第十八話 『計画』
小春がうちに来てから、しばらく平穏な生活を送っていた。
しかし先日・・・というか昨夜、またも神様が俺の夢枕に立った。話された内容は、次の逆転生者を送ることについての報告。詳しい話は次の日に、ということだった。
そして今は、神様がうちへやって来て、俺たち3人に詳しい話をしているところ。
〈前日も言いましたが、今回転生者させる者が決まりました。今日はその報告をします〉
「待ってました。では教えて下さい」
〈はい。今回の転生者は『アルビノの姉弟』です〉
「・・・はい? 『姉弟』って、まさか・・・」
〈えぇ、エイブリーさんの考えている通りです。今回はその姉弟の『二人を同時に』こちらの世界へ転生させます〉
「す、少し待ってくれ。二人も同時にこちらへ寄越すなど、少々無茶が過ぎるのではないか・・・?」
〈これは貴方達の功績を認めた上で決定した事です。大丈夫ですよ、今の貴方達なら〉
「えっと、姉弟の二人を転生させるっていうのは分かったんですけど、『アルビノ』っていうのは何なんですか?」
「簡単に言うと『アルビノ』っていうのは、メラニンっていう動植物の色素みたいなのを作る遺伝子が生まれつき欠乏してて、そのせいで肌や髪の毛が真っ白、または他の薄い色になってしまう遺伝子疾患がある人や動物のことなんだ」
〈・・・何故私が説明しようとしたのに横取りするのですか〉
「すごいです圭太郎さん! 博識なんですね!」
「いやいや、たまたま知っていた知識ってだけだよ」
「それで、そのアルビノの姉弟とやらは何故この時代に来ることになったのだ?」
〈二人の暮らしている街には昔から、ある言い伝えがあります。それは、街にアルビノの人間がいるといずれ災厄が訪れる。というものです〉
「なんだかいい加減な言い伝えですね・・・」
〈ですが実際、二人が生を受けてからというもの、その街では直下型の地震、大規模な火災、近くを流れる川の氾濫、疫病など、多くの災害が発生しているのです〉
「出来過ぎな気もするけど、それでその姉弟が今まで無事でいられた、ってのも引っかかるな」
「ましてやそのような天変地異など人の手で起こせるようなものでもあるまいし、ますます信憑性が高まるな」
〈そして二人は街から忌み嫌われ、毎日のように暴行や嫌がらせを受けるようになったのです〉
「えっと、二人の両親は・・・?」
〈彼らに物心が付く頃には、もう記憶に無いようです〉
「そんな・・・」
「・・・よし、大体の事情は把握した。これから俺達は二人の受け入れの準備を始める。良いですね、神様?」
〈それはそうなのですが、策はあるのですか?〉
「そんなものは後からどうにでもなる。そもそも、神様が転生させる人達を受け入れ拒否するっていう選択肢自体、俺には無い」
「そうだな。少し前の妾のように困っている者達を見捨てるなど、自身の『ぷらいど』が許さないからな」
「・・・うん、小春の言う通り。私も両親や家族がいない辛さは身に染みて分かっているから、二人を助けてあげたい」
〈では、今日の夕方に二人をいつもの場所へ転生させます。心の準備をしていて下さい〉
神様はそう言い残して消えてしまった・・・
「さて、ついに3人目の・・・じゃなくて3、4人目の転生者のお出ましか」
「今回は二人同時だそうですが、本当に上手くいくんでしょうか・・・」
「何を弱気になっているのだエリー。転生者第1号のエリーがその調子でどうする?」
「ごめん・・・」
「今回はエリーの時と状況が似ているな。世間、人間から差別を受けている事と、両親がいない事だ」
「しかし、『両親がいない』については問題無いのではないか? お互い唯一無二の血の繋がった姉と弟なのだから、心の拠り所は十分とは言えないが確保されているのでは?」
「あぁ、だからこそ問題があるんだ。自分の心の拠り所が一つだけだと、どうしてもそこに依存してしまう。そこが無くなってしまった瞬間に、精神が不安定になって一瞬でパーだ」
