億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

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第九話 町を駆ける

 

「圭太郎さん、準備が出来ました」

 

エイブリーは帽子をかぶって耳を隠した。

 

「おし、それじゃあ出発しようか」

 

俺達が今から出かける場所は家から離れた場所にある商店街。何故わざわざ人が沢山いるような場所を選んだのかというと、訳がある。

 

昨日、神様はエイブリーは元の世界に戻った後、各地のエルフを総動員して王国に攻め込むと言っていた。とどのつまり、俺は彼女にそんな事をさせなければいいのだから、俺以外の『人間の優しさ』を教えてやればいい。

人間全体への敵対心が弱まれば、心優しい彼女は戦争なんてしないだろう。

 

エイブリーにお出かけの話を持ちかけたときは少し戸惑っていたようだが、やはり人間社会への興味は無くならないのか僅かな差で好奇心が勝ったようだ。なんとか彼女を説得して、商店街へとくり出すことになった。

 

 

 

 

 

一応、女の子とのお出かけなのでそれなりの服を着てこようとしたのだが、それだと女性服を用意できずジャージのままのエイブリーが浮いてしまうので、まずは呉服店で彼女の服を買おうと思う。

 

「へぇー、色々あるんだなぁ。エイブリーは何か欲しい服はある?」

 

「いや、私はその、服に関しての知識はあまり無くて・・・できれば、最初の服は圭太郎さんに選んで欲しいなぁ・・・なんて・・・」

 

げ、まじか。いつも母親に買い与えられた服しか着てない俺に、ファッションセンスの欠片もないこの俺に、服を選んで欲しい・・・だと・・・!? 斯くなる上は!!

 

「・・・ちょっとここで待っててくれる?」

 

「? はい、分かりました」

 

とりあえず、エイブリーに適当な服を持たせて試着室の中で待機させる。

そして、適当にその辺にいた店員さんを捕まえる。

 

「あのー、すみません」

 

「はい。お召し物はお決まりになりましたか?」

 

「えっと、あそこにマネキン、あるじゃないですか」

 

俺はそう言って、向こうに立っている女の子を模したマネキンを指差す。

 

「えぇ」

 

「あの服あのまま全部下さい」

 

「・・・え?」

 

「あのマネキンの身ぐるみ全部剥がして下さい」

 

「」

 

ファッションセンスが無いのなら、他から奪えばいい。

数分後、そこには衣服を全て奪われた小さなマネキンが立っていた。・・・マネキンさんごめんなさい。

 

 

 

 

 

「♪〜〜〜」

 

会計を終えた服をそのまま試着室に持ち込み、その場でエイブリーに着替えてもらった。途中で彼女が、服の着方が分からなくて試着室から出てきそうになったところを慌てて止めたりもしたが、店員さんが彼女の着替えを手伝ってくれたおかげで無事に着れたようだ。ちなみに、耳はうまいこと隠し通したらしい。どんな手を使ったかは言わなかったけど。まぁ、神様が絡んでるのは間違いない。

 

肝心のその服は、ちょっと暖かい今日の気温に合わせて膝上まで裾がある白いワンピースだ。

気に入ったのか、鼻歌なんて歌っている。

 

「ありがとうございます。こんなに可愛い服を選んでくれるなんて、圭太郎さんは服を選ぶセンスがあるんですね」

 

「いやー照れるなー」

 

バレない程度の棒読みで返答する。

くっ、そんな純粋無垢な顔で言われると心が痛い・・・

 

「そういえば、私が待っている間圭太郎さんはどこに行ってたんですか?」

 

「トイレだよ」

 

「あっ、そうでしたか」

 

トイレ万能説、ここに証明される。

 

 

 

 

 

 

「次はどこに行くんですか?」

 

「果物屋さんだよ」

 

2店目はお世話になっている果物屋さん。果物屋さんというか青物店に近いが、そこの店主が青物店と呼ばれたくなくて無理やり果物屋を名乗っている。

 

「おじさん、こんにちは」

 

「お、圭太郎か。 今日は何を買ってくんだ? ・・・ってお前の隣の嬢ちゃん、見ない顔だけんど・・・『コレ』か?」

 

なんて言いながら、その節くれだった右手の小指を立てている。

・・・それ、どの世代にも通じると思ってんのかね?

