いつかの日と同じように、定刻が訪れるのを神社にて待つ。ただし、今回違うのは、傍に心強い助手がいること。
・・・え? そういうアンタとその心強い助手の目の下に、隈ができているって? 大丈夫だ、問題ない。・・・はず。
首がカクカクいっているエリーを右腕で支えながら、左腕の腕時計で時刻が16:30になったことを確認する。すると、もはや懐かしく感じられる底なしの黒い穴が現れたかと思うとその穴が見えなくなる頃には既に、長くて艶やかな黒髪が目を引く、エリーよりも数センチ程背丈の低い十二単らしき着物を着た女の子が立っていた。
転生者の登場にエリーもシャキっとして気を引き締めているようだ。
その娘はゆっくりと辺りを見渡して深呼吸をすると、俺達の方を向いた。俺とエリーはお互いに肩をビクッとさせたが、その娘はハァとため息をついて一言。
「何をしておる。妾の着物が地に着いておるぞ? そなた等、端を持て」
「「・・・」」
想定してたことだけど、自分の事を『妾』って言う人ってホントにいたんだなぁ・・・
つーか俺達、頭高い?
困ってエリーの方を見るが、どうやら彼女も同じ状態のようだった・・・
そんなこんなで、エリーに十二単の端をもってもらい、目の前の女の子との会話を試みる。開口一番、どんなふうに切り出すか悩んでいたが、なんと向こうから声を掛けてきた。
「そなたが『生明』という者か? イザナミ神から話は聞いておる」
「はい、その通りです。私は生明圭太郎と申します」
「え、えと、私は恵里とおっしゃ・・・も、申します」
流石に初対面の相手にエリーの正体を明かすのはまずいと思ったので彼女には偽名を使ってもらい、さらに神様に頼んで耳を人間の耳にしてもらった。
これで見た目は問題無いし、口調も差し支えの無いものだろうと思っていたのだが・・・
「堅苦しい話し方をするでない。そなた等がそのような口調で話すのに慣れていないことなど一目瞭然。郷に入れば郷に従え、と言うであろう。妾がこちらの時代に合わせる」
・・・あれ、この娘、思ってたより寛大な人? なんかもうちょっと高圧的な人物かと想像してたけど、全然イメージと違うな。
エリーも予想外だったのか、驚いた表情をしている。
「それに、折角身分差別などがあまり無いというこの時代に来たのだ。そなた等とは上下関係など無く、対等な立場で話をしたい。もう、白々しい喋り方をされるのは御免だ」
彼女はそう言った後、「場所を移そう」と、俺の家へ案内するように言った。
んー、なんだか拍子抜けだな・・・
一同は帰宅して、とりあえずリビングでくつろごうと3人でテーブルを囲む。エリーは気を利かせて麦茶を出してくれた。あ、ちなみに、ウチでは一年中麦茶を作ってます。
十二単を着た娘は麦茶を飲んで一息つき、話始める。
「遅れてしまったが、自己紹介でもしよう。妾は藤原の分家である『橘』の当主の次女、『橘小春』だ。歳は14。これから色々と頼むぞ」
あれ? 神様は15だって言ってたけど・・・暦の問題か? まぁ、今は置いといて。
ーーーいくら彼女が年下とはいえ、纏っているオーラが違う。なんていうか、貴人の風格というか・・・うん、まぁそんなかんじ。
それでつい、堅苦しい喋り方になってしまった。
「いえいえ、こちらこそ『橘さん』」
瞬間、黒髪のその娘の頬の筋肉がピクッと動いた・・・ような気がした。すると彼女の雰囲気が変わった。
「その名で妾を呼ぶな・・・妾の名は『小春』であって橘ではない!!」
彼女は憤怒し、テーブルに握り拳を振り下ろすと置いてあったコップが倒れ、中に入っていた麦茶がテーブルの上に広がった。
「ッ! す、すまぬ・・・」
一瞬こちらも驚いたが向こうが落ち着いたのを見て、冷静に返答する。
「いや、こちらも悪かったよ。ごめん。だから、これからは『小春』って呼ぶことにするよ。な? 恵里」
「は、はい・・・」
エリーも突然のことに肝を冷やしたようだ。しかしすぐに落ち着くとふきんでテーブルを拭き始めた。
・・・ふむ。やっぱり、自分の家の事を良く思ってないみたいだな。『橘』ではなく、『小春』として接して欲しい、といったところか?
