小春が泣き止み始めたちょうどその頃、タイミングを見計らったように圭太郎さんがひょこっと出てきてくれた。「ちょっと神様と話をつけてくる」って言ったきり全然戻ってこないんだもん、心配しちゃった・・・
「えー、オホン・・・良いところで悪いんだけど、二人共注目」
小春も圭太郎さんの存在に気付いたようで、慌てて目をゴシゴシ擦っている。
「お、おぉ、そなたであったか! して、何やら神と話をしていたようだが、どのような?」
圭太郎さんに、自分が泣いていたのを気付かれたくなくて注意を逸らそうとする小春。けど残念。目が真っ赤になってるよ。圭太郎さんもそれを察して苦笑している。
「小春のこれからについて話していたんだ」
「それで・・・神様は何と・・・?」
私も話の続きを聞くのを我慢できなくて圭太郎さんに聞く。
「いや、神様は何と、っていうか、俺がどうしたいかを話した」
「圭太郎さんが・・・?」
「何だ、そなたはどうするんだ?」
「率直に言うと・・・」
「言うと・・・?」
「~~~ッ! あぁもうじれったい! さっさと言わんか!」
「小春をこの家で引き取る」
今の私の気持ちは、嬉しさ半分驚き半分、といったところ。確かにそうしてくれるのは嬉しいのだけれど、果たして本当にそれができるのか分からず、『出来る』という予想に確信を持てない。
だから、圭太郎さんのその答えが嬉しくて、それに驚かされた。
「さっき、神様に無理を言って何とか話をつけた」
「は、話をつけたって・・・そんな事、神様と話をしただけで何とかなるんですか?」
「いや、ならない」
「そら見ろ! ならないではないか!」
「そこでだ。人様の家の娘さんを貰うんだから、やらなきゃいけない事があるだろう?」
「やらなきゃいけない事、ですか・・・?」
「・・・! ま、まさかそなた・・・」
「そう、小春のお父さんに挨拶をしに行く」
ーーーあれ? 何で二人して固まってるの? おーい、口が空いてるぞー
「・・・」プルプル
ていうか小春に関しては震えてるし。あ、ベランダだから寒いのかな?
・・・ってちょっと待った、何か小春さんに睨まれてるんですけど。そうだ、助けてエリー・・・さんは何故か倒れて「ハ、ハハハ・・・」なんて泣きながら壊れた機械のようにずっと笑ってるし・・・
「こんの・・・大馬鹿者が~~~!!」
瞬間、それまで睨みをきかせていた少女から拳が飛んでくる。これまで以上の「え? 何で?」という思考が働く前に、彼女の鉄拳は俺の顔面ド真ん中を的確に捉えていた・・・
〈いやいや、いきなりこの圭太郎(バカ)が訳の分からない事を言ってすみません〉
私達だけでは話の内容を良く理解することが出来なかったので急遽、神様に出てきてもらいました。
「あの~、圭太郎さんはさっき、小春のお父さんに挨拶をしに行くとか言ってましたけど、どういう事なんですか? 私、あまりにもぶっ飛び過ぎてて訳も無く倒れて泣いてたんですけど」
「妾も思わず拳を振るってしまったわ」
〈成程。それで圭太郎さんは梅干しのような顔をしているのですね〉
「スンマセン、自分じゃ分からないけどきっと的確であろうその例えをするのはやめて下さい」メリコミ
「ホント、分かり易い例えですよねぇ。面白いのでしばらくこのままにしておきましょう」
〈えぇ、賛成です〉
「そうだな。罰だと思い、謹んで過ごせ」
「・・・あのね、俺も漫画とかアニメでしか見たことなかったからなんだけど、この状態って『口』と『鼻』という人間が呼吸をする上で欠かせない器官が完全に潰れてるんですけど・・・」メリコミ
〈では聞きますが、何故貴方は今言葉が話せているのです?〉
「・・・そういえば何でだろ。つーかそんな生命の神秘どうでもいいから早く戻して!」メリコミ
〈それでですね、先程の圭太郎さんの発言を分かり易くまとめると、『小春さんをこの世界に留めておきたいから、娘さんを勝手に連れてくのも後味悪いからせめてお父さんに挨拶させて』だそうです〉
「・・・なんか、分かり易く言い換えられると尚更頭が痛くなってきます・・・」
「まぁ、そうしてくれるのは嬉しいが、何故そんな突拍子もない事を言うんだあやつは」
〈そういう人だと思って下さい〉
〈私も最初はそのような事は許可できないと言ったんですけど、あれ程真剣に頭を下げられては・・・〉
「何でそんな事をしようと思ったんですか?」
