さっき見た、神社に行ったら神様が出てきてその流れで転生、っての面白かったなぁ・・・
幼い頃から古い物や昔の物が好きで、中学生の頃に寺や神社などに親近感を覚えるようになり、それらの雰囲気が好きになった。まとまった時間がとれた時には、少し遠くの神社に足を運んだりしている。この趣味は良い運動になるし、自然を楽しむこともできる。
しかし、多くの神社は山の上などにあるので、大抵は階段を登ったりそれ以外の時はもうただの山登りになったりする。・・・年寄りになっても簡単に続けられるものではないだろう。
先程までは、スマホでSS投稿サイトを見ていたところだ。もともと小説は好きな方だし、SSはなんというか・・・アンダーグラウンド感があって良い。
確か家の裏にも神社あったよな・・・明日にでも行ってみよう。
ふと、小さい頃に祖父と一緒に行った記憶がある神社の存在を思い出し、限りなく0に等しい確率に淡い期待を込めてみた。
今になって考えてみれば、俺の考えは中二病・痛い人の考えるそれと一緒である。だが、それらを気にして躊躇する気持ちよりも、その確率にかけてみたいという好奇心が勝った。
5月らしい暖かさの、少し遠くにでも出かけたくなるような、そんな日だ。
辺りに広がる田んぼに囲まれた土地の中にぽつんと、高い松や杉に囲まれた狭い平坦な土地が見えた。木々の中には幹の太さが1m強もありそうな大きなものがある。それらがこの神社の過ごしてきた時間の長さを物語っており、同時に、自分のような小さな命に対して「どんなもんだ」と誇っているような感じがした。
周りにはコスモスなどの花がちらほらと、様々な色を咲かせている。そこに近づくにつれ、木々の間から小さな建物が見えてきた。
鳥居をくぐる前に神社が見えた。縦横が6~7mの正方形に収まるくらいのこじんまりとした大きさで、薄い橙色をした金属製の屋根が目を引いた。が、全体的に見ればボロい類に入るだろう。
鳥居の前で一礼をしてから、足を踏み入れた。
木々の中に囲まれた神社の周りの敷地は一面落葉した杉の茶色い葉に覆われ、その間からちらほらと少し背の高い雑草が生えていた。掃除などはされていないようだ。少し立ち止まって上を見上げると、木々の葉の中にはぽっかりと空いたスペースがあり、そこには丸い空があった。流れる雲は少し遅く感じた。
鳥居に向かって右には石碑なのか墓なのかよく分からないものが並んでいた。それを見たとき、幼少の頃に聞いた祖父の言葉を思い出した。祖父が自分に話しかける時は一人称を「おじいちゃん」にして、優しい言葉でしゃべってくれていた。自分も、祖父を「おじいちゃん」と呼んでいた。
「圭太郎、これは何だと思う?」
「うーん・・・おはか?」
「そう。お墓だ」
「誰の?」
「人のお墓ではないんだ」
「・・・?」
「これは、おじいちゃんの家で昔飼っていた馬の墓なんだ」
「うま・・・」
「馬って知ってるか? 4本の足で歩いて、ヒヒーンって鳴く奴だ」
「うん。わかるよ」
「おぉー? 物知りだなー」
「おじいちゃんが小さい頃は足を踏まれて酷い目にあったんだ。運良く下が柔らかい地面だったから大怪我にはならなかったけど、足がこんなに腫れたんだぞ?」
その時祖父は足の上に手を置いてどのくらい腫れたのかを自分に教えてくれたのだが、今ではその手がパーだったのかグーだったのかは覚えていない。・・・まぁ、グーはないだろうな。
昔を思い返していた意識を再び外界に向け、地面から伸びて屋根を支える支柱の生え際から続いているひび割れた石の道を避けてその脇を歩き、枯葉や枝をパキポキと踏む音を鳴らしながらゆっくりと目的の場所へ足を進めていく。左側には大きな文字で深く『古峯神社』と掘られた大きな石と、その隣には朽ち果てた大木の切り株とそれをぐるっと囲む紙垂(しで)があった。切り株は相当前に切られたようで、正体不明のキノコが生えていた。
「熊野・・・神社・・・」