「ところで小春さんは、神様に何て言われてこの時代に来たんですか?」
エリーは場の雰囲気をなんとかして変えようと、話題を切り出した。
「そうだな、丁度歌の写しが終わって一息ついていたところ・・・一日中局(つぼね)に閉じ込められる生活に嫌気がさしてな、なんとかならんか、いっそのこと世界が変わってしまえと性にもなく神仏に願ったのだが、まさか本当に神が現れるとはな。最初は自分の正気を疑ったが、神格というべきか・・・纏っている雰囲気が人のそれと違うと分かった時、初めて妾は目の前の神を信じた」
「歌の写しというと、誰かの編纂のお手伝いということ?」
折角エリーが作ってくれた流れを切りたくないので、さらに話を掘り下げてみる。
「まぁ、そういう事だな。察しが良いではないか、生明とやら」
「それで、神様はなんと?」
「確か、窮屈な鳥籠から出してあげましょう。とでも言っとったかの・・・全く、妾を鳥と呼ぶなど無礼な言い種(いいぐさ)だと思ったが、よく考えてみれば鳥と言われてもおかしくない生活を過ごしていたのもまた事実だな」
「それで、こっちへ来たと」
成る程。まさかそんな理由だけで神様が転生させる訳がないのは重々承知しているが、さっきみたいな事があった後で核心に触れるのはまずいと思うから、とりあえず今はこんなところだろう。話を始めてくれたエリーに感謝だ。
「・・・さて、妾の話は聞き飽きただろう。今度はそなた等の話を聞かせてくれ」
おっとそう来たか。話の流れからすれば自然な事なんだろうけど、困ったな・・・自分の話なんて考えてないや。
「はは、まだまだ聞きたい事はあるけれど、小春がそういうなら話そうかな・・・いや、聞きたくもない事をダラダラと話しても悪いから、聞きたい事に答えるよ」
「そうか、まずは、そなたの両親は何処に?」
「どちらも仕事で海の向こうの異国の地だよ」
「ほぉ、それは感心なことだ」
ていうか平安時代って、あんまり海の向こうの国の関わりがないような・・・強いて言うなら今の中国辺りの国とか。「異国」って言ってイメージがちゃんと伝わってるかなぁ?
「それでは生明というのはこの時代ではさぞ大きな名前なのだろうな。神官の類か? 神と関わりがある程なのだから」
「いや、いたって普通の一般家庭だよ?」
(私みたいなエルフと二人で暮らしている時点で一般家庭ではないような・・・)
何やらエリーが微妙な表情になっているが気にしないでおこう。
「なんと。では何故そのような家の人物が神と関わりを持っているのだ?」
く、食い付きハンパねぇ・・・いつの間にかテーブルに肘を掛けて身を乗り出してるし。まさか「仕事(?)上」なんて言えないしなぁ。
「偶々神社に賽銭を入れたら現れたんですよ」
「そうか、そのような事だけで神仏が姿を表すならば、こちらの時代の人々は挙って銭を投げただろうな」
と、笑ってくれたが今の俺の返答は若干危なかったな。もしあのまま根掘り葉掘り聞かれていたらいつか必ずどこかでボロを出していただろう。
俺が心のとこかで安心していると、小春が少し真剣な顔になって次の質問をしてきた。
「念のために聞いておきたいのだが、この時代には貴族は残っているのか?」
やっぱり。流石に気になるよな、来ると思ったよ。
「いや、小春の時代みたな貴族はもう残っていないんじゃないかな。天皇はいらっしゃるけど」
「そうかそうか、やはり世は盛者必衰。無常の理はやはり正しかったか」
と、クスクス笑いながら言うので不思議に思ってこちらから聞き返す。
「えっと、小春は、自分の家が何時までも続かないって分かってたの?」
「当たり前だ。この世の何処に、未来永劫、永久に衰えることを知らない家があろうか。自然でさえ形を変えるというのに、人の作ったものが同じ形をいつまでも維持できる訳がないだろう」
ほぉ、自分の家の滅亡、はては時代の流れまで把握していたのか、14歳で。こりゃ、エリーとは別方向で難しそうな相手だなぁ・・・
外も暗くなってきたので、俺が夕飯を作っている間にエリーと小春で風呂に入ってくるように言う。
さぁて、平安時代の貴族に現代の一般人の料理は通用するかな? ・・・しないか。
「そ、それじゃあ、髪を洗いますね」
圭太郎さんに、小春さんと一緒にお風呂に入るように言われて、現在に至ります。
小春さんの時代の貴族の女性は髪の毛が命だそうなので、慎重に洗います。
でも、うぅ〜、こんな長い髪、洗ったこと無いよ〜!
