億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

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第十九話 暖かい味

先程、この姉弟が何か食べ物を食わせろと言ったので圭太郎とエリーが台所でうんうん唸っている。おそらく、献立が決まらないのであろう。まぁ無理はない。こんなにも痩せ細った子供の体を考えれば当然の事だろう。

それでは今妾は何をしているのかというと、件の姉弟と話をしている。話をしていると一概に言っても、こちらがほぼ一方的に情報を探り出そうとしているだけだが・・・

 

・・・ん? 妾は圭太郎達と一緒に調理をしないのか、だと? 愚か者め、居間を留守にしてしまってはまた姉弟に何かあった時に対応が遅れてしまうだろう。要するに監視をしているというわけだ。分かったか?決して、妾が料理をするのが得意ではないからではないぞ? 

 

 

 

 

 

 

「先程は圭太郎しか名を名乗っていなかったからな、今度は妾の番だ」

 

「妾の名は『橘 小春』だ。妾は堅苦しい事が嫌いでの、呼ぶ時は『小春』で良い。そして今台所で圭太郎と一緒に夕飯を作っているのは『エイブリー』。見れば分かると思うが、『エルフ』という種族だ」

 

「最初に見た時、まさかとは思っていたけど・・・本物のエルフをこの目で見られるとはね。おとぎ話で聞いたり、絵本で見たことしかなかったから」

 

「妾と彼女はどちらも圭太郎に救われた身だ。今はこうして圭太郎の助手をしている」

 

「成程。そっちのことは大体分かったわ。じゃあ、今度はワタシ達の番ね」

 

「ワタシが姉の『エラ・ハンナ』。こっちが弟の『ダレン・ハンナ』。どっちもハンナで呼ばれるとややこしいから、名前で構わないわ。・・・ほらダレン、挨拶しなさい」

 

「・・・どうも」ボソッ

 

「ごめんなさい、ダレンは気が弱くて・・・」

 

「大丈夫だ。気にしておらん。これから少しハンナ姉弟の事を聞くが、構わんか?」

 

「えぇ、答えられる範囲なら」

 

「では・・・両親がいないと聞くが、それはいつからだ?」

 

「そうね・・・大体、ワタシ達が5・6歳くらいの時にはもう自分達で生活していたわ。一番最後の記憶を思い出してみても、小屋の中にダレンと二人っきりだったことくらいしか・・・」

 

「両親の安否も分からないのか?」

 

「えぇ、写真も、手紙も残っていないわ。まして、生きているのか死んでいるのかすら・・・」

 

「・・・そうか」

 

「それじゃあさ、アンタ達の話も聞かせてよ」

 

「ん? 妾達の、か?」

 

「そうそう。特にあの男の人・・・圭太郎っていったかしら? なんであの人がこういう事をしてるのか知りたいわ」

 

「ふむ・・・あやつの真意はまだ聞いたことが無いが、そなた等も会ったであろう神から頼まれてこれをやっているそうだ」

 

「ふーん・・・それに見返りってあるの?」

 

「特に金銭等を受け取っている様子は見られないが・・・まぁ、『ぼらんてぃあ』というやつだろう。ちなみに、神はそなた等を転生させる際、何と言っておったのだ?」

 

「確か、『貴方達を今の生活から助けて出してくれる人の元へ送って差し上げます』って言ってたわ」

 

「ははは! そうかそうか、あやつも神に高く買われたものだな!」

 

「小春が助手をしているのも、その人の恩返し、っていうこと?」

 

「うむ、その通りだ」

 

妾とハンナ兄弟の話が落ち着き始めた頃、台所から腹の虫を擽るような香りが流れてきた。話に夢中になって気が付かなかったが、圭太郎と小春は着々と夕飯の準備をしていてくれたようだな。感心感心。

 

「・・・さて、どうやら夕飯の準備が整ったようだ。聞きたい事も大方聞けたし、腹を満たそうではないか」

 

「・・・最後に、聞きたいことがあるだけど・・・良い?」

 

「? 構わんが、何だ?」

 

「アタシ達ってこんなに早く素直になって、変? さっきまで、あんなにアンタ達のことを疑ってたのに」

 

「ふむ・・・そんな事はないと思うぞ? 妾はどうなのか分からんが、圭太郎とエリーのあの人柄なら、可笑しなことではないだろう」

 

「・・・ま、餌を与えればすぐ懐く犬達だと思ってるのならそれでも良いけど・・・とにかく今は早く食べ物が食べたいわ」

 

 

 

 

 

 

「・・・出来たな」

 

「・・・えぇ、出来ましたね」

 

俺とエリーが作った今晩の夕飯はシチュー。暖かそうなイメージがあるし、口当たりも良い。なにしろ、優しい味がするからな。

 