神社の屋根に、【熊野神社】という文字が隠れていた。誰が書いたのかは当然分からないが、習字の紙に筆で書かれてあり、それが額縁の中に収められていた。
とりあえずお賽銭くらいは入れておこうと思ったのだが、賽銭箱らしき箱は見当たらなかった。仕方がないので、3段ほどしかない階段を登り、南京錠で閉ざされた木の戸の前に45円を重ねて置き、階段を降りてから鐘を鳴らした。
二礼二拍手一礼をし、最後の礼は少し長めにやった。その後顔を上げ、2、3歩下がり神社をじっと見た。
「・・・」
少しの間待ってみたが、結局何も起こらなかった。淡い期待を裏切られたのと、『やっぱりそうか』という確信を持ってしまったことで少し残念な気持ちだ。
俺は家に帰ろうと思い、神社を後にしようとする。
・・・だが、何かが俺の足を止めた。足を止めたというよりは、『俺に足を止めさせた』。
音が聞こえたわけでも、何かが光ったわけでも、触れられたわけでもないがーーー『なんとなく』としか言いようのない正体不明の感覚が、俺の行動を引き止めた。
振り返るとそこには、白い着物姿の大人の女性が凛と立っていた。そりゃあもう『凛ッ』って効果音が聞こえそうなくらい。パッと見で、身長は俺より少し小さいぐらいだった。服装のせいで仇討ち前の女性に見えたが、全身に咲いた赤い花を見て、その考えが間違いなのだと分かった。
腰まで伸びた長くて黒い髪が目を惹く女性は微笑みとも無表情ともとれる顔をしており、その切れ長の目でこちらを見据え、何故か俺の方に向けて指を指し、口を開く。
〈はいそこのもはやテンプレと化したお決まりの展開に突入しそうになったのを察してその指でチョチョイと画面をスクロールして適当な所まで飛ばそうとしたアナタ〉
第一声は、一呼吸も置かない予想外のセリフだった。
「・・・えっ? 俺?」
〈いえ、違いますよ。貴方ではありません〉
「ーーー話に付いていけないんですけど」
〈大丈夫です。時間が解決してくれます〉
今すぐに解決してほしいんですけど。
〈いけませんね、よく読まない内に分かった気になって「はいはい、どうせ特典とかチートとか付けてもらって異世界転生するんだろテンプレ乙 トラックにでも轢かれてろ」などと決めつけるのは〉
俺はあまりよく状況を把握出来ないまま、なんとか目の前の女性との会話を試みる。
「あのー・・・」
〈ーーーあら、そういえば名前を言っていませんでしたね〉
話の主導権を握られてあたふたしていたせいで気づかなかったが、俺の方に向けて指差ししていた手は、いつのまにか女性の胸元に添えられていた。
〈初めまして、私はこの熊野神社に祀られている『伊邪那美命(イザナミノミコト)』の分霊です〉
「ーーーお、俺は『生明 圭太郎』です」
〈・・・丁寧なお返事に感心しますが、なんだか反応が味気ないですね。 先程よりも驚くのが当たり前だというのに、しかも『神様だ』などと言われて簡単に信じるのですか?〉
「いや、さっきまで誰も居ませんでしたし、あなたが自分で『神様だ』って言ってるので、まぁ、そうなのかなー・・・って。あと、雰囲気というかそういうのがそれっぽいんで」
付け加えると、このシチュエーションはアニメとかssとかで見る展開と似ているから。自分でも何を言っているのかよく分かっていないまま、なんとか口を開いて声を出した。ーーー俺がこんなこと言うのはおかしいけど、賽銭を入れただけで出てくる神様とかちょっと安くないですかね・・・?
気持ちを誤魔化している言葉とは逆に身体は正直なようで、口が乾いて鼓動が早くなっている。動揺を隠しきれそうにない。
〈まぁ・・・理解が速くて助かります。少しお話しても宜しいですか?〉
「構いませんよ、神様」
あれ? なんで俺はこんなにこの人・・・じゃなかった、神様とすんなり会話できてるんだ? 神様の言う通りだ。いくらこのシチュエーションを把握したとはいえ、不自然じゃないか?
