さい」

 

「・・・そうね、後ろも閊(つか)えている訳だし、入らせてもらうわ」

 

「それじゃ、ダレンはこっちに来て」

 

「・・・」

 

ダレンは無言で着いてきてくれた。

・・・よし、これでやっと『二人きり』になれたな。※圭太郎はノンケです。←これ大事

 

 

 

 

 

 

エラがバスタオルと着替えを持って浴室の扉を閉めたのを確認して、俺はダレンを鏡の前に立たせた。未だに顔を下に向けたままだ。

 

「これから暖かい風を出すからね」

 

「・・・ッ」ビクッ

 

ダレンに確認を取ってからドライヤーのスイッチをONにした。少しビクッとしたが、すぐに慣れてくれたようだ。・・・何だかエリーの時の事を思い出すなぁ・・・

 

 

 

 

 

 

おそらく初めてだろうシャンプーを使った事で、初めて見たときのボサボサの髪よりは少しマシになっただろう。

 

ダレンはおとなしくしてくれていて、段々と髪が乾いてきた。

 

「夕飯は口に合ったかな? 口あたりの良い物を選んだつもりなんだけど」

 

「・・・」

 

返答なし。

 

「風呂に入ったのは相当久しぶりだったろ? 体は温まったか?」

 

「・・・」

 

これも返答なし。

 

「・・・なぁ、ダレンってさ・・・」

 

「・・・」

 

「『自分がお兄ちゃんだ』って思ったことない?」

 

「・・・・・・え?」

 

これが、ダレンがこの世界に来て初めて、特定の一人に意識を向けた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

・・・。

 

「だってさ、気付いた頃にはもう二人きりの生活だったんだろ?」

 

・・・。

 

「仮に双子っていうのが本当だとしても、先に生まれたのはエラじゃなくでダレンの方かもしれないだろ?」

 

・・・。

 

「もっと言ってしまえば、本当は血が繋がってないのかも・・・」

 

・・・。

 

「可笑しな話だよな。気付いたら自分と同じくらいの歳のアルビノの女の子が隣にいて、いつの間にかその女の子が自分のお姉ちゃんになっていて、自分は弟になっていて」

 

・・・。

 

「そして、『エラはしっかり者』で『ダレンは気が弱い』とか、『エラがダレンを守る』『ダレンはエラに守られる』。そんな関係が出来上がっていて」

 

・・・。

 

「もうこの際はっきり言っちゃうけどさ・・・」

 

・・・・・・。

 

 

 

「ダレンってエラのこと『嫌い』だろ」

 

 

 

 

 

 

「どういうつもりなんでしょうかねぇ、圭太郎さん・・・お風呂から上がったエラに「ちょっと弟借りてくぞ」って言ってベランダに行っちゃうし・・・」

 

「そうだな、あやつはエラから無理矢理引き離すように連れて行っていたな。・・・だが、当の本人が無抵抗だったところを考える限り、髪を乾かす際に何かあったのだろうな」

 

「・・・ダレン・・・」

 

エラはさっきからずっとこんな感じです。ソワソワして、両手をせわしなく動かして、何かをブツブツと呟いています。

 

「エラよ、少し落ち着け。そなたは弟を心配し過ぎだ」

 

「これくらい普通のことだわ! 別に髪を乾かすくらいの間だったら・・・ってさっきは思ってたけど、ワタシがお風呂から上がるやいなや、いきなりダレンをどこかに連れて行くなんて・・・!」

 

「ま、まぁまぁ、圭太郎さんなら悪いようにはしませんよ・・・」

 

「何でそうやって言い切れるの!? いままでダレンをワタシ以外の人と二人っきりにしたことなんてただの一度も無いのに、よりにもよってあんな訳の分からない人と「そこまでだ」」

 

エラの口調が段々と荒くなってきて、今にでも圭太郎さんとダレン君の所へ飛び出していきそうになるエラを小春が制止しました。

 

「頭を冷やせ。風呂でのぼせたのか?」

 

「・・・何ですって?」

 

「ちょ、ちょっと、二人とも・・・」

 

「エラはダレンを気に掛け過ぎだ。それを当然と思うか、過保護と思うかは人によると思うが・・・妾は後者だ」

 

「自分の弟を心配するのは普通の事よ」

 

「果たしてそれは本当に『心配』なのか? エラのそれはもはや・・・『束縛』だ」

 

「束縛・・・」

 

『束縛』か。小春はエラに、何を伝えようとしているのだろう・・・?

 

 

 

 

 

 

この人は一体・・・何を言っているんだ・・・?