「いやぁ、家にシチューのルーがあって助かった」

 

「そうですね、中々案が出てこなくて苦し紛れで見た戸棚の中から出てくるんですから、『棚から牡丹餅』っていうやつですね」

 

「・・・その言葉の使い方がそれで合ってるかどうかはツッコまないとして、どうかな? 二人が食べてくれるかどうか・・・」

 

「きっと大丈夫ですよ! 『空腹は最大の調味料』ですからね、あの姉弟が食べない筈がないです!」

 

「・・・最近思うんだけど、エリーって慣用句を使うのがマイブームなの・・・?」

 

俺がそう質問すると彼女はプイッと向こうを向いてしまい、答えを聞くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

俺含め五人分の食器をテーブルに並べ終わった。長方形のテーブルの長いほうの面のに姉弟を並べ、反対側にエリーと小春を座らせた。

 

「さ、食べて食べて。・・・ちなみに言っておくけど、おかしなものは一切入ってないからな」

 

「そうであることを願うわ。じゃあ、いただきます」

 

「・・・いただきます」

 

姉に続いて弟もスプーンを持った。・・・緊張の一瞬。もしもここで「マズイ」なんて言われてしまったら、それこそ一生の終わり・・・

あっ、ここでは『一章の終わり』のほうg・・・ちょっやめ(ry

 

「・・・」パクッ

 

「・・・」パクッ

 

「どう・・・ですか・・・?」

 

エリーが恐る恐るハンナ姉弟に尋ねると、意外な所から声が聞こえてきた。

 

「・・・これ・・・おいしい・・・」

 

出会ってから一向に口を開こうとしない弟が、自分から声を発したのだ。

 

「ホ、ホントですか!?」ガタッ

 

思わずテーブルに身を乗り出すエリー。

 

「こういう事を言うとウソみたいに聞こえるかもしれないけど・・・ワタシが生きてきた人生の中で一番おいしい食べ物だわ・・・」

 

一方姉の方は、余程おいしかったのか文字通り目を真ん丸にして口をポカーンと開けている。

それまでの人生で一番おいしいだなんて、よっぽど食い物に困ってたんだろうな・・・飢凍しなかったのがせめてもの幸い、といったところか。

 

「でかしたぞエリー! 圭太郎!!」

 

小春も嬉しくなって興奮したのか、俺の肩をバンバン叩いてくる。ちょっと、痛いっす小春さん・・・

 

「やりましたね圭太郎さん!」

 

「あぁ、自分で作った料理を人に食べてもらう事の大切さと嬉しさを、改めて感じられたよ」

 

「よし! 全員揃った、飯も美味い! 今宵は親睦を深めようぞ!!」

 

・・・確かに、今のこの場の雰囲気を全体的に見ればそれはまぁ、良い方だ。姉の方も、きっと・・・まだ確信するのは早いのだろうが、きっと大丈夫だろう。そんな気がする。

しかし、問題なのは・・・

 

「ほら、しっかり食べなさいダレン。こんなにおいしい料理を作ってもらったんだから、残さずに食べなきゃ駄目よ? しっかりと胃袋に貯蓄しなきゃ」

 

「うん・・・」

 

きっと、『まだ誰とも目を合わせていない』弟の方であろう。自らの姉とさえも・・・

 

 

 

 

 

さて、楽しい夕飯の時間は終わり、どこからかは分からないが欠伸が聞こえてくるような時間になった。食器の片付けを終えたので冷蔵庫の野菜室からリンゴを取り出して頬張っていた俺の所にエリーがやって来た。

ちなみに、俺が好きなリンゴは固くて酸っぱい青リンゴ。柔らかくてモシャモシャしたのは遠慮したい。・・・はいそこ、「いらん事言うな」とか言わなーい。

 

「ん? どうしたエリー? リンゴ食べたいの?」

 

「それもありますけど、後で良いです。お風呂の事なんですけど、ハンナ姉弟はどうしましょうか?」

 

「あー・・・」

 

悩ましいところだよなぁ、いつも二人がどうやって風呂に入っていたのかなんて知らないし・・・というか、風呂に入れるような生活だったのかさえ分からない。聞かないと分からない事だから聞いてみるしかないな。

 

「おーい、エラとダレンー」

 

リビングにて、夕食前のように小春と話をしているハンナ姉弟に声を掛けると、エラがすぐに振り返ってくれた。

 

「何?」

 

「二人って、お風呂とかどうしてたの?」

 

「ワタシ達が生活していた所にお風呂は無かったわ」

 

「え、じゃあどうやって体を洗っていたんだ?」

 

「日が暮れて人の目に付かないくらい暗くなってから少し離れた川で体を流していたわ」

 

「・・・そうか」

 