俺は自分自身に疑問を投げかけるも、それを遮るように神様が話を始めた。
〈あぁ・・・「神様」と言われるのは久方振りですね。私はこの【熊野神社】で何百年もの間この辺りの土地を守り続けています。しかしある日、退屈になった私は気分転換に異国の地にホームステイに行きました〉
「神様が退屈って・・・ていうか神様のホームステイとは・・・」
今の俺は『泣きっ面に蜂』の理解不能な時バージョンだ。それに該当する言葉を今この瞬間に見つけられる程、俺は落ち着いた状況ではない。もはや、神の世界に『ホームステイ』という概念がある時点で驚きなのだが。
〈はい。私は【クロノス】という神の元でホームステイしました。・・・まぁ、二人きりでしたけど。そして楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、私が帰る日にクロノスからあるお願いをされました〉
神様は昔を懐かしむそうにしみじみと喋る。
〈この世界とは似て非なる世界である『平行世界』や、全く異なる『異世界』の増加に伴い負の感情の制御が難しくなったので、それを手伝って欲しいと言われたのです〉
なんだか話が壮大になった。日常生活では聞かないようなワードを連発されてノックアウトされそうだ。
「えっと、難しくなったっていうのはどういう・・・」
〈それも含めて説明しましょう。少し話が長くなるのでその辺にでも腰掛けてください〉
神様は階段の辺りへ手を向ける。
言われた通りに階段のところに腰掛け・・・ようとしたが、神社の敷地の中で腰を下ろすことは失礼ではないかと思ったので動きを止めた。俺がそれを話すより先に、神様は口を開いた。
〈遠慮なさらず。ここは我が家同然で、貴方はお客のようなものです。茶も菓子もありませんが、楽な姿勢でどうぞ〉
このように言われたので俺の遠慮と緊張は少し溶け、階段の2段目に腰を下ろした。
神様は俺の目の前に立っており、今は俺が神様を少し見上げるような位置関係になっている。
〈並行世界・異世界とは、様々な世界の人々の可能性によって分岐し、広がり続ける世界のことです〉
〈ク口ノスはその並行世界や異世界の管理を担当している神なのですが、近年それらの数が以前の何倍にもふくれ上がっています。その管理・・・すなわち、その世界の崩壊を防ぐための負の感情の制御がとても難しくなったのです。クロノスだけでは、とてもこなせる量ではありません。そこで、貴方の誠意ある行動を認め・・・〉
・・・たかが賽銭を入れただけで?
「俺に、その負の感情をなんとかして欲しいってことですか?」
俺は先読みをして言葉を挟む。
〈その通りです。物分かりが良くて助かります〉
あ、どうも・・・と言っておく。
だが、正直に言うと『世界が崩壊する』とか、それが負の感情で壊れる仕組みや理由はさっぱり分からない。今ここでそれを聞いても良かったのだが、これ以上は俺の方がキャパオーバーになりそうだったのでこの辺りでギブアップすることにした。
「ある程度の話は分かりました。けど・・・俺は具体的に何をすれば?」
〈あなたには、クロノスがこの神社に次元の穴を開きその穴から転生されるその世界の崩壊のキーマンとなる人物を、彼らがこの世界にいられる3日間の中で心の闇を取り払ってもらいたいのです〉
心の闇を3日間で・・・は? 3日? 3日って言ったのかこの人? あ、神様だった。
「・・・えーっとですね、人の心をどうこうするっていうのは、もっと長い時間をかけてゆっくりジワジワやるものだと思うんです常識的に考えて」
〈では、貴方は今の自分を客観的に見て、常識的な考えが通用するような状況であるとお思いですか?〉
「質問を質問で返された・・・」
〈本来であればあなたの言う通り時間をかけるべきなのですが、世界に時空の穴を開けていられる時間は限られています〉
「それが3日間・・・と」
〈はい。世界と世界を繋ぐには準備が必要で、短期間に何度も穴を開けることは出来ないのです〉
つまり、常識にとらわれてはいけない・・・と。うん、訳分かんねぇ。
とにかく、3日間という期間についての返答はこれ以上もらえそうにないので、仕方なく他のことについて質問する。
「その・・・世界の崩壊とか負の感情とかよく分からないんですけど、そのキーマンになってる人の負の感情をなんとかしただけで世界が崩壊するのを防げるんですか?」
〈勿論、無作為に選び出した1人の人物の負の感情を取り払っただけでは、その世界の負の感情全てを取り払うことはできません。しかし、キーマンとはその人物の負の感情が他の人物に影響し、連鎖的に多くの人物の負の感情に働きかけてしまうような人物のことを指して言います〉