「そう言われてみればそうだな・・・」
「確かに、自分の安心できる場所が一瞬で無くなるのは・・・辛いです・・・」
「あ、ごめん、エリー。嫌な事を思い出させちゃったな」
「いえ、良いんです。こうしてあの事を思い出せば、これから来る二人と自分を重ね合わせて圭太郎さんが私にしてくれたように出来ますから」
「そっか。分かった、期待してるけど無理はしないこと。良いね?」
「分かりました」
「では、二人の心の闇とやらを根本的に解消するには、一体どうしたら良いんだ?」
「それも二人が来てから模索していこう。『無意味』っていう言葉に『意味』があるのなら、『無計画』も『計画』の内だ」
「なんだか哲学みたいですね」
「いや、ただの屁理屈であろう」
「はは、違いないな」
空が茜色に染まってきた頃、約束の時が迫ってきた。いつも通り神社の鳥居の前にスタンバイし、アルビノの姉弟が転生されるその時を待つ。
「・・・やっぱり、慣れないものですね」
「あ、エリーもそう思う? 実は俺もそうなんだ」
「そうか? 妾は左程気にしておらんが」
「小春はどうしてそんなに余裕でいられるの?」
「こうして二人と共に次の転生者を助けるのを心待ちにしていた。これでやっと恩返しが出来るからな」
小春がそう言い終わるのとほぼ同時に、いつもより少し大きめの黒い穴が現れる。やがてその穴が消えると、それがあった場所には二人の子供が・・・倒れていた。
「って、姉弟倒れてるし!?」
俺がすぐに姉弟の元へ駆け寄ると、エリーと小春も状況を察して俺の後をついて走ってきた。
「圭太郎さん! この二人、すごく顔色が悪いです!」
「意識は無いが、息はあるようだ。圭太郎! 二人を家まで運ぶぞ!」
「分かった! 俺は弟の方を、二人は姉を頼む!」
なんとも幸先の悪い始まり方だな・・・と、俺は心の中で呟いた。
子供をおんぶしての全力ダッシュの末、倒れていた二人を急いでリビングに用意した布団に並んで寝かせ、安静な状態にさせることが出来た。とりあえずこれでひとまず安心だが、二人が目を覚まさないことには本当に安心は出来ない。
にしても・・・
「さっきは慌てていて気付かなかったんですけど、この二人・・・」
「あぁ。見たところ歳は妾やエリーと同じくらいだが、平均の子供よりも痩せている。もう少しで頬骨が見えそうだ」
「きっと、満足に食べ物が得られなかったんだろうな。よく生きていてくれたもんだ」
小春の言う通り、今俺達の目の前で眠っている姉弟は病的な程に痩せている。生まれてすぐの小鹿のような手足・・・というのは少し言い過ぎかもしれないが、それを連想させる程二人は弱っているようだった。
「・・・! 圭太郎さん! お姉さんの方が!」
エリーに声を掛けられてハッと姉の方に振り返ってみると、今まさに彼女の瞼がゆっくりと開かれようとしていた。
「・・・ここは・・・?」
彼女がまだ鮮明でないであろう意識の中でそう呟き、布団に横になったままで俺達三人の顔をそれぞれ見渡す。
すると・・・
「・・・! 殺すならワタシだけにしなさい! 絶対にダレンだけは殺させな・・・」
「おっと」
みるみるうちに表情が険しくなり、自分の横に弟がいることに気付くと彼と俺を隔てるように間に立ってすさまじい剣幕で俺達を睨み、上記のように叫んできたのだが・・・意識を取り戻してすぐに興奮したからなのか、言葉尻を小さくしながらフラッと布団に倒れてしま・・・いそうになったところを俺はすかさず支えてやった。だが、
「ッ! 触らないで!」
勢いよく振り出された腕は俺の頬に当たったが、それには悲しくなるくらい力が無かった。
「! 貴様!」
「ちょっ、小春! 落ち着いて!」
「小春、俺は大丈夫だから少し落ち着くんだ」
「す、すまん・・・」
すると、大きな声で意識が覚醒したのか、弟も目を覚ましたようだ。
「・・・んぅ・・・? おねえ・・・ちゃん・・・?」
