「『兵士』ねぇ……」
俺は自室の天井を眺めながら呟いた。
兵士。それが俺の役割。
聞くだけだと一番下っ端に聞こえなくもないが、存外悪いものではない。本当にチェスのルールに則っているなら兵士にはプロモーションと呼ばれるものが使用できるはずだ。確か敵陣地の最終点に到達すればというルールだったはずだけど、そのまま悪魔の世界でも反映されているかはわからない。
因みに部長の『僧侶』はもう一人いるらしい。何でも他のところで他の命令を受けて働いているのだとか。良い奴なら誰でもいい。
それに最後に部長が言っていた『たった一人の』という部分が引っかかる。ただの言い回しなのか、それとも言葉通りなのか。まあどっちでも良いか。俺は俺なりに悪魔として頑張っていくしかない。部長曰く、出世すれば自分の下僕を持てるそうだが、俺はあまりそういう事には興味がない。仲間を増やすという点では有りなのだが、やはり下僕という響きに抵抗を覚えてしまう。
そういえば基本的に男性悪魔は自身の『女王』を選んだ時、その『女王』は大抵生涯の伴侶ーーーつまり嫁だったりするらしい。
そんなことを考えていると、ふと、智代の顔が脳裏をよぎったが、すぐに頭を振る。
確かに嫁さんにするなら智代みたいな美少女が良いけど、あくまであいつは大切な幼馴染みであって、そういう関係じゃない。
「あーあ、柄にもなく考え込んだから、変な事考えちまったぜ。さあ、今日も仕事仕事っと」
取り敢えずは行けるところまでいってみよう。その後で何をしたいか考えればいい。
先ずは魔法陣のジャンプが出来るようになる事かな。
深夜、自転車を爆走させてついたのはマンションやアパートではなく、普通の一軒家。
一人暮らしじゃないとは思うが、この場合はどうなんだろうか。
ブサー押しても大丈夫かな?
と、心配に思っていたのだが、ふと気付いた。
玄関口が開いている。
それに何か得体の知れない不安に襲われる。はぐれ悪魔討伐の時と似たような感覚がする。
異常事態なのはわかった以上、ここは部長達の元に帰るのが得策だ。
しかし、もし依頼主がピンチなら話は別だ。何としててでも助けないと。
気配を消して、靴を履いたまま、廊下を歩く。これでもし何も無かったら掃除をするしかないが、そういうわけにもいかないだろう。
ここまで人の気配を感じないのはおかしい。寝ている、というにはあまりにも異常な空気が立ち込めている。
そろりと顔だけ開いているドアから覗き込むと、蝋燭の灯りが灯されていた。
と、其処でドアの隙間から漂う異臭に思わず手で鼻を覆った。いや、これは異臭じゃない。何度も嗅いだ事のある臭いだ。
まさかと思い、部屋の中に入った俺はあるものを見て息を詰まらせた。
壁。リビングの壁に死体が張り付けられている。上下逆さまでだ。
切り刻まれた身体。傷口からは臓物らしきものが溢れている。逆十字の格好で壁に張り付けられているのだが、その張り付けているものは釘だ。太く大きい釘が両手のひら、足、胴体の中心に打ち付けられている。
はっきり言って見るに耐えない。今だってせり上がってくる吐き気を抑えるのに必死だ。
こんなことが出来るなんて、マトモな神経をしていない。
男が打ち付けられている壁には文字らしきものが血で書かれているのだが、何処の国の言葉かわからない。
「なんだ、これ……」
「『悪いことする人はお仕置きよー』って、聖なるお方の言葉を借りたものさ」
ッ⁉︎突然後方から若い男の声がした。
振り向くと、其処には若い白髪の神父がいた。年齢は俺と大差なさそうだ。
「んーんー。これはこれは悪魔くんではあーりませんかー」
神父は俺を見るなりにんまりと嬉しそうに笑う。
ヤバい。こいつ教会の関係者だ。
部長が言っていた。『
「俺の名前はフリード・セルゼン。とある悪魔祓い組織に所属している末端でございますよ。あ、別に俺が名乗ったからって、お前さんは名乗らなくていいよ。俺の脳容量にお前の名前なんざメモリしたくないから、止めてちょ。大丈夫、すぐに死ねるから。俺がそうしてあげる。最初は痛いかもしれないけど、すぐに泣けるほど快感になるから。新たな扉を開こうZE!」
なんだ、こいつ。言動が滅茶苦茶だ。
そういえば昔俺や智代を襲ってきた不良の中にもこういうぶっ飛んでる奴がいたな。ハナっから会話が成立しない奴。この手のタイプに一番通じる手段は…………
「おい、お前か?この人を殺したのは?」
「イエスイエス。俺が殺っちゃいました。だってー、悪魔を呼び出す常習は「じゃあ寝とけ!」っと、危ない危ない」
