億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

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第十三話 月を見上げる

 

エリーと小春をお風呂に入れている間に俺が作っていたのはいたって平凡な和食。まぁ、お客は平安の貴族ですから。平凡じゃダメなんだけどね・・・

俺は自分一人が食いっぱぐれない程度の料理スキルしか持ち合わせていないので本当に簡単なものしか作れなかったが、一汁三菜はきちんと意識したつもり。

食事のシーンは割愛するが、小春の感想は・・・まぁ、可もなく不可もなく、といったところだった。「平民の手並みにしては上々」だそうだ。

ただ一つ、料理をテーブルに並べたときに小春が「これは間食か?」と、割とリアル顏で言ったときは普通に凹んだ

 

 

 

 

 

 

「む、恵里達・・・いや、現代の人間は、こんなにも低い枕で寝ているのか? しかも畳の上ではなく、手で押すと押し返してくるよく分からんものの上に布団を敷く、と・・・時代の流れは不思議なものだな」

 

小春が怪しげな顔をしながらベッドを手で押している。

 

「最初はそう思うでしょ? けどね、いざ寝てみると、とっても寝心地が良いんだよ! 例えば、鳥の羽に包まれてるような・・・」

 

「ほぉ、それはなかなか興味深いな。」

 

といった感じで、俺は今蚊帳の外です。もうね、エリー1人で良いんじゃないかなって思うんだ、うん・・・

 

とりあえず俺の愛しのシングルベッドちゃんを女の子2人に貸して、自分は同じ部屋の別の場所にて睡眠を取る。・・・・え? どこで寝るかって? 安定と信頼のフローリングだよこの野郎! 別に良いもん、ミノムシみたいに布団に丸まってれば痛くないもん! つ、強がりじゃねぇし!

 

「それじゃあ私は小春と一緒にベッドで寝ますね?」

 

「オッケー。んじゃおやすみ、二人共」

 

「はい、おやすみなさい」

 

「うむ、お互い十二分に疲れを癒そう」

 

そうして俺達三人は眠りについた・・・

 

 

 

 

 

 

・・・ふと、ベッドの方から物音がして目が覚める。はっきりしない意識の中で薄目を開けて音のする方を見てみると・・・その正体はベッドから静かに起き上がる、エリーの寝巻を着た小春だった。時計を見てみると00:30で、こんな夜遅くにどこへ行くつもりかは分からないがとりあえず今は寝たふりをしておこう。・・・何時ぞやの、狸寝入りの二の脚を踏むのだけは避ける。

 

小春はエリーを起こさないようにゆっくりと布団から出てベッドから降りると、そのまま部屋の扉を開け、ベランダへ出て行った。扉が閉まり終わる音を確認したあと、エリーに布団を掛け直して俺も小春の後をつける。

 

 

 

 

 

 

小春が向かったであろうベランダへ着くと、案の定小春はそこにいた。さすがに冷えると思うので、「こんな時間に何してるの?」ぐらいの軽い口調で話しかけてみようーーー

 

「おーい小春、こんなじk・・・ッ!」

 

ーーーとしたが、続きが言えなかった。言えなかったというよりは、言うことが出来なかった。何故なら、ベランダに立って月を見上げる彼女の頬に、『涙の跡』が出来ているのに気付いたからだ。

絶句。見惚れたとかそういうのではないけれど、何故か、それに触れてはいけない、神秘的な力が作用しているようだった。月明かりを反射して光ることでやっと確認できるその頬の跡に、乾く様子はないようだ。

 

「・・・! 誰かいるのか?」

 

と、小春がこちらに気付いたようだ。

 

「俺だよ、圭太郎だ」

 

ギリギリ小春の死角になっていた影から出てくる。

 

「そなた・・・見たか?」

 

嘘を言ってもしょうがないので、ここは正直に答える。

 

「あぁ、ごめん・・・ちょっと見た」

 

「ははは、見苦しい姿を見せてしまったな。これで今日二回目・・・いや、もう日は跨いだか。何にせよ、良くないものを見せてしまってすまぬ」

 

と、小春が顔を手で拭いながら言う。

 

「小春がそう思っているんだろうけど、別に俺は嫌なものを見たとは思っていないよ」

 

「? それはどのような理由だ」

 

「人の涙は心の鏡。その人の心の表れが涙なら、俺はそれを不快になんて思ったりしない。・・・あ、嘘泣きは例外だけど」

 

「心の鏡、か。・・・成程。なかなか風情のあることを言うではないか」

 