「ダレン! ワタシが分かる!?」
「よし、二人共目を覚ましたようだし、状況も呑み込めていないみたいだからまずは自己紹介をしよう」
「俺の名前は『生明 圭太郎』。君達姉弟を今の生活から救い出す男だ」
姉弟が二人とも目を覚ましてくれたので、布団の上っていうのもあれだからとりあえずリビング並んで座らせた。申し分程度に麦茶も出したのだが、二人とも中々手を付けてくれない。
様子を見ているとどうやら姉が俺達をかなり警戒していて、弟が姉の後ろに隠れているようだ。麦茶も、姉が頑なに飲もうとしないから弟もそれを見て飲まない、といった感じに見える。
麦茶を飲んでくれないのは仕方がないので、こちらから切り出そう。
「二人とも、そんなに警戒しないでくれ。さっきも言った通り、俺達は君達を助けるためにこの世界へ呼んだんだ」
「ふーん、アンタ達があの神様らしい人が言ってた人達ってこと?」
「そうです。私達は二人を今の生活から解放する為に全力で手助けします」
「さっきから救い出すだの解放するだの言ってるけど、アンタ達はワタシ達の生活ってやつを知っててそう言ってるの?」
「当たり前だ。その位の事前情報など、既に確認済みだ」
「だからって、ホントにアンタ達がワタシ達を助けてくれるって証明出来るの?」
「・・・はっきり言って出来ない。君達に信用してもらわない限りは」
「そう。それならワタシ達はアンタ達を信用出来ないわ」
・・・分かっちゃいたが・・・手強いな。そもそも、簡単に信用して貰えると思っているのが間違いなのは百も承知なのだが、あぁも頑なな態度を取られるとどこから切り崩せばいいのか分からない。
「なら、神社で倒れていたそなた等をここまで運んだのは誰なのだろうな?」
「それは・・・」
「妾達をすぐに信用しろ、とは言わない。無理に信用されてもこちらも困るからな。だが、その事実がある以上、それが妾達とそなた達のまだまだ深い溝を埋めるきっかけになったのは間違いないはずだ。違うか?」
「・・・降参。そう言われてみればそうね、そこの男の人が自分のおでこにかいてる汗を拭くのも忘れるくらいだった、って捉えてあげるわ」
俺はアルビノの姉にそう言われて初めて気付いた。
「良いわ。アンタ達のこと、ほんの少しは信用してあげる」
「! 本当ですk「けど」・・・?」
「まだ、アンタ達がワタシ達に何もしないなんて、思っちゃいないから。例えば・・・」
彼女の次の一言は、俺達に生まれた少しの安堵を打ち壊すには十分すぎた。
「アタシ達を殺して、バラバラにした体を売り捌くとか」
そうして姉弟はやっと、麦茶に口をつけてくれた。
アルビノの姉弟と出会った頃には茜色だった空も、今ではすっかり暗くなった。
姉が麦茶を飲んだことでやっとこさ弟の方も飲んでくれた。
すると、麦茶を飲み終わった姉の方から思いもよらない言葉が飛んできた。
「飲み物を飲んで胃袋が目を覚ましちゃったから、何か食べ物を食べさせて。アタシ達ここ最近、碌な物食べてなかったのよね」
「・・・さっきは飲み物一杯口にするのも避けてた位警戒してたのに、凄い変わり様だな」
「・・・悪かったわよ。だって、薬とか毒とかが入っていたら・・・って思ってたから」
「そんな・・・私達はそんな酷い事しません!」
「そうみたいね、さっき確認出来たわ。という訳で頼むわシェフ」
「シェフじゃねえし」
そんなこんなで五人分の夕食を作ることになったのだが・・・
「・・・難しいよなぁ。ここ最近碌な物を食べてなかった子供が食べられるもの・・・」
「味の強い物を食べるとお腹がビックリするかもしれませんしねぇ・・・」
ある程度料理が出来る俺とエリーでメニューを考え、本人に言うと怒られるのだが、残念ながら料理があまり得意でない小春はアルビノ姉弟の話し相手になってもらっている。・・・というか小春が自ら買って出たのだ。
こちらとしてはありがたいことこの上ないのだが、果たして大丈夫なのだろうか・・・