 

「俺だって最初はそんな事微塵も思っていなかったさ。けどな、ダレンの行動の端々にそういうのが出てるんだよ」

 

「僕は・・・そんな事・・・思ってない・・・」

 

「・・・まぁ良いさ。ダレンが本気で、そんな風に思っていないと仮定しよう。けどそれは、自分の心に気付けていないだけだ。ダレンの心の奥底では・・・確かに姉を嫌っている」

 

「そんなの・・・なんで分かるんですか・・・!」

 

「じゃあ一つ一つ丁寧に教えてやるよ」

 

「・・・え・・・?」

 

「まず最初、俺とエリーが夕飯を作ってる時、ハンナ姉弟は小春とお喋りをしていただろう? ・・・ダレンに関してはお喋りとは言えないけど」

 

「・・・ただ黙ってただけだよ・・・」

 

「違うな。エラが「ダレンは気が弱くて・・・」と言った時、お前は無意識に舌打ちをしていた。隣で喋っているエラに聞こえないくらいの大きさでな」

 

「それはおかしいよ。なんで隣にいるおねえちゃんに聞こえないのに、あなたには聞こえるの・・・?」

 

「俺は地獄耳なんでな。舌打ちとか小言とか陰口とかに敏感なんだ」

 

「そんな無茶苦茶な・・・」

 

「あぁそうさ。俺は無茶苦茶だからな」

 

「もう一つ、ダレンが風呂に入るために浴室へ行って、出てくるまでの間俺たちは少し話をしていたんだけど、その時の事だ。・・・すぐに風呂に入らないで、暫く扉の側で俺達の・・・いや、正確にはエラの話を聞いていただろ」

 

「・・・証拠は・・・? 何でそんなことキッパリと言えるの?」

 

「簡単さ。脱衣所のスライド式の扉の音と、浴室のドアのガチャっていう音っつーのは全然違うからな。もし普通に風呂に入るなら、

 

脱衣所の扉→脱衣所の扉→浴室のドア→浴室のドア

 

の順番で音が聞こえる。けどダレンの時は

 

脱衣所の扉→脱衣所の扉→浴室のドア→脱衣所の扉→脱衣所の扉→浴室のドア

 

だった。つまり、脱衣所に入って扉を閉め、浴室のドアを開けて風呂に入っていると思わせておいてから脱衣所から出て会話を聞いてから再び脱衣所に入り、あらかじめ開けておいた浴室のドアを閉めた。違うか?」

 

「・・・そんなの、あなたの勝手な思い込みだ」

 

「そうかもな。少し遅く風呂から上がったのも、ゆっくりと湯に浸かっていたと思えばおかしい事じゃない。けどな」

 

「・・・」

 

「俺達はお前達姉弟を助けようとしているんだ。嘘をついたり、誤魔化したりするようなマネはしないでほしい。・・・別に怒らないさ。ハンナ姉弟の今までの生活の事を考えれば、そういう事をしてしまうのは仕方のない事だ」

 

「・・・」

 

「でも今は違う。二人は今『守られている』。誰にも干渉されない、外敵のいない世界に来たんだ。もっとのびのびと、ありのままをさらけ出してくれよ」

 

「僕の・・・ありのまま・・・」

 

「さぁ、自分の心に問いかけてみろ。ダレンはエラをどう思っているんだ?」

 

「・・・僕は・・・」

 

(ごめんなさい、ダレンは気が弱くて・・・)

 

(・・・ま、餌を与えればすぐ懐く犬『達』だと思ってるのならそれでも良いけど・・・)

 

(『流石に』ダレンでも自分の身の回りの事くらいはちゃんと出来るわ)

 

(ダレンはワタシがいないと『駄目』だから)

 

あぁ、何でだろう。お姉ちゃんの言葉を振り返っていく度、僕の中の抑えられていた何かが沸々と湧き上がってくる。

少し前まではそう言われて当たり前だと思っていたし、それに対して何とも思っていなかった。

けど、目の前のこの人に言われてみると、どうだろう。確かに、抑えられていた感情の一部が行動ににじみ出ていたかもしれない。少しイラッときて、ドアを強く閉めて物に八つ当たりしていたかもしれない。

 

・・・僕は・・・お姉ちゃんの事が・・・嫌・・・

 

 

 

(オラそこの野郎共! 挽き肉にされたくなかったら失せろ! どてっ腹に風穴開けたろうか!?)

 

・・・あれ?

 

(何よダレン、全然食べてないじゃない。ほら、ワタシの分もあげるから体力をつけるのよ?)

 

・・・これは・・・

 

(ワタシが屋台から野菜を取るから、ダレンは人の気を引いてちょうだい。その間にワタシが上手くやるわ。・・・もし失敗してしまったら、ダレンだけでも逃げなさい)

 

・・・昔の・・・

 

(・・・ごめんなさい、ダレン・・・痛っ・・・ホラ、『モノ』はちゃんと取って来たわ。・・・仕方ないわよ、気付かれたのはダレンのせいじゃないわ。・・・ワタシ? 少し、逃げてくるのに手間取っただけよ。・・・大丈夫、心配いらないわ)

 

 

 

 

 

 

「・・・圭太郎・・・さん」

 

「どうだ、気付けたか?」

 

「はい、良く分かりました・・・自分の心に」

 

「・・・で?」

 

「・・・圭太郎さんの言う通り、僕は確かにどこかでお姉ちゃんを嫌っていました。いつも僕を見下して、偉そうにするお姉ちゃんを・・・」

 

「・・・気付けたのか」

 