神器を呼び出してフリードと名乗った神父に殴りかかるが、ひらりとかわされてしまう。今までの経験上、こういうぶっ飛んだ輩に最も有効なのは拳だ。いつ会話を終わらせて仕掛けてくるかわからない以上、此方から仕掛けるしかない。
「クソ悪魔が、人が話してんのに攻撃してきてんじゃねえよ。学校で先生に話は最後まで聞きましょうって教わらなかったの?馬鹿なの?死ぬの?これだからクズで最低のクソ悪魔は死んだ方が良いんだよ。つーわけでお前さん逝っちゃいなよ!」
神父は懐から、刀身のない剣の柄と、拳銃を取り出すと剣の柄からビームサーベルのように光の刀身を作り出し、切りかかってきた。
横薙ぎに振るわれた刀身をすんでのところで躱して、回し蹴りを放つが、難なく防がれる。
ぞくっ。
嫌な予感がしたので、横に身を捩ると左腕に激痛が走った。
「おんや〜、おかしいでござんすねぇ〜。光の弾丸を放つエクソシスト特製の祓魔弾は銃声音を発さないのが特徴だってのに。まあいいや、当たったことに変わりはないしねぃ。どうだい?達してしまいそうな快感が俺とキミを襲うだろ?」
これが光の痛み!あの時は人間だったし、致命傷だったからわからなかったけど、滅茶苦茶痛い。左腕に当たっただけだってのに全身に痛みが走っている。
「死ね死ね悪魔!死ね悪魔!塵になって、宙に舞え!」
神父がキレた笑いを発しながら、左腕を押さえる俺に襲いかかってきた。こうなったら片腕を犠牲にしてでもこいつはぶっ飛ばしておかないと……
「やめてください!」
其処へ聞き覚えのある女性の声がした。
その声に神父と俺は動きを止めて、視線だけを声のした方に向ける。
俺はその子を知っていた。
「……アーシア」
そう以前出会った金髪のシスターが其処にいた。
「おんや、助手のアーシアちゃんじゃあーりませんかー。どうしたの?結界は張り終わったの?」
「!い、いやぁぁぁぁっ!」
アーシアが壁に打ち付けられているこの家の主の遺体を見て悲鳴を上げた。
「かわいい悲鳴をありがとうございます!そっか、アーシアちゃんはこの手の死体は初めてですかねぇ。ならなら、よーく、とくとご覧なさいな。悪魔くんに魅入られたダメ人間さんはそうやって死んでもらうのですよぉ」
「……そ、そんな……」
不意にアーシアの視線が此方へ向き、彼女は目を見開いて驚いた。
「フリード神父……その人は……」
「人?違う違う。こいつはクソの悪魔くんだよ。ハハハ、何を勘違いしているのかなかな」
「ーーーっ。イッセーさんが……悪魔……」
その事実がショックだったのか、アーシアは言葉を詰まらせた。確かに彼女にとっては残酷な事実かもしれない。
「なになに?キミら知り合い?わーお。これは驚き大革命。悪魔とシスターの許されざる恋とかそういうの?マジ?マジ?残念だけど、悪魔と人間は相入れません。特に教会関係者と悪魔ってのは天敵。それに俺らは神にすら見放された異端の集まりですぜ?俺もアーシアたんも堕天使様からのご加護がないと生きていけない半端者ですぞぉ?まあまあ。それは個人の自由として。俺的にこのクズ悪魔さんを斬らないとお仕事完了出来ないんでちょちょいといきますかね。覚悟はOK?」
「OKな訳ねえだろ。てめえに斬られる位なら智代の空中コンボに晒された方がマシだっての」
そう言って俺は構える。左腕が痛くてたまらないが、神器がついているのはこっちの腕だ。使わない訳にはいかない。
そんな俺と神父の間にアーシアが両手を広げて割り込んできた。それを見た神父の表情が険しくなる。
「何やってんの、キミ?」
「お願いします、フリード神父。この方をお許し下さい。見逃して下さい」
「ほっほーん。て事はキミは今自分が何やってるかわかってる上でそう言ってるわけか………馬鹿こいてんじゃねえよ。悪魔はカスだって教会に習っただろうが。頭にウジでも湧いてんじゃねえのか?」
無表情で神父はアーシアにそう告げる。先程までとはまた違った鬼気迫る何かを神父から感じる。
「悪魔にだって良い人はいます!」
「いねえよ、バァァァァカ。頭ハッピー過ぎるっしょ、キミ。ちょーっと優しくされただけで悪魔に心を許しちゃうなんざ、シスターの風上にもおけませんなぁ。だから、追放されちまうんだよ」
「でも………それでもイッセーさんは良い人です!悪魔だってわかってもそれは変わりません!人を殺すなんて許されません!こんなの!こんなの主が許すわけがありません!」