 

おじさんには俺が幼少の頃から可愛いがってもらっている。付き合いも長くて、気楽に話せる数少ない大人だ。そんなおじさんは俺の隣のエイブリーの姿を見つけて、大きな口を開いてニカニカ笑いながら、おどけた様子で俺をからかってくる。

 

「ははは、違いますよ。父さんの知り合いの娘さんがこっちに遊びに来てるんです」

 

「ど、どうも・・・」

 

打ち合わせなどはしていないが、エイブリーは空気を読んで頭を下げる。

 

「大体、俺にそういう縁が無いのは知ってるじゃないですか」

 

「ハハハ! そりゃそうだったな! ついにお前にも人生の春がやってきたと思ったんだがなぁ〜」

 

「そういえば、おばさんは今どこに?」

 

「ん? うちのなら奥で、棚に出てないイチゴとさくらんぼの選別中だ」

 

「そうですか。挨拶をしておきたかったんですけど、お仕事中なら仕方ないですね。じゃあ、イチゴとさくらんぼを1パックずつ下さい」

 

「あいよ! いつもありがとな」

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

そう言ってお金を手渡しして商品を受け取り、店を出ようとする。が、

 

「ちょいとお嬢ちゃん」

 

「へ? あ、はい」

 

おじさんは俺の後をついて店を出ようとするエイブリーに声をかけて引き止め、チョイチョイと手招きをした。すると、

 

「こいつはおまけだ。可愛いお嬢ちゃんにもう1パックずつ付けてやるよ」

 

「そんな! こんなにたくさん貰えませんよ!」

 

「いい歳した子供が遠慮なんてするもんじゃねぇよ! 大人からの親切は受け取ってナンボだ! いいから持ってけ!!」

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

 

 

 

 

 

「いやーラッキーだったね。エイブリーと一緒に来て良かったよ」

 

「あのにん・・・人は、いつもあんな風なんですか?」

 

次のお店へ向かう途中、エイブリーから話を投げかけられた。

 

「そうだね。おじさんは俺が一人暮らしなのを知っているから、店に行くたびに毎回サービスしてくれるんだ。でも、今日はエイブリーと一緒だったからいつもよりも多く貰っちゃったよ」

 

 

 

 

 

 

会話をするうちに、次のお店、観賞用の植物などを取り扱っている店に着いた。エイブリーは花や草木が好きなようなので、何か彼女が世話をできるものを買ってやりたいと思ったので、ここにした。

エイブリーも俺の予想通り、店内に入ると並んでいる植物を見て目を輝かせている。

 

20分ほど店内をグルグルと2人で歩き回っていたが、どうやらエイブリーは気に入ったものが見つかったようで、足を止めた。

 

「これ・・・これがいいです」

 

「これは・・・サボテン?」

 

エイブリーが指差ししていたのは、高さが10センチほどの手のひらサイズのサボテンだった。

 

「見たことがない種類だったので、つい・・・」

 

「お世話もたまに水をやるだけで簡単だし、いいと思うよ」

 

会計をする際、エイブリーは店員さんからサボテンのお世話の仕方を教えてもらっていた。その時のエイブリーは好奇心に満ち溢れていて、真剣な目をしていた。

 

 

 

 

 

 

午前中に回るところは回り終えたので、休憩を兼ねて公園のベンチに2人で腰掛ける。

 

「私ビックリしました。こんなにもたくさんのお店があるなんて」

 

「見ていないお店はまだまだあるよ。地方とはいえ、中々広い商店街だからね」

 

「圭太郎さんはいろんなお店の人たちと仲が良いみたいですけど、前に何かあったんですか?」

 

「ん? あぁ、俺が中学生・・・15歳の時に、中学校の活動で地域ボランティアみたいなことをしよう、ってのがあったんだけど、その時に俺はこの商店街の活性化をやってね。全ての店で出来た訳じゃないけど、さっき行った3店舗はその時に一緒に案を考えさせてもらった店なんだ」

 

「そんなことが・・・」

 

俺はエイブリーの質問に答えながら、俺たちが腰掛けているベンチの、二人の間にイチゴとさくらんぼを1パックずつ広げる。残りは家に持って帰るつもりだ。

 

「どうだった? あの人達は」

 

「・・・」

 

返答に困っているのか、下を向いて黙りこむ。

 

「少なくとも、私が今日会った人達は・・・優しかったです」

 

「そっか、そりゃ良かった」

 

やっぱり優しい娘だな。そこは認めるのか。

 

「でも、あの人達が優しかったからって、他の人間がみんなあんな風だってことはないと思います」

 

人間への憎しみが消えたわけではない事を俺に再確認させるように、エイブリーは少し強調して言った。

ーーーが、言質はとった。

 

「エイブリーの言う通りだね。けど、人間にも、優しい人はいる。多かれ少なかれ、心優しい人間がいる。その事実を確かめられたのは良かったんじゃない?」

 

「・・・」

 

またもや、先程と同じように黙りこむ。が、俺は話を続ける。

 

「エイブリーがさっき言ったように、優しい人間ばかりじゃないって事は、恐ろしい人間ばかりじゃないって事と理屈は同じなんじゃない? どっちが多いかは分からないけど」

 

「それは・・・」

 

返答に困ってしまったエイブリーは、頭を上げなくなってしまった。

・・・少し意地悪だったかな。

 

「まぁ、ゆっくり考えなよ。俺はちょっとトイレに行ってくるから、イチゴとさくらんぼ食べてて良いよ」

 