「このまま小春を元の時代に帰しても、それじゃあ意味無いじゃん? 小春があんなになって「帰りたくない」って言うくらいなんだから、俺もそれ相応の事をしないと気が済まないんだ」←勝手に治った
「み、見ておったのか!?」
「ちょっとだけ」
「~~~ッ!」バッ
「タ、タンマタンマ! その拳を下げて! また梅干しになんてなりたくない!! いつまでギャグ補正がかかるか分かんないんだから!!」
「ま、まぁまぁ、圭太郎さんも私達の話を聞かないと決心がつかなかったんだから。ね?」
「・・・ふん、許そう」
「それで、圭太郎さんはどうやって小春のお父さんに挨拶するんですか?」
「あー、それはね、俺の口からでは上手く説明出来ないからそこんとこ神様よろしく」
〈私も随分とぞんざいに扱われるようになったもんです・・・まぁ良いでしょう。
圭太郎さんの肉体を直接飛ばしてから何かがあってはいけないので、圭太郎さんの思念体だけを小春さんのお父さんの夢の中に飛ばします。丁度私が皆さんの夢枕に立つのと同じようにです〉
「だが、そなたは妾の父を説得させられるのか? ただの平民が名家の当主に刃向っても、気圧されるとしか思えんのだが・・・」
「なぁに、心配すんな」
「圭太郎さんはああ言ってますけど、本当に大丈夫なんですか?」
〈それは、エイブリーさんが先程自分で言った言葉で、十分答えになっていると思います〉
「ハ、ハハハ・・・」
〈では確認をしますが、私が圭太郎さんの思念体を小春さんのお父さんの夢枕に立たせる。これで良いのですね?〉
「はい、お願いします」
「圭太郎よ、どうかよろしく頼む。妾の事なのにそなたに迷惑を掛けてしまってすまんな。それと、一緒にするようで悪いが先の暴力もすまなかった」
「いや、良いんだよ。これからもじゃんじゃん迷惑を掛けてくれ」
「言質は取ったぞ? 故意に迷惑は掛けたくないが、これからも頼らせてもらうぞ」
「私からもお願いします、圭太郎さん。どうか、小春のお父さんを説得して下さい・・・」
「分かってるよ。・・・ていうか、そんな泣きそうになりながら言われるとなんかこっちが悪い人みたいなんだけど・・・」
〈それではよろしいですか? 最後に、貴方の思念体を飛ばせるのは精々数時間程度です。それを過ぎてしまうとこの世界に帰って来られなくなってしまいます。小春さんの心の闇を払う為の唯一の手段という事で私も着いて行きますが、基本的に貴方の力だけで何とかしてもらいます〉
「あぁ、肝に銘じておくよ」
圭太郎さんがそう言うと神様はその手を圭太郎さんの額に伸ばし、人差し指をおでこに向けます。
〈では、行ってきますね。先に圭太郎さんを飛ばします〉
すると何故か神様は伸ばした人差し指を曲げて・・・
〈少々痛いですが、我慢して下さい〉ニコッ
スパァン! とスリッパで叩いたような快音を響かせながら『デコピン』をした。
すると、圭太郎さんの頭から何やら白い靄のような物が出てきて、そのままその靄はいつの間にか出来ていた黒い穴に吸い込まれていった。
「ーーー今のはさぞかし痛かっただろうな」
「私もあんなデコピン初めて見たよ。・・・ていうかデコピンってレベルしゃないよね、あれ」
〈んー・・・思念体を叩き出す為とはいえ、やり過ぎましたかねぇ。久しぶりにやったのもので・・・あ、これから私も圭太郎さんの後を着いて行きますが、言っておく事があります〉
「何でしょうか?」
〈一つは、抜け殻になったコレ(圭太郎)を安静な場所に移す事。もう一つはですね・・・〉
「もう一つとは何だ・・・?」
〈私は先程圭太郎さんに、小春さんのお父さんに何と言うのですか? と聞いたのですが、圭太郎さんは何と言っていたと思います?〉
「ん〜〜〜分からないです・・・」
「妾も興味があるぞ。して、彼奴は何と?」
〈「お父さん、娘さんを僕に下さい」だそうです〉
「「!?」」ブフォ
〈あの人も『そういう』つもりで言ったのではないとは思いますが、如何せん、発言が発言でしたからそれは絶対に言わないように言っておきました〉
「あ、あああ当たり前だまえだ! 娘さんを下さいなどとそんな、そんな事!」
〈落ち着いて下さい。パニックのあまり、懐かしい人達の名前になっています〉
〈ーーーという事で、後はよろしくお願いします〉
私達のパニックが治る頃にはもう既に神様の姿は無く、ただ倒れておでこを真っ赤にした圭太郎さんの体があっただけだった。
「ーーーふっ」
「小春・・・?」