「いやぁ、光栄だよ」

 

危ない危ない、たった今即興で考えたことだけど、何とか上手く流せた。

 

「それで小春は、こんな遅い時間に何をしているんだ?」

 

「ん? あぁ、月を見ながらちと考え事をしていた」

 

「さすがに寒いでしょ? はい、毛布」

 

そう言って、クローゼットから引っ張り出しておいた毛布を小春の肩に掛けてやる。

 

「おぉ、気が利くな。うんうん、この時代の男は女に優しくて感心感心」

 

「誰しもがそうだとは限らないと思うけど・・・」

 

小春が毛布を身に纏ったまま腰を下ろし、彼女の左隣の空いたスペースをポンポンと手で叩くので、『ここに座れ』の合図だと察する。お言葉に甘えさせてもらおう。

 

「先程の湯は良かったぞ。恵里が髪を洗ってくれたのは勿論の事、恵里の髪を洗ったりもしたのだ」

 

「そいつは良かった」

 

「そういえば、そなたとはまだ良く話したことが無かったな。こんな夜分に済まないが、良いか・・・?」

 

「あぁ、構わないよ」

 

確かに、日が明るい内は大雑把な話しかしていなかったし、月夜の下で談笑、というのも悪くはないだろう。ーーー少し寒さが気になるが。

 

「先程、恵里が妾の事を『小春』と、『さん』を付けずに呼んでくれたのだ。姉妹のように、友達のように思ってくれている、とな」

 

「そんな事が・・・どう? 嬉しかった?」

 

「うむ、それはそれはもう嬉しかったな。友のいなかった妾にとっては、恵里のような存在はずっと心に願っていたものだったからな」

 

「うんうん、恵里も嬉しそうだったよ。『私、小春と友達になったんですよ!』なんてはしゃいでいたよ」

 

夕飯の食器を片づけている時にエリーが俺に言ったことだ。

 

「・・・少し、羨ましかった」

 

「え?」

 

「この時代のこの国に生きる、そなた等を羨ましいと、そう思った」

 

「それは・・・」

 

「妾も生まれる時代が違えば、このような平和な時代に生を受け、自由に生きられたのだろうか・・・と、そう考えてしまうのだ」

 

「まぁ、少なくともあの時代に小春が生まれていなければ、あんな生活はしていなかっただろうね」

 

「あの生活が妾の運命だというのなら、それを憎んだりはしない。だが、どうしても、あの生活の何百年も未来にこのような世界があると知ると、逃げたくなってしまう」

 

「そりゃそうだろうね。もし、小春の立場になったら誰しもがあの時代から逃げたくなるだろうよ。『隣の芝は青い』っていう言葉があるけど、この場合、そんなんじゃ済ませられないもんね」

 

千年も先の未来が『隣の芝』だというのなら、身近な人やモノはどうなるんだ?って話。

 

「三日しかこの時代に居られない以上、未練を残してはいけない事は重々承知している。だが・・・」

 

「その未練を何とかする為に、俺と恵里がいるんだ。心配しなくていいよ」

 

「・・・ふふふ、そうだったな」

 

彼女は笑いながら月を見上げ、深呼吸をしてからそう言った。

 

「おっと、そなたの事を聞かせて貰うつもりが、つい、妾の話を聞かせてしまったな。そなたは聞き上手だから、口の滑りが良くなってしまった」

 

「どういたしまして」

 

「では何を聞こうか・・・そうだな、そなたは恵里の事をどう思っているのか、聞かせてくれ」

 

どうしてこの状況で恵里の事を? まぁいっか。

 

「うーんとね、妹・・・かな?」

 

「これは妾の勝手な見解だが、そなたと恵里は血が繋がっているようには見えなくてな。違かったならすまぬ」

 

「いや、その通りだよ。俺と恵里に血の繋がりは無い」

 

「では何故『妹』と?」

 

「えっとね、何かこう、守ってあげたい、みたいな? 歳的にも兄と妹ぐらいの歳の差だったからね」

 

「そうか・・・因みに聞くが、恵里と兄妹以上の関係になろうという気はあるのか?」

 

「何でそんな事聞くんだ」

 

「渋らずに答えよ」

 

「ハッキリ言って、そんな気は微塵も無い。恵里が俺の事をどう思ってるかは分からないけど、俺は彼女の保護者として接し続けるよ」

 

「そう、か・・・そなたも存外堅物よのぉ」

 

「どういう意味だ?」

 

「良い、こちらの話だ」

 

なんだかなぁ、調子狂っちゃうよ・・・

 

