マイナスの使い魔   作:下駄

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第二十四敗『白状するよ』

 安心院さんって誰よ? なんて、無駄な問答を交わす余裕もキュルケからは消え去っている。辛うじて『さっさと説明なさいな』という視線を送り、続きを促すのがやっとだ。

 

『僕の言う通り、破壊の杖を操作してね』

 

 どうして禊がこれの使い方を知っているのか、そもそも自分で操作しないのか。という疑問が沸くが、あらゆる意味で追求している猶予はない。そもそも禊が相手だと、まともな答えなどあってないようなものだ。

 

 キュルケはもうこのまま一日寝ていたいと思う身体で、禊の指示通りに操作する。これが禊から持ちかけた話で、自分が助けを求めたわけではないという事実が、キュルケの救いだ。

 禊の指示通りに破壊の杖を組み立てると、それはもう杖と呼ぶべき形状ではなくなっていた。

 

『それじゃ、チャンスは一回だから、よーく狙ってね』

 

 説明された通りに破壊の杖を肩に当てて、照準を合わる。狙いは絶対に外さないよう胴体のど真ん中。距離もかなり近い。

 勝てない過負荷(マイナス)が伝える、勝つための情報。その真意を思考する心のゆとりはない。

 

 だから、キュルケはトリガーに指をかけ、ただ引く。

 発射された弾頭は狙い通りゴーレムの身体へ着弾し、これまでの魔法では聞いたこともない爆音を上げて、ゴーレムの上半身を一気に吹き飛ばした。

 

 残った下半身の一部も、程なく崩れて落ちていく。

 

「なん……て……」

 ――なんて威力なの!

 

 確かにこれは、破壊の名を冠するに相応しい力を持っていた。勝利の喜びもそこそこに、キュルケは改めて先の疑問が脳内を埋めていく。

 どうして禊がこの道具の使い方を知っていたのか。

 

「大丈夫?」

 

 ゴーレムが破壊されたことによりタバサが風竜から降りてキュルケと合流する。

 

「ええ……少しやられた……けど、問題ないわ」

 

 呼吸は整ってきたが、足のダメージはそうもいかない。キュルケを苦しめる激痛は、水の秘薬も使ってじっくり治さねばならないだろう。

 脂汗をかきながらも虚勢を張っているが、一人では歩くのにも苦労している有り様だ。

 そんなキュルケのコンディションを察して、タバサはキュルケにレビテーションをかけた。

 

「一人で、歩けるわ」

「こうした方が効率的」

 

 必要以上の気遣いを見せず無表情でそういう友人に、キュルケは自然な微笑をこぼす。

 

「ありがとう……けど、まだフーケを探さないと」

「キュルケは十分過ぎる程戦った。今度は私」

『美しい友情だね! 友達のいない僕はあまりに眩し過ぎて、そこら辺の無関係な人にこの思いをぶつけたくなるよ』

 

 要は友達いないことに対する八つ当たり発言で顔をしかめるキュルケだが、タバサは取り合わずキュルケを風竜の上まで運ぼうとする。

 その時、森の中から、新たなる爆発音が響いた。

 

          ●

 

 早くフーケを見つけないと!

 禊はともかく、キュルケとタバサまでゴーレムの脅威に晒されているのだ。

 

 これまでゼロと馬鹿にされて、家族の期待にも応えられなかったルイズにとって、フーケを探して捕まえるという任務は、久方ぶりの大役だった。

 貴族の誇りだけでなく仲間を守るという使命感も持ち、彼女は敵の影を求めて森の中を走り回る。

 

 そんな願いが届いたのか、ローブを被った盗賊の姿を見つけるまでは、さほどの時間は要さなかった。

 森の茂みに隠れるようなこともせず、堂々とゴーレムを繰るフーケの姿を見つける。それだけ自分のゴーレムに自信があるのか。

 だとしたら、それがフーケの命取りだ。

 

「そこまでよ、観念しなさい土くれのフーケ!」

 

 ルイズは彼女に力強く言い放ち、杖を突きつけた。それでもフーケは無言のままその場から一歩も動かない。

 

「大人しくゴーレムを解除して杖を捨てるのよ。そうすれば命までは取らないわ」

 

 言葉で脅しても敵に動きはなく、ルイズの額に汗が浮かぶ。こうしている間にも仲間は危険な目に遭っているのだ。ここは躊躇わずに攻撃するしかない。

 と、そこで巨大な轟音が響き渡り、たったの一撃でゴーレムが完膚なきまでに破壊された。

 

