マイナスの使い魔   作:下駄

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第二十二敗『僕が行かねば誰が行く』

 禊と関わるようになって教師に囲まれることが増えたわね、とルイズは思っていた。

 禊がトリステイン学院へ盗賊が襲撃したことを報告し現場はまさに大混乱となり、夜が明けてすぐ事件に関わった生徒達への事情聴取が行われたのだ。

 

 主に聴取すべきはキュルケ、タバサ、そして禊の三名だったが主人の責任としてルイズも同席していた。

 生徒達が話した昨晩の話からは禊達のやった決闘の話だけがすっぽりと抜け落ちていたが、ルイズもあえてそこには触れなかった。トリステイン学院において禊の話題は最もデリケートで注意深く扱う必要がり、ここで話を広げたら事件の収集が付かなくなる。

 

 そして何より、禊についての決着は自分の手で付けなくてはならないという気持ちが、ルイズにはあるのだ。

 生徒達の証言以外にも、破壊された壁には『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』という犯行声明が残されていた。

 

 そこで状況を理解した教師達が次に起こしたのは責任のなすりつけ合いだ。

 昨日の宿直だったミス・シュヴルーズがその槍玉に上げられ、豊満な体をひたすら縮こめている。彼女はまさかメイジの集まりであるこの学院に盗賊が入るなんて夢にも思わず、宿直をサボって寝ていたのだ。

 

「貴女、どうやって破壊の杖を盗まれた責任を取るおつもりですか!」

『そうですよ! よってたかってこんなに貴女を責めるということは、他の先生方は毎晩きっちりと見回りをしていたに違いないんですから!』

 

 禊の責め句一つで、オスマンを除く全ての教師が沈黙し周囲へ視線を逸らした。あまりに露骨な態度に、禊を止めることも忘れてルイズは呆れる。盗まれた理由が慢心というのだから、教師というだけでなく貴族としてもあるまじき失態だ。

 

「もうそれくらいにせんか。責任は我々教師全員じゃ。まんまと賊に忍び込まれて破壊の杖を盗まれたのは、わしらの油断した結果じゃよ」

「問題はこれからどうするか、ですな。ここはすぐ王室へ報告をしましょう」

 

 正論であるコルベールの進言を、されどオスマンは真っ向から切って捨てる。

 

「馬鹿者が! それでは間に合わんわ。フーケに逃げてくれと言ってるようじゃもんじゃ。それにこれは魔法学院で起きた問題、貴族の責任として我々で解決させる!」

「しかし、解決するにもまずフーケがどこに消えたのか、手がかりの一つもありません」

 

 フーケの操るゴーレムは二つ名の通り土くれに還り、その後の行方はどことも知れない。これでは手の打ちようもないのが実情である。

 

「オールド・オスマン、よろしいでしょうか」

 

 そこへ、会議の始まりからずっと姿の見えなかったロングビルが遅れて部屋へと現れた。

 

「ミス・ロングビル、今は学院の一大事ですぞ! どこへ行っておられたのですか?」

「その事件について、ずっと調査をしておりましたの」

「ほう、流石は手が早いのうミス・ロングビル。それで何かわかったのかね?」

「はい、フーケが潜伏していると思われる居場所が判明しました」

「なんですと!」

 

 ロングビルの調べた結果によると、黒いフードを被った男が近くの森にある廃屋へと入っていく姿を見かけた者がいて、そこから証言が取れたという。

 その場所は馬車で数時間もかければ辿り着く位置にあるらしく、今すぐ追跡すれば追いつくことができるかもしれない。

 

「ならば、これよりフーケの捜索隊を編成する。我こそは思う者は杖を掲げよ!」

 

 教師達は互いの顔を見合わせるばかりで、誰一人としてその腕を上げようとする者はいなかった。

 

 ――なんて情けない姿なの!

 

 自分は危険な目に合いたくないので、誰かが代わりに行ってほしい、と言外で訴える教師達の態度。宿直のサボりもそうだが、これはルイズが追い求める理想の貴族像とあまりにかけ離れている。

 模範とすべき者達の逃げ腰な態度は、ルイズにとってフーケの窃盗騒ぎと同じくらいに衝撃だった。

 

 この情けなさにオスマンが「誰もおらんのか」と憤慨した瞬間、誰も予想していなかった一人の少女が杖を掲げた。

 

「ミス・ツェルプストー!」

 

 驚いたシュヴルーズが声を上げたが、ルイズにとっては、彼女以上に意外な人物だ。

 

「キュルケ……! どうして貴女が」

「そんなの、私が納得できないからに決まっているでしょ?」

 

 いつもなら飄々とした態度を崩さず自信満々に言ってのけるのに、キュルケは憮然としたまま真剣な目つきで、オールド・オスマンを見据えている。

 