「そろそろ身体が冷えてしまう頃だからな、最後の質問をさせてくれ」

 

そんな風に改まられると、緊張しちゃうな

 

「ドンと来い」

 

「妾は先程『平和』の話をしていたが、そなたは『平和』とは何だと思う?」

 

おっと、真面目な感じのやつか。ならこっちも真面目な感じで返そう。

 

「『平和』か・・・それの感じ方は十人十色だと思うけど、共通して言える事が一つあると思う」

 

「ほぉ・・・それは何だ?」

 

「『平和』は、飽くなき欲求だよ。いくら昔の時代よりも世の中が平和になったって、全人類が平和を感じる事は無い。全世界で戦争が無くなったって、全人類が1人も欠かさず平和だと思う、何て事は不可能なんじゃないかな」

 

「随分と、平和を切って捨てる様な事を言うのだな。それを夢見て散っていった英雄も居ただろうに」

 

「俺は、絶対に戦争や紛争は無くならない、と言っている訳ではないんだ。それらが完全に無くなっても、人が、その人の今の生活に満足するなんて事はないってこと」

 

「つまりそなたは何が言いたい?」

 

「『平和』に終わりは無いんだ。戦争の無い世界になれば、殺人の無い世界を求める。殺人の無い世界になれば、自殺の無い世界を求める。自殺の無い世界になれば、いじめの無い世界を求める。こうやって人が『平和』という世界の完全な状態を求める限り、人々の理想はそれに合わせて高くなっていく。ちょうど、豚の目の前にニンジンをぶら下げる様に、ヒトが全人類共通の『平和』に辿り着くなんて事は無い。そう言いたいんだ」

 

「人が『平和』という理想に辿り着く事は無い・・・と。『いじめ』というのが何を指す言葉なのかは分からぬが」

 

あら、途中からヒートアップしちゃったかな。

 

「ふむ、考えてみれば、確かにそなたの言う通りかもな。人の理想は常に高く、遠くなければ意味が無い。それを踏まえれば全世界の平和など、それこそ永遠の理想郷だな」

 

「いや、あの・・・ごめん、偉そうな事言っちゃって・・・こんな年端もいかない、何も知らないガキの言う事なんか、真に受けなくて良いよ?」

 

「はははは! そなたの様な者が小童だと言うのなら、殆どの人間が生を受けてはいないだろうに!!」

 

「え、そう?」

 

「あぁ、そうだ。そなた・・物事を客観的に捉えるどころか、人の本質を悟るか。いやはや、よもやこの様な男に出会うとは、つくづく妾の小ささを思い知らされるわ」

 

こんな感じで、彼女はずっと笑っている。別に笑わそうとして言ったんじゃないんだけどなぁ・・・

 

「まぁ、そなたの意見に異を唱える者も必ずいるであろうが、間違った事は言っていないと思う。それが一人の人間の思想だとするのなら、妾は否定もせず肯定もせず、ただ噛みしめるとしよう」

 

なんか良く分からないけど、満足してもらえたのかな? ま、それなら良いか。

 

「軽く話をするだけのつもりが、まさか笑わせてくれるとは予想外だった。礼を言うぞ」

 

「いえいえこちらこそ。小春とおしゃべり出来て楽しかったよ。さ、そろそろ中に戻ろう。恵里が気づくと心配するからね」

 

「そうだな、そうしようか」

 

こうして、月夜の座談会は閉幕した。

 

 

 

 

 

 

〈どうでした? 圭太郎さんは〉

 

(うむ、中々に面白い奴だった。未来の大和人があの若さであのような境地へと至るのだから、本当に妾の時代は発展の途中だったのだな)

 

〈えぇ、何せ『信じれば救われる』ですもんね。都合が良いにも程があるってんですよ〉

 

(それはそうと神よ。一つ思った事があるのだが・・・)

 

〈何ですか?〉

 

(生明とやら、『ガワ』と『中身』が全く噛み合っていないな)

 

〈あ、やっぱり貴女もそう思いますか? そうなんですよね、あの人、変にこまっしゃくれてるというか・・・〉

 

(だかそこが面白い。人は見た目によらないと言うが、正に彼奴の事であろう)

 

〈歪んでいると言えばそこまでですけど、そうでもないという・・・〉

 

(この事は夢枕で話さなくても良いだろう。そろそろ妾も疲れた)

 

〈そうですね。では、残りの期間を楽しんで下さいね〉

 

人の夢はその人の物。圭太郎とエリーには、知る由もない・・・

 


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