「いらねえんだよ、今更主のお許しなんざ。俺様はハナっから主なんてものは信じてないんですよ。俺がルール!主のお許しなんざ必要ない!俺が殺りたい時に殺る!つーわけでアーシアたん。其処どかないとキミごと叩っ斬っちゃうよ?」
脅しに尚も動こうとしないアーシアを見て、神父は小さく舌打ちをした後、光の剣を振り上げた。
「じゃあ一緒に死んでもらいましょうかねぇぇぇぇ‼︎」
「ーーーーいや、死ぬのはお前だ。フリード・セルゼン」
またもや聞き慣れた声。振り上げられた剣の刀身は凍らされて壁に固定されていた。扉の方向に振り返ると其処には瞳を蒼色に染めた銀髪の美少女。大神智代がいた。
「誰の許可を得て、私の幼馴染みを殺そうなどとふざけた真似をしようとしている?」
「智代……さん?」
「久しぶりだな、アーシア。出来ればここ以外の場所で会いたかったが、そういう訳にはいかないものだな」
バツの悪そうな表情で智代はアーシアにそう告げる。俺も智代と同じ気持ちだ。出来れば悪魔稼業をしている時にではなく、普通の高校生として彼女とは会いたかった。
「イッセー。怪我は大丈夫か?」
「全然……て訳でもないけど大丈夫だ。まだ動ける」
「そうか…………イッセーに怪我を負わせた罪。相応の覚悟は出来ているのだろうな?」
智代はそう言って神父の方に鋭い視線を向ける。その瞳には殺意が宿っていた。
対する神父はというと時間でも止まったかのように光の剣を振り上げた格好のまま、ただただ智代を凝視していた。キレてる?いや、そういうのじゃなさそうだ。
「………ユスティーア」
「何?」
「ユスティーア………なのか?いや、そんな筈は無い………キミは確かにあの時ーーー」
「さっきから何を言っているんだ?私は大神智代。其処にいる悪魔、兵藤一誠の幼馴染みだ。ユスティーアなどという名前ではない」
先程までとは打って変わって大人しくなった神父はまるで懐かしむような、それでいて哀しみにくれたような表情で智代を見ていた。そんな不思議な状態が数十秒続いたその時、床が青白く光りだした。
グレモリーの魔法陣だ。て事はまさか!
「一足遅れだけど、兵藤くん。助けに来たよ」
「あらあら、これは大変ですわ」
「……神父」
魔法陣の中から現れたのはオカルト研究部の面々!助けに来てくれたのか!
「………これはかなり不利な状況でごさんすね。俺っちまだこんな所で死ぬ訳にはいかないって訳よ。特に悪魔なんていうカス共にはな」
そう言って神父は懐から丸い玉のような物を取り出し、叩きつけようとする。
「逃すと思うか?」
神父の取り出した丸い物体を智代は凍らせる。
「逃げるさ。絶対に死ねない理由がある」
だが、神父はその凍らされた物体を拳銃で撃ち抜く。すると辺り一帯が閃光に包まれる。
そして光が収まった頃には神父の姿は何処にもなかった。
「大丈夫、イッセー。ごめんなさいね、まさか依頼主の元に『はぐれ悪魔祓い』の者がいるなんて計算外だったの」
「気にしてませんよ……それにアーシアにも再会出来ましたし」
予期せぬ再会だったし、こういう所で会いたくはなかったけど、アーシアとまた会えたのは素直に嬉しい。
「本当ならあの『はぐれ悪魔祓い』は消し飛ばしたかったのだけれど、まんまと逃げられてしまったわ」
「そうですわね。彼にはお仕置きが必要でしたのに………ッ⁉︎」
笑顔で恐ろしい事を言う朱乃さんだったが、何かに気付いたようで言葉を詰まらせた。
「部長。この家に堕天使らしき者達が複数近づいてきていますわ」
「イッセーを回収しだい帰還………と言いたいところだけれど、マズイわね。魔法陣を移動出来るのは悪魔だけ。しかもこの魔法陣は私の眷属しかジャンプ出来ないわ。そのシスターの子はともかく、智代が危ないわ」
部長は顎に手を当てて考える。俺も智代やアーシアをここに置いていくだなんて反対だ。いくら弱くたって女の子を置いておめおめと逃げ帰るなんて出来ない。
どうしたものかと頭を悩ませる俺達とは対照的に智代は床からある物を拾うと不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「逃げる方法はあるぞ。かなり賭けになる上に戦闘になりかねないがな」
そんなこんなでフリードちんにオリ設定。そのせいか、下衆さがやや抑え気味な代わりに悪魔に対する嫌悪は倍化しますた。
イマイチマトモな戦闘描写がない訳ですが、がんばって書きたいと思います。皆さん応援よろしくお願いします!