俺はそう言ってベンチから立ち上がった。

ーーーあ、服屋でトイレに行ったことにしてたのに、今行くのはマズイか・・・? ま、エイブリーはお悩みタイムみたいだし、大丈夫か。

 

 

 

 

 

 

「私は・・・」

 

圭太郎さん以外の人間の優しさを知った。

私は、人間の優しさを認めていない訳じゃない。けど、認めきれない。

ーーーどうしても、あの時の惨劇が頭をよぎる。

あれは確実に、人間のせいだ。私たちは悪くない。・・・と、思いたい。

人間の優しさを認めてしまったら、「エルフにも何か悪いところがあったのではないか」と考えてしまう。

それが嫌で、人間は敵だ、怖い生き物だ、と考える。

 

・・・もしも、エルフと人間に、『共通の優しさ』があったら?

文化や言葉は違くても、他人に向ける優しさが同じものだったら・・・?

 

 

 

 

 

 

「オイ、あそこの女の子が良いんじゃねぇか?」

 

「いやいや、こんな真昼間に・・・ってマジか、ホントにいるし」

 

「どうせ近くに親とかがいるんじゃねぇのか?」

 

「よく見てみろよ、そうでもないらしいぜ。どうすんだ?」

 

「そりゃぁよぉオメェら・・・やるに決まってんだろ。俺達は5人なんだぜ? んじゃぁ、いつも通りでいくぜ」

 

 

 

 

 

 

放尿しながら暫し考え事をする。

エイブリーが・・・彼女たちエルフが人間を憎むのは、やはり当然の事なのだろうか。もしエルフ達が高い知能を持っていたのなら・・・・

ーーーいや、高い知能を持っていたから、か。

ミミズは天敵であるモグラに対して憎しみを持つことはない。高度な思考能力を持つエルフや人間だからこそ、『憎しみ』という感情を抱いてしまうのか。

同じ『ヒト』という種族の中でやれ肌が白いだの黒いだのと差別したり迫害したりするのだから、他種族間でそういう事が起こるのは・・・

 

ここで、小便の出が弱まる。意識の方向を内面から外界に戻す。

んー、残尿なのかいまいち尿切れが良くないな・・・久しぶりに立ち便器でしたからかなぁ? つーか早く戻ってエイブリーとデザートタイムを満喫せねば。

 

「あれ? もしかしてけーちゃん?」

 

「お、その声は・・・デーブじゃないか。奇遇だな」

 

俺に声を掛けてきたのはデーブだった。

 

「珍しいね。けーちゃんが休日に一人で外を歩くなんて」

 

「余計な御世話だ。どうせデーブも、いつもみたいに商店街の試食の食べ歩きしてたんだろ? 例のごとくマイ爪楊枝を携帯して」

 

「あ、やっぱり分かる?」

 

「当たり前だろ」 

 

「あ、そういえばさっき、そこの公園のベンチに座ってた女の子がこの辺の不良グループ・・・確か5人だったかな・・・? に連れていかれてたんだよ。なんだか変な雰囲気だったから、少し怖くて・・・」

 

・・・何だって? ベンチに座っていた女の子・・・?

 

「あ、ちょっとけーちゃん!」

 

俺は最悪の状況を察して、急いで公衆トイレから飛び出る。デーブも俺の後を着いて駆け出す。果物を広げたベンチまで戻ると、そこにいたはずのエイブリーの姿は無かった。

 

「ねぇけーちゃん、あの女の子と知りいなの・・・?」

 

「デーブ! その不良共は、どこに行くかとか言ってたか!?」

 

「た、確か、町外れの廃工場って・・・」

 

俺はそこまで聞くと、目的の場所まで走り始めた。

 

「助かったよデーブ! ありがとう! 後でフランクフルト奢ってやっから!」

 

「ちょっ、けーちゃん!! 行っちゃったか・・・」

 

 

 

 

 

 

くそ! ちょっと目を離しただけでこれかよ!

何でもっと気にかけてやらなかったんだ俺は!!

 

自分を責めながら、目的の場所へ向けて商店街の中を全速力で駆け抜ける。すれ違う人達が驚いた顔で振り返る。

これは警察に任せられるような事じゃないし、第一それじゃぁエイブリーの都合が悪い。

 

息が切れてスピードが落ちてきた頃、俺は目の端に自転車屋さんを捉えた。

 

「ナイスタイミーング!!」

 

自動ドアを無理やりこじ開けて、店内に駆け込んだ。

 

「おいおいどうしたんだ圭太郎、そんなに息を荒げて。汗でビショビショじゃないか」

 

「すみません! ちょっとコレ借ります!!」

 

「お、おい! それ高いんだぞ!!」

 

「気をつけて乗ります!」

 

「だーもう! 分かった! 壊さねぇ程度でかっ飛ばしてこい!!」

 

「ありがとうございます!!」

 

マウンテンバイクのハンドルを握り、乱暴にペダルを漕ぎ回す。

廃工場までの道のりが、長く、長く感じられた。

 

 


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