 その圧倒的な力にルイズまで目をやってしまう。それにゴーレムが破壊されてしまったということは、彼女の安全がなくなったということでもある。

 

「え……!」

 

 続け様に、ルイズは驚愕した。

 まず感じたのは熱だ。次に巨大な何かが腹を進む異物感。そして焼けた棒を突っ込まれてかき回されたような痛み。

 

「ああううぐ……!」

 

 ルイズの肉体を貫通して木にぶつかったのは拳大の石である。それは背中からルイズを撃ち抜いていた。

 

「このわたしを追い詰めた気になっていたようだけど、残念だったわね」

 

 その声が届くのも背後からだ。正面に立っていたローブの人間は、形を崩し土くれになっていた。

 ルイズが振り向くと、そこにいたのは、

 

「ミス・ロングビル……!」

 

 ルイズよりも先に周辺の見回りに出ていたロングビルは、目を細め妖艶な笑みで杖を差し向けている。

 その光景で、ルイズは全てを理解した。

 

「貴女、だったのね……」

 

 土くれのフーケの正体はロングビルだったのだ。そして、あのローブを被った人形はフーケが作ったゴーレムの一体だった。

 ギーシュだってゴーレム六体を並行して操れる。フーケにも同じことができないわけがない。

 しかもあの人形はほとんど動いておらず、目立つ位置に置かれていた。つまるところフーケの囮だったのだ。

 

「安心しなさい。命までは取らないわ」

 

 それは皮肉にも、ルイズが囮のゴーレムに向けて言ったのと同じ台詞だった。

 

「これから貴女を人質にして、破壊の杖の使い方を細かく聞き出さなくてはいけないから」

「ふざけるんじゃ、ないわよ……!」

 

 痛みでうずくまったまま、今度こそ本物のフーケに杖を向けた。その先端は定まらず小刻みに震えている。

 

「その傷でまだ戦おうと言うの? それも、学園で無能(ゼロ)と馬鹿にされている貴女が」

「わたしは……貴族よ」

「魔法も使えないのに?」

 

 ああ、軽い。なんて軽い言葉なのだろう。

 ルイズはいつの間にか、他人にゼロと馬鹿にされるのが平気になっていることに気付いた。

 そうだ、そこらの誰かが浴びせてくる罵声なんて、あの過負荷(マイナス)の中の過負荷(マイナス)が四六時中投げかけてくる気持ち悪い言葉に比べたらなんてことない。

 だから言う。言ってやる。

 

「魔法が使える者を、貴族と呼ぶんじゃないわ」

 

 言葉だけの強がりじゃない。

 それは最早、禊と出会い、過負荷(マイナス)に触れ、そして友達と通じて心に刻んだルイズの誇りそのものだ。

 

「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」

「馬鹿な子」

 

 フーケは呪文を唱えるが、先に詠唱を終えたのはルイズだった。

 

「錬金!」

 

 詠唱はこれだけ。そして起きる現象はいつだって決まっている。

 フーケの身体が爆発し、爆破の衝撃で数メートル先までふっ飛ばされた。

 

 大事なことは三つ。

 ただ一言で発動すること。

 必ず起こる爆発。

 そして、狙いは外さない。

 

 錬金はその要素を全て満たしている。

 ルイズが授業で錬金を失敗した時、石が爆発した。ならば、錬金の対象をフーケの衣服に設定すれば――

 

「わたしの……『勝ち』よ」

 

 ルイズは魔法が使えない。ゼロの二つ名で馬鹿にされ続けた少女だ。

 けれど、そんなゼロがたった今、学院の教師達すら欺き破壊の杖を盗んだ盗賊フーケを倒したのだ。

 そんなルイズの脳裏に、彼女の心をへし折った禊の言葉が蘇る。

 

 ――『無理に変わろうとせず、自分らしさを誇りに思おう! 君は君のままでいいんだよ』

「どうよミソギ……わたしはわたしのままで……勝って……やった…………わ………」

 

 ルイズは自信に満ちた笑みを浮かべた後、前のめりに地面へ倒れた。

 出血が酷くて身体に力が入らない。最後の気力を振り絞って起き上がろうとするも、うつ伏せから仰向けに変わっただけだった。

 