「貴女は生徒ですよミス・ツェルプストー! ここは私達教師に任せて杖を下ろしなさい」

「その教師が一人でも杖を上げておりまして?」

「ですが……」

 

 言葉を詰まらせるシュヴルーズをよそに、二人目が杖を上げる。

 

「ミス・タバサ! 貴女まで!」

「タバサ、これはわたしが勝手にやったことよ。貴女まで付き合うことはないわ」

「フーケを取り逃がしたのはわたしも同じ。それに、心配」

「……ありがとう、タバサ」

 

 ここまでの緊張を僅かに緩めるように、キュルケの顔が綻ぶ。

 しかし、そんな感動の時間を壊すかのように、三人目が立候補した。しかも掲げられたものは杖ではなく螺子だ。

 

「ミソギ……。あんたもなのね」

『二人の話を聞いてたでしょルイズちゃん。あの場には僕だっていたんだよ? なら僕も参戦するのが筋ってもんでしょ』

「その筋を堂々と無視するのがいつものあんたでしょうが」

『それは酷い言い草だね。むしろこの流れで僕が行かねば誰が行くのさ!』

 

 頼むからお前だけは行くな! という言葉にならない声が辺りから聞こえた気がしたのは、ルイズの妄想ではないだろう。

 

「それなら、わたしも行くわ」

 

 四人目の杖はルイズだった。

 掲げられた腕はあまりに堂々としていて、ルイズは真っ先に杖を挙げなかったことを悔やんでさえいた。

 

「ミス・ヴァリエール……!」

「ルイズはこの事件とは無関係でしょ」

「使い魔の責任はわたしの責任よ」

 

 それに、とルイズは付け加えてキュルケを見つめる。

 

「キュルケには前に泊めてもらった借りがあるわ」

「貴女も馬鹿ね……」

 

 禊に対する事柄だけではなく、こうなったら何を言ってもルイズが止まらないことはキュルケもよく知っている。それ以上彼女を止めるような真似はしなかった。

 

「いけませんぞ君達!」

 

 覚悟を決めた四人を、尚も押しとどめようとするのはコルベールだった。まだしもフーケの事件だけならば、コルベールは彼女達の意志を尊重したかもしれない。

 しかし、禊というフーケ以上に何をしでかすかわからない存在が一緒にいるのならば話は別だ。

 

「オールド・オスマン。フーケの捜索には私があたります」

 

 初めて教師側で杖を掲げたのもコルベールだった。ルイズからすれば学者肌である彼が同行するのは、それはそれで心配である。

 

「君の行動は、教師として純粋に生徒達の身を案じてのものじゃと評価しよう、ミスタ・コルベール。しかし、君が行くのを許可することはできん」

「何故ですかオールド・オスマン!」

 

 興奮気味に食ってかかるコルベールを、オスマンは冷静に押し留めた。

 

「君とはこの後二人で話合いをしなければならぬからじゃ」

「ですが……」

「お気遣いありがとうございますミスタ・コルベール。ですが、ここは私達にお任せくださいな」

「ミス・ツェルプストー。君はその使い魔がどれだけ危険なのか、わからない生徒ではないでしょう」

 

 わかっていても、キュルケは自分の意志を貫くつもりなのは、この場にいる全員がはっきりと感じ取れていた。

 

「貴族には、絶対に退いてはいけない時がある。私にとってはまさに今がそうですの」

「これが彼女達の結論じゃ。生徒を心配するだけじゃなく、信用するのも教師の務めじゃよ」

 

 コルベールは、決闘でただ一人生徒を守るために禊と戦い、図書室でルイズを気にかけてくれた教師だ。

 そして今回も『破壊の杖』を取り戻すためでなく、生徒達を危険から守るためにフーケ捜索を申し出た。これも貴族として一つの在り方なのだとルイズは思う。

 

「それにじゃ、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士じゃと聞いておる」

 

 シュヴァリエという言葉を聞いた途端、教師達達が驚きでざわついた。

 貴族として最も低い爵位ではあるが、この称号は純粋にメイジとして手柄を得た者だけが与えられる。タバサの年でそれが与えられること自体、異例と言って差し支えない。

 

「なるほど……そうだったのね、タバサ」

「隠していたつもりはなかった」

「それくらいわかってるわよ。ただ納得がいっただけ」

 

 キュルケは合点がいったように頷いていた。禊を見張るための方法や、禊との決闘で見せた戦略、その両方がシュヴァリエという称号と合致したのだ。

 

「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアで優秀な軍人を多く輩出した家系で、本人もトライアングルの炎の使い手だと聞いておるが?」

「その評価に恥じぬ働きをして見せますわ」

 

 キュルケは得意気な様子を一切見せず、オスマンに応える。ルイズにはそれが深い決意の現れに見えた。

 