「はい。・・・でも、他にも気付いたことがあったんです」

 

「言ってごらん」

 

 

 

 

 

 

この人に言われて、過去を思い返した。

 

毎日が、辛いことだらけだった。

 

いつの間にか一緒にいた、女の子がいた。

 

自分と同じ、真っ白な女の子だった。

 

・・・いつも、その子に助けられた。

 

お腹が空いたとき、大人に暴力を振るわれたとき、寒いとき。

 

ふとその子を見ると、体に傷があった。

 

聞いてみても、「大丈夫」とだけ言って笑っていた。

 

・・・ある日、そんな彼女を見ながら、ふと思った。

 

 

 

 

 

 

「僕の心は・・・お姉ちゃんを嫌う気持ちより、お姉ちゃんを・・・『エラ・ハンナを助けたい』。その気持ちの方がずっと強かったんです」

 

 

 

 

 

 

助ける・・・か。

 

「嫌いだと言った僕がこんなことを言うのはおかしいけど・・・もうお姉ちゃんが傷つくのを見たり、お姉ちゃんに助けられてばかりでいるは嫌なんです・・・!」

 

するとダレンはこちらに向き直ったかと思うといきなり頭を下げた。

 

「だから・・・お願いします! 僕達『姉弟』を・・・お姉ちゃんを助けて下さい・・・!」

 

「ダレン・・・」

 

下を向いたダレンの足元には、涙がポタポタと落ちて広がっていた。

 

「顔を上げてくれ、ダレン」

 

「・・・?」

 

膝を曲げて目線を彼の高さに合わせ、両肩に手を置く。

 

「俺は一人っ子だからうまく言えないけど・・・ダレンがエラの事を嫌うのは悪い事じゃない。そもそも、人と人が長い間一緒に過ごせば、お互いの良い所や悪い所は嫌でも見えてしまうし、分かってしまう」

 

「そういういろいろな『面』をお互いに受け入れて、我慢していかなきゃいけないのが人だ。・・・けどな、俺は少し違うと思う」

 

「違う・・・?」

 

「受け入れるのは大切だと思うけど、我慢し続けるのは駄目だと思うんだ。相手の良い所だけを見て悪い所には目を瞑ったりしていると、いつか我慢の限界が来る」

 

「我慢の・・・限界・・・」

 

「そう、これまでのダレンは我慢を続けていた状態だ。『お姉ちゃんに助けてもらっている』という事実があり、さらにはエラを守りたいという気持ちもあるからエラに反抗することが出来ず、嫌な事も黙って耐えていた」

 

「・・・はい」

 

「でも・・・これからは違う。・・・そうだろ?」

 

「勿論です!」

 

ダレンは顔を上げ、力強い目で返事をした。・・・中々様になってるじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

あんな顔で頭を下げられたんだ・・・やってやるさ。ダレンも、エラも・・・

まずは二人の仲をどうにかしないとな・・・

 

ちと説教くさかったかな?

 

 

 

 

 

 

リビングには未だに堅苦しい雰囲気が漂っています。

 

「ワタシがダレンを束縛している、ですって?」

 

「その通りだ。確かにダレンはエラに頼り切りかもしれないが、エラもダレンに依存しているではないか」

 

「どこが?」

 

「エラは『ダレンの面倒を見ている』という自分の状態に縋(すが)っているのだ。自分の弟を『だし』にする事で自らの存在意義を保っている」

 

「こ、小春! それは言い過ぎだよ!」

 

「分からないのかエリー、エラは先程『ダレンはワタシがいないと駄目』と言っていたのに対し、『エラはダレンがいないと駄目』でもあるという事が」

 

小春の辛辣な物言いをされて、エラも我慢の限界が来てしまいました。

 

「・・・何よ! 優しくしてくれて、少し信じてみても良いかな・・・って思ってたのに! そんな風に言われるなんて思いもしなかったわ!! 」

 

「エラ・・・」

 

「何が『助ける』よ! もうアンタ達の事なんて信用しないんだから!!」

 

エラはそう言い放つと、圭太郎さんがエラに先に入っているように言った布団が敷いてある和室に閉じ籠ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

「・・・小春・・・これで良かったの?」

 

「妾が言ったことはおそらく間違っていないだろう。本人がそれに気づかないのなら、妾達が教えてやるより他は無い。それに・・・」

 

「・・・?」

 

「圭太郎はきっとダレンの事を上手くやるだろうからな。妾達もエラを何とかしなくてはならん。彼奴もきっとこうしていただろうと考えての行動だ」

 

「確かに・・・圭太郎さんならやりかねないよね・・・というか絶対やるよね」

 

私は思わず苦笑してしまう。

 

「しかし・・・状況は思った程良くないな。一体どうしたものか・・・」

 

 

そうやって私と小春が唸っている時、何故かここにいるはずのない『三人目』の声がリビングに聞こえてきました。

 

 

 

《おやおや? どうやらお困りのようだね〜♪ そろそろ登場しようと思ってた頃だし、仕事を頼んだ張本人が出てこないのはマズいよね~》

 

 

 

 

 

 


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