「じゃあ、お風呂を沸かしたので入りましょうよ! 体を温めて寝ないと風邪を引いちゃいますからね」

 

「生憎、寒い夜に麻袋を巻いて寝る生活を続けていると、そんなの慣れっこなのよね」

 

「うっ・・・」

 

「まぁまぁ、そんな事言わずに。で、二人は一緒に入るのか? それとも別々に入るのか?」

 

「もうちょっと子供だったら一緒に入っていたけれど、今はもう一緒に入ったりしないわよ」

 

「男女は七歳で何とやら、ですね」

 

「『男女七歳にして席を同じゅうせず』だな」

 

「むぅー・・・」

 

エリーは小春にちゃんとした答えを言われて頬を膨らませている。一方の小春は少し自慢げだ。

 

「じゃあ、どっちから先に入るのかな?」

 

「ダレンを先に入れさせてあげて。ワタシは後で構わないわ。・・・ほら。ダレン」

 

「・・・」コクッ

 

ダレンは姉に言われるまま、浴室へと入っていった。

 

「・・・大丈夫ですかねぇ」

 

「流石にダレンでも自分の身の回りの事くらいはちゃんと出来るわ」

 

「ほう。それはエラが教えたのか?」

 

「いや、違うわ。気付いた頃にはダレンが自分でこなしていたわ」

 

「意外な物だな、言っては悪いがダレンはそのようにしっかりしているようには見えないのだが・・・」

 

「まぁ、あんなに黙りこくってたらそう思うのも仕方ないわよね。でも、なんだかんだで自分の事はきちんとやっているわ」

 

「自分の事は、ねぇ・・・」

 

「どうですか? まだ半日も経ってませんが、この世界は?」

 

「そうね、少なくとも、ワタシ達がいたところよりは断然良いわ。美味しいご飯も食べられるし、お風呂にも入れるし、何より雨風をしのげる暖かい場所が確保されているから」

 

「それは何よりだ。そうだろう、圭太郎」

 

「・・・ん? あぁ、そうだね」

 

「どうした、何か考え事でもしておったか? 曲がりなりにもこの家の家主なのだから、もっとしっかりせんか」

 

「曲がりなりにもって・・・」

 

「そういえば、アナタの両親は?」

 

「海の向こうさ。こっちの世界では珍しい事じゃないよ」

 

「ふーん、そう」

 

ふとエリーを見てみると、何故かソワソワしているのに気付いた。小春もそれに気付いたのか、声をかけた。

 

「落ち着きがないぞエリー、厠か?」

 

「ち、違うよ! ただ、やっぱりダレン君が少し心配で・・・」

 

「そうだよな、また誰だかさんみたいに風呂場ですってんころりんしたら大変だもんな」

 

「〜〜〜ッ! もう! 茶化さないで下さい圭太郎さん!」

 

「ハハハ、悪い悪い」

 

「もしダレンに何かあったらワタシが行くから大丈夫よ、心配しないで」

 

「・・・はい、分かりました」

 

さて、そろそろハンナ姉弟の『心の闇』の正体を探らないとな。

けど、何ていうか・・・今回は糸が色々なところで絡まっていて、躍起になってどこかを切ってしまうとバラバラになってしまいそうだ。

ネックなのは弟の方。夕飯の時に見せた顔に一片の光を感じたけど、あれじゃあまだまだ駄目だ。このままだと、心の闇がどういうものなのかさえ分からず仕舞いになってしまう。

そもそもの話、会話が圧倒的に足りない。エリーと小春は俺と言葉を交わしてくれたけど、俺と喋ってくれないんじゃどうにもならない。

・・・よし、エラの方はエリーと小春に任せるとして、俺はダレンを何とかしよう。男同士なら、何か分かることがあるはずだ。

それともう一つ。エラとダレンに距離を置かせよう。いつも一緒だった二人を引き離すのは少し心配だが、それでも・・・あの二人を別々の環境下に置くことで何か良い刺激が得られるかもしれない。

 

「それにしても、弟の面倒を立派に見ているのは確かにエラだ。実に関心するぞ」

 

「私にもお兄ちゃんがいたんですけど、小さい頃はお兄ちゃんに頼りっきりでした。そう考えると、エラはしっかりしてるんだと思います」

 

「そんな事無いわ。ダレンはワタシがいないと駄目だから、自然とそうしてるだけよ」

 

そう。俺もそうだけど、傍目から見ればエラがしっかり者のお姉さんで、ダレンは気の弱い弟。そう見える。

けど・・・本当にそうか? いや別に、世間一般の目で見れば間違いではないのかもしれない。

これは俺の勝手な憶測だが・・・

 

『エラがダレンに依存している』んじゃないのか・・・?

 

 


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