「つまり、キーマンの負の感情をどうにかすることでそこから広がる大量の負の感情を未然に防ぎ、結果として世界崩壊を免れることにつながる、ということですか?」
〈その解釈で問題ありません〉
こんな感じの解釈で問題ないそうだ。
ーーーさて、どうしたものか。淡い期待が叶ってしまった。ぶっちゃけ心の準備なんてしてなかった。ていうか準備できるはずねぇだろ。
〈ーーー如何でしょうか。強制はしません、貴方の今と今後の生活を考えた上で決めて下さい〉
起床06:00、就寝23:00時々跨いで01:00。学校は平日毎日でたまに土曜日も。休日は少し忙しい。
ーーー正直に言うと事が事なので、想像も何もあったもんじゃない。
転生者の心の闇をどうこうする前に俺の生活や身体がどうこうしてしまっては仕方がない。
人の人生において、このような、これからの人生を左右しかねる決断を迫られる時は、何回訪れるのだろう。たった1つの選択肢の分岐で道が分かれ、そこからもう1つの道へは2度と戻れないとしたら・・・
俺は今までの人生でこのような分岐点に出会った際、必ず祖父の言葉を思いだす。ーーー思い出してしまう。
いつ言われたか、どこで言われたかは定かではないが、その言葉は他のどの思い出よりも強く、深く、鮮明に、俺の記憶に刻まれてしまっている。一度は忘れようと努めたその言葉は、幼い頃に言われた影響もあってなかなか記憶から消えてくれない。
ーーーそういえば、その言葉も『ここ』で言われたような・・・
「いいか、圭太郎。人間には、他人につけられる価値なんて無いんだ」
「価値っていうのは、物に順位をつけたり、他の何かをよくする性質を表すためのものだ」
「だが、本来人間に順位はない」
「何が良いだの悪いだのというのは、その人にとっての都合の良し悪しでしかない」
「人につけられる価値より大切なのが・・・これだ」
「うーん・・・なんて書いてあるか読めないよ・・・」
「『己為己』(こ い き)と読むんだ。少し難しいか」
「こいき・・・」
「『己が為す己』、『己を為す己』、『己の為の己』という3つの意味がある」
「おのれ・・・?」
「己っていうのは、自分って意味だ」
「1つ目の言葉は、魂が為す肉体を善くする。2つ目の言葉は、肉体を為す魂を善くする、という戒めだ」
「ーーーよく分からないや」
「今は分からなくてもいい」
「ーーーそして、大切なのが3つ目だ」
「・・・自分のための自分って・・・なに?」
「おじいちゃんは一回しか言わないから、よーく覚えておくんだぞ?」
「『己の為の己』とはーーー」
「ーーーやります。やらせてください」
〈・・・貴方に頼む私が言うのもおかしな話ですが、そんなにも簡単に了承して良いのですか? これは世界単位のとても複雑な問題なのです 〉
確かに、今ここで『だが断る』なんて言えば、この事は綺麗さっぱりとまではいかなくても、普通の生活を送ること位は出来るだろう。
ーーーでも、俺はこれを必然だと信じたい。やってみたい。
例えこれを引き受けたせいで普通の生活が出来なくなっても・・・俺はこの『お願い』を受ける事が、自分の人生で進むべき道だと決めた。
「まだいろんなことが全然分からないけど、あなたが俺を頼りにしてくれるならーーーそれに応えたいって思いました。それにこんな機会滅多に無いし、きっと大きな経験になると思うんです」
〈私が見込んだ貴方なら、きっとそう言ってくれると思っていました。では、これから宜しくお願いします。・・・後ほど、またお会いしましょう〉
見込んだって、会って間もないのに・・・
神様の姿は、そう言い終わる頃にはもう見えなくなっていた。俺は自分の顎先から汗が滴り落ちているのにこの時気付いた。
そしてふと考える。神様が言ったことをそのまま捉えると、『逆転生者』側からすれば、自分が死んでしまってから異世界に行く訳ではなく、ただ単に時空を超えて神様がこちらの世界に彼らを連れてくるということらしい。これなら別に、『転生』という言い方をしなくても、『異世界召喚』ないし『召喚』で良いのでは・・・?
・・・まぁ、最近になって聞き慣れてきた言葉だけど、こうして考えてみると難しく思える。神様がなんであぁ言ったのかは分からないけど、俺が考えても分かる筈ないか。俺には他に、もっと考えなければならないことがあるしな。
ここへ来た時に見上げた流れる雲は、今は少し速くなった気がした。