 傷口を押さえても、血が止まらない。

 手足が痺れてきた。

 呼吸が浅い。

 意識が薄れる……。

 

「ああ、わたし……死ぬのかな…………」

『その通り。君は今から死ぬのさ、ルイズちゃん』

 

 力ない呟きに返ってきた、朗らかでいて冷たく暗い言葉がルイズを包んだ。

 急に身体が寒さを自覚した。なんてことないトーンなのに、重くて深くて、身体から心に染みこんでくる。

 気持ち悪い。

 

「ミソギ……」

『やぁルイズちゃん、さっきぶり』

「ルイズ!」

 

 禊の言葉を押し退けるようにもう一人の叫びがルイズに届いた。それと同時に傷口に流れる血とは違う暖かさを感じ出す。

 

「キュルケ……タバサ……」

 

 青ざめた顔をしたキュルケとタバサが空から降りてきた。

 

         ●

 

 キュルケがフライをかけて爆発音がした森の中へ飛び込んで見たものは、黒焦げで横たわるロングビルと、血まみれで倒れるルイズの姿だった。

 ロングビルに意識はなく、ルイズは弱々しく呼吸を繰り返すばかりだ。

 

 どちらも放っておけないが、まずは状況を確認するしかない。キュルケは、ルイズの傍に着地し衝撃で痛む足も忘れて呼びかける。

 しかし、変わり果てたライバルの姿に気が動転している彼女にとっては全てが後付でしかない。

 

「しっかりしなさいルイズ!」

「ミス・ロングビルが……フーケだった…………の」

「ミス・ロングビルが!?」

「そう、よ……わたし達は、皆騙さ……れて」

 

 確かにフーケの正体は衝撃だったが、それよりもまずはルイズの容態だ。

 今も彼女を中心とした血溜まりは徐々に広がっている。

 

「わかった。もう喋らなくていいわ。だから……!」

 

 タバサが急ぎ回復魔法をかけるが血の勢いは弱まらない。タバサ本来の得意分野は風である上、ここまでの傷を治療するなら例えスクウェアのメイジでも秘薬が必要不可欠だ。

 キュルケの言葉が届いているのかいないのか、ルイズの話は途切れ途切れだが止まることはなく続けられている。

 

「わたし……やった、わよ……フーケを…………」

「ええ、ルイズ! 貴女は私にとって、最大のライバルで誇りよ……!」

 

 キュルケは、ルイズの右手を両手で掴み呼びかける。

 ルイズが意識を失わないように、何度も。何度も。

 それでもルイズの声はどんどんか細くなっていく。血もとめどなく流れ続けていた。

 

「ミソギ、お願い! ルイズの傷を治して!」

『いいよ』

 

 思っていた以上にあっさりとミソギは首肯し、キュルケの心に一条の光が差し込まれる。

 禊がそんな単純な人物でないことなど、再三理解してきたはずのことなのに。

 

『その前にっと』

 

 禊はまずフーケの方に螺子を投げ刺した。あっちも肉が焼けただれており、相当な重症で助けてやる必要があったのは間違いなかった。

 しかしキュルケは敵であるフーケを先に助けるという行為に憤りを憶える。

 

「私達を襲ったフーケより、ルイズの治療が先でしょう!」

『わかってるよキュルケちゃん。あれはちょっと手が滑っただけさ。僕が大事なご主人様を見捨てるわけがないだろう?』

 

 聞くのも馬鹿馬鹿しくなる言い訳をしながら、禊はすぐにルイズを治療しようとしない。

 

『ルイズちゃん。ねえ、ルイズちゃん。僕はここに来てからずっとルイズちゃんと喧嘩ばっかりだったね』

 

 ルイズからの返事はないが、今にも光の消え入りそうな力のない目で禊を見ているのはわかる。

 

『白状するよ。僕がこれまでルイズちゃんに意地悪していたのは、君と仲良くなりたい裏返しだったんだ』

 

 白々しく、あるいは黒々しく禊は語る。友情と親愛を。生ぬるく騙る。

 

『だからさ、もう喧嘩はここまでにしよう。雨はたくさん降らせたから、今度は地面を固めよう』

「何が言いたいか……はっきり…………しなさい……」

 

 ルイズはここにきて、死を目前にして、禊と向き合うつもりのようだった。

 そして禊は、はっきりと最低の言葉を口にする。

 

(マイナス)と友達になってちょうだい』

 

 

 


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