「あ、いや、な。何だかこの時代に来てからというもの、こやつに振り回されてばかりだと思ってな」
「まぁ、私も同じだったから分かるよ、その気持ち。ホント、頼りになるんだかならないんだか・・・」
「今この時にそれを言われると不安になってしまうのだが・・・」
「でも・・・圭太郎さんは、やる時はやってくれる人だよ」
(でも逆に言えば、やらない時は全然やらないけどね・・・っていうのは言わないでおこう)
「そうか。では妾達はこやつを部屋まで運ぼうか」
小春はそう言いながら圭太郎さんの両足を持つ。私は圭太郎さんの両脇に腕を回して小春の合図を待つ。
「ではいくぞ。・・・せ~のっ! いち「え!? ちょっとま」ズドン お、おい! 何をしているのだエリー!? エリーが手を離せばこやつが頭を打ってしまうではないか!」
「だ、だって! 普通掛け声をする時は『せーのっ!』でしょ! 何で『せーのっ!』の後に『いち、に、さんっ!』って付けるの!?」
「う、うるさい! これが妾のやり方だ! 文句を言わず、妾に合わせろ!」
(っつ~~~、何でデコピンする必要があったんだ・・・)
〈そう言われましても、ああするしか方法が無かったんですよ〉
(何かもっとこう、頭に手をかざすと意識が遠のいて・・・みたいなのだと思ってた俺が馬鹿だった・・・)
未だにヒリヒリするし・・・
〈まぁまぁ、小春さんの怒りの鉄拳よりはマシだったでしょう?〉
(そう言われるとそんな気もするけど、『五十歩百歩』って言葉知ってますか?)
〈はいはい、前もって言わなくてすみませんでした。けれど、前もって言っていたら貴方は必ず嫌がっていたでしょう?〉
(当たり前だ! 「これからデコピンするよ~」って予告されて身構えない人なんていないだろ! あ、特殊な性癖の人はどうだか分かんないけど・・・)
と、神様とこんな会話を交わしながら良く分からない空間の中を飛んでいる・・・様な気がする。何故か、自分の体を見る事が出来ないのだ。確かに自分には手がある筈で、自分でもそれを認識する事も出来るのにそれが目に見えない。これ以上考えても無駄だと思ったので、俺はその事について考えるのをやめた。
〈それにしても、今回も随分とぶっ飛んだ事をしましたね。未来の自分を呼んだかと思えば、次は平安時代の貴族の当主の夢枕に立つ、ですか〉
(それ、皮肉で言ってるんですか? 第一、エリーの時は俺にも秘密で呼んだんじゃないですか)
〈そうでしたっけ?〉
(誤魔化された・・・)
〈さて、向こうに着くにはもう少し時間が掛かるので、何かお話でもしましょうか。最近、貴方とゆっくり会話する時間がありませんでしたもの〉
そう言われてみればそうだ。小春がやってきてからしばらく神様の顔をみてなかったもんなぁ・・・って、小春が悪いっていう意味じゃないからね?
(神様が鼻☆塩☆塩・・・じゃなくて、話をしようだなんて珍しいですね)
〈そうですね。あれは確か36万・・・ハッ などと、誘導しようとしても無駄ですよ〉
(半分引っかかってるじゃないですか)
〈フッ、わざと乗ってあげたんですよ〉エッヘン
(ドヤ顔で言ってるところ申し訳ないですけど、絶対嘘ですよね?)
〈何を言いますか、神様は嘘などつきません〉
(どの口が言う・・・)
〈とにもかくにも、神というのは神秘のベールに包まれているのです〉
(はいはい、当人の焦りが見え見えになるスッケスケのベールですね分かります)
〈クッ、馬鹿にして・・・! 子持ちのお父さんに見えるくらい老けている人に言われたくありません!!〉
(今それ関係無くね!? ていうか気にしてんだから言うなよ!!)
~~~「けーちゃんってさ、眼鏡かけて作業着着て髭伸ばして低い声で「18番下さい」とか言えば、絶対タバコ買えるよね」「そうそう! でさ、徐(おもむろ)に近くに新聞の日経平均株価とかあったら完璧だね」「余計なお世話だ!!」~~~
なんて、やしもとデーブに口を揃えて言われた事はあったけど・・・
(でも、若い頃に老けてた人って、年を取ると周りより若く見えるらしいですよ?)
〈ぐぬぬ・・・〉
そんな事を言っている間に、このわけの分からない空間の先に光が見え始めた。
〈ーーーと、そろそろですね。さて、覚悟・・・心の準備は出来ていますか?〉
(愚問ですね。大丈夫、問題ありません)
さてさて、相手は平安貴族の当主ときたもんだ。怖気ず、挫けず、省みず。
ーーーさぁ、行こうか。娘さんを貰いに。