「ミス・ヴァリエールは……」

『ゼロのルイズとして、二人よりも有名だね!』

 

 オスマンが言い淀んだ隙に禊が割り込んだ。学院長が話しているのを茶化すためだけに割り込むというだけでも不敬だが、内容も最低だった。

 

「お生憎様。最近はゼロどころか過負荷(マイナス)の平民を召喚したことで、そっちの方が有名になったわ」

『つまり僕のおかげだね』

「あんたのせいと言うべきだわ」

 

 終わりそもない二人の皮肉に、オスマンはわざとらしく咳き込んで割って入り話の主導権を自分に戻す。

 

「ルイズの使い魔ミソギについては、今更その内容を語る必要もなかろう」

 

 語る必要がない。のではなく、語りたくないというのがオスマンの本音だろうけど。

 

「君達の中で、この三人に勝てるという自信のある者がいるなら、一歩前に出たまえ」

 

 ここまで消極的だった教師勢が自己主張するはずもなく、ルイズ達のフーケ捜索は決定したのだった。

 

          ●

 

 フーケ捜索隊四人を乗せた馬車は沈黙を保ったまま目的地へと進む。

 この捜索隊メンバーを作ることになったキュルケは、これまでの人生で感じたことのない大きなプレッシャーを背負っている。

 

 禊との決闘においてキュルケはあまりに無力で、最後はタバサの足を引っ張ってしまうという、惨憺たる結果だった。

 プライドの塊という意味ではルイズにも引けをとらないキュルケの自信は、昨日の夜に粉々になっている。それでもキュルケが真っ先にフーケ捜索を志願したのは、自分で自分を見限りたくないからだ。

 

 キュルケはこれまで、自分を磨くことに真剣だった。

 女として、貴族として、メイジとして、誇れる自分であることに手を抜いたことは一度もない。

 そうして得た美貌と実力に、キュルケは絶対的な自信を持っていた。

 

 それが崩れた。

 球磨川禊という稀代の過負荷(マイナス)は、キュルケが努力で手にしてきた自信をたった一夜で台無しにしてみせたのだ。

 

 そして、そんな弱く醜いキュルケの心を禊は肯定した。

 いっそその言葉に身を委ねてしまえば楽になれるのだろう。

 

 けれど、キュルケは拒んだ。

 首根っこを掴まれて無理やり見せつけられた弱い自分。そんな軟弱をキュルケは認めない。

 

 そのためには自分の実力を見せつけねばならない。

 誰に? 禊に? 違う。自分に、だ。

 

 あの過負荷(マイナス)が自分のことをどう否定しようが、鼻で笑ってやる。

 

 そのために行く。

 今尚キュルケは愛せる自分を求め続ける。自分で自分を愛することができなくて、誰が愛してくれるというのだろう?

 

 キュルケは、フーケを捕まえられる実力があると自分に見せつけ、もう一度奮い立つために茨の道を歩むと決めたのだ。

 

 ――ルイズが初めて禊に心を折られた時も、こんな気分だったのね。

 

 禊に己の無能(ゼロ)を心に刻み込まれて一度再起不能になりかけたルイズが、自分と同じ馬車に乗り込んで、しかも同じ目標に向かって進んでいる。

 長きに渡るツェルプストー家とヴァリエール家の因縁を考えるならば、これはあり得ないことなのだろう。

 

 だが、今キュルケは初めてルイズを心から尊敬していた。

 ルイズは一度心折られたのにも関わらず、未だに禊と対峙し続けている。

 

 キュルケの部屋に泊まった後も、ルイズには禊に関する試練が幾つも降り注いだことだろう。にも関わらず、あの日以降ルイズが禊から逃げるような態度を取った姿を、キュルケは一度も見ていない。

 

 口先だけで貴族を語ることはいくらでもできる。

 ルイズは、球磨川禊という他に類を見ない過負荷(マイナス)という厄災を背負っても、貴族としてあるべき正しさを貫いていた。今ならそれがどれだけ難しい試練であるかがよくわかる。

 

 少し前まで物足りないライバルだったルイズは、今や敬意を払う相手になっていた。

 

 ルイズは、かつてキュルケの部屋に止めたもらった借りを返そうとしている。

 あの時キュルケがルイズの心を支えたように、ルイズは傷心のキュルケを助けようとしているのだ。

 

 ここで互いに貸し借りがなくなれば、二人はライバル同士に戻るだろう。

 それはキュルケがちょっかいをかけルイズをからかうだけの間柄ではない。お互いに相手を意識し高め合う、正しい意味でのライバルとなるのだ。

 

 だから彼女はそんなルイズに釣り合い、かつ負けない自分でありたい。

 キュルケはその胸に過負荷(マイナス)の恐怖と希望(ともだち)の想いを抱き、フーケが潜む戦闘の舞台へと向かっていくのだった。

 


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