「・・・すまんな、恵里とやら」
「へ? は、ひゃい!」
しまった! 変な声出ちゃった!? もう、駄目っぽい・・・
「長い髪を洗うのは慣れていないだろうに、無理を言ってすまない。妾は生まれてこの方、一度も髪を自分で洗ったことが無いのでな」
「え? それじゃあ誰が小春さんの髪を洗っていたんですか?」
「使用人だ」
「それなら、こんなに綺麗な髪なのも納得しますね」
「そ、そうか? ふふん、自慢の髪だ」
「はい。とっても指通りが良くて、すごく大切にされてるんだなぁって、すぐ分かりますよ」
「・・・恵里とやら、ちと頼みたい事があるのだが・・・」
「なんです?」
頼み事って何だろう? 全然想像ができない。
「その・・・だな、妾の髪を洗って貰ったお礼に、妾に恵里の髪を洗わせて欲しいのだ・・・」
「へ!? い、いや、小春さんにそんな事させられませんよ! しかも、私の髪は小春さんみたいに綺麗じゃないし
・・・」
「一度で良いから、自らの手で人の髪を洗ってみたいのだ。・・・駄目か?」
う、そんな顔をされると断れないよ・・・
「そ、そこまで言うなら良いですよ?」
「ほ、本当か!? よし・・・」
小春さんはやる気に満ちているようだ。ここは私も小春さんを信じて、彼女に委ねよう。
「うむ、慣れてくればやはり楽しいものだな。妾はこうやって、同い年の女子と髪を洗い合うことに憧れていた」
「えっと、小春さんのいた元の時代にはお友達はいなかったんですか?」
私は小春さんに恐る恐る聞いてみたが、首を横に振るだけだった。
「本当にあそこはつまらない場所だった。一日中歌を写し、男から歌が来たかと思えば落書きのような歌。実際に会いに来たかと思えば里芋のような顔。毎日毎日同じような事の繰り返しで退屈ここに極まれり、といったところだ」
そっか、小春さんは華やかな生活をしているようで、実はすごく窮屈な生活をしていたんだ。
「実を言うとな、妾は少し緊張していた」
「何にですか?」
「恵里とこうやって話す事だ」
「そ、そんな事を言ったら、私だってそうですよ! 貴族の人と一緒にお風呂に入るなんて・・・」
私がそう言うと小春さんは、さっきのように首を横に振った。
「違う。妾は恵里の様に身分の差で緊張しているのではなくてな・・・単純に、同年代の女子と会話をするのが不安だったのだ。先程は憧れていたなどと余裕を装っていたが・・・実の所、緊張で何を言えば良いのか分からなかった」
「同い年の女の子とおしゃべりするのは、初めてなんですか・・・?」
小春さんは、無言で頷いた。しかし、彼女は勢い良く立ち上がって言った。
「・・・だがな、その緊張はもう無い。やはり人間は裸の付き合いが一番だな。こうして一つの風呂に二人で入れば、もう妾達は姉妹同然だ」
「小春さん・・・私、そう言ってもらえてとても嬉しいです」(私、人間じゃないんですけど・・・)
「だからな、その『小春さん』等の堅苦しい言葉は要らん。恵里も妾を姉妹と思ってくれるなら、生明の様に『小春』と呼んでくれ」
小春さんは、友達が欲しかったんだろう。外に出る事もままならない生活の中で『友達』というのはどれほど大きくて、遠い存在だったか・・・けど、今その存在になるかもしれない人が目の前にいる。
・・・もちろん、言う事なんて決まってるよね。
「うん。良いよ、『小春』」
「恵里! やっと呼んでくれたか!!」
「わ、ちょっと!」
小春さ・・・ゴホン、小春は余程嬉しいのか、泡まみれの体で私に抱きついてきた。
「このこの〜愛い奴め〜」
「もう! 小春ったら・・・」
最初はどうなるかと思ったけど、今はもう大丈夫。私が圭太郎さんに助けられたように、絶対私が、小春を助けるんだ。友達として。
「なんか、キマシタワーが建設される音が聞こえてくるんだけど・・・」
〈いいから貴方は口よりも手を動かしなさい。出番が少ないから最後に押し込もうなど、悪足掻きにも程があります〉